第58話 タニングを退けて
「君たちにタニングは倒せなイ」
戦士たちの前にはいつの間にかメノルが立っていた。その隣には間違いなく撃破したはずの、怪人タニングが健在していた。
「なんで生きてやがる!再生でもしたのか?」
「実は避けてたとか!」
「考察してる場合じゃないよ!ラスボスもいるんだから!」
「タニングを倒せるのは絶対的存在だけダ。逆にその彼ならどんなやり方でもタニングを倒せル。友情の力でも、完璧な作戦でも、正義の誇りを捨てた最低なやり方でモ」
ガーディアンが飛び出した。狙うはただ一人、王子であるメノル。彼さえ倒せればメルバド星人は地球から手を引くだろう。姿を出した今ここで倒さなければならない。
「無理だヨ。今は誰にも僕を倒せなイ」
メノルは避けようとしない。それよりも先に動いたタニングはガーディアンの脚を掴んで、何度も地面に叩きつけた。
「それじゃあ頑張ってネ」
頼りであった昇士の攻撃が通用せず士気が落ちていた。
一撃を受けたタニングは昇士を狙って走り出す。障害物は全て跳ねていき、直線距離の上で加速していった。
「避けろ!」
反応に遅れた昇士にタニングが迫る。だがそれに対し、遅れて駆けつけたセルナと那岐が立ち塞がった。
「灯刀!今までどこ行ってたんだよ!?」
話している余裕はない。カウンターなど当然狙えるわけがないので、那岐は波絶でなるべく防げるように鉄壁の構えを取った。
「俺のバリアで止める!」
セルナも剣を突き立てて地面からバリアを張った。
タニングの突進。それは1秒の内にバリアを粉々に破壊し、那岐の下半身の骨全てにダメージを負わせた。
「んんん!」
変身が解けた信太郎は軽く吹き飛ばされたが、那岐はその場から動かない。今の状態で立てるわけがないはずなのに立っており、タニングを止めていた。
「無茶だ灯刀!」
「はー…みっともないわね。自分の力に過信して散々暴れて、こういう時には何の役にも立たないのね」
那岐は違う。今の昇士のようには諦めたりしない。
「はああああ!」
タニングが力負けして退いた。だがそれだけではない。那岐から感じられる恐ろしい気迫が、更にタニングを後ろへと歩かせた。
「…死ぬまでやるけどどうする?もちろん、私とあんた、両方が死ぬまで」
恐怖のあまりタニングは逃げ出した。背後で那岐が倒れたことは気が付いていたが、それでも逃げずにはいられなかった。
「灯刀!」
「まったく…きたえなお…し」
「ねえ灯刀!…シャオ!早く治せ!」
言われずとも駆け寄ったシャオが急いで治療を開始した。
(俺は何のために戦ったんだろうな)
信太郎は立ち上がる。幸いにも怪我は浅くシャオの治療は必要ない。
昇士だけではない。将矢たち他のアクトナイトも次々とそばに集まっていた。
「痛いよ…誰か…俺はここに…」
消えるような声に誰も気が付かない。それから信太郎は挨拶することなく、静かに退場していった。
那岐の下半身が元通りになっていく。治療が終わると起き上がり、すぐにどこかに行ってしまいそうになったところで昇士が手を掴んだ。
「…なに?」
「待ってくれ灯刀、話したいことがあるんだ」
「あっそう。私はないんだけど」
昇士の手を振り払い那岐は離れていく。芽愛は「私に任せて」と言うようにアイコンタクトをすると、那岐の隣に並んだ。
それに対し那岐は特に反応をせず、二人はどこかへ歩いていってしまった。
「そうだ、信太郎!ありが…あれ?いないな」
将矢が礼を言おうと辺りを見渡したが、この場に信太郎の姿はなかった。
信太郎の右耳は千切れているが、セルナマテリアルの力で痛みはカットされていた。
何に対しても意欲が湧かなくなっていた彼は、ただボーッと街を歩いていた。
街の人たちはアクトナイトである彼に目を向けてヒソヒソと話すが、もう何も気にならなかった。
「帰ったら…母さんに憎まれる…戦っても…救われない…」
呪詛のようにブツブツと唱える信太郎はもうアクトナイトの正体であること関係なしに街で目立っていた。
そんな信太郎は逃げるように真華の家へ。真華はイズムにこの国でのルールを教えてるところだった。
「じゃあテストするよ?信号の色が青の時は?」
「わたってよし!」
「赤の時は?」
「わたっちゃだめ!」
常識の理解は難しいことではなかったようだ。イズムはもしかすると、子どものような性格をしているが実際のところ凄く賢いのかもしれない。
「おじゃまします。イズム君どう?」
「凄く賢いよこの子。多分信太郎君よりも」
「そうじゃないとこの先つらいよ」
真華は勉強を中断すると、ラップを掛けていた料理を並べた。
「信太郎君戦った後なんでしょ?お腹空いたよね?ご飯にしよっか。イズム君、教科書は?」
「たなにもどす!」
真華が一から作成したテキストを本棚に戻して、イズムは手を洗いに行った。
「お腹減った…」
「信太郎君?」
「なに?」
「手洗いは?」
「え…」
「手洗い…は?」
「はい。分かりました」
めんどくさがりながら、信太郎も手を洗った。
だけど悪くない。昔、両親に外面だけで甘やかされていた。だからなのか、ちゃんと叱られるのが嬉しかった。
昼食を終えた信太郎だがすぐには帰してもらえなかった。イズムの勉強を手伝うようにと、紙で作ったコンビニのジオラマと人形を渡された。
「こ、これでどうやって勉強するの?」
「信太郎君は店員ね?イズム君、おつかいお願い出来るかな?」
真華はレジに並ぶ信太郎の3倍はある大きな人形で、イズムに話し掛けていた。
「うん!…真華、おかいものいってきて!」
「いやいやそじゃなくて…おつかい行ってきてくれないかな?」
「!…いいよ!なにをかってくればいいの?」
イズムは真華からメモ用紙を受け取ると、持っていた人形をコンビニへと進めた。
「おちゃ…おちゃ…」
イズムの人形はドリンクコーナーの前へ。どうやらお茶をカゴに入れているつもりらしい。
「おにぎりは…3つ!」
メモの通りにイズムは買い物を進めていく。買いたい物を揃えると、イズムはレジへ向かった。
「はい信太郎君、店員役」
「え、台本とかないの……いらっしゃいませー」
「おつりはけっこうです!」
「違うでしょイズム君袋はいりませんでしょ」
「!まちがえました。ふくろはいりません」
信太郎は苦笑いしながら、自分の人形をカタカタと動かしてレジ打ちをさせている。
「値段どうする」
「お財布の中に1000円入ってるから980円で」
真華に言われた通りに、信太郎はお茶やおにぎりに適当な値段を付けて合計980円にした。
イズムは財布から千円札を出して信太郎へ。お釣りの20円を受け取ると、イズムの人形はコンビニから出ていった。
これは真華が考えたという人形勉強方らしい。効率がいいかはさておき、楽しいのでイズムもちゃんとやってくれるのだ。
「凄いじゃん!前はお菓子買っちゃったのに偉い!」
「へへへ~」
「今度は本物のお店で買い物してもらおうかな」
本物の店で買い物なんて出来るわけがない。信太郎はそう思った。
イズムは宇宙人だ。シャオのように人間に擬態する術もなく、それに視察員たちのせいで街の人の宇宙人への印象は最悪だ。
いくらイズムがいい子だったとしても、どうなるか分からない。
「どうしたの信太郎君?」
「な、何でもないよ」
信太郎は何も言わなかった。きっと真華も分かっているはず、コンビニに買い物なんて行かせないだろうと思いながら。
それからいくつも勉強を行って日が落ち始めた頃だった。
「…俺、そろそろ帰らないと」
「もうこんな時間なんだ…付き合ってくれてありがとう信太郎君。イズム君、楽しそうだったよ」
勉強に疲れたイズムはソファで眠っていた。
「明日は学校来る?」
「いや行かないよ」
信太郎は靴を履いて玄関の扉を開けると、外から肌寒い風が流れ込んで二人の髪が揺れた。
気が付けば秋が終わりそうだった。