第5話 メルバド星の王子
その日、世須賀市は豪雨に見舞われた。
奏芽は教室で替えの靴下に履き替えていた。その横で将矢はソシャゲのガチャを回していた。
「…足気持ち悪くないの?」
「マテリアルの力で乾かし中。けどめちゃ痒い」
将矢はフレイスマテリアルを靴下の中に入れて、僅かに発せられる熱で水分を蒸発させていた。
ホームルームの時間が近づくにつれて教室の人が増えていく。啓太が教室に入ってくると将矢は立ち上がって雑談しに行った。
「…千夏と大月君…遅いな」
もうすぐ朝のHRが始まるというのに二人の姿がなかった。嫌な予感のした奏芽はカバンの中にあるトロワマテリアルを探した。
豪雨の中、二人の戦士が怪人と戦いを繰り広げていた。
「来るぞ!」
怪人は雨粒を避けるような鮮やかで素早い動きで千夏が変身しているアクトナイトビヴィナスを狙って攻撃を仕掛けた。
「は、速い!避けられない!」
「信太郎!オブジェクトスワップだ!」
セルナはアクトソードのグリップを叩いた。するとセルナの神秘の力が怪人と一滴の雨粒の位置を入れ替えた。
直後に怪人が殴ったのはビヴィナスではなく付近の自動車であり、怪人を巻き込んで爆発を起こした。
しかし怪人は猛火の中から無傷の姿を現した。。
「まじか…傷一つなし」
「車の爆発程度で倒せるわけがない。二人とも、弱点を頑張って探してくれ」
無茶を言うアクトナイトだがその通りだ。そうすることでしかこの状況を変えられない。
「俺が戦ってみる!金石はこいつの分析をしてくれ!」
「千夏。トロワマテリアルのデバイスモードでやつをスキャンしてくれ。俺が分析する」
ビヴィナスはデバイスモードのカメラで怪人を撮影した。アクトナイトが分析を終えるまでの間、セルナが怪人の相手をした。
「俺が相手だ!」
信太郎はここでアクトナイトが分析を終える前に怪人を倒してやろうと高を括っていた。
今回の怪人は大きな斧を振り回していた。強力な武器の分動きは遅いのでそう簡単に攻撃を貰わなかったが、だからこそ信太郎は油断した。
「これで!」
次の瞬間、セルナは胸に大きな傷を負っていた。
「ど、どうなってんの…」
「大月君!」
胸を押さえて倒れるセルナ。信太郎にはまだ意識が残っており、頭の中で今の一瞬に何が起こったのか理解しようとしていた。
確実に頭部へ剣を振り下ろしたはず。しかし気が付いたらこうして倒れていた。
「信太郎!お前今、身体が止まってたぞ!まるでその場に固定されたみたいに!」
ビヴィナスのマテリアルを通して戦闘を見ていたアクトナイトがそう叫んだ。
「胸が…!」
横たわるセルナの胸から溢れる様に血が流れ出した。その光景を前にした千夏は怯えきっていた。ソードを持つ手が震えていた。
「逃げるんだ…金石!」
声の出せない信太郎はソードを通して千夏に伝えた。そう言われた瞬間にビヴィナスは戦線離脱。その場から逃げ出した。
「千夏!?何をやっているんだ!」
「無理だよアクトナイト!」
間もなくして信太郎は剣を手放したのか心が途切れて何も感じられなくなった。
それと入れ替わるように奏芽の声がした。
「ちょっと奏芽?もうすぐホームルームだよ。どうしたの?」
「大月君がやられちゃった!」
それを聞いた奏芽は将矢と啓太を呼んで雨の中に飛び出した。
合流した千夏はとても怯えていた。何が起こったのか話せなかったが、彼女が言わなくてもソードを持っていたことで三人には伝わった。
「そんな!…とりあえず助けに行こう!」
先程まで怪人と戦っていた現場へ。しかしそこに残っているのは戦跡のみで怪人と信太郎の姿はどこにもなかった。
「信太郎は連れていかれたと考えるのが妥当だ」
「あいつ誘拐されたのか!?…信太郎、聞こえるか!おい!」
将矢は信太郎に呼びかけたがは返事がない。心が繋がっている感覚もなかった。
逆に今心が繋がっている四人は互いの焦りを共有しており誰もがパニック寸前だった。
「落ち着け!みんな落ち着くんだ!」
信太郎は怪人に誘拐された。何が目的なのかも分からず手がかりもない。
「アクトナイトさん。どこにいるとか分からないんですか?」
「信太郎が一度でもソードに触れてくれたら即探知出来るが…捕まった彼にそんなことが許されているかどうか」
道路には信太郎が流したと思われる血が水溜まりで混ざっていた。
それからはやれることをやった。怪人を探し回ってみたが信太郎の姿はなく、四人はお手上げだった。
「はぁ~…無事だよなあいつ?」
「知らないよ私に聞かないでよ…」
「どうしよう…」
焦り、苛立ち、絶望。仲間一人を誘拐されてしまった事で思い浮かぶ様々な問題が四人の余裕を奪っていった。
「信太郎の反応があったらすぐに連絡を入れる」
これ以上出来ることはない。四人は授業を受ける気力もなく、雨に打たれながら各々の家へと帰っていった。
「しかし…」
一つの疑問があった。それは戦闘中に信太郎がその場に固定されたように動かなくなった事だ。
「あいつには一体どんな能力が…」
あの能力を攻略しない限り勝ち目はない。アクトナイトは先程の戦闘を振り返り始めた。
「…ふう…あったかい…」
千夏は帰ってすぐに浴室に入った。お湯が溜まるまでの間はシャワーで身体を温めた。
頭と身体を洗い終えた頃にはお湯が溜まっていた。昔から千夏は水を立てずに爪先から入るという癖があった。
下に俯くと水面に映し出される自分と目が合った。
「…私があの時…逃げちゃったから」
みんなは戦いから逃げ出したことに責めなかったが、自分のやってしまった事はとても酷いことだと思っていた。
もしも信太郎の居場所が判明したら真っ先に駆けつけるつもりだ。
「ごめんね大月君…」
デバイスモードのトロワマテリアルで何か騒ぎは起こってないかと調べるも、まだ何もない。
ボーッしていた千夏は手を滑らせてマテリアルを湯船へと落っことした。
「あっ!…壊れて…ないね?」
「おい起きロ!」
連れ去られた信太郎が目を覚ましたのは暗く狭い部屋だった。
「…胸が!」
「死なない程度に傷は治してやっタ。ここは我々の宇宙船ダ」
部屋には信太郎の他に見たことのない生物が二足で直立しており、何より喋っていた。
「お前…メルバド星人か!」
「質問するのはこっちダ!何故アクトナイトが五人もいル?」
メルバド星人は刺又で信太郎の胸を何度も殴った。
五人もいる理由は特に重要なことではないのかもしれないが、それでも信太郎は口を割らずに黙っていた。
「そこまでにしなヨ。傷口が開いて死んでしまうかラ」
「お、王子!」
王子と呼ばれたメルバド星人は信太郎と同じくらいの身長をしていた。
「こんにちハ。日本語これで合ってル?一応勉強して来たつもりなんだけド」
「流暢ですね…」
王子は信太郎の手首に付いた輪を外した。信太郎は恐る恐る立ち上がって王子と見つめ合った。
「少しお話しようヨ」
「えぇ…はい」
信太郎は戦いの後、この宇宙船に連れて来られた。
この宇宙船は地球侵略の為に造られた最新鋭の物で、普段から透明になって空を飛んでいるらしい。
「…そんなこと俺に話していいんですか?」
「別に地球侵略は難しいことじゃないからネ。僕は君と話がしてみたかったんダ。大月信太郎君」
巨大なモニターには宇宙船の下方が映されていた。この宇宙船は世須賀市の上空で停まっているようだ。
「僕の名前はメノル・シルブブブゼラ。ここから遠く離れた場所にあるメルバド星の王子だよ」
「本当に王子なんですね…」
それからメノルは雑談ついでに宇宙船の中を案内した。
油断したら背中か刺されるんじゃないかと信太郎は怯えながら宇宙船の中を見て回り、忘れないようにした。
「お腹空いたよネ?…ちょうどいい時間ダ。この宇宙船のクルーは日本時間に合わせて活動してるんダ。お昼にしよウ」
なんと信太郎はメルバド星人の王子と二人きりで食事をすることになった。
警備兵すらいない二人きりの部屋。それでもアクトソードがない今信太郎に抵抗の意思はなかった。
「…なにこれ?なんですかこれ?」
食卓に並んだのは金平糖のように鮮やかに光を反射する料理だった。
「コメット料理だヨ。栄養を含んだ隕石や惑星を使った宇宙の高級料理」
「わ、惑星ね…」
今目の前に並んでいる料理。それに使われた惑星に人が住んでいたのかは、恐れ多くて聞くことが出来なかった。
信太郎は料理の見た目にこだわらない種類なので食べることにそこまで抵抗はなかった。味は高級料理と言われるだけあってか本当に美味しかった。
「食べたら地上に帰してあげるヨ」
「え?帰してくれるの?」
「うン。それでさ、聞きたい事があるんだよネ。答えたくないだろうけどアクトナイトの事なんダ」
そう言われた信太郎はギクッとして食器を持つ手をストップさせた。
「………」
「別に作戦とか正体が知りたいわけじゃないんダ。知りたいのはその心だヨ」
大切な事をこれから話すのだろう。食器を下ろしたメノルを真似して信太郎も食器を手放した。
「きっと君はなりたくてアクトナイトになったわけじゃないないんだよネ。変身する機会があって変身してそれから戦い続けてル。そうでしョ?」
「うん…まあそうなんだけど…」
「どうして君たちは戦っているノ?」
「そっちが怪人を送り込んでくるからでしょ!」
こいつらさえいなければ戦うことなんてなかった。そう思うと信太郎は怒鳴らずにはいられなかった。
「まさかどっちが正義で悪とか言い始めるつもりじゃないよな!街の人はお前達の送り込んだやつらのせいで苦しんでるんだ!」
「そんなんじゃないヨ。どうしてアクトナイトは戦わないノ?」
「…事情だ。事情があるんだ」
今のアクトナイトは姿を表に出せず、アクトソードとマテリアルを借りて信太郎達が戦っているのが現状だ。
「事情…例えば姿が見せられないとカ?」
「………」
「その人は本当にアクトナイトなノ?」
信太郎は背筋が凍るように感じた。自分達はこれまでアクトナイトの声に導かれて戦っていた。
しかしそのアクトナイトが本当にアクトナイトなのか。メノルの質問はとても不気味なものだった。
「僕たちの星で地球の再侵略が決定したきっかけはアクトナイトの訃報だったんダ。太陽系を守る戦士がいなくなって好都合と思ったら君たちが戦っていてビックリだヨ」
「アクトナイトの…訃報?」
アクトナイトの死がきっかけでこの戦いは始まったとしたら、今信太郎達と共に戦うアクトナイトは何者か。
「…良いことか悪いことかは自分たちを信じていいと思ウ。この星を守る為に戦うのはとてもいいことだと思ウ。けど君達に力を貸すのは…一体誰?」
信太郎は混乱して食欲が失せていた。頭の中はアクトナイトのことでいっぱいだった。
「ここまでにしようカ。船を降ろすヨ」
「いやいい…自分で帰る。剣を返してくれ」
それを聞いたメルバド星人の兵士はトロワマテリアルを簡単に返してくれた。
「それじゃア。これからお互い頑張ろうネ」
ボードモードのマテリアルに足を乗せた信太郎は宇宙船から飛び降りた。
「信太郎!無事なのか?」
「大月君!?自力で脱出したの?」
「ごめん…少し話しかけないで」
アクトナイトの疑問は誰にも知られてはならないと、信太郎は別の事を考えながら地上に降り立った。