第35話 地球産の戦士
ある日、信太郎は久しぶりに父親のいる実家に帰って来た。
現在信太郎の保護者を務めている佐土原理恵子が定期的に掃除に来ているので、家の中は綺麗だった。
ただ、リビングのテーブルにビールの缶が積まれたを見た信太郎は、思わずキッチンに駆け込んで包丁を手に取り、そして理恵子の掃除を無駄にした父親を刺しに行くところだった。
「チッ…なんで帰って来た」
「いや、一応俺の家でもあるから…」
堕落している信太郎の父親、雄大はこれでも働いて金を稼いでいるのだ。
自分が金を払っている家に、親不孝者な信太郎が帰って来て、機嫌はますます悪くなっていた。
(やっぱり…来るんじゃなかった)
そもそも信太郎がここに来たのは、理恵子から一旦父親と話し合ってみてはどうかという提案を受けたからだ。
仲直り出来るかもとは少しも期待していなかった信太郎だが、ここまで冷たい父親なのには流石に失笑した。
「何笑ってんだよ」
「いや…別に」
自室には特に大きな変化はなかった。そもそも、置いてある物が必要最低限の物なので、仮に荒らされていたとしてもダメージにはならないが。
「埃っぽいな…」
父親は足を踏み入れてない…かと思ったが、来たついでに回収するつもりだった貯金箱はどこにも見当たらなかった。
それから特に何もせず、信太郎は自宅を出た。
「お父さんどうだった?」
「何の変化もありませんでした」
アパートに戻ってきた信太郎は機嫌が悪かった。
「私も何度も話してみたけど…やっぱり難しいわね」
「もういいですよあんな奴…それに今は母さんがいますから」
信太郎は理恵子の事をすっかり母だと認めていた。それに理恵子は悪い気はしなかったが…
(信太郎君には帰る家がある…何とかしないと…)
まだ彼女は信太郎の父親を改心させようと、諦めていなかった。
もう実の母親とは連絡すら取っていないし、信太郎自身も話したいとも思っていない。
「ふんふ~ん」
そんな嫌な過去などすっかり忘れて食器洗いをしていた信太郎の尻に、理恵子の一人娘、美保のキックが炸裂した。
「あああ!なに!?」
「…早く家に帰ってよ!お前なんか嫌いだ!」
怒鳴り散らした美保は部屋に戻っていった。
早く家に帰ってよ。彼女の言う通りだ。信太郎は本来、ここにいていい人間ではないのだ。
「…」
「気にしなくていいのよ。彼女、反抗期だから」
そう、反抗期だ。だからこそ美保は信太郎が気に入らなかった。
心のどこかで自分の母親を奪われた気がしていて、無自覚に彼を排除しようとしていた。
「邪魔だなぁ…」
良い成績を取ればママは振り向いてくれると考えたが、少しも勉強する気が起こらなかった。
「もしもし?先輩?ねぇ聞いてくださいよ~」
こうなったらもう愚痴るしかない。美保は二つ歳上の彼氏に電話して、思いをぶつけていた。
「それでね~その変な居候がさ~…」
「その男、間違いなく危険だな。後に面倒ごとの種になる。俺が何とかしよう」
「え、何とか出来るの?じゃあお願い!ギャフンって言わせてください!」
こうして明日、信太郎は不運に見舞われるのだった。
次の日、先日のように再度停電が発生した。気温が高く万が一を考えて学校は休みとなった信太郎だが、出掛ける準備をしていた。
「信太郎君?どこに行くの?」
「友だちと勉強会です。高校生だから頑張んなきゃなって」
実際は、先日の黒い怪人について仲間たちと話し合うのだが。
「それじゃ行ってきます」
「はーい気をつけてねー」
理恵子は信太郎を見送り趣味の編み物を再開した。美保が彼を追って静かに出ていったことには気付かなかった。
アクトナイト記念公園へ歩いている途中、信太郎は停電した地域に入った。
電力会社は未だに停電の原因が掴めておらず、今後も世須賀市では度々電気が消えることがあると言っていた。
ここまで来ると、もう怪人が関係しているんじゃないかと信太郎は疑っている。
考えることに夢中になっていた彼は、後ろに離れて歩く美保の存在に気が付かなかった。
(いっつも帰って来るのも遅いし…それに勉強会なんて言ってるけどそんなことする友だちいないでしょあいつ)
信太郎の目的はどうでもいい。彼を懲らしめて、自分の家に帰ってもらえばもうそれでいいのだ。
たまに寄る商店街は灯りがなく薄暗かった。やることも出来ずただ立ち話をしている人を横目に、信太郎は商店街を進んだ。
(そっか…停電してんだから店やってるわけねえよ)
朝食を済ませようとしたがそれは叶わなかった。
「あれ、信太郎君じゃん」
「あ…愛澤さんじゃん」
信太郎は同級生の愛澤真華と遭遇した。普段は制服で隠れている巨乳が私服だと存在感を隠せずにいた。
(…でか)
「信太郎君もお出かけ?どこに行くの?」
「どこに行くとかは…ただ散歩してただけなんだよね」
「そうなんだ…じゃあ今から一緒に歩かない?」
「え…あー…」
記念公園に行かなければならない信太郎だが、せっかくの誘ってくれたのに断るのも気が引けた。
信太郎は悩んだ末…
(将矢と奏芽もイチャついて戦いに来なかったことがあったし、俺も今日は行かなくていいよね)
自分の事を棚に上げて、真華との散歩デートを選択した。
「この街って大変だよね…怪人が出てきて怪獣が出てきて…今も原因不明の停電が起きてて」
「本当なんでだろうね…前までこんなことなかったんだけど」
どうしてこうなったのかを信太郎は知っている。
メルバド星人だ。あの宇宙人のせいでこの街は今、滅茶苦茶にされている。
そして信太郎はまだ知らないが、真華はシーノというメルバド星人なのだ。
「友だち…鈴木君だっけ。まだ見つからないの?」
「うん…まあもう、しょうがないんだけどな…」
信太郎たち以外の人間から、啓太は怪獣の被害に遭い行方不明者と認識されていた。
「そっか…残念だね」
「ああ…」
しばらく歩いたところで停電した地域を抜けた。スマホには仲間たちからのメッセージが来ていたが、信太郎は気にしなかった。
「あの二人…何話してるんだろ。てか友だちいたんだ、あの人」
信太郎を尾行する美保が二人の様子を見ていた。
するとブーッとスマホが鳴った。電話をかけてきたのは彼氏だった。
「あいつがお前の言っていた愚兄か。ナヨナヨとしていて見るからに駄目な人間だな」
「…どこから見てるんですか?」
彼氏がどこから信太郎を伺っているのか知らないが、そんなことよりもギャフンと言わせるの優先だ。
「ねえ、不良みたいに二人に絡んでくださいよ。先輩が睨んだらあいつ、友だち置いてビビって逃げ出すと思うから」
「分かった。やってみよう」
電話が切れた。そしていつの間にかその彼氏が、信太郎たちの前に立っていた。
(あの人…忍者みたいだなぁ)
「な、何ですか?」
信太郎は瞬きの間に突如現れた目の前の少年に怯えていた。その少年はずっと信太郎の事を睨み続けていた。
「そこの女。隣のつまらない男なんか捨てて、俺とデートしないか」
そう言うと少年の手が真華に伸びる。信太郎は思わず割り込んで、少年に睨み返した。
「何だか分からないけどやめろよな…迷惑だ」
言葉を言い切る前に、信太郎は顔面に痛い一撃をもらった。倒れた信太郎は鼻から血をダラダラ流していた。
「いたっ…!」
「信太郎君!ちょっと君!何するのよ!」
「逃げて…愛澤さん!」
すると信太郎は少年が予想していなかった行動に出た。彼の脚を掴むと真華に逃げろと言った。
それを聞いて真華は申し訳なさそうにその場から逃げ出した。
「ほう、人を庇える性格だとは驚いた」
「いきなり何すんだよ…」
信太郎は反撃しようにも視界がチカチカしていて、身体に力が入らなかった。
「お前のせいで迷惑している人間がいる。身の程を弁えろ」
「…あっそう」
気に入らない態度を見せた信太郎。その顔面に、少年はまるでサッカーボールを蹴るように脚を振った。
「人に迷惑を掛けたなら…まずは謝罪だろ」
「だからって顔殴るか普通…ん!」
少年は信太郎の首根っこを掴んで立ち上がらせ、顔を合わせて凄んだ。
「いいか、お前は…ん」
少年は空から降ってくる謎の陰を見つけた。すると信太郎を連れて後方へとジャンプした。
(このジャンプ力…こいつは一体!?)
その少年の常識外れな身体能力を肩の上で体感した信太郎。建物よりも高く跳んだ彼の真剣な表情は、戦っている時の那岐を彷彿とさせた。
「例のアクトナイトに似た戦士か」
「メルバナイト…シャイン!」
高速で動くシャインは少年から信太郎を奪い取ると、少年にメルバソードの刃先を向けて威嚇した。
「その剣士の名前がメルバナイトだとして、お前は何故それを知っている…お前は一体何者だ」
鋭い視線はメルバナイトだけでなく信太郎にも向けられる。敵の名前を口にしたのがいけなかった。
少しでもシャインが腕に力を入れれば、掴んでいる信太郎の腕など簡単に折れてしまうだろう。しかし信太郎は、シャインから自分に対する敵意を感じられなかった。
(まるで俺をあいつから…いやいや!こいつは敵なんだぞ!気を許してどうする!)
「言えないのなら別にいい。お前の身柄を拘束した後でゆっくりと尋問すればいいんだからな。そしてメルバナイト。宇宙人であるお前は排除対象だ」
先程よりも少年から感じるプレッシャーが強くなった。
少年はポケットの中から小さな物体を取り出し、更にその中から長身のライフルと銃剣と取り出した。
「トロワマテリアル!?いや…何だあれは!」
「マテリアルのことまで知っているか。俺はどうやらとんでもないやつと巡り合ったみたいだな」
少年はトロワマテリアルと同じ収納機能を持つマテリアルガジェットを分離。2つに分かれ、それらはアーマーマテリアル、アサルトマテリアルとなった。
「100年間、地球では秘密裏に地球外生命体対策が行われていた。この街で戦う仮面の少女、灯刀那岐は対策の為に義理の両親である宇宙人の協力のもと育てられた戦士の1号だ。そして俺は戦士2号、二地剛」
二地剛と名乗った少年は2つのマテリアルをそれぞれ、ライフルと銃剣に取り付けた。
「おい待てよ、灯刀さんの両親は宇宙警察のはずだぞ。地球は宇宙警察の管轄外とかって!」
「ルールを破らなければならない事情が出来た。それだけだ」
100年前と現代、2人のアクトナイトのデータを元に造られた2つの武器の名は、アクトライフルとアクトバヨネット。
そしてその2つを合体させて完成したのがアクトウェポンだ。
「メルバド星人、まずはお前を始末する。アクトベイト!」
地球で開発されたアーマーマテリアルの中から出現する防具が次々と剛に装着されていく。
アーマーマテリアルの中には装備のデータが蓄積されている。その中から鎧のデータを三次元化し防御力を持たせて装備しているのだ。
「アクトナイトになった…」
「違う。俺はこの星を防衛するこの星で造られた戦士、アクトガーディアンだ」
アサルトマテリアルの中にある攻撃のデータを元に、シャインに対しての攻撃パターンが100つ程用意された。
剛はその中から攻撃成功率が最も高い方法を選択すると、シャインにウェポンの銃口を向けた。
だが銃口はシャインから信太郎の頭部へ。ガーディアンは容赦なく銃弾を発射した。
するとシャインは信太郎を庇うようにして、銃弾から彼を守ったのだ。
「やはりな。そのメルバド星人はどういうわけかお前を守ろうとしている」
ガーディアンは信太郎へ向けて攻撃を続けたが、シャインはそれらの攻撃から信太郎を庇い続けた。
「や、やめろよ!」
「何故止める?そいつは地球侵略を目論む悪の宇宙人なんだぞ。まさか自分を守ってくれたからって心を許した訳じゃないだろうな」
彼の言う通りだ。地球を襲う宇宙人は、今ここで倒されるべきだ。
だがこんな卑怯なやり方、アクトナイトとして戦う信太郎は許せなかった。
「信太郎…事情は分かった。戦うのならエナジーを送る!」
「アクトベイト!」
信太郎はアクトナイトセルナへと変身し、シャインを射線から蹴り出して銃弾を全て弾いた。
「まさか…その白い姿はアクトナイトセルナ。お前がアクトナイトの一人だったとはな…しかしアクトナイト、お前の目的は地球を守ることじゃないのか?そいつはお前が倒すべき相手じゃないのか?」
信太郎は黙ったまま剣を振る。ガーディアンは銃剣で何度も刃を弾いて防御した。静かな田舎道で、刃のぶつかり合う音が響いていた。
「これで終わりだ」
銃剣の刃が深く突き刺さり、触れている銃口から銃弾が放たれそうになった瞬間、立ち上がったシャインがガーディアンを蹴り跳ばした。
「私たちはきっと最後まで敵同士だよ。アクトナイトの彼は地球を守らなきゃいけないし、メルバド星人の私は地球を侵略しないといけないから。でもだから、今は一緒に戦って欲しい。こんな訳の分からない奴に、お互いのやること滅茶苦茶にして欲しくないから」
シャインから共闘の申し出にセルナは黙って頷いた。二人は肩を並べてソードを持ち直した。
「ありがとう」
「これっきりだからな」
セルナはガーディアンに向かって突進した。振られた剣はガーディアンに直撃して鎧に傷を付けていた。
反撃しようとガーディアンはウェポンを向けるが、その背後からジャンプして立ち塞がったシャインが発光して視界を奪った。
「セルナスラッシュ!」
「シャインスラッシュ!」
二人が同時に放った必殺技を受け、ガーディアンの鎧はバラバラに砕け散った。
だが剛はすぐに立ち上がった。そして二人をしばらく観察すると、その場から消えてしまった。
「…それじゃあ」
シャインもその場から立ち去り、周りに人がいないのを確認してから信太郎は変身を解除した。
「…あ、俺ってば…」
フラフラと身体が揺れる信太郎。変身前に剛から受けていたダメージの事をすっかり忘れており、戦いもあったことで限界が近付いていた。
「ちょっ…無理」
気を失い、バタン音を立てて信太郎は地面に倒れた。