第46話 暴走する闇
数日の間、怪人が現れなかった。その代わりに今、登校途中の信太郎の前にはメルバド星人の王子、メノルが立っていた。
「…どうしてここにいんの?」
「様子を見に来たんダ。今どんな感じなのかなっテ」
今回はオリジナルのアクトソードは持ってきていない。戦う意思はないようだ。
「用がないなら帰ってくれない?」
「初めて会った時から随分変わったネ」
つかみどころがない会話に信太郎はだんだんと苛立ち始める。何か急ぎの用事があるわけではないが、あまり時間を無駄にはしたくなかった。
「俺学校あるんだけど?もう行っていい?」
「その余裕のない感ジ。いいネ。君の仲間たちとは大違いダ」
それを聞いた途端に表情が険しくなった。
彼自身、友人たちと比べて今の自分はどこか遅れている感じがしていた。
そこを指摘されたので、カッとなるのも無理はない。
「もっと自分を追い込むんダ。きっと強くなれるかラ」
よく分からない言葉を言い残すと、メノルは空へ吸い込まれるように消えていった。
「なんだったんだ…」
時間を無駄にしただけ。信太郎はそう思いながら学校へ歩いた。
文化祭でクラスの演し物は仮装喫茶に決定していた。信太郎はアクトナイトのメンバーとその他で集まりどんな仮装をするか決めることになったのだが…
「…」
話し合いが始まってから千夏と目が合わない。病院での一件から、二人は一度も会話をしていなかった。そんなことよりも何の連絡もなしに欠席をした芽愛が心配だった。
「信太郎、聞いてるか?」
「あん?何?」
「おぉ機嫌悪……何かしたい格好ある?」
「俺裏方だから」
そう言うと信太郎は机に突っ伏した。いつものことだと将矢は呆れているが、千夏はその身勝手な振る舞い姿を見て睨んでいた。
「…それで昇士と那岐はどうする?」
「私は何でも構わないわ。ただいざという時に困るから動きやすい服にしてちょうだい」
「俺は…まああんまり目立つ格好じゃなければ」
「だってよ千夏」
「おーけー、わかった」
そんな千夏が調べていたのは那岐に着せるゴスロリ服とそれに合わせた昇士の執事服だった。
2人の意見を反映する気ゼロ。着せ替え人形にするつもりだ。
「適当に選んどくよ。二人に似合うの」
「将矢何着るの?」
「あ~俺どうしよっかなー…」
孤立している。そんなことを今さら気にしてどうするんだと信太郎は自分に言い聞かせた。
「信太郎君、私どっちが似合うかな?」
そんな彼に気を遣っているのかそれともたまたまか、真華が話しかけた。彼女の持つスマホには浴衣とメイド服が映っていた。
「前からこういうの興味あったんだよね。せっかくなら似合いそうなの着ようかなって思うんだけど…信太郎君?」
「あー…どっちでもいいんじゃない?」
「もっと気の利いたこと言えないの?」
千夏の一言でその場が凍りつく。ここに来てやっと、周りの人間は二人が喧嘩していることに気が付いた。
「俺がそんなこと言える人間だと思ってんの?」
「そんなことすら言えないから友だちが減ってきてるって自覚ある?」
「はぁ…っーーー…」
信太郎は涙目になりながらどんな言葉を言い返そうか考えた。他はそのまま静かにしてくれることを、千夏は謝罪の言葉が出るのを願っていた。
「気の利いたこと…気が利く…ねぇ」
ぶつぶつと信太郎が呟く。それからスマホで調べたのは、気が利くという言葉だった。
「配慮…気配り…人が嫌がることを進んでやる…なるほどな」
那岐の方を向いて少し考えてから、信太郎は口を開いた。
「灯刀さん、狙われてるってことになるだろうから忠告しといてやるよ。例の黒い怪人、正体は陽川さんだぞ。君一度負けたらしいし、次会った時殺されないように気を付けろよな」
放課後、信太郎は人の近寄らない空き教室まで引っ張られた。
「どうしてあんな大切なことを黙ってたの!」
那岐は腑抜けた顔をしている信太郎に今にも殴りかかりそうだった。
「本人に言うなって口止めされてたし」
「だったら何で喋った!どうしてあのタイミングで言った!時と場所を考えなさいよ!周りのやつらが言葉の意味を理解してたらどうなってたと思う!?彼女、学校来れなくなってたわよ!」
「怪人なんだから来なくなった方がいいでしょ」
昇士が間に入ったが那岐は止まらなかった。那岐は彼を横に退け、目の前にあったクズの顔面目掛けて風を切る程のストレートを打ち込んだ。
信太郎が後頭部をぶつけた黒板は砕けて、手には返り血が付いていた。
「ちょっと灯刀!なにやってんの!?」
「こんな人間がなんでアクトナイトやってんの!?前のサイコパス女の方がまだマシだったわよ!こいつ腐ってる!」
「いってぇ…な!」
痛めたフリをして反撃に出る信太郎。だが那岐にはそんな小細工通用するはずもなく、腕を掴まれてロックされた。
「いだだだだだ!」
「あんたもアクトナイトなら周りのやつ見習って少しは真っ当に生きてみたらどう?あんただけだよこんなに歪んでるの!」
正論を投げつけられて信太郎が再び涙目に。
「まあ…灯刀さんの言うとおりかも。あの場でアレ言うのはないと思うよ」
奏芽は将矢の後ろから正直な言葉を伝えた。
「にしてもあの人が怪人だったとはな…どうするよ」
「決まってるでしょ。怪人なら倒す、それだけよ」
将矢の問いに那岐はすぐ答えを出した。
「倒すって…そしたら陽川さんはどうなるの!?」
「分からない。私も元が地球人の怪人なんて初めてだから…ただこれまでの怪人が元メルバド星人だったことを考えると…」
「それじゃああの人を殺すってことになるじゃないか!」
那岐が言う前に結論に辿り着いた昇士が大きな声を出した。
「ダメだよそんなの!同級生なんだよ!?」
「私だって!…だけどそれしかやれることはないのよ」
「そんな…何か方法は…」
「きっとやれることが何かあるはずだよ。啓太が怪獣を倒したみたいに、きっと何か…」
「みんなそんなに陽川さんと仲良かったけ?」
誰も信太郎の言葉に耳を傾けていない。千夏が言った通り、まだ見えない可能性に賭けて、それぞれ芽愛を探しに出発した。
その頃、世須賀市全体で異常な現象が起きていた。市の外側から街の一点へ向かい、どんどん黒くなっているのだ。
光を反射せずに飲み込んでしまう。それは闇だった。
闇が山や建物、街の人々を次々と飲み込んでいた。
「街が…!」
昇士たちは空から街がどんどん黒くなっていくのを見ていた。
「陽川さん!こんなことやめてくれ!」
昇士が大声で名前を呼ぶと、闇が巨大な芽愛の形を作り出した。
「朝日君…知っちゃったんだ、私のこと」
「どうしてこんなことを!君みたいな優しい人がどうして!」
「優しい…?私が?」
「うおおおお!」
その時だった。突然、エアボードに乗ったアクアナイトセルナが遠くの方からやって来た。
「今度の怪獣は俺が倒す!そうすれば」
そうして巨大な芽愛に向かっていった信太郎は、攻撃を繰り出すこともなく地面に叩き落とされた。
「こんなことする私のどこが優しいの…?それよりもどうして?朝日君があの白いアクトナイトじゃなかったの?」
「前にも言ったでしょ!俺はアクトナイトじゃないって!」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!違う違う違う違う!」
芽愛の形をした闇が髪を引き抜いた。引き抜かれた髪の一本一本は鋭く尖り、昇士たちへ向かって発射された。
「朝日君が私を助けてくれたの!あんなやつじゃない!私の朝日君は私を助けてくれたヒーローなの!アクトナイトに決まってるの!」
「俺じゃないんだ…俺は変身すら出来ない…」
「まさかのライバル出現だな灯刀」
「なんのことよ!」
ふざけている場合ではない。足元一面に闇は広がり、そこから様々な形状の攻撃が飛んできた。
「あああ!ボードが!」
奏芽のエアボードが攻撃を受けて真っ二つに割れた。落ちていく前に将矢が腕を掴んだが、バランスの悪い状態ではまともに攻撃を避けられない。
「灯刀!ヘルプ!」
「無理!こっち昇士がいるから!」
「じゃあ千夏!」
「こっちも無理!弾幕が濃くてそっちまで行けない!」
「任せとけえええ!」
将矢たちの元へ駆け付けたのは、アクトナイト記念公園の地中にあるはずの宇宙船アクトーザーだった。
操縦しているシャオは宇宙船を盾にして仲間たちを集結させた。
「いきなりヤバいエナジーが街中に溢れたと思ったらこれだからな。緊急発進させて来たぜ!」
「いやー助かりました!」
全員は一度船内へ。攻撃が続いている今、安心できる状況ではないが体力の回復は欠かせない。
オートパイロットに切り替えたシャオは全員の治療を行った。
問題は芽愛をどうするかだ。闇の力に飲み込まれ街を吸収し、恐ろしくエナジーが増している。おそらく、以前街を荒らした怪獣とは桁違いの強さを持っているだろう。
「どうする?」
「どうするってそりゃあ…」
「どうしようか…」
「どうしよう灯刀さん」
「何とかして陽川を助ける。それだけよ」
「多分今回の戦い、お前が重要になってくるぞ」
操縦桿を握るシャオが昇士にそう告げた。
「この闇はあの子からお前への想いで出来ている」
「…陽川さんは俺のことが好きなんですか?」
「そんなの本人に聞けよ。まあこんだけ暴れといて嫌いはねえだろ」
「灯刀、頼みがある!俺を陽川の元へ連れていってくれ!」
「…嫌だ」
昇士の頼みを那岐は聞き入れなかった。
「どうして!」
「危ないし…なんか…なんか嫌だ!」
「街の人たちを助けないといけないんだ!」
(…昇士…行っちゃいや)
無自覚な那岐にも昇士への想いがあった。彼を別の女のところへ連れていくことに抵抗が生まれるのも無理はない。
「………だったら闇に入ってでも彼女に会いに行く!」
昇士は宇宙船の外へと飛び出し、そのまま闇の広がる地上へと真っ逆さまに落ちていった。
(陽川さん…俺は君に言わないといけないんだ…好きな人がいるって!)
これから先のことに思っても恐怖は感じなかった。
「陽川さん…君はこんなことする人じゃないでしょ!」
この闇を止めるという正義と僅かな怒り。それが昇士の変身へのトリガーとなり、再び彼は変身してオーラを身に付けた。