第64話 父親、再婚する
怪人が現れたらアクトナイトが戦う。宇宙人が暴れたら昇士と那岐が鎮圧する。
毎日それらに関するニュースを見るようになった今日この頃、テレビで全く姿を見せなくなった信太郎は…
「久しぶりだな!俺の部屋!」
遂に信太郎は自分の家に戻って来た。これから窓を全開にして掃除を始めるところだった。
「ちょっと!私のより信太郎の部屋の方が大きいじゃん!」
隣の部屋から出てきた美保が不満を漏らす。狭いと言っても二人の部屋の広さに大差はなかった。単純に信太郎にケチを付けたいだけなのだろう。
「信太郎!美保ちゃんの勉強机運ぶの手伝ってくれないか?」
一階から父親の頼み事が聞こえると、信太郎は駆け足で階段を降りて作業に手を貸した。
なぜこうなったのか。それは一週間ほど前に遡る。
雄大と和解してしばらく経ったある日、信太郎は彼から外食に誘われた。二人が来たのは少し値段の張る回らない寿司屋だった。
「好きな物食べていいぞ」
「それじゃあ…蛸と鮪、それから烏賊お願いします」
それから頼んだ物がゲタに並んで彼の前にやって来た。信太郎は先日焼き肉に行った時とは違い、焦らずに一つ一つ味わって食べていた。
「今日は大切な話があってお前を呼んだんだ」
「大切な話?」
「俺、再婚することになったんだ」
急な報告に信太郎の手が止まった。悪い印象はそれなりになくなってはいるが、それでも自分の父親に好意を持つ相手がいるとは考えられなかったのだ。
「えーーー…誰なの?その相手」
「そろそろ来る頃だろうな」
ガラガラという音がして扉の方を向いた二人。店に入って来たのは、佐土原理恵子だった。
「理恵子さん、こっちこっち」
「え…」
理恵子は恥ずかしそうな様子で雄大の隣に座った。
意味が分からない。どうして父親と先生が結婚しようとしているのか。そんな風に信太郎は混乱しながら冷や汗を流していた。
「ど、どうして結婚することになったの!?」
「いやあ話すと長くなるけど…いいかな理恵子さん」
「いいですよ」
それから信太郎は二人が結ばれるまでの話を語られた。惚気である。
ざっくりと説明するとこうだ。
信太郎は知らなかったが、理恵子は雄大がまともな人間に戻れるようにと彼の家に行って様々な手伝いをしていた。
最初は雄大も拒んでいたが、自分のために尽くしてくれる理恵子の期待に次第に応えられるように変わり始めていった。
変わろうと努力する雄大を見守っていた理恵子は、雄大が元から持っていて、元妻とのいざこざで隠れてしまっていた人間の良さに気付いてそこに惚れたという。
あまりにあっさりしている。信太郎は他にも何かあるはずだと疑ったが、それを尋ねはしなかった。
察しのいい信太郎には語られることはないが、二人の話には続きがある。
ある日、雄大が酷い熱で倒れて死にそうになっていた時があった。大きな病気ではなかったが、それでも理恵子は付きっきりで看病をした。
熱が治まった夜、初めて雄大は孤独への不安を感じた。理恵子がいなかったどうなっていか分からない。
それと同時に誰かがいてくれることへの安心を覚えたのだ。
そのことを話すと、理恵子がそばに寄り添ってくれた。二人は一晩かけて身体を交えお互いを理解し合った。
雄大は理恵子の強さと逞しさに。理恵子は雄大の弱さと優しさに惚れて、二人は付き合いを始めていた。
そして先日、雄大が信太郎を庇おうとして醜態を晒した姿がテレビで流された。
もう信太郎は普通の生活をしていくのは難しい。そんな彼を二人で守っていこうという理由を付けて、結婚を決めたのだ。
「これからもよろしくね、信太郎君」
「は…はい」
自分がどんな顔をしていたのか。信太郎は想像も出来なかった。
そうして二人は結婚。そして今日、理恵子は美保を連れて信太郎たちの家へと引っ越して来たのだった。
「信太郎、あんたこれからトイレで大きい方しないでね。するならコンビニとか外のトイレ行って。あと毎回使ったら便座拭いてね?」
美保は結婚や引っ越し自体は特になんとも思っていない様子だが、信太郎がいるというのが気に入らなかった。
「…俺一応歳上なんだけど」
「私ってば、年齢理由に敬意を持たせようとする人嫌いなんだけど」
一時的とはいえ母親を取ってしまったのがここまで嫌われる要因だ。だがもう信太郎は理恵子の見方が変わっていて前ほど関わろうとは思わなかった。
信太郎はこれまで理恵子に母性を感じていたが、父親との再婚のせいで不思議なことにそれを感じなくなってしまった。
(変だな…どうしてだろう)
優しい父親と母親がいる。それはとても幸せで信太郎が望んでいたことであった。
しかし何かが違っていた。信太郎の望んでいる家庭はこんな物ではなかった。
それよりも気付いた重要なこと。それは、信太郎が理恵子に対して母親以外の役割も求めていたことである。
気付かない内に始まっていた恋は、こうして呆気なく終わっていた。
「雄大さん。美保ったら中学生の癖してもう彼氏いるんですよ~?それも高校生で文武両道で!美保には勿体ないくらいハイスペックで!」
「いつかそれに見合う女になるから勿体なくてもいいんです~」
「若い内にしっかり青春するんだぞ。デートとか行くのかい?お小遣い出すぞ」
「本当!?じゃあー…」
確かにここには温かい家庭がある。父と母と子がいる。だが信太郎はその家庭の子ではない。疎外感という物が生まれていた。
「ごちそうさま」
三人は会話で盛り上がっている。信太郎は夕食を終えると静かに自室に戻り布団に倒れた。
「…寂しいなあ」
そう、信太郎は中途半端に自立してしまっているので子どもという扱いは少なくなっているのだ。
両親は信太郎に深く干渉するべきではないと思っているが、信太郎が望んでいるのは真逆の対応であった。
そんな信太郎の気持ちを受け止めてくれる人物がいる。それが彼にとっての救いだった。
「もしもし愛澤さん?」
「こんばんは信太郎君。そろそろ来る頃じゃなかと思って待ってたよ」
先日出掛けた際に、真華から困った時や話したい時には電話を掛けて欲しいと連絡先を交換していた。
「なんかやなことあった?声のテンション低めだけど」
「あのさ、実はね…」
信太郎は大きく変化した家庭環境について話した。真華にそんなことを相談してどうするんだと自分でも思っていたが、愚痴を吐き出すだけで気持ちは軽くなった。
「新しいお母さんに妹…大変だね」
「そうだよー大変なんだよー!」
「信太郎君、本当に嫌になったらうち来なよ」
それを聞いて信太郎は黙った。真剣に真華との同居生活の事を考えていた。
暇な時に適当な話題で盛り上がって、朝昼晩の食事をキッチンで並んで料理して、寝る時には一緒の布団で…そんなことを想像して顔を赤くした。
「…考えとく」
「もー冗談だって!本気にしちゃダメだよ…」
「今日はありがとう。なんか色々話してスッキリしたよ」
気が付けば十二時を過ぎていた。真華は明日も学校に行くので切らなければと、信太郎は電話を終える流れを作った。
「夜遅くにごめんね」
「ううん。また何かあったら話してよ。私、信太郎君の力になりたいから」
さらっとこういう事を言ってくる真華にドキドキさせられる信太郎。本人がどういう心情で言葉を選んでいるのか定かではないが、信太郎には少し刺激の強い反応を見せる少女だった。
「それじゃあおやすみなさい」
「うん。おやすみ」
「ふうううう………」
戦い以外でここまで疲れるのは久しぶりだ。信太郎はスマホを置いて、耳元で聴こえていた真華の声を思い出す。
「…やべえええ!」
何がやばいのか理解はできないが、信太郎は興奮してしばらく寝付くことが出来なかった。