第49話 文化祭当日
信太郎たちの高校で文化祭が行われた。
彼のクラスでは予定通り、生徒たちが仮装をして接客する仮装喫茶が開かれていた。
「やっぱり信太郎のやつ、休んじまったか…」
「あんまり乗り気じゃなかったみたいだし…」
将矢は一昔前のギャル、奏芽も一昔前のリーゼント頭のヤンキー姿になっていた。
笑いに走ったカップルの意外な姿は、クラスメイト達にはしっかりとウケていた。
「雰囲気悪くしないように弁えたのは偉いんじゃない?」
千夏は読書の秋に合わせて二宮金次郎像の格好をしていた。だが手に持っているのはライトノベルで、背負っているのは軽いリュックだ。
「その言い方はないだろ…」
「…ごめん」
「まあ聞いたところだと十割大月君が悪いから…謝ってくるまで放置が正解だよ」
「あー君たち?写真いい?」
千夏の母親がスマホを向けた。三人は笑顔とピースサインを作るとカメラの方を向いた。
「はい、チーズ…それにしても金次郎像ってあんたロクに勉強してないのによくやらせてもらえたね」
「くじ引きで決まったんだよ。仕方ないじゃん」
文化祭は特にトラブルも起こらず、順調に進んでいた。
その頃、別の階に用意された専用の準備室では、昇士と那岐の衣装の準備が始まっていた。
「目立ち過ぎじゃない…?」
「主役だからこれぐらいでいいの!」
失恋から立ち直り、芽愛も張り切って昇士の全身をチェックしていた。
「俺主役なんだ…」
昇士はベルトにレプリカの剣を差した。ふと蘇ったのはもう何週間か前になる、芽愛との戦いだ。
感じるべきではない罪悪感を持つ昇士に比べ、立ち直った芽愛は一人のクラスメイト、いや友だちとして接してくれていた。
「…身体大丈夫なのか?」
「うん。何ともないよ。もう怪人には変身出来なくなっちゃったけど………でもビルの上を跳んだり、車よりも速く走れたのは楽しかったなー!」
「楽しかったって…」
怪人化による後遺症などはない。むしろ、感情的になって心を昇士にぶつけられたことは自身の成長に繋がっていると芽愛は前向きに捉えていた。
「出来た!アクセサリーあんまり頑丈じゃないから、ぶつけて壊したりしちゃわないように気をつけてね」
(制服より動きづらい…!何の格好だこれ?)
昇士は王子様の格好をして立ち上がった。装飾が凝っている分、身体の動きに制限が掛かって不便だった。
「いや!こんな格好恥ずかしい!」
「はいはい逃がさないよ~!」
仕切りの向こう側にいる那岐も、昇士と同じような派手な衣装に着替えさせられている。
どんな格好になるのか、昇士は楽しみにしていた。
「…陽川さんの格好もいいね!似合ってるよ!」
一瞬、芽愛が寂しそうな顔をしたのに気付いた昇士はすかさず衣装を着こなす芽愛を褒めた。
芽愛は他と比べると少し肌の露出度が高めなアラビアン衣装を着ている。
生地が薄いので、昇士は格好を整えてもらっている間に何度も触れた胸の柔らかさをしっかりと覚えてしまった。
(灯刀は本当、波絶の刃みたいに平らな胸してるけど、陽川さんのはデカイよなぁ…)
那岐は強いし勉強も出来るし完璧と言っても過言ではないが…胸がないのだ。
「…貧乳だって立派なステータスだよな、うん」
「え?小さいかな…結構自信あるんだけど…」
目の前でたゆんと胸を揺らす芽愛。それを見て、早く那岐の着替えが終わって欲しいと祈る昇士だった。
それから数分後、那岐の着替えが遅れて完了した。
「おぉ~灯刀さん!めちゃめちゃ似合ってる!」
「暑い…」
あまりの厚着に那岐は汗を流している。衣装に不備がないか身体を動かしてチェックしようと立ち上がるが、今までにないぐらい動きにくい衣装に那岐は苛立っていた。
仕切りのボードが避けられて、ついに二人は対面した。
「灯刀…可愛いじゃん!」
お姫様姿の那岐を見て思わず声に出た昇士。不機嫌そうだった芽愛はそれを聞くと、視線を逸らして恥ずかしそうにしていた。
「ありがと」
「さあさあお二人さん!これ持って宣伝お願いね!」
二人は広告用のプレートを渡された。派手な格好で注目と客を集める作戦らしい。
「それじゃあ行こっか」
「………うん」
いつにもなく静かな那岐が、昇士にはとても可愛らしく見えていた。
「あーあ、完敗だねひーさん」
「このエロエロボディが効かないんじゃね~」
二人を見送った後、芽愛が友人たちに慰め…というには少し違う気がするが、とにかく言葉を送られていた。。
「顔も性格もほぼ互角!…朝日君が貧乳派だったのが敗因かね~」
「はぁ…」
「仕方ないなぁひーさん…今日は私たち、奢るよ?」
「その代わり…もうそんな悲しい顔、朝日君がいないところでもしちゃダメだよ」
「うん…」
悪あがきも効果がなく、芽愛はやっと失恋を認められた。思っているのは、とにかくこの空っぽな感覚をどうにかしたいということだけだった。
クラスメイト達の思惑通り、昇士たちは廊下で注目を浴びていた。
「二階で仮装喫茶やってまーす!」
「ねえねえ写真撮っていい?」
昇士は授業で顔を合わせた程度の女子たちに捕まって写真を撮られていた。
それを見ている那岐はしばらく待っていたが、中々撮影が終わらないのに苛立ち、昇士を睨み付けた。
「やべ…ごめん!そろそろ行かないと!」
殺気を感じた昇士は謝りながら那岐の元へ。持たせてしまっていたプレートを手に取り宣伝を再開した。
「ねえ昇士…」
「なに?」
「…なんでもない」
那岐は距離を寄せようとしていたが、スカートを膨らませている骨組みが邪魔だった。
その頃、昇士たちの教室には宣伝効果で多くの客が来て繁盛していた。
「すいませーん!写真いいですかー」
接客している生徒の中には一緒に写真を撮ることも。
うちのクラスには美形が多いから写真撮影に値段を付けておけばと、奏芽は惜しいことをしたと思っていた。
休憩中の千夏は人の来ない最上階にいた。彼女が今見下ろしている中庭では、ダンス部がパフォーマンスの真っ最中だった。
「啓太…」
初めての文化祭は確かに楽しい。だが、啓太のいない文化祭では物足りなかった。
怪獣の被害を受けて学校に来なくなった生徒は他にもいる。だが千夏は、啓太だけは実は生きていて、ある日急に学校に顔を見せるんじゃないのかと毎日思っていた。
「…寂しいよ」
壁に背を付けて千夏が崩れ落ちる。立ち直れているようでまだ諦められない千夏は、しばらく涙を流した。
昇士と那岐は予想以上の注目を浴びて、フラッと立ち寄ったホールから動けなくなっていた。
「ねえどこ中学出身なの?」
「いつも長い筒背負ってるけど剣道部なの?」
「あう…あうあう…」
男子たちに囲まれたことで那岐はこの時初めて、人とのコミュニケーションが苦手なんだと自覚した。
「しょ、昇士…」
昇士は女子にカメラを向けられフラッシュを浴びせられている。
今すぐ怒鳴ってでも人を散らして那岐をフォローしたいが、自分たちには宣伝の役目があるというのを忘れてはいけない
「すいません!宣伝の最中だから!」
昇士は強引に那岐の手を引っ張り廊下を進んだ。それを見ていた生徒たちはこれ以上邪魔をするのは止めようと、これ以降集まることはなかった。
「ちょ、昇士!手痛い!痛いから!」
「あぁあ!ごめん!」
人のいない場所で一旦休憩。宣伝の最中だが、もう充分頑張ったのでサボっても怒られはしないだろう。
「ねえ昇士。学校ってこんなに楽しかったのね」
「そりゃ今日は文化祭だから…いつも勉強ばっかりだし」
「ううん、そうじゃなくて…私は組織にいた頃に学習装置で…頭に変なヘルメットを付けて勉強させられたの。勉強が終わる度に頭痛と吐き気で最悪だった」
さらっとつらい過去を口にする那岐。自分には耐えられないような教育を受けてきたんだろうなと、昇士は静かに話を聴いていた。
「学校も最初はつまらなかった。周りは馬鹿だらけだし会話のレベルも低くて、同じ人間なのかって疑ったわ」
「いや滅茶苦茶言うじゃん…」
「でも昇士に私の正体が知られてから変わった。一緒に弁当を食べたり、校外学習じゃ色々あったけど…けど、楽しかった。出てない授業のノートを見せてもらったり、今もこうして…凄い格好してる!」
二人は改めて衣装を見比べた。
「昇士は王子様って柄じゃないでしょ!」
「灯刀は…似合ってるよ。少しワガママなところとか、お姫様っぽい」
「言ってくれるじゃない…」
こんな風に話すのは初めてだった。
昇士は那岐を追って戦いに身を投じた。アクトナイトの少年たちと衝突していたり、怪獣によって守れなかったものもあった。
だからこそ力を合わせるということを知り、一致団結する彼らを見て強くなりたいと願った。
「…色々あったね」
「そうね。けどまだ終わってない」
これからも戦いは続く。だからこそ、この那岐と過ごせている平穏の中で昇士は想いを告げることを決めた。
「灯刀!」
「へ!?なに!」
昇士が急に大きな声を出すものなので、那岐はビックリして背筋をシャキッと伸ばした。
「言いたいことがあるんだ………」
「………な、なによ………」
「きゃあああああ!」
悲鳴が聞こえ、校舎の方から物騒な音が響いた。
二人はまさかと嫌な予感がして、慌てて駆けつける。そこにはメルバドアルの姿があり、人を襲い文化祭を壊していた。
「下がってなさい昇士!」
「俺も行く!」
怪人を前にして逃げることは出来ない。波絶がなくとも、那岐は徒手空拳でアルを1体ずつ、確実に仕留めた。
だが昇士は肝心なこの時に限って、力を出せずにいた。
「あぶねえぞ!」
校舎の窓から飛び出てきたフレイスが、昇士を狙っていたアルを燃やし尽くした。
「どうしたんだ昇士!」
「変身出来ない!どうして…」
これまでの変身にはある共通点があった。そのことに気がついていない昇士は、いざという時になれば都合よく変身できると認識していたのだ。
「くっ!」
「昇士、変身出来ないならみんなの避難を手伝ってやってくれ!」
近くにはテントのパイプに脚を挟まれ、動けなくなっている生徒がいた。救助に向かおうにもアクトナイト達はアルに集中的に狙われて、それどころではなかった。
「どうして…うがっ!」
隙だらけの昇士をアルが襲う。物凄い痛みが胸に現れるが、命の危機を感じてもなお、変身は叶わない。
ならば何が自分を変身させるのか。危機が迫っているのにも関わらず、昇士は変身のことばかりを考えていた。
他が助けに行こうにも、メルバドアルは次々と出てくる。倒して数を減らしているはずなのに、いつの間にかその数は戦いが始まった時よりも増えていた。
「大丈夫!?」
骨組みに挟まれた生徒の元へ、校舎から出てきた芽愛が救援に向かった。
「助けて…!」
「待ってね…フンッ!」
芽愛は細い腕に力を入れて、邪魔なパイプを浮かした。その間に生徒は脚を抜くと、芽愛の肩を借りて避難を開始した。
「大丈夫だからね」
「ありがとう…」
しかし、そこを容赦なくメルバドアルが襲った。
生徒を庇った芽愛は背中に酷い怪我を追ってその場に倒れた。
悲鳴は出さず、静かに。
戦いに集中している戦士たちはすぐに気がつくことはなかった。だが昇士は、その光景を目の当たりにしていた。
「あ………」
覚醒は一瞬だった。目に捉えることの出来ない速さで移動した昇士が、芽愛を襲ったアルを切り裂いた。
「昇士!変身したの!?」
まだ不安定なその能力を見た那岐には不安があった。また以前のように暴走状態になるのではないかと。
その不安の通りだ。芽愛が傷付けられたのを見た昇士は今、我を忘れている。
メルバドアルを1体、また1体と倒していく昇士。だがどれだけ倒してもアルは沸いて出てきた。
「チッ…」
昇士は両手を空に向けた。それを見た那岐は何をしようとしているのかすぐに見当がつき、阻止に向かった。
「やめなさい昇士!あんた何しようとしてるのよ!」
「何ってあの雑魚を1体残らず殺すつもりなんだけど」
「学校ごと消し飛ばすつもりでしょ!やめなさい!」
やめるつもりはない。昇士はエナジーを更に溜めた。
だが那岐のビンタが炸裂すると我を取り戻し、昇士は自分のやろうとしていたことを恐れた。
「お、俺は………陽川さん!」
昇士は血を流して倒れる芽愛の元へ。
「っ!しっかりして!陽川さん!おい将矢!頼む、アクトナイトのところまで彼女を!」
「………あさ…ひ…くん」
「喋るな!頼む将矢!」
「無理だ…その傷じゃ公園まで保つ沸けない…」
芽愛は涙を流し始めた。今まで遠くにいた昇士が、ここまで近くに来てくれるのが凄く嬉しかったのだ。
「朝日君…好きだよ…大好き」
「知ってる…知ってるから喋らないでくれ!今どうすればいいか考えてるから!」
「だったら…今だけ…灯刀さんじゃなくて私を見てて…最期は…」
自分の能力を最大限に発揮すれば彼女を記念公園まで連れて行ける。しかしそもそも、能力は発動できない。
将矢たちも諦めている。頼りにはならない。
「灯刀!」
「………」
「おい灯刀!イーグルだ!あの翼で公園まで」
「無理よ!間に合うわけないでしょ!分からないの?もう陽川は助からないって!」
「灯刀さんの言う通りだよ…ねえ朝日君…ありがとう」
「朝日昇士君。この星、地球の代表として私と契約しませんか?」
ハッとして後ろを振り向くと、そこには対地球外生命体組織のリーダーを務めるデスタームが立っていた。
「私の能力で彼女を回復させてあげましょう」
「そっちの用件はなんだ!早く言え!」
「乗らないで昇士!」
それを聞くとデスタームは、鞄の中から分厚い書類を取り出した。
「契約の内容はこちらですが…お読みになりますか?」
じっくりと書類を読んでいる時間などない。一刻も早く、芽愛を治さなければならないのだ。
「読めるわけねえだろ!考えて物言えよ!」
「そうですか…では簡単に説明させていただくと、この地球との惑星間での外交をさせていただきたいのです。この星…いや全宇宙の平和のために………それに私自身、あなたに興味がありましてね」
絶対に裏がある。そう思っても、芽愛を助けるためには契約を結ぶしかない。
「待ちなさい昇士!」
「陽川さんを治せ!外交なり何なり好き勝手やっていいから!」
「…ありがとうございます。意思による契約の締結、確かに確認出来ました」
デスタームはカプセルトイの容器を昇士の元へ送った。中にはドングリのような物が入っていた。
「再生の実です。それを彼女の口へ」
昇士は必死だった。もう那岐の言葉など耳に入っておらず、芽愛の口へ実を押し込んだ。
するとみるみる内に芽愛の傷は治っていき、顔色も良くなっていった。
「それではまた近い内に…言い忘れてました。那岐、組織から脱退の際に発生した1兆円は全額君の銀行口座へ振り込んでおきました。有意義に使ってください。それでは」
芽愛は自分がまだ生きていることを不思議に思いながら、身体を抱えている昇士の顔をずっと見ていた。
「昇士…あんた何やったか分かってんの!?」
「ごめん…けどこうするしか陽川さん助からなかっただろ!」
「そいつ一人のために地球を危機に陥れたのよ!これからどうなるのか…」
「とりあえず…場所変えない?」
戦いが終わったことでその場に人が戻り初めていた。
文化祭はあまりよくないムードで終わりを迎えることなってしまい、その場を離れた昇士たちは記念公園へと向かっていった。