第27話 戦士たちの決意
怪獣出現から一週間、怪人は現れず何も起こらない。
被害を免れた信太郎たちの学校の体育館は避難所となっていた。夏休みは切り上げられ、スローペースではあるが授業が行われていた。
(ここだけ見れば…何もなかったみたい)
以前と変わらない教室の風景。生徒たちも今の状況に少し不満はあるが、それでも普通に高校生活を送っていた。
だがしかし、そこに鈴木啓太の姿はなかった。この学校からも何人か死傷者、行方不明者が出ており、啓太は行方不明者として扱われた。
彼がいなくなったことでクラスの雰囲気が変わったとかそういうことはない。千夏はそれが不満だった。
(可哀想とか…寂しいとか…何も思わないの?)
千夏は彼の死を認めたが、立ち直ることはまだ出来ていなかった。
「金石、購買行かない?」
昼休みになると奏芽が声をかけてきた。今日、学校で誰かと話すのはこれが最初だった。
「…いく」
疲れた様子で返事をした千夏は席を立ってぐぐっと背伸びすると、将矢、信太郎の二人とも一緒に購買部へと歩いた。
「なあ、午後の授業どうするよ?」
「どうするってそりゃあ…出なきゃでしょ。もしかしてサボるつもり?」
「怪人が今度いつ出てくるか分からない。それに備えてトレーニングしようかなって考えてたんだ。どうせ今の授業は成績に入らんしな」
信太郎が自分に合った量の弁当を選んでいるのに対して、将矢は肉の挟まったサンドウィッチを何個も取っていた。
午後のトレーニングに備えて、彼なりに準備しているらしい。
それを聞いていた千夏は、奏芽はどうするのかと聞いた。
「奏芽はどうするの?火野はああ言ってるけど」
「う~ん…アクトナイトにはとりあえず普通に過ごしていいって言われたけど…実際に街は滅茶苦茶にされちゃったから、一緒にトレーニングするつもり」
四人はそれぞれの昼食を用意すると、中庭のテーブル席に座った。
「…そっか、席このままでいいんだ」
千夏はテーブルを囲む四つのチェアを見て呟く。過去に五人で来た時には、もう一人分の椅子を用意する必要があった。
だが啓太がいない今、席を追加する必要はない。
「千夏…つらいとは思うけど」
「大丈夫…いないのは分かってるから」
食事が出来ない程には追い込まれていない。だが味を楽しむ余裕は未だなく、千夏は静かに弁当を食べた。
「夏休み終わっちまったな」
「急だよな…もっと行きたい場所とかあったんだけど」
「落ち着いたらどこか行こうよ」
「いつになったら落ち着けるのかな…」
千夏は箸を止めた。そしてまるで、そこにいる啓太を見つめるように空を見上げた。
「街が直るのには時間がかかる…それまでにきっと怪人が現れる…落ち着ける時なんてくるの?」
トゲのある喋り方。将矢と奏芽は特に何とも思わないが、信太郎の気には障った。
「慣れるしかないでしょ。慣れて今みたいに戦ってない時を落ち着ける時って思うしか」
「慣れるって…人が死ぬことに?」
「二人ともやめなよ。ここ学校だよ?」
奏芽が咎めると二人は申し訳なさそうに俯いて静かになった。
今、この学校には避難して来た大勢の人たちがいる。誰も指摘しないが空気はピリピリとしていて、迂闊に怪人たちの話題を出してはいけない。
「………帰るか」
「そうだね」
午後の授業を受ける気力はなかった。信太郎はすぐに家まで直帰し、他の三人は適当に街をぶらついた。
「相変わらずお店やってないね」
学校付近やよく遊びに行く世須賀中央辺りには直接的な被害は出ていない。だがシャッター通りに近い状態となっており、行ったところで何もないのだ。
道路には普通車に混ざって自衛隊のトラックなどが走っている。いや、それらの方が多いかもしれない。
怪獣によって壊滅させられた地域は立ち入り禁止となったが、たまに鉄線を乗り越えて中に入る者たちがいた。
「アクトナイト、今大丈夫か?」
「邪悪なエナジーは感じられない。おや、信太郎はいないのか?」
「大月君なら家族が心配って先帰っちゃいましたよ」
アクトナイトと繋がると、千夏はトロワマテリアルのデバイスモードで鉄線の向こう側、壊滅した街を中継した。
「ねえアクトナイト。戦いっていつ終わるんですか?」
「メルバド星人が侵略を諦めるまでだ」
「それっていつですか?大月君の言ってた王子を倒さないと終わらないんじゃないですか?それよりもメルバド星に直接攻めるとか、もっとやることあるでしょ!」
「それは…ダメだ。メルバド星にいる無関係な人たちを巻き込むことになる」
「無関係な人たちって…だったら私たちだって無関係だったじゃないですか!戦いに巻き込んで!」
「それでも…あの時戦うことを拒まず選んだのは俺たちだろ」
アクトナイトからソードとマテリアルを与えられた日を思い出す。
特にドラマティックなことは起こらなかったが、それでも人生が大きく変わったことに違いはない。
「俺たちは戦わないといけなくなった。日常をメチャクチャにされて街だって壊された。大切な友だちもいなくなった」
「けどそれってもう過去の話なんだ。もう変えようもないどうにもならない話…いつまでこの戦いが続くかなんて誰にも分からない」
「それでもやらなきゃいけないんだ!これ以上失わないために!一つでも多く大切な物を守るために!」
将矢の言葉を聞いた千夏はグッと上を見上げた。あの世にいる啓大のことを思っているのではなく、今にも溢れそうな涙を堪えていた。
「…な、何してんだ?」
「啓太は泣きそうになると…いつもこうやってたから」
「え、千夏泣きそうなの?…何泣かしてんの?」
「すまん、強く言い過ぎた」
「違う…将矢の言う通りだよ。今は泣いてる場合じゃない…やろう、トレーニング!」
涙を抑えた千夏は前を向いた。先程まではなかった勇ましさが今の彼女にはあった。
「!…よし、だったらまずは公園までランニングだ!」
「いきなり!?今お腹いっぱいで走れないんだけど~」
「頑張ろう奏芽!」
三人の少年たちは元気よく走り出した。まるで夏を楽しんでいる子どもたちのように、笑顔ではしゃぎながら。
その頃、信太郎は家に戻っていた。父親のいる実家ではなく、居候している佐土原アパートにである。
「ただい…今帰りました」
佐土原理恵子は小学校の教師を勤めているので帰りが遅い。
居候の信太郎は家事を任されており、帰って来ては掃除や食事の準備をしていた。
「ねえ信太郎、今日の卵焼き全然甘くなかったんだけど」
「あ、ごめん。やっぱり塩入れすぎてたかな…」
「やっぱりって思うなら作り直してよ。ったく弁当もまともに作れないの?」
「すいません…」
実家では父親から。この家では理恵子の娘、美保から厳しい言葉を浴びせられた。
ただ相手が中学二年で反抗期真っ最中だと分かっており、そこまで苦ではなかった。
(反抗期の女子中学生こえ~!)
「それと!いい!?洗濯物一緒に回さないで!気持ち悪いから!」
「気持ち悪い!?…わ、分かった…」
それでも傷付くことはあるが。
一通りの家事を終えた信太郎は制服を着たまま和室に倒れてぼんやりと過ごしていた。
教師である理恵子にこんなだらしない姿を見られたら、「勉強しなさい」と間違いなく注意されるだろう。
だがそれも悪くないと思うのが信太郎だった。
(放任主義…というか放置だったよなアレってば)
思い出したくもない母親の顔はもう思い出せないが、雑な育てられ方をしたのを忘れていない。もう二度と会いたくなかった。
それから理恵子が帰って来たのは夜の8時過ぎだった。
「ただいま~!」
「おかえりなさい先生。食事、温めますね」
信太郎は理恵子が帰って来るまで夕飯を待っている。家という空間で誰かと一緒に食事が出来るのが、とても好きなのだ。
「今日はオムライスです!」
「まあ美味しそう!」
料理を作るようになってから、毎晩喜ぶ理恵子の顔を見るようになった。
自分のやったことで誰かがこんなに喜んでくれるのかと、信太郎は嬉しくいつも料理を作っていた。
「いただきます……美味しいよ信太郎君!」
「本当ですか!?えへへ!」
彼の目の前には、今まで望んでいた母親と呼べる女性が座って、自分の手料理を美味しそうに食べていた。
「学校どう?何か困ったことはない?」
「はい、勉強も夏休み前の振り返りみたいな感じだし、ちゃんと課題もやってますから!」
「信太郎和室で寝てたよ!」
風呂上がりの美保が余計な一言を口にした。
「あらあら…」
「て、提出期限は先だからちょっとずつやってる感じで…ちゃんと提出しますから!」
「…そうよね…うん、美保みたいに一々言わなくても大丈夫よね」
それを聞いた美保は慌てて配布物を持って来る。自分の発言が招いた結果なのだが、彼女は信太郎を睨んでいた。
「昔は良い子だったんだけどな~」
「同じ頃の俺と比べたら良い子ですよ」
「…信太郎君、悩み事はない?大丈夫?」
アクトナイトのことを話すわけにはいかないが、悩んでいることはあった。
信太郎は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「前の怪獣騒ぎで友だちが亡くなったんです。一緒にやることがあったのに…仲間が急にいなくなっちゃって、俺どうしたらいいか分からないんです」
それを聞いても理恵子は動じることなく、信太郎のためになると信じて言葉を送った。
「ならそのやるべきことをやればいいじゃない」
「それは分かってるんですけど…グループの雰囲気もあんまり良くないっていうか」
「周りなんて関係ない。今の信太郎君にはやるべきことがある。それをやるしかないの。どれだけ今がつらくても…」
厳しい言葉だった。これは夫の死を経験した彼女だからこそ言える言葉であり、信太郎も納得出来た。
「って事情も知らないおばさんが生意気言ってごめんなさいね。オムライス、美味しかったわ」
「ありがとう母さん…あっ」
「母さんでも良いわよ。それにそんな他人行儀にならなくても、もうあなたは私の生徒じゃないんだから」
母親と遂に巡り会えた。そのことき信太郎は思わず泣き出しそうになった。
そしてつらいことばかりだが、とにかく今はアクトナイトとして戦おうと心に誓った。
ドラマがあるのはアクトナイトの戦士たちだけではない。
那岐は昇士を連れて立ち入り禁止の区域に足を踏み入れていた。
月は雲に隠れて、辺り一帯は不気味な雰囲気を醸し出していた。
「あの家にもまだ誰かいるのかしら」
那岐が今見つめているのは倒壊した一軒家だ。
罪のない人が住んでいた家がそこにはあった。
「まだ行方不明者は沢山いるから、いるだろうね」
生暖かい空気が、ここに亡霊がいるんじゃないかと錯覚させている。昇士は怯えてはいるが逃げ出すことはしなかった。
「ところで灯刀さん。どうして俺をここに?」
「一緒に見ておきたかったの。私の守れなかった人たちを…ねえ…あのさ………」
那岐の言葉が止まってしまう。昇士は何か言いたげな那岐を見ると、肩を掴んで向かいあい、目を合わせた。
「ちょ、ちょっと!?」
「俺は灯刀さんの助手だから…灯刀さんの悩みを聞くのも俺の助手としての仕事だと思う。何か言いたいことがあるなら言って欲しい」
「この先…あいつらと一緒に戦ったら、守れる命もあるのかな?」
「あいつら」という言葉が指してるのはアクトナイトの少年たちであることは言われずとも分かっている。
昇士は答えを決めているが、どう伝えるかを少し考えた。
「あるよ。灯刀さんとあの人たちが力を合わせれば、もうこんなことにはならない。どんな強い奴が来たって倒せるよ!」
「本当…?」
「本当だ!それに信太郎たちだけじゃない、俺だっているから!」
それから数秒、自分はとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまったと自覚した昇士は顔を赤くしていた。
「…はぁ…自惚れないでよ。あんたは怪人と戦ったことないからそんなこと言えるのよ」
「灯刀さんが勝てないって思っても、俺は負けないって信じてるから!」
「はいはい分かったわよ…」
充分励まされた那岐だが、まだありがとうと言えるほど素直にはなれず、いつものようにツンとした態度を取った。
「俺って灯刀さんの助手だよね。だったら灯刀さんは俺の…何になるの?」
「………先生よ」
「先生?」
「昇士、これからは私の戦いをしっかりと見なさい。私の戦い方を学習するのよ」
「戦い方を学習か…確かに今まで適当に見物してたかも。次からはちゃんと見学するよ」
「戦えるようになるまでは私が守るから安心しなさい」
「…俺、一緒に戦えるように頑張るよ」
雲が動いて月の光が二人を照らした。
「月が出て来た…」
「行くわよ昇士」
二人は死者の埋もれる世界で合掌した。
那岐は翼を広げると昇士を抱えて夜空へと舞い上がっていった。