第50話 素質
文化祭当日。遡ること午前8時頃。
文化祭に乗り気でない信太郎は、それでも何か良い思い出が出来るかもしれないという小さな期待を握り、学校に向かって歩いていた。
だがそんな彼の前に再びメノルが現れた。
「またお前かよ…何の用?」
「君たちの学校でお祭りがあるみたいだから邪魔しようとネ。でも怪人が造れてなかったから代替を用意しようと思っテ」
2人は剣を抜いた。信太郎は変身しようとしたが、ある異変に気がついた。
「アクトナイト…?アクトナイト」
剣を握れば心が繋がるはずのアクトナイトから何の反応もない。剣を握っている時にいつも感じる、誰かと心が繋がっている感覚が今はなかった。
「変身しないノ?」
「するよ。アクトベイト!」
セルナの剣とメノルの剣が衝突する。技術面では劣るが相手は生身だ。パワーで圧倒して一太刀でも浴びせられたらこちらが勝てる。
そう勢いに乗って戦いを始めたのだが、すぐに崩された。
「そんな…生身でそれって!」
「僕は強いヨ。だから王子だって務められるんダ」
胸に、肩に、次々と攻撃を喰らっていくことで、信太郎に焦りが出始める。
(どうしよう…)
次の攻撃が想像出来ず、勝つ自信が薄れていた。アクトナイトと会話が出来ないだけでなく、彼のエナジーと共に送られてくる戦い方や勇気も感じられなかった。
今の信太郎は自身の力でのみ変身を持続できているのだ。
「どうしたノ。動きが鈍いヨ」
「くっ!うああああ!」
セルナの大振りを回避したメノルは、隙だらけとなった彼の側面を剣の柄で力強く殴った。
「あっっ!」
それを喰らった信太郎は変身が解け、意識を失って地面に倒れた。
「…不思議ダ。不思議に思うくらい君は弱イ」
メノルは信太郎を抱えると、建物の屋根を跳び移って彼の学校を目指した。
信太郎が次に目を覚ました時には校舎の屋上だった。
自分を倒した相手はその隣で、校舎で買ったたこ焼きを食べていた。
「面白いネ。少し離れた場所じゃ怪獣の傷痕が残ってるのにお祭りなんテ。不謹慎じゃないかナ?」
「そういうことがあったからこそ、こういう時間が大切になってくるんだろ。大体、そっちが仕掛けてきた怪獣じゃないか!」
信太郎の手足には見たこともない装置が取り付けられており、身動きを封じられている。これでは助けを呼ぶことも出来ない。
(ここで叫んで…いやいやそんなことしたらこいつが何するか…)
結局、信太郎が何もしないまま時間が流れて状況が変わりだした。
平和な文化祭は、突如現れたメルバドアル達によって壊された。
「………」
「いい気味だよネ」
「んなわけないだろ…それよりもいいの?こんなところでグズグズしてたら、将矢たちに全滅させられけど」
それから数分が経過した。だが、アクトナイト達がいくらアルを倒しても、次から次に沸いて出てきている。
「どうしてだ…」
「メルバドアルは怪人に連鎖して現れル…というのが僕たちの認識だったけど実際は違ったみたいなんダ」
これまでメルバドアルは怪人が出現すると、それの活動を支援するかのように現れていた。
しかしこの場には怪人の姿はどこにもない。
「メルバドアルは悪に連鎖して現れル。信太郎君、君は今このお祭りが壊されるのを見て、内心喜んでるんじゃないノ?ざまあみろっテ」
「そんなこと思ってるわけないだろ!」
「でも考えてみなヨ。君は傷付きながらも街を守るために戦ってるのに、ありがとうのお礼すら言われなイ。それどころか専門家気取りで考察を始める人が現れたり、助けてもらったことを忘れてこうして呑気に生きている人たちがいル。気分悪くならなイ?」
メノルの言う通りだった。どれだけ口で否定しても、信太郎の心は文化祭が破壊されることを喜んでいる。
生徒たちの恐怖に怯えている顔がとても面白かった。
「違う…違う!俺はそんなこと!」
「あのアルは君がここに来たことに連鎖して現れたんだヨ。この破壊活動も君自身が望んだことなんダ」
「そんなわけあるか!」
「大丈夫!?」
足元から芽愛の大きな声が聞こえた。彼女は避難に遅れている生徒を助けようとしていた。
「陽川さん…」
街を襲った怪人がどの面下げて文化祭に参加してるんだ。
一瞬、ほんの一瞬思ったことはメルバドアルにしっかり届いていた。
「陽川さん逃げろ!」
芽愛は逃げ出す生徒を庇おうと、背中に大きな傷を負って倒れた。信太郎は何も出来ず、ただ上から見下ろすだけだった。
「そんな…こんなはずじゃ…俺はただ文化祭が嫌なだけだったんだ。それなのに…」
それから怒りの昇士がメルバドアルを全滅させた。この時には既に信太郎に文化祭を破壊したいという悪意はなく、彼は芽愛の身を案じていた。
「………面白い会話してるヨ。せっかくだから聴かせてあげるネ」
メノルは自身の聴覚と信太郎の耳をリンクさせた。地球人の何倍も聴覚が優れたメルバド星人の耳では、足元での会話が用意に聴くことが出来た。
「朝日君…好きだよ…大好き」
信太郎の思考が停止した。何となくこんな気はしていたが、気のせいだと言い聞かせてそう思い込んでいた。
しかし、芽愛は昇士の事が好きだった。それも死ぬ間際、恐怖も恥じらいも全て忘れ、笑顔で想いを伝えられるほどに。
目眩がして、視界が歪んでいくようだった。もう何も考えたくないのに、彼の脳は目の前の事を理解しようと働いている。
「朝日昇士君。この星、地球の代表として私と契約しませんか?」
そして突然現れた謎の男と昇士が契約を結び、芽愛は一命を取り留めた。
上から見ていた信太郎のことに気付くことなく、彼らは記念公園の方へと向かって去って行ってしまった。
「待って!…待って…」
「君は人々の日常を壊しタ。君に仲間はいなイ。もう信太郎君は僕たち怪人側の人間…悪なんじゃないノ?」
「現メルバド星王子メノル・シルブブブゼラ。それ以上の接触はやめてもらおうか」
先程の謎の男がいつの間にか彼らのそばに立っていた。ただならぬ雰囲気のこの男は味方か敵か。
「いいノ?まだ外交を結んでないこの星で好き勝手やっちゃっテ」
「君を止めるためならある程度の規律違反は目を瞑ってもらえるんだ」
やれやれと呆れた様子で、信太郎からメノルが離れていく。彼の身体に取り付けられていた拘束具も外れてドタンと床に落ちた。
「これ以上この宇宙の理を乱すというのならその少年を排除するつもりだ」
「だったら今やればいいじゃン。どうして信太郎君を生かしてるノ?」
「私も無駄な殺生はしたくない。それにその少年には宇宙に存在する価値がある。王子、君と違ってね」
「そっカ。まあいいヤ。今日は信太郎君を返すヨ。まだその時じゃないからネ」
「その方がいい」
デスタームは信太郎を回収した途端にその場から消えた。
「…一足遅いよデスターム。信太郎君にはやっぱり素質があル。どんなタイプの怪人になるか楽しみダ」
信太郎は見知らぬ場所に誘拐された。
「私はデスターム。対地球外生命体組織の総帥を努めている…私も君たちと同じ、平和を望む者だ」
「助けてくれてありがとうございます…でもどうして?」
「悪はメノルただ一人。利用されるだけの君を殺すつもりはない。しかしそれは普通の人間だった場合の話だ」
信太郎は普通の人間ではなくアクトナイトだ。怪人と戦う人間は、この地球において普通ではない。
「もしも君がアクトナイトをやめれば剛を仕向けるのはやめよう。だがやめなければ私たちは君の敵だ。それに…」
「…?それになんですか?まあ、俺はアクトナイトやめるつもりないけど」
「この宇宙に住む全ての生命体の事を思うのなら、アクトナイトをやめて欲しい。間違いなく地球はメルバド星人の物となるだろう。しかし、宇宙が書き換えられるよりはよっぽどいい」
「う、宇宙の書き換え?よく分かんないけど…それでもやめませんよ」
「そうか」
デスタームは溜め息を吐くと、信太郎には特に何もすることなく彼の元を離れていく。
「そうだ。間もなくこの星は他の惑星との交流を始めることになる。悪いようにはならないよう努力するが、日常が変化するということだけは承知していてくれ」
次の瞬間、デスタームは信太郎の目の前から消えていた。
敵に敗れ芽愛の想いの向きを知り、大袈裟にも信太郎は自分にはもう何もないと絶望していた。
「…帰ろう…」
スマホで地図を開く。それから右へ左へと、たまに道を間違えながらも、なんとか家へと帰宅した。
「信太郎君!?大丈夫だったの!?」
家では学校に怪人が出現したことを知り、信太郎を心配していた理恵子がハラハラしながら待っていた。
「はい。逃げてそのまま帰って来ちゃいました」
ニコッと微笑んで信太郎は靴を脱いだ。最近では理恵子に注意されて、脱いだ靴を揃える癖が付いた。
「良かった…怪我はしてないのね?」
「大丈夫ですよ。俺は平気です」
平気。どこが平気なものかと信太郎は心の中で自嘲する。身体は無事でも心はボロボロになっていた。誰かに慰めて欲しかった。
「…そうは見えないわよ信太郎君。何かあったの?」
「え…いや大丈夫…大丈夫ですから…」
「つらい時は我慢しなくていいのよ」
「…なんかすいません…」
信太郎は涙を流した。
他人から見れば大したことない失恋でも、彼からすればこれまでのことも含めてとてもストレスになっていた。
「ちょっと嫌なこと色々あって…」
「よしよし…」
自分を優しく抱きしめる理恵子には、昔感じたことがあるはずの母の温もりがあった。
「頑張ってるつもりなんですけど…報われないっていうかなんて言うか…」
「報われるわよ…信太郎君は頑張ってるもの」
その少年にはアクトナイトという戦士の勇気、高校生という社会人らしさも何もなかった。
今の信太郎はとても情けなく、子どもらしかった。