第67話 血
「うわあああああ!?」
ある日、信太郎は再度出現したタニングにまた敗北していた。完璧に練った作戦も第一段階という時点で既に失敗しており、全てにおいて敗北だった。
「くそ…!くそ…!」
タニングは街で信太郎を見つけては襲いかかり、アクトナイトに変身させてからボコボコにして倒すという行動を何度も繰り返していた。
「俺も…強くなれたら…」
ホープフレイスやビヴィナスプロミスのような強化形態が信太郎にはない。それさえあればタニングを倒すのなど容易だと考えていた。
「…なんで俺は強くなれない!」
将矢は強敵との戦いの中で。千夏は強い決意で新たなるマテリアルを誕生させていた。それは信太郎も同じだった。何度も戦ってピンチになり、それでも折れない心で立ち向かっていき、そしていつも負けていた。
違う点は、彼らは誰かのために戦っているというところだろう。
(…そんなはずはない。俺だって最初は誰かのために戦ってた)
最初だけでは駄目なのだ。それに真実を言うと、最初から信太郎は自分のためにしか戦っていなかった。
初めてアクトナイトとして戦った夜。メルバド星人の襲撃を知った信太郎は思わずアクトソードを握り、怪人のいる現場へと走り出していた。
何故その時走り出したのか?それは怪人の襲撃を知った信太郎が、戦えるかもしれないのに何もしなかった自分を想像し、その自分があまりにも情けなかったからである。
彼の自尊心は傷付かないことよりも戦いを選んでいたのだ。最初から彼はヒーローとしての素質を持ち合わせてなどいなかったのだ。
それにアクトナイトことシャオも気が付けなかった。そのあまりにも自己を中心とする考え方は深層心理の奥深く、魂に刻まれていたからだ。
将矢は奏芽と街の人たちを想い、千夏は亡き啓太と誓った。だが信太郎は信太郎だけを守るために戦っていたのだ。
それに気が付けない信太郎は一生強くなれない。将矢たちのようには決してなれないのだ。
敗北後の帰り道。涙で景色が濁って見えていた。プライドはズタズタだ。戦いの光景はネットに載せられ、遂に信太郎の変身するセルナの低すぎる勝率について話題になるようになった。
「頑張ってるのに…俺ってば頑張ってるのに…」
頭に入ってくるのは批判か同情。応援は読めず聞こえていなかった。
袖で涙を拭うと信太郎はある光景を目にした。
「おらやり返してみたらどうだよ!」
それはいじめだ。綺麗や夕陽をバックにしていじめが起こっていた。
「頭いいからって調子乗んなよ」
男子高校生三人が女子高校生に砂をかけて蹴りを入れて、よくもまあそんな猿みたいなことがやれるなと信太郎は関心していた。
(やっぱ守る意味ないだろこの街の人間)
思うよりも先に信太郎にはやるべきことがある。それはアクトナイトの力で男子たちを追い払うことだった。
だが信太郎よりも先に、どこからか走って現れた別の男子がいじめを止めに入った。
「やめろよ!いやがってるだろ!」
「は?その陰キャちゃんを庇っちゃうの君?」
「こいつアレじゃん。空気君空気君!教室の隅でいつも寝てる」
「白けるわー…調子乗んなよ」
三人を相手に男子生徒は一方的に殴られる。このまま呆気なく返り討ちにされてしまうのかと信太郎は眺めていたが…
「うお、マジかよ」
その男子生徒にはどんな力が秘められていたのか、どれだけ殴られても倒れることなく、逆に疲れ始めていた三人全員を締め上げてしまった。
「この馬鹿野郎共!暇なら勉強しろ!」
「ふう…大丈夫、君?」
「うん、ありがとう…確か同じクラスの人だよね?名前は…」
それから二人はいい雰囲気のままこの場を去って行った。調子に乗っていたやつらが一人の人間に崩されるというのは、中々見ていて面白かった。
そしてそこから信太郎は、新たな力へのヒントを得た。
(感情…そうかそうだったんだ!)
今の少年は怒りだ。将矢は街を守るという正義感で、千夏は約束をして強く決意した。
信太郎は自分に足りなかった物が気持ちだと。敗因は気持ちの問題であると推測した。
だが問題はその感情だ。今の信太郎には誰かのために戦いたいという正義感はなく、約束をする仲間もおらず孤立した状態である。
感情を力に変えるのにはきっと何かきっかけが必要だ。これまでにないくらい信太郎は頭を回転させ、この難題をどうにか解決出来ないかと考えた。
それから数時間後。信太郎は家に戻ってあらゆる場所の棚を漁っていた。
「どうしたんです信太郎君?さっきから狂ったように何か探してるみたいで…」
「さあ…?」
「見つけた!」
信太郎が探していた物は用紙の収められたファイル。その用紙にはDNAの検査結果が表記されていた。
「信太郎、それは!」
以前の母親とは血が繋がっている信太郎。だが、父親である雄大と自分の間には何の関係もないことが、この紙1枚で遂に判明した。
「やっぱり…そうだったんだ。俺が離婚の原因だったんだ」
「隠していてすまなかった。それに書いてある通り、俺とお前に血は繋がってない…けどお前は大切な息子で」
「そういうのいいから。それよりも俺の血が繋がってる男って誰?多分浮気相手の一人なんだろうけど…例の良介さんって人?」
詳しいことは雄大にも分からない。父親と血の繋がりがないというのはかなりショックなことであるはずだが、それでも新しい力を手にするにはまだ感情の昂りが足らなかった。
「この男と会えないかな…神秘の力で見つけられるかな?」
信太郎は親指に傷を作って少量の血を流した。そこにセルナマテリアルを近付けて、自分の産みの親を捜したいと強く願うと、確かに信太郎は二人の人間の存在を感じられるようになった。
「…どっちが父親かまでは分からないな…まあ行ってみるか」
「ま、待て信太郎!」
父親の制止に耳も傾けず、信太郎は家を出てエアボードに飛び乗り、近い方の人間の元へ飛んでいった。
向かった先。そこは大きな病院だった。もうこの時点でどちらがここにいるのかは察しがつく。
窓から病室を覗くと、そこには赤ちゃんを抱いている元母がいた。彼女は今までに見せたことのないとても優しい顔をしている。
もう信太郎の事などすっかり忘れているだろう。
しばらくすると現在の夫が病室に入って来た。二人とも笑顔で話し、関係は良好そうだった。
「…」
なんとも言えない気持ちになった信太郎は、目的である血が繋がっている男に会いに、エアボードで移動を開始した。