第30話 「お風呂一緒に入らない?」
バッドとの戦いがあった次の日。今日はまだ怪人が現われることなく昼を過ぎた頃だった。
「お風呂一緒に入らない?」
将矢の部屋に遊びに来ていた奏芽が唐突に提案してきた。
「いいぞ」
それを将矢は断る理由もなく、タンスの中から着替えを用意した。そこには少なからず、奏芽用の衣類も収納されている。同居しているわけではないが、もうそこまでの関係なのだ。
「…にしてもいきなりだな」
「えっちはたくさんしたけど、一緒にお風呂入ってのんびりすること、あんまりなかったじゃん?」
浴室に入った将矢はシャワーを流して浴槽を軽く流した。
「え、洗剤使わないの?」
「いつも使ってないけど…」
奏芽はシャワーの水を止めると、袖をまくってブラシスポンジと洗剤のボトルを手に取り、一生懸命掃除をした。
風呂が沸くまで15分。その間に二人は流行りの動画を観たりして時間を潰した。
風呂が沸いたことを知らせるメロディが流れる。脱衣所に移動した二人は少し気まずそうに、背中を向けて服を脱いだ。
「…なんでだろう…めっちゃハズい」
「同感」
先に奏芽が浴室に入ってバスチェアに座った。その後ろからシャワーヘッドを取った将矢が水を流した。
「つつつ冷たい!」
「わ、悪い!」
冷水から温水に変わるまで待ってから、奏芽の背中を流した。
「ふうー…人にお湯かけてもらうの久しぶり…中学の時の修学旅行以来かな」
「田植えさせられたよな~、他の学校は京都で観光してたのに…素足でやらされて石が刺さってさぁ、マジで痛かった」
シャンプーを泡立て優しく頭皮に触れる。ダメージが入らないように、優しく丁寧に髪を洗った。
「あ~、美容院行った時とおんなじ感じだ」
「俺いっつも千円カットだから分かんねえよ」
「今度一緒に行こうよ。私がいつも行ってるところのお姉さん、凄くお喋りで面白い人なんだよ」
話すことはいつもと変わらない日常のことだ。最近何があったのか、話すこと、聞くことが互いに大好きなのだ。
「…また胸大きくなったかも」
「俺だって、前より筋肉付いてるし」
「ほんとだ…そろそろお姫様抱っこ出来そうじゃん」
「いや、いつもしてるだろ。覚えてないだろうけど」
それから身体を洗い終えた奏芽が先に浴槽へ。将矢は自分で身体を流して頭を洗い、ボディソープで全身を泡に包んだ。
今度は奏芽が桶に溜めたお湯で将矢の身体を流した。
「ふぃ~さんきゅー…今更だけど入浴剤なんか入れるか?」
「あー無理。私皮膚弱いから…身体ヒリヒリしちゃうんだよね」
奏芽と向かい合う形で将矢も浴槽に座る。今にも溢れそうだったお湯は将矢が肩まで使った瞬間に一気に溢れ出た。
「あーあ、もったいない」
「俺だって浸かりてえんだよ」
向かいの壁を見つめて二人は呆けた。
「色々あったねえ…」
「まだ9月だぞ…ってもう9月なのか。5月入ってアクトナイトになって…色々あったなあ…」
あの夜アクトナイト記念公園に行くことになったのは、公園に現れるという幽霊を探そうと将矢が提案したからだった。その幽霊の正体はアクトナイトで、しかもそれはアクトナイトと偽っていたカナト人のシャオという男だった。
「お祭り楽しかったよね。今年はチョコバナナとかあったし」
「型抜きめっちゃ悔しかったな…1000円だぞ1000円」
全力で守ったルノー祭を全力で楽しんだ。そのあとの校外学習ではハイキングとラフティングと、街の観光をした。
楽しい思い出…ばかりではない。
それまでに那岐との衝突。そして怪獣が現れて街を滅茶苦茶に破壊されてしまい、大切な友だちを失ってしまった。
「………千夏大丈夫かな」
「流石にもう心配ないだろ。それに言ってたんだろ?啓太の分まで戦うって」
バッドは倒したがまだ戦いは終わらない。メルバド星人はこれからも攻めて来るのだ。
「俺たちが変身してるのって、元々は本物のアクトナイトが変身する別の姿だったんだよな」
「そんなこと言ってたね」
セルナ、フレイス、アーキュリー、ビヴィナス。失われたジュピテルと、残り2つはシャオの手元にある。
セルナは神秘の力で敵に多彩な攻撃を仕掛けることが出来る。
フレイスは火炎の力で戦いの始めから終わりまで、常に高火力で戦うことが出来る。
アーキュリーは水流の力で水を操り、支援を得意としているがその能力を引き出せれば他に劣らない戦闘力を誇る。
ビヴィナスは鉄壁の力で金属を操ることを可能とし、その防御はアクトナイトの姿の中で一番とされる。
ジュピテルは緑の力で植物を操り攻防の両方を得意としている。しかしその使用者である啓太とマテリアルは失われてしまった。
「にしても…戦ってるのが俺たちだけじゃなかったなんてなー」
「変身してないのに凄く強かったよね~」
仮面で顔を隠して戦う少女の灯刀那岐。本人の実力は勿論、武器である太刀の波絶はマテリアルの力を発揮する事が出来る。通常の戦闘では飛行能力を得るイーグルマテリアルをセットして高速の戦闘を繰り広げるのだ。
その那岐の助手をやらされているのが朝日昇士だ。特に強くなければ何の能力も持たない普通の人間だ。
「普通じゃないよね、私たち」
「そりゃな。普通の学生は街を守るために戦わないもんな」
アクトナイトと出会ってからストーリーが始まり、彼らの生活は滅茶苦茶になってしまった。
デートの回数は多い方ではあるが、それでもアクトナイトを始めてからは行けてないように二人は感じて不満もある。
だが悪いことばかりではなかった。変身したから誰かのために戦えた。戦い続けたから那岐たちと出会う事が出来た。
これからも戦いは続いていく。きっとまたつらい思いをするだろう。だがそれだけでなく、良いこともあるのだろうと未来に希望を見ていた。
将矢を背もたれに寄りかかる。一線も越えているので今更ではあるが、恋仲とは言えど学生同士のスキンシップにしては度が過ぎている。
「これからも一緒に頑張ろうね」
「あぁ。奏芽もこの街も俺が守ってやる」
話すのに満足した二人はそれからは黙って、のんびりと身体と心を温めた。