第63話 真華との外出
世須賀市に毒ガスを噴出する怪人が現れた。アクトナイトセルナに変身する高校生の大月信太郎はその毒を全て排除し、見事に怪人を撃破。大勢の命を救った。
他人から見ればそうだ。事情を知らなければヒーローでしかない。
しかし実際は違う。信太郎は友人を殺した最低の人間として今を生きている。もう何も受け入れることが出来なくなった状態で布団という殻に隠れていた。
何もない。何も考えないのが今を一番楽に過ごせる方法だった。もう三日も飲まず食わずだが、セルナマテリアルの力が彼を生かしていた。
理恵子と美保は信太郎の事情はよく分からないが、今は関わらない方がいいと距離を置いていた。
「俺は悪くなあああい!」
部屋に引きこもりたまに奇声をあげるようにはなったが、学校に行かないという点では以前と変わらない。いつも通りだ。
いつまでも引きこもっていいわけがない。そう思ったとある人物が彼のいるアパートを訪ねた。
「ごめんください。大月信太郎君いますか?」
「あら…」
信太郎が殺したイズムのもう一人の友人、愛澤真華である。
「信太郎君?お友だちよ?愛澤さんっていう女の子」
「久しぶり信太郎君」
「愛澤…さん」
「やつれちゃってるね…大丈夫?何か食べに行こうよ」
真華に連れられて信太郎は怯えながら玄関の扉を開ける。そうして、今日の天気が雨だとやっと知った。
「私の傘大きいでしょ。スペースあって寂しいから一緒に入ろう?」
相合傘で二人は雨の中を歩いた。少し前の信太郎なら、女子と肩が触れ合うほどの距離を歩いただけで凄く緊張していただろうが、今はそんなことよりも謝らないといけないという気持ちでいっぱいだった。
「ごめん…」
「なにが?」
「俺がイズム君を…」
「街のみんなを守れたから、きっとこれで良かったんだよ」
「でも…!」
「信太郎君は悪くない。自分を責めることなんてないんだよ」
「俺が…!」
真華は傘を投げ捨て、優しく信太郎の事を抱き締めた。
「だったら私が信太郎君を許してあげる」
「愛澤さん…」
溢れる涙は雨粒と一緒に流れていき、信太郎は真華に泣き崩れた。
それから空気を読まず、遠くの方に怪人が現れたというニュースが入った。
「行かないの?」
「行かないよ…戦ってくれる人は他にいるし、俺はもう戦わないって誓ったばかりなんだ…それなのに」
「いいんだよ戦わなくて。それよりもお腹空いた。身体も冷えたし…温かいもの食べようよ」
戦いを放り出したことへの罪悪感はない。無表情な信太郎は真華の傘に入り、怪人のいない方向へと歩いていった。
その頃、出現した怪人は近くにいた千夏が変身したアクトナイトビヴィナスが単独での撃破に成功していた。
「よっし!…意外とやれるんだ、私」
応援してくれた人たちに軽く手を振り、その場から離れていく。彼女は信太郎とは違い街の人たちをそこまで意識していなかった。
「聞こえるみんな?もう終わったよ」
「マジで?じゃあ帰るか」
「そうだね」
手にしているアクトソードから奏芽と将矢、シャオの気持ちが伝わってくる。信太郎は少し前からいなくなっていた。
「アクトナイトさん…大丈夫ですか?」
「あの人が…アクトナイトがいてくれたらなんとかなっただろうな」
シャオは本物のアクトナイトの事を思い出していた。優しくて強く、悪に決して負けないヒーローだ。
そんなアクトナイトを真似ていたシャオだったが、最近は本来の性格で各々と接するようになっていた。
「すまん。気分悪くするようなこと言っちまって。お疲れさん」
「お疲れさまでした。つらいことがあったら相談してくださいね」
「俺たちも相談に乗るからな!」
「あぁ。いざって時には頼りにさせてもらうぜ」
全員が剣を手放したので心が途切れる。地下の宇宙船からエナジーを送っていたシャオは疲れてすぐには動けなかった。
「ふう~!…はぁ…」
エナジーは特殊な力であり、それを自然から集めて変身する少年たちに供給するのにはかなりの集中力を必要とする。
これまでも戦いの後には疲れていたが、最近は信太郎との事でも心を磨り減らしており、疲労感が増していた。
(友だちを斬っちまったんだもんな…前からそうだった。あいつ、どこか余裕がない感じで…それに気付いてたはずなのに俺は何をやってんだ!)
シャオはどんな傷でも治す能力を持っている。だがそんな彼にも、心の傷はどうすることも出来ない。信太郎に光が差すのを待つしかないのだ。
真華と信太郎は焼き肉屋に来ていた。高校生の財布でも普通に入れる安い店だ。
「今日は私の奢りだよ」
「それ以前に俺、財布持って来てないよ」
真華は並んだ肉を次々に網へと移した。独り焼き肉が趣味らしく、たまにここへ来るそうだ。
信太郎は三日ぶりに食べ物を目の前にして、とてつもない空腹感に襲われた。
「腹減った…」
「ああそれまだ焼けてないから」
生焼けに手を出そうとした信太郎の口にレタスを挿し込み、焼き具合を伺う。真華はしっかりと焼けているのを確認してから、信太郎の取り皿へと盛った。
「はい召し上が」
いただきますも言わずに信太郎は肉を食べ始める。目の前に少女がいることなど忘れて口周りとテーブルをタレで汚した。
「いい食べっぷり。よし、それならどんどん焼いちゃうよ!」
信太郎の食べる勢いに負けないようにと、真華も追加で肉を注文して焼き始めた。
それから2時間もの間、止まることのない食欲に従って肉を食らい続けた信太郎は…
「ふあ~!食べた食べた!ごちそうさま!」
気分が少し軽くなった。まだイズムの事が頭の中心に残ってはいるが、笑顔を見せられるようにはなっていた。
「元気になって良かったよ」
「うん、ありがとう愛澤さん」
店を出た時には既に雨が止んでいた。
「ねえ、このままどっか行こうよ」
「うん。どこ行こうか」
気が付かない内に信太郎は真華に甘えていた。普通なようで少し違っている彼は真華の隣にピタリとくっついて歩いていた。
「どこがいいかな」
「どこでもいいよ。信太郎君が行く場所なら」
信太郎は日常に向かい少しずつ進み出していた。