第34話 黒い怪人
「俺はアクトナイトじゃない。灯刀も普通の女の子だよ」
月曜日の早朝、昇士は芽愛を校舎裏に呼び出しては嘘をついた。自分たちはアクトナイト達とは関係ないという嘘だ。
「嘘だよ。いつも怪人が出る時にいなくなるし、それに朝日君、一昨日私のことを守ってくれたじゃん!あの白いアクトナイトが朝日君なんでしょ!?」
身に覚えのない事に昇士は首を傾げる。それもそのはず、芽愛を守ったのは信太郎が変身していたアクトナイトセルナで、昇士ではないのだから。
「そのことでお礼が言いたくて…それに私、朝日君のことをもっと知りたいの!」
「…ごめんね、本当に何の事か分からないよ」
無関係な人物は巻き込みたくない。その思いで昇士は芽愛に本当の事を話せなかった。
昇士は謝罪を込めて深くて頭を下げると、静かにその場から去っていった。
「そんなはずない…絶対に昇士君は…」
「そうだよネ。彼ってば絶対に嘘ついてるよネ」
背後から声がして振り行くと、そこには変わった格好をした一人の少年が立っていた。
「だ、誰!?」
「そんなことよりも君の考察はハズレていない。今の少年はアクトナイトの仲間ダ」
その少年は大きな剣を突き立てていた。たった今出会ったばかりだが芽愛はその言葉を聞いて芽愛は自分の考えが当たっていると信じられた。
やはり、昇士たちには何か秘密があるのだ。
「君はどうしたいノ?このままでいいノ?」
「私は…」
「このままじゃ大好きな彼、例の女の子に取られちゃうかもヨ」
そう言われて思い出したのは那岐の顔だ。ある日を境に昇士と距離が縮んでいる様な気がした。
(そうだよ…私があの子を班に誘ったのはただの数合わせ。朝日君と一緒の班になりたかった。それだけなのに…)
芽愛が内に秘めていた黒い感情。それを狙っていた少年は芽愛に剣を握らせた。
そして黒いマテリアルがこの場に誕生した。
「強い想い、何かをしたいという行動の源が新しいマテリアルを作り出ス。これは君の闇、ダークネス」
「これが私の闇…」
手のひらサイズの石ころから力を感じた。やろうとすれば何でもやれてしまいそうな、そんな恐ろしい力が。
いつの間にか少年はいなくなっていた。幻覚でも見ていたんじゃないかと疑ったが、手には確かに自分の闇を握っている。
「…朝日君…」
この力があれば怪人と戦える。街のために戦う昇士の力になれる。
昇士を望む今の芽愛に正義はなく、純粋な愛が彼女の戦う動機となっていた。
「今の感じは…」
「どうした信太郎、顔色悪いぞ?」
将矢と奏芽の二人と合流した通学路で、信太郎はこれまでにない何かを感じた。
アクトソードを握っている時は仲間たちと繋がり心を感じるが、それと似ていた。信太郎は誰かの心を感じたのだ。
(けど…何だろう、凄くやな感じ…)
「大月君、大丈夫?」
「あ、あぁ…」
(二人は何ともない…俺の気のせいだったのか?)
気のせいだと思えばそんな風な気がして来る。それに今はアクトソードには触れていないのだ。
しばらく歩いた信太郎は感じたもののことを忘れて、楽しい世間話を再開していた。
少し前までは啓太と一緒に登校していた千夏。通学路の坂から破壊された街を眺める度に、一緒に登校していた時の記憶が蘇って、そして泣きそうになった。
「死んだ所を見てない…死体を見てない…それって生存フラグなんじゃないの?」
漫画のテンプレを思い出すが啓太が死んだのは事実だ。アクトナイトは彼のエナジーを感じられず、彼の自宅にも帰って来ていない。何より、もう啓太は死んだと彼女は認めているのだ。
8月半ば。千夏にとって苦しい夏はまだ続く。
「あっつ!?何でエアコン点いてないんだよ!」
教室に入った瞬間将矢がキレた。教室の中はムシムシとしていて、外と大して変わらない環境だった。
「おぉ将矢。なんか停電らしいぞ」
クラスメイトの一人が天井の蛍光灯を指差した。スイッチを押しても灯りは点かず、エアコンも動かない。
「停電って…いつからだよ?」
「俺たちが来た時にはもうこんなだったかな。自販機も止まってて蛇口が今混雑してるだろ」
それを聞いて水道の方を見ると、水を求めて生徒たちが集まっていた。
「おいおい蛇口の取り合いで喧嘩始めちまったぞ…」
「こんなことで争うなんて醜いわね」
呆れながら喧嘩を眺める那岐は水筒を持っている。そのそばには今にも倒れそうな昇士が立っていた。
「灯刀…それ俺の水筒…」
「しっかりしなさい昇士。これぐらいで倒れたら私の助手なんてやっていけないわよ」
「奏芽、喉渇いてないか?サイダーでいいならくれてやるよ…炭酸きっつ…」
「本当?でも将矢…顔色悪いよ?」
次の瞬間、暑さにやられた将矢と昇士、二人が同じタイミングで倒れた。
「きゃあああ!将矢!しっかり!」
「あれ?…昇士?…ちょっと何寝てんのよ!」
「馬鹿やってないで保健室連れてくよ!」
信太郎も慌てて二人を持ち上げようとした。ちょうどその時、彼らのそばを芽愛が通りかかった。
「お、おはよう陽川さん!ちょっと大変なんだ!手貸してくれないかな?」
そこで、いつも穏やかな芽愛の雰囲気がいつもと違うことに信太郎は気がついた。
「見せつけてんじゃねえよ」
「ん…?何?」
ボソボソと芽愛が何かを呟いたが、信太郎には聞こえていなかった。
「…陽川さん?」
「あ、うん…まず熱中症で倒れたんなら救急車呼ぼうよ?」
学校に到着して数十分後、将矢は昇士と共に病院へ搬送された。
生徒二人が救急搬送されたことにより、授業をするつもりだった学校側は一転。涼しい場所に行けと言わんばかりに、雑な流れで下校となり生徒たちは校舎を追い出された。
そしてどういわけか、信太郎は那岐と二人で下校していた。
「………」
「………」
「………」
信太郎は那岐との交流は浅い。それに一度戦った事やフレイスのマテリアルを奪われた事と、ロクな過去がない。
「ど、どうしたの?一緒に帰ろうなんて」
「昇士が他の人とも会話しろって。だからあんまり話してないあんたを選んだけど…」
「お互いに話す話題が無いもんな。会話できないのも無理ないや…奏芽たちと一緒に帰ればよかったのに」
「あの二人とはそれなりに話してるから。全然話してないのはあんただけよ」
身内で那岐と話してないのは自分だけなのか、と信太郎は少しだけショックを受けたのだった。
だがそれからも二人の会話が弾むことがなかった。分かったのは、自分たちはとことん相性が悪いということだ。
「…はぁ、どうも苦手だな。灯刀さんのこと」
「会話で疲れるなんて初めて…そもそも私、歪んだ人間って嫌いなのよね」
相手が隣にいるにも関わらず本音を口にする二人。互いに突っ掛かることはしなかったが、これ以上一緒にいると間違いなく揉め事になるだろう
先に那岐の方が進行方向を変えた。険悪な雰囲気の二人だったが、喧嘩まではすることなく別れた。
それから数分後、信太郎は再び那岐と出会った。それも怪人と戦闘の真っ最中で、攻撃を受けたのか付けている仮面は割れていた。
「何でこっちに連れて来た!アクトベイト!」
「戦う時は仲間と協力しろって昇士に言われたから!」
アクトナイトセルナに変身して加勢する。どうやら怪人は何の能力も持っていないが、代わりに純粋な戦闘能力が高いタイプのようだ。
「信太郎、いくら強くても那岐は生身だ。あいつの攻撃から彼女を守るんだ!」
アクトナイトの指示に従って、セルナはバリアを発生させて怪人の攻撃を阻止した。
「やるじゃない大月。私が仕留めるからそのまま援護しなさい」
「なんか俺って…こういう格好付かない役ばっかり!」
「信太郎、戦いにおいて援護も立派な役目だ」
那岐の刀を受けても怪人は怯むことなく反撃する。胸を狙ってパンチを繰り出すが、それに合わせてセルナの小さく頑丈なバリアが那岐の胸に現れた。
バリアによって怪人の拳は弾かれて、その隙に那岐は攻撃を繰り出した。
「すげえ動きだな。これもう俺いらねえんじゃねえの?………また敵が来る!?」
「どうしたんだ信太郎、エナジーは何も」
セルナは那岐を抱えてすぐに怪人から離れた。そして次の瞬間、空から現れた黒い煙のような何かが怪人を包み込んだ。
「なんだあれ…」
「何があった信太郎!敵のエナジーが…邪悪なエナジーを感じるぞ!」
セルナは煙の中を透視した。中には先程まで戦っていた怪人ともう1体、何かが動いていた。
「怪人を…千切ってる…」
だんだんと煙が散っていく。中には怪人をバラバラにし終えて、セルナ達の方を見ている真っ黒な怪人が立っていた。
「味方…というには見た目が禍々しいな。それに今のは…」
この怪人が出現する直前、信太郎は無意識の内にエナジーを感じていた。そのエナジーとは、今朝登校中に感じたのと同じものだった。
「信太郎、たった今、お前たちの前方から新たなエナジーを感知した。物凄い闇だ…戦うのは避けて撤退するんだ」
「灯刀さん、撤退しろってアクトナイトが」
「敵を放って逃げられるわけないでしょ」
那岐は信太郎の言葉を一蹴して怪人に攻撃を仕掛けた。
「ナツタニリナトノンクヒサアガカンナエマオ」
何かボソボソと呟いた怪人は、ポキッと身体を鳴らして狙いを那岐へ。
先程まで威勢の良かった那岐が突然、足を止めて攻撃を中断してしまった。
「な、何こいつ…」
動揺している那岐に怪人の腕が迫る。セルナは身を盾に攻撃を防御した。
「痛っ…!灯刀さん動ける!?逃げるよ!」
セルナは剣の光で怪人の目を眩まして、その間に那岐を連れて撤退した。
「ンクヒサア…」
意外なことに怪人は街を破壊することなく、また何かを呟くと姿を消してしまった。
怪人から逃走した二人は変身を解き仮面を外した。信太郎の負ったダメージも大したものではなく、次に公園へ足を運んだ時に治してもらうことにした。
黒い怪人の詳細は不明。アクトナイトはメルバド星人ではなくこの地球の人間のエナジーが感じられたと告げた。
「あの黒いのは…人間だったの?」
「そんなわけ…なんかぶつぶつ喋ってたし」
謎の怪人の乱入に、二人はただ混乱することしか出来なかった。
世須賀市のとある病院。暑さにやられて搬送された昇士たちだったが、その日の夕方には目を覚まして退院していた。
「なぁ、停電なんか広がってるっぽいぞ」
「マジか。買える内に水とか買っとかないとマジでヤバそうだな」
今朝に比べれば日が降りているが、それでも暑かった。
「朝日君、大丈夫?」
病院を出た彼らを一人の少女が待っていた。
「あれ、陽川さん?どうしたの?」
「心配したよ!倒れたって聞いて急いで来たんだけど…もう大丈夫そうだね。よかった!」
仲良く話している二人の横を、将矢は静かに通り過ぎて帰っていった。
「…今朝はごめんね。しつこく聞いちゃって」
「あぁ、気にしてないよ」
「ねえ、これから時間ある?夜ご飯一緒に食べにいかない?」
「今から?いいけど何食べる?」
芽愛たちは繁華街へと歩いていく。背後には夕陽に延ばされた二人の影が。
そして芽愛の影からは、プスプスと黒い煙が小さく涌き出ていた。