第59話 仲直り。そして
那岐と昇士の仲が悪くなったのは文化祭の時からだ。
昇士が瀕死の重症を負った芽愛を蘇生しようと、勝手にデスタームと契約をしてしまったからだ。
その契約によって宇宙人が合法的にこの星に来てしまい、現状を招いてしまったのだ。
もう今となってはどうでもいいことだ。いや、那岐は初めからそれに対して不満を抱いていなかったのかもしれない。
そんな彼女は今、タニングとの再戦に備えてグラウンドにて特訓中である。
これまでとは違い、昇士ではなく芽愛がアシスタントを勤めていた。
「100メートル3秒って…何食べたらそうなるの」
芽愛がちゃんと那岐を見るのはこれが初めてだった。那岐が普通の人間の何倍も強いというのは知っていたが、ここまで自分と違うのには驚かずにはいれなかった。
「芽愛!水!」
「は、はい!」
これでは駄目だと那岐は首を振る。気に入らないのは特訓の成果ではなく、芽愛とのことだ。
なぜか酷く当たってしまう。その理由は見当がついている。
(嫉妬…)
「灯刀さん、もうこれぐらいにしようよ。フラフラしてるよ」
「嫌よ。ただでさえ差が付いてるのにこのままじゃ…」
昇士は強くなり、そして那岐を超えた。最初は喜ばしいことではあったが、自分の強さに彼は傲り、視察員を襲い英雄と称えられて、更に増長していた。
過度な特訓に脚が耐えられず、那岐は遂に地面に倒れた。
「あーほら!もう!」
那岐にウインドブレーカーを着せてグラウンドの端へ。先程から物凄い運動能力を見せていた那岐は、午前中の部活に来ていた生徒たちから注目を浴びていた。
「まだ…まだ動けるもん!」
「今日はもうおしまい!部活やってる人たちに迷惑だし、それにこのままだといざって時に戦えなくなっちゃうよ!」
ここ最近はいつもこうだ。那岐の特訓がオーバーワーク気味なところで芽愛が止めに入る。
特訓も非効率的で意味がない。むしろ負担だけ掛かっていると考えると、那岐は前よりも弱体化しているのではないだろうか。
那岐は芽愛に言われて今日の特訓を終了した。二人は駅に着くまで並んで歩くが、ほとんど会話をしない。芽愛が切り出しても、那岐が素っ気なく終わらせてしまうのだ。
「今日は怪人出なかったね」
「そうね」
「お腹空いたね。今日こそなにか食べに行こうよ」
「いやよ」
「…朝日君とまだ仲直りしないの?」
「したくないからしないの」
「やっぱり分からない…どうして昇士があんたを助けたのか」
今日はいつもと違って、那岐の方から話題が振られた。両者ともあまり触れたくない、あの時の話だった。
「…灯刀さんは私が死んだ方がよかったって思ってる?」
「そうじゃない…けど…」
「私は…朝日君ならきっと誰がピンチでもこの選択をしたって思うな」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「だって優しいから…そうでしょ?」
自分よりも芽愛の方が昇士を理解していたことを、那岐は悔しく思った。
彼とは一緒にいる時間も話した時間も絶対に上だというのに、そんなことにも気付けなかったのだ。
「優しいから、誰かのために怒れたから、朝日君が強くなったって私思うんだ」
「誰かのために…」
昇士の覚醒を思い出した。自分が怪人にやられた時、昇士はその力を呼び起こした。
これまで、生存本能が彼の力を呼び起こしたのだと那岐は思っていたが違っていた。
あの時、昇士は那岐を痛めつける怪人が許せず、彼女を守ろうとして強くなったのだ。
地球のために戦ってきた那岐ではあるが、誰か一人、個人のためには一度も戦ったことがない。
だから自分のために戦った昇士の気持ちはよく分からない。
(そっか…そうだったんだ…)
しかし、自分のために全力になってくれる昇士に悪い気は起きなかった。
「…朝日君と仲直り、する?」
「………私、行ってくる!」
那岐は高くジャンプして一軒家の屋根に跳び移り、そこからまた別の屋根へと跳び移り昇士を探しに行った。
「…はぁ…なんでアドバイスしちゃったんだろうな~」
昇士と那岐を切り離せるチャンスを逃した芽愛は、せつない気持ちを胸に一人歩いた。
「いい加減にしろ!」
また街のどこか。悪さをした宇宙人が昇士によって懲らしめられていた。
「ちょっと盗んだだけじゃないか!」
「盗まれただけで店の人は凄く困るんだよ!そんなことも考えられないのかこの馬鹿!」
「まあまあ昇士君…もう許してあげて…」
「でも………反省してないですよこいつ。またどっかでやりますよ」
小さな店で万引きをしようとしていた宇宙人は品物を置いてさっさとその場から逃げ出した。
「またやられたらやられたで仕方ないよ…ああ傷だらけだ。これはもう売り物にならないなぁ…」
宇宙人が来てしまったのは昇士の責任である。自分に出来ることとして、今の昇士は街のために戦っているのだ。
だがしかし、これまでの戦いに意味はあるのだろうかと、残念そうに商品を見つめる店員を見て思う。
(…もう容赦しない…次は…)
「そんな怖い顔して…物騒なこと考えてるの丸分かりよ」
「灯刀…」
昇士の前に那岐が現れた。芽愛と会話してから約10分、何とか昇士を見つけることが出来た。
「なに?なんか用?」
「うーん…」
これまでとは反対で、今は昇士が尖った態度を取っていた。これを見て、自分がどれだけ面倒な性格をしているのかと那岐は思い知らされた。
「…昇士!」
「なんなの?」
「デート行こっ!」
「…は?」
那岐はいつものように翼を広げると昇士を抱き上げて街から飛び立った。その光景は撮影されてすぐにネットで取り上げられるが、そんなことはどうでもよかった。
「デートって…なんで急に」
「仲直りしたいしそれに…ハッキリさせるべきだから」
那岐のデートプランはとても駆け足だった。世須賀市を飛び出してから、日が暮れるまで地面に降りることなく色んな場所を巡った。
「…ねえ、どうしてあの時芽愛を助けたの?」
「そりゃ友だちなんだから当然だろ」
「死にそうになってたのが私だったら助けてくれた?」
「そんなの当たり前だろ!」
「…私も、怪我したのが昇士だったら絶対に助けてたよ。その先が今みたいになると分かってても」
その場に滞空すると、那岐は昇士を強く抱き締めた。
「ごめん…嫉妬してた…不安だったの。昇士が芽愛の方に行っちゃったんじゃないのかって」
そして那岐は泣きながら昇士の目を見つめて。
「私…昇士の事が好きだって自分でも分かった!昇士、あなたの事が好き!初めて私に出来た友だちで、初めて好きになった!愛してる!」
言いたいことを全て言った那岐は、その赤くなった顔を昇士の胸に押し付けた。
「それで…あなたはどうなの?…私のこと…」
「悪かった…ごめん。俺が中途半端な状態であんな風になっちゃって…
俺も灯刀の事が大好きだ!小柄で可愛いのにデカい刀振り回してるのにギャップ萌えして、ツンデレだし!本当可愛い!めっちゃ頭撫でたくなる!」
「うわっ…キモッ」
「胸は小さいけど可愛い水着を着て頑張ったりするところも、努力家でいいと思う!」
「小さくて悪かったわね!」
「でも何よりも…灯刀は俺のヒーローなんだ!強くてカッコよくて、少し前までは孤独で戦って平和を守ってきた!」
「お互いに酷い告白…でも伝わった?私の気持ち?」
「うん…灯刀…」
「那岐って呼んで。昇士」
「那岐…」
落ちていく太陽を横に二人は口付けを交わす。自分たちしかいない空の世界は風もなく静かだった。
「これからは一緒に戦って。私がそばで守ってあげたいから」
「もちろん…俺も那岐の力になる…俺のこの力はきっと、君のために生まれたんだ…」