第47話 墜落と飛翔
昇士は飛んでくる攻撃を素手で破壊し、凄い速さで地上の闇へ近付いていた。
「昇士いぃぃぃぃい!」
「灯刀!どうして!?」
そんな彼の元に、翼を畳んで急降下する那岐が追いついた。
「アクトナイトが言ってた!陽川の元に行くなら彼女の形をしたあの闇にまで行かないとダメだって!遠回り、いやもしかしたら一生目覚められなくなるかもって!」
「それでも俺は行くんだ!彼女の元に!」
「だったら私が連れてく!」
那岐は昇士を掴むと翼を広げ、再び空高くへ上昇した。
「その代わり…絶対帰ってきて」
「うん…帰ってくる。俺、言いたいことがあるから」
そんな彼女たちを取り囲むように闇の攻撃が集中する。
だが三人のアクトナイトとアクトーザーが攻撃を防ぐ盾となった。
「行くぞ!俺たちで二人を守るんだ!」
昇士が何としても芽愛の元へ辿り着けるように死守することを決めた将矢たち。
昇士は仲間たちを信じ、全速力で芽愛の形をした闇へと向かった。
「覚えてる?入学式の日のこと」
芽愛は飛んでくる昇士たちの進行を妨げながら、数ヵ月前のことを語り出していた。
「知り合いが一人もいない高校に入って不安だったんだ。これから上手くやっていけるのかなって。あの時は人と話すの得意じゃなかったから」
昇士を想う芽愛は今、その彼を殺すつもりで攻撃を続けていた。闇がコントロール出来ていないのは確かだが、その愛故の殺意は間違いなく本物だ。
「私、誰とも話す勇気がなくて…そんな時に朝日君は声をかけてくれた。私が高校に入って初めて話したのはね、朝日君なんだよ」
それは入学式の日の放課後だった。芽愛は下校途中、財布がなくなったことに気が付いた。
(嘘…もしかして落としたの!?)
財布の中には両親の金で購入した定期券が入っている。それにその財布は恥ずかしくないようにと入学前に買ってもらった新品の財布だ。
芽愛は歩いてきた道を戻った。だがしかし、財布は見つけられなかった。
「そんな…私の財布…」
「こんにちは。もしかしてこの財布、君の?」
泣き出しそうになっていたその時、近くで立っていた一人の男子生徒が芽愛に声をかけた。彼は芽愛の財布を持っていた。
「私の財布…」
「交番に届けようかと思ったけど、定期券が入ってたから、もしかしたら探しに戻って来るかなって…あ、勝手に覗いちゃってごめんなさい」
自分と同じ高校の制服。それもクラスで見た顔だった。
「あ、ありがとう…あの、名前」
「それじゃあ行くね。また明日学校で」
名前も知らない彼は自分が同じクラスメイトだということを覚えていた。
翌日、その生徒の名前が朝日昇士だと分かった。会話が苦手な芽愛はしばらく昇士と話すことはなかったが、短い間に人とのコミュニケーションを勉強して、校外学習の頃には平気で人と話せる少女になっていた。
「勇気を出して君をグループに誘って…けど失敗だった。数合わせに灯刀を選んだのは」
「私ばっかり狙ってくるんだけど!?」
那岐は次々と飛んでくる攻撃を全て打ち落としていた。鍛えられた人間なので体力はあるが、それでも昇士を抱えての作業なので負担は大きかった。
「あんた今度から自分で飛べるようにしなさい!重い!」
「失礼だな!って今度は前から!」
正面から鳥の形をした怪物の群れが迫って来ていた。
「ちょっと邪魔!」
那岐は昇士をアクトーザーへと投げて、アクトナイト達と共に群れへ突っ込んで行った。
宇宙船のデッキでは砲台が展開され、昇士は砲座に着いて仲間たちの援護をした。
「アクトナイト!もっと近付いてくれ!」
「言われなくても!覚悟決めろよ!」
アクセル全開、アクトーザーも遅れて群れに突入した。
「灯刀那岐…私は静かな女の子だと誤解していた。まさか裏で怪人と戦ってたなんて…」
その那岐は今、勝てるはずのない自分を倒そうとしている。弱い彼女と強い自分。なぜ自分を選んでくれないのか、芽愛は悩み始めた。
「どうしてだろう…朝日君は大きい胸嫌い?小さい胸の方が好きなの?それとも刀が似合う女子が好きなオタクだったりしたの?秘密がある人が好きなら私だって怪人になってたんだけど…」
比べてみると自分と大して変わらない那岐にますます腹が立った。
そうして芽愛の感情は荒ぶり、攻撃はますます激しくなっていった。
「全然あの巨体に近付けない!…ちょっとあんた達!ここで頑張ってなさいよ!」
那岐はイーグルの本領を発揮する。群れを抜けて那岐は空高くへ。呼吸が苦しくなるがそこは根性で何とかしてみせた。
(ここまでくれば…)
実際の鷲でも上がって来れない高さまでやって来た。身体は今にも凍りつきそうだが、ここからでしか繰り出せない必殺技が彼女にはある。
「ふぅ…鷲之型…伍之段…イーグルマグナム!」
翼を折り畳み那岐は降下を開始した。ただ落下しているだけでなく、鷲が獲物を狙うように那岐は芽愛を狙って加速する。
その速さ実に時速300キロ越え。普通の人間では耐えられないその負担の中、那岐は芽愛に狙いを定めていた。
「朝日君がアクトナイトじゃなかったのは残念だったよ。けど君への想いに変わりはない。私は君が好きなんだよ…だから灯刀!あんたは邪魔だから殺してやる!」
闇の巨像が行動を開始した。那岐が落ちてくる空へと両手を広げ、バリアを発動させて怪物を生み出し迎撃を行った。
「その程度なら…!」
しかし今の那岐は全身で攻撃を繰り出しているような状態だ。那岐に触れた怪物は一瞬にして木っ端微塵になった。
この一撃で芽愛に何が起こるか分からない。しかし今はやるしかないと那岐は自分に言い聞かせた。
「嫌だ…死にたくない!」
だが突然、空に響いた芽愛の声を聞いた途端に那岐の決意が揺らいでしまった。
那岐の敗北だ。彼女を捕まえるような軌道で、鋭い闇の槍が一斉に放たれた。
「もう…全く…どうしてこうなるのかな」
昇士のそばにいて自分も変わってしまったのだ。それが敗因に繋がってしまったが…不思議と悪い気持ちはしなかった。
むしろ、組織という狭い世界で育ってきた自分が大きく変われたことは、喜ばしいことだった。
「灯刀あああああ!」
槍に貫かれた那岐は翼を失い地上の闇へと吸い込まれていった。
「灯刀さん!」
「やられたのか!?」
闇に吸い込まれた那岐は芽愛の元に流れ着いた。
「私は…」
「灯刀那岐…仮面の少女…」
だがそこに立っていた芽愛は胸が平らで刀を握っていた。髪も長く、那岐にそっくりの容姿だが違うところが一つだけあった。
「あんたは私にはなれない…どれだけ姿を変えても陽川芽愛は陽川芽愛のままよ」
「そっかぁ………君の姿になって近付こうと思ったんだけど無理か…」
それは心である。心は一人一人に与えられた物でその形は唯一無二。芽愛の心は那岐と同じ物ではなかった。
「そうよ、見抜かれるわね…どう見ても弱そうだもの」
「弱い…?私が?君を倒せる私のどこが弱いの?」
那岐の身体には槍に貫かれて出来た穴がいくつも開いていた。これが芽愛にとっての勝利の証であった。
「想いかしら…」
「想い…?くっ…アッハッハッ!君は戦うことしか出来ない!でも私は彼のためならここまでやれる。想いですら私は君に勝ってる?」
「これが昇士の望んだことなのかしら。昇士のためにここまでやったのなら…迷惑だと感じてるわね、あいつ」
「!…お前に何が分かる!いつも彼が隣にいるお前に私の気持ちが分かるもんか!」
その時、那岐の中に芽愛の思いが流れ込んだ。非力で無知で、昇士に近付けなかったことを悔やんでいる。
彼女は闇の力を手にして怪人となったことで、やっと昇士たちと同じ舞台に立てたのだ。一般人から変わって近付ける…はずだった。
「伝えてもないあんたの気持ちなんか昇士が知るわけもないでしょ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
アクトナイト達は怪物の数に圧倒されている。アクトーザーも間もなく燃料切れで墜落してしまうだろう。
「灯刀…………陽川ぁ!なんのためにそこまでする!街を巻き込んで…灯刀まで…灯刀までえええええ!」
昇士はアクトーザーから飛び出した。その身体は地面に吸い込まれることなく宙に浮いていた。
「許さない…許さないぞ!陽川ぁぁぁぁあ!」
怒りに燃える昇士。無差別な芽愛の行いを止めるため今、飛び立った!