第39話 剣に選ばれし少女
三上浜高校は世須賀でもハイレベルな高校である。
アクトガーディアンに変身する二地剛は、表向きではそこに通う寡黙な生徒である。
普段の剛はその鋭く人を傷付けそうな目付きで、誰も近寄らせずに孤立していた。
孤独な彼にとって、立入禁止である校舎の屋上は気楽でいられる唯一の場所だった。
「せんぱ~い、友達出来ましたか?」
そんな彼だが恋人がいる。2つ歳下の元気な少女だ。こうして昼休みの時にはいつも電話で話しているのだ。
「必要がないから作っていない。俺には美保がいる」
その恋人は佐土原美保。現在、信太郎を居候させている理恵子の娘である。
「えぇ~…いや私いなくなったらどーすんですか。仲悪くなって別れたら」
「自害する」
「え…じゃ、じゃあ怪人とか悪い人に殺されたら」
「そいつらを殺してからお前を追う」
「いや、私のせいで死なれるとかクソ罪悪感ありそうなんで、そこは頑張って生きてくださいよ。ね?」
剛の発言には冗談がない。美保は彼の言葉には嘘がないと理解しており、充分に注意しながら会話していた。
「それより先輩。私も先輩のお手伝いさせてくださいよ。先輩ってば怪人退治の専門家なんでしょ?」
「危険だから駄目だ。」
「えー!雑魚信太郎が入院しちゃった今、戦えるのは先輩入れて…5人しかいないんですよ!」
「前と大して変わらないだろ」
「ですね!」
美保と話す時だけは、剛の表情が柔らかくなる。電話越しだが微笑んで、誰と話す時よりも優しい声だった。
「そうだ先輩!また今度デート行きましょうね!場所考えときますから!」
「あぁ。楽しみにしている」
通話が終わった。剛はスマホをポケットに戻すと、足元のケースからアクトライフルとバヨネットを取り出した。
そして昼休みギリギリまで屋上で訓練に励むのだった。これもアクトナイトを倒すためである。
電話を終えてしばらくした後、美保は仮病で学校を早退。それから信太郎のいる病院へとやって来た。
「どーにかして殺せないかな…先輩に頼んでみようかな」
子どもにしては物騒な発言だがその殺意は本物だ。母親の愛を横取りする信太郎は彼女にとって邪魔な存在となっていた。
「ん…」
「ゲッ!起きた?…なんだ起きてないのか…ビビらせんなよマジで~」
もしかしたら信太郎はアクトナイトに関する何かを持っているんじゃないか。そう思った美保は彼の荷物をしばらく漁ったが、何も見つからなかった。
「はぁ…何の収穫も無しか。つまんないの」
財布から一万円札を何枚か抜き取り、美保は病室を出た。
「ん?誰だアンタ、信太郎の知り合いか?」
ちょうどその時、いかつい風貌の男が信太郎のお見舞いにやって来た。
「え…あぁ、はい」
(何こいつ…ヤンキー?)
「そか…すまないな、信太郎が目を覚ますのにはもう少し時間が掛かるだろうから…」
友だちがいなさそうな男だが、意外にもこんな不良のような友人がいるのかと美保は驚いていた。
その友人とは人間に擬態したシャオである。
シャオが病室へ入っていく。美保は彼に疑問を感じていた。
信太郎が意識を取り戻すまでに時間が掛かると分かっているのか。母親からは目覚めるのをただ待つしかないと聞かされていたのに。
(怪しい…)
信太郎はアクトナイトであることは既に知っている。ということは、あの男もそれに関係する人物なのではないかと思い始めた。
しばらくしてシャオが病室から出てきた。病院から出て公園へ戻る彼の後を美保が尾行した。
(もしもこれで何か分かったら…先輩驚くだろうな~)
美保はこれからアクトナイト記念公園へと辿り着くのだが、大抵のことは既に剛も知っている。つまり彼女が尾行する必要はないのだ。
病院から歩いて一時間、やっと記念公園へ。
「は~良く歩いた!やっぱり散歩は気持ちいいなぁ~」
(何なのあいつ!こんなところまでバスにも乗らないとかバカじゃないの!)
歩くペースがかなり遅くなっていた美保だが何とかシャオを見失わず、彼が公園へ入っていくのを見た。
そこには銅像とベンチ、後は自販機が隅の方に並んでいた。
そこにシャオの姿はなかった。
「へ?…ど、どこ行ったの?」
公園を囲む塀は高く簡単には登れそうにない。では男はどこへ行ったのか?
シャオは公園の地中にある宇宙船アクトーザーの中だった。最後まで尾行に気付かず、そのまま船の中へ入ってしまったのだ。
何かあるんじゃないかと注意しながら美保は公園の中を探索する。そして目に止まったのは、地面に刺さっている1本の剣。
美保はそれがアクトナイトの使っている剣と同一の物であると気付き、恐る恐る剣に近付いた。
剣は昇士の為に用意された物だった。
だがしかし、剣は美保を拒むことなく簡単に握られて、地面から引き抜かれた。
「おっっっも!」
あまりにも呆気なかった。いつか一人の少年が抜くはずだったアクトソードは、ほとんど事情も知らない少女の手に握られている。
「………あれ、意外と軽い?ってか凄く力が漲るような…」
「誰だ!その剣を握っているのは!…凄い邪気だ…」
突然、誰かの声がした。聞こえるというよりかは頭の中に言葉が響いてくるようだった。
その声が病院で会話したヤンキーと同じだと気付くと、美保は気を引き締めて叫んだ。
「宇宙人野郎!隠れてないで出てきなさいよ!」
「なぜお前みたいな人間がその剣を握れる!」
「昇士は選ばなかったくせに、どうしてそんなやつを選んだこの馬鹿剣!」
拳法のような跳び蹴りで銅像を持ち上げ、地中からシャオが派手に現れる。その姿は先程とは違い本来のカナト人の姿をしていた。
「やっぱり宇宙人じゃん…」
近寄ってくるシャオを追い払おうと、美保は雑に剣を振り回す。シャオはそれを見て目を疑った。
(あの剣にはエナジーを供給してない。なのにどうしてあんなに軽々振り回せるんだ?)
アクトソードはかなり重たい。信太郎たちは剣から送られるシャオからのエナジーを力に変えて扱っているのだが、美保はエナジーを受けていないのにも関わらず、剣を握っていた。
アクトソードは心を力に変える機能を備えている。それからシャオは一つの結論に至った。
(彼女の中にある邪気…心の闇を力にしているのか!)
信太郎が消えることに躊躇うことがなく、恋人である剛のためにならここまで出来る。
それは、彼女の内に秘められた心の闇によるものだった。その闇は彼女の行動力になるだけでなく、こうしてアクトソードを使う力にまでなっていたのだ。
「私の心の闇…」
剣を握っている以上、シャオと心が繋がっている。今の自分を知った美保だが動じることはなく、それどころか逆に勢いが付いてしまった。
「…せっかくだからこの剣、もらってくね」
「ふざけんな!それは俺たちのだ!」
「だったら取り返してみなよ?」
そう言われるとシャオは美保に向かって拳を突き出した。
次の瞬間、公園の周りで準備していたアニマテリアル達が一斉に攻撃を仕掛けた。
「何コイツら!?気持ち悪ッ!」
「なるべく怪我させんなよ!剣を取れりゃあそれでいい!」
小さな動物たちが次々と美保の身体に取り付いた。
「さて…それじゃあ俺も!」
シャオの右側で砂が渦巻く。砂は長い棒状に集まり、振り回すには丁度良いサイズの杖となった。
「な、何するつもり!?もしかして私のこと殴るつもり?殴ったら先輩が黙ってないわよ!」
「なぁにバコンッ!て一発だ。気を失うだけだしちゃんと治してやるからよ…だからその頭!スイカを割るみたいに殴らせてもらうぜ!」
そう告げるとシャオは走り出した。回避をしようにも、美保は身体に取り付く動物たちのせいで動きが鈍っていた。
「おりゃあああ!」
「やめてえええええ!」
シャオは杖を振り下ろした。杖は美保の頭部に直撃し、彼女は気を失う…はずだった。
「やらせんぞ」
だがしかし、突如現れたアクトガーディアンがそれを阻止。杖は輪切りにされてしまい、落下していった破片は足元で砂に戻っていた。
「せ…せんぱあぁぁぁい!」
「無茶をしたな美保。カナト人、見損なったぞ。まさか、こんな子どもを殴ろうとするとはな」
こうなってしまっては勝ち目はない。シャオは二、三歩後ろへ引き下がり、額の汗を拭った。
(こうなったら誰かに連絡を…それでこのマテリアルを使ってもらってこいつを…)
「左手!そいつ、何か持ってる!」
「な、しまった!」
シャオは美保と心が繋がっているのをすっかり忘れていた。彼の思考は美保に伝わっており、とあるアイテムの存在を気付かせてしまった。
美保の言葉を聞いたガーディアンは迷うことなく、素早く腕を伸ばし、シャオの左手から何かを取り上げた。
それは、自分が使っている物とよく似ている物体。オリジナルのマテリアルだった。
「これは…大地の力を宿すマテリアルか。資料でみたことがある」
「返せ!」
手に入れた力を早速試そうと、ガーディアンはアクトライフルのマテリアルを付け替えた。
「サートゥーンマテリアル、利用させてもらうぞ」
大地の力を受けたアクトライフルからは散弾が発射された。
シャオは腕を構えて防御したが無傷ではない。腕はボロボロになって立ち上がれなくなっていた。
「う、うでが…!」
「案ずるな、命まで奪うつもりはない。それにお前には治癒能力があるんだろう。そうだ美保、やり返しておくか?」
「う~ん…じゃあせっかくだから!」
美保は刃を横にして、シャオの頭を思い切り強く殴った。
「これが私にしようとしたことだよこのバーカ!えい!えい!」
結局、奪われたアクトソードを取り戻すどころか、一つのマテリアルまでも相手の手に回ってしまった。
とどめは刺されずシャオは命拾いした。だが剣とマテリアルを持って去っていく二人の後ろ姿を見た彼は悔しい気持ちでいっぱいで、大切な物を奪われてしまったという絶望感に押し潰されそうになっていた。
「チクショウ…クソがあああああ!」
何度も何度も、治している最中の手を地面に叩き付けた。フラッと立ちよった千夏に止められるまで、それは続いた。