第66話 幻
信太郎がラーメン屋を出て一時間が経過した。街には非常事態宣言が出され、住民たちは近隣の建物への避難を余儀なくされていた。
「信太郎が先に行ってるっぽい…俺たちも行こうぜ」
将矢と奏芽もフレイス、アーキュリーへ変身して吹雪の中で移動を開始した。
「…どうするの?何の手掛かりもなしに。てか私たちは何すればいいの?」
「こんな異常気象、怪人の仕業に違いないだろ。だったらそいつ早く倒して、街を元に戻すぞ!」
火炎と水流が街を駆ける。彼らの通った後は一瞬だけ元の状態に戻っていたが、それからすぐに激しく降る雪で覆われた。
街を捜索し続けた2人。結局怪人は見つからず、自分たちの勘違いで怪人のせいではなく本当に異常気象だったという答えを出そうとしていた。そんな時、偶然にも信太郎と合流した。
「あ…おい信太郎!」
「…将矢と清水…」
フレイスは大きく手を振って駆け寄って来るが、セルナは嫌そうに距離を取った。
「将矢…」
「この雪、きっと怪人の仕業なんだろ?なんか分かったことあるか?アクトナイトも何も探知出来ないらしくて」
馴れ馴れしい。いつも彼女と一緒に動き回って、そんなに自慢したいのか。
信太郎はそう言おうとしたが冷静になってやめた。
「…俺も分からないからとりあえず捜索を続けよう。二人は海浜公園の方を。俺は…」
信太郎が自分の行く先を告げようとした瞬間、身体が動かなくなっていることに気が付いた。
「なんだ…」
「どうなってるの?」
全員の身体が凍り始めている。肉体は守れているが、鎧の方が寒さにやられているのだ。
「俺に任せろ!」
フレイスは自分たちを中心に炎の渦を発生させて、周りの温度を一気に上昇させた。
身体を固めていた氷は溶けて周囲の雪も一瞬で蒸発し、三人は背中を預けて敵を探した。
だが降ってくる雪の勢いと量が増しており、セルナ以外は自分たちがどれだけの距離を視認出来ているのか分かっていなかった。
「見えない…」
「今回の怪人はタニングと同ジ。君のために用意したとっておきだヨ」
「メノルの声…俺のために用意した怪人…?」
ザッザッザッという足音を立てて怪人が戦士たちの元へ近付いて来た。敵を正面にしたセルナは剣を構えたが、怪人は何もせず彼のことを見続けていた。
「…まさか!?」
何かに気が付いたセルナは剣にエナジーを溜めると、何かを払うように横に力強く振った。そして瞬きをした瞬間に景色が一瞬にして変わった。
「雪が解けた!?」
いや違う。雪は僅かながらに降っているが、異常な量と言うほどではなかった。空から降りてくる雪は地面に降りた途端に溶けてしまい、積もっている様子もない。
「俺たちは最初から攻撃を受けていたんだ!異常な量の降雪っていう幻覚を見せられてた!それだけじゃなく、肌で感じていた寒さもこいつの創り物だ!」
謎が解けたところで三人が同時に攻撃を仕掛けた。だがそれを阻止しにメノルが割り込む。三人の攻撃を受け止めて振り払い、怪人を守った。
「まだ駄目だヨ」
「お前…!」
彼の持つオリジナルのアクトソードを奪おうと手を伸ばす。柄に僅かだが触れることは出来たが、メノルは腕を引っ込めて後ろに下がってしまった。
「これもまだ駄目」
「駄目なのはお前たちだろ!」
セルナは再度攻撃するが、今度は剣を叩き落とされ首に刃を突き付けられた。
「駄目なのはこの世界ダ。分かるはずだヨ。散々な目に遭ってる君なラ」
シャッターを切る音がする。いつの間にか周りには多くの人が集まり戦いを見守っていた。
「…その怪人の能力だな…幻を創り出して心を惑わす。けどセルナの神秘の力ならそれくらい!」
だが幻覚を消すよりも早く、駆けつけたビヴィナス達に警戒した怪人が能力を停止させる。思った通り、幻だった周囲のギャラリーが消えた。
「逃がしたか!」
ビヴィナス、フレイス、アーキュリーによる三方向からの攻撃は誰にも当たることなく失敗に終わり、メノルは怪人を連れて逃走していった。
鳥系のアニマテリアル達でメルバド星人の追跡も試みたとがそれも失敗に終わった。
街は急に元通りになり、非常事態宣言も解除されていつも通りの姿に戻っていった。
「幻の怪人…」
タニングと同じくメノルから特別な扱いを受けていた怪人はヴィジョンと名付けられた。
「とりあえず…反省会だな。行こうぜ」
将矢たち記念公園に向かい始める。だが信太郎はその場に立ち止まったまま、離れていく後ろ姿を見続けていた。
「………お前たちが来なくても、俺の能力なら何とかなった」
何を根拠にそんなことを呟いたのか。そしてその声は無視されたのか届かなかったのか、誰も反応することなく行ってしまった。
「はっきり言って邪魔なんだよな。これまでは援護向きの能力ってわけでダサい役ばっかやってきたけど、俺なりの作戦で動いたら怪人の一人や二人余裕だから」
誰に言っているのか分からないが信太郎はブツブツ不満を呟きながら家へと帰って行った。