第51話 日常が変わり始める前
昇士たちは学校での一件の後、アクトナイト記念公園へとやって来た。
今回は信太郎を除いた普段のメンバーに加えて、新しく芽愛も一緒だ。
「陽川さん。もう何ともない?」
「うん…大丈夫。ありがとう朝日君」
デスタームから与えられた再生の実によって芽愛は一命を取り留めた。
しかしその際、昇士は彼と契約を結んでしまったのだ。
「これからどうなるか。政治的な事については、その時にならないと俺にも分からない」
「昇士!あんた自分が何やったか分かってんの!?」
「でもああしなきゃ陽川さん助からなかったでしょ!」
「!…陽川陽川陽川って!そんなにそいつがいいなら!」
「はいはい喧嘩ストップストップ!アクトナイト、俺たちこれからどうすればいい?」
将矢は二人の口論を止めて話を戻す。こういう風に奏芽と揉めたりしたなぁ、と懐かしみながら。
「まず、宇宙全体的に見てこの星は物凄く弱い。他の惑星人が来るようになれば間違いなく犯罪が増加するだろう。宇宙警察を配備することも想定されるが、その際どれだけ不利な条約を結ばれるか分からない。1つ言えるのは、間違いなく地球は以前よりも悪い状況になるということだ」
それを聞き那岐の昇士を見る目が更に鋭くなった。
「俺たちに出来るのはただ1つ。地球を守るために戦うことだ。これからはメルバド星人の怪人だけでなく、来訪する人間とも戦うことになるだろう」
戦いは更に激化する。その行方に何があるのか、誰にも想像出来なかった。
それから数日後、国会議事堂前に宇宙船が降り立った。世須賀市の空を巨大飛行物体が覆う光景に誰もが絶望した。
ケスタ星、ネンドン星、アルバ星。地球よりも高度な文明を持つ惑星から、偉い人間が押し寄せた。
日本は地球の中でも弱い国なので、だから政治的に狙われたと誰もが言うが、宇宙人たちに初めに日本に来た理由を尋ねると誰もが同じ台詞を口にする。
「ここにアクトナイトがいるからだ」
そうすぐに日常に変化が出るわけではない。将矢たちは普通に学校に通って、学生らしく暮らしていた。
「最近怪人出ねえな…まあ、平和でいいや」
「だね~…あ、ご飯粒。はむっ」
奏芽の口が米粒の付いていた頬に優しく触れる。舌で器用に米を取り頬から顔を離すと、今度はリップの跡が薄く付いていた。
昼の弁当を食べ終え、奏芽とのんびり話す。アクトナイトになる前から度々こうしていた。
「…朝日君って結局、灯刀さんに告白出来たの?」
「あ~無理だったっぽい。てか文化祭の日から一度も話してないとか…」
「あっちゃー…もういっそ2人ともこうガッ!て抱いちゃえば良いのに」
「それ千夏も似た感じのこと言ってたぞ」
青空の中を僅かな雲が流れていく。二人の時間は大切な物だったが、これまでよりも大切に感じるようになっているのは、日常が変わっているのが原因だろう。
「地球侵略されるのか…来ねえかなぁ」
「来ないかなって…誰が?」
「デュワッ!ってやつ」
妙な声を出して将矢がポーズを取るが、奏芽にはそれが何なのかよく分からなかった。
「?」
「アクトナイトにそういうの聞いたらさ、いるにはいるらしいけど…宇宙にはもっと邪悪で強い奴がいるから多分来れないって。それに、今は俺たちがそういう存在なんだって」
「ふーん…」
「自分たちの星は自分たちで守るしかない…って聞いてるか?」
話に飽きた奏芽は肩に頭を乗せて眠っていた。
「はぁ~…せっかくいい話してやってんのに…」
将矢も目を閉じて、二人は午後の授業をサボってのんびりと昼寝をした。
「大月君、また休みなんだ…」
「あいつサボり過ぎ…絶対留年するでしょ」
人の来ない校舎裏には芽愛と千夏がいた。
「……そんなことより、これが私たちが変身する時に使うマテリアルで、これが陽川さんの使うアニマテリアル」
芽愛の前にはいくつかのマテリアルが広げられた。
怪人となって人に迷惑を掛けた芽愛には罪悪感があり、そしてもうアクトナイト達とも無関係でなくなってしまった。
そんな彼女は先日公園に集まった際に、一緒に戦いたいと自分から申し出たのだ。
アクトナイトはその申し出を喜んで受け入れ、芽愛には支援を任せることにした。
「アクトナイトさん曰く…こっちが思ってる以上によく働いてくれるとか。ほらみんな、挨拶して」
アニマテリアル達は一斉にアニマルモードへとチェンジして、芽愛に鳴き声で挨拶をした。
「うわ~かわいい!」
「でしょー?陽川さんはこの子たちと一緒に、私たちがいない時に怪人を足止めしたり、逃げ遅れた人を助けて欲しいんだ」
狭い鞄からやっと解放されたことでアニマテリアル達は興奮気味だった。
「キー!キー!」
「ウホウホウホウホ!」
「ワオーン!ワンワン!」
「うるさっ…」
千夏が手をパンパンと鳴らすと、アニマテリアル達は一斉に散って街のパトロールへ。
その場にはただ1体、那岐といつも一緒にいるはずのイーグルが残っていた。
「あれ?…何でこの子?いつも灯刀さんが使ってるやつだ」
「灯刀さんが…へ~?」
イーグルは芽愛の頭の上をクルクルと旋回し始めた。どうやら気に入られたらしい。
「あ~あ…もうちょっと踏ん張れば良かったかな」
「それって朝日君との事?」
芽愛は昇士に選ばれなかった。このまま行けば彼と那岐が結ばれると、誰もが思っていた。
「…私のせいなのかな」
だが、昇士は芽愛を救おうとデスタームと契約を結んでしまい、二人の関係と地球の状況が一転してしまった。
「そんなことないよ。それに、何が来たって私たちで何とかすればいい。そうじゃないかな?」
「…そうだよね。そのためにもみんなと一緒に戦うって決めたんだ」
想い人と上手くいかなかった境遇は、二人ともよく似ている。千夏と芽愛は打ち解けるのが早かったのは、それが影響しているのかもしれない。
「今度は何だってんだ…」
学校にも行かずに適当に街を彷徨いていた信太郎。そんな彼の前に二人の宇宙人が現れた。
「…デスタームさんの…知り合いですか?」
「いいや違う。私たちは宇宙警察のアーツ」
「それとターウだ」
宇宙警察を名乗った二人は一見すると地球人と何ら変わりはなかったが、信太郎には二人がこの星のものではないと何となく分かった。
「宇宙警察…知り合いに育ての親が宇宙警察って女の子がいるんですけど」
「君の思っている通りだ。私たちは灯刀那岐の親だ。親らしいことは何もしてやれていないがな」
「大月信太郎君。少し時間はあるか?見たところ持て余しているようだが」
信太郎は二人に連れられて車に乗せられた。
「この星の車、私は好きだよ。タイヤを笑う者もいるが、地面を大切にしている感じがしてね」
アーツはエンジンを入れると、街の中を適当に走った。どこかへ連れていくことはなさそうだ。
「私たちはデスタームと同じく、99年前からこの星にいる」
「99年前!?昔のアクトナイトの戦いから1年後、すぐじゃないですか!」
「正確にはアクトナイトとメルバド星人の戦いが終わった直後だ。デスタームはこの日本に降り立ち、闇の中から政治に関わるようになった」
アーツの運転はとても上手だった。高級車だからというのもあるだろうが、無駄な動きがなく静かな運転だった。
「そして情報操作を行った。現在、つまり99年後にはアクトナイト達との戦いを人々が忘れるように。完璧にはいかなかったが、それでも日本人はアクトナイトに関係することに関心を持たなくなった」
「それでも関心を持った人間は容赦なく消された。これまでに何千、何万人も。夏休みの自由研究でアクトナイトについて調べた子どもが川底に沈められたこともあったよ。当然、事故として処理されたが……おや、驚かないのか?」
「ビックリはしましたけど…」
「ははは。どこの星でも汚い政治のやり方は一緒ということだな」
政治のために人が死ぬ。それはどうやら、アーツとターウの出身地でも同じことのようだ。
アーツはハンバーガーショップのドライブスルーへとハンドルを回した。
「昼間だから混んでるな…信太郎君、何か食べるか?」
「いや、遠慮しときます」
「そうか…それで私たちの目的はデスタームと彼と協力関係にある星によるこの地球の商品化を阻止することだ」
もしも地球が宇宙に売られる商品になったら。当然資源が他所の星へ奪われることとなり、最終的にはマントルまでも買われてしまうらしい。
星に住む動植物も家畜として買われていき、知的生命体である地球人は、役に立つ場合は奴隷化、それ以外は家畜にされる。もっとも、高度な文明を持つ彼らにとって、役に立つ人間が現れることはそうないが。
「ゾッとしたかな?」
「はい…でもそれってメルバド星人とやってること同じじゃないですか!」
「全く違う。彼らはメルバド星人は戦争をしていると批判するが、自分たちの行動はただの商売だと肯定しているからな」
ターウにハンバーガーを食べさせてもらいながら、アーツはドライブを続ける。似たような景色ばかりで、信太郎は少し飽きていた。
「いつの時代の政治家たちも自分たちの見ている物全てが宇宙だと勘違いする。多少の犠牲はやむを得ない。裏でそう言ってはその犠牲者のことを考えているつもりでいるのだろうが、実際には傷付く人の数だけしか見ていないし、まともに数えられていない。それに宇宙は広い。誰もが地球の商品化を望んでいると思ったら大間違いなのに」
難しいことを言う人だなと信太郎は思う。本来、こういう真面目な話はしっかりと聴いておくべきなのだが、眠気に襲われ出した信太郎はまともに聴いていなかった。
それから2時間近くのドライブで信太郎はかなり疲れていた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。最近歳を取ったせいか、どうも話がしたくなっていてね」
「そっすか…はい」
信太郎は適当な場所で車から降りる。アーツ達は去り際に一つ頼み事をした。
「そうだ、娘に伝言を頼めるか?…追い出したこと許して欲しい。これは恋を知った君のためでもある…と」
「…それ自分たちで言えないんですか?」
「私たちは現在、デスタームの管理する対地球外生命体組織に所属している。組織から追放した那岐と迂闊に接触することは許されていない。よろしく頼むぞ」
言いたいことを好きなだけ言って、アーツは車を走らせて行ってしまった。
「…恋ねぇ…気に入らないな」
任された伝言を伝える気はない。嫌なことを思い出した信太郎は、行く宛もなく再び街を歩き始めた。
少年少女は怪人が出ない平和な日々を過ごしていた。これから始まる激動の渦に、既に飲み込まれていることにも気付かずに。