第26話 那岐の仲間
啓太がいなくなって数日ほど。アクトナイト記念公園には信太郎だけが来ていた。他の三人が今どうしているか、彼には分からない。
「アクトナイト、怪人は?」
「何も感じられないが…お前は大丈夫なのか?」
信太郎はあまり物事を考えないようにと、アクトソードで素振りしたり、公園を何周も走っていた。
「俺なら大丈夫だよ」
「…話したくないのなら無理に話さなくていいが」
彼の心に異常なことが起きている。それを分かった上で、アクトナイトはそれ以上詮索しなかった。
「将矢は…いなくならないでね」
「大丈夫。俺は死なない…奏芽もみんなも、俺が守る」
ベッドの上で奏芽は将矢の胸に頭を預け、彼の鼓動を聞いた。
「友だちがいなくなるって…こんなにつらいんだね」
「俺も初めてだ。こんなに苦しいの」
将矢が中学の頃、祖父と祖母が亡くなった。悲しいことではあったが、病気でもうすぐ死ぬかもしれないと分かっていたからか、長く落ち込むことはなかった。むしろ天国から応援してくれと、その死を力に変えたほどだった。
しかし今回は違う。共に生きる友人が突然死んだ。それを受け入れるのにはまだ時間が必要な気がしているし、何か得ることなど出来るわけもなかった。
「だから…奏芽、お前は」
「大丈夫。私は将矢のそばから…離れないから」
信太郎は気を紛らわし、将矢と奏芽は互いに慰め合うことで、なんとか今を乗り切ろうと戦っていた。
そして千夏はやるべきことのために寂れた場所で人を待っていた。
「一体こんなところに呼び出して何のつもり?」
そこに現れたのは那岐と昇士の二人だった。
「これからについて決めておきたいんだ。怪獣が現れて街は滅茶苦茶にされた。その少し前に灯刀さんは怪人に奏芽と一緒に戦って苦戦したって聞いたけど」
「もしかして仲間になろうって言いに来たの?…いい加減しつこいんだけど」
「あの時、あなたも私たちにも怪獣は倒せなかった。啓太が命懸けでこの街を守ってくれた」
「命懸けって…鈴木はどうしたんだよ!?」
「いない…啓太はもういないんだ」
奏芽は昇士が驚くのは予想していたが、那岐も信じられないというような表情をしているのは意外だった。
「そんなことって…」
「…弱いから死んだのよ」
「違う。強いからこそ啓太はこの街を守ることが出来た。本当に弱いのは動けなかった私たち。灯刀さんも」
千夏は結論を述べ、ソードとマテリアルを手にしていた。
「…どういうつもり?」
「灯刀さん、私が勝ったら仲間になってもらうから」
「やるのか千夏!」
「お願いアクトナイト、力を貸して。アクトベイト!」
千夏がアクトナイトビヴィナスに変身した。それを見た那岐は昇士から波絶を受け取り鞘から抜いた。
地中に埋まっていた石が次々と浮き上がり、地面はでこぼこになった。
「ビヴィナスには石、鉱物、合金などを操る力がある」
「知ってるけど。相手に能力を教えるなんてどういうつもり?」
「これから仲間になるんだから、まず私のこと知って欲しかったんだ!」
石は次々と那岐へ向かっていった。その速度はピストンから発射された弾丸並み。生身の彼女が受ければ一溜りもないだろう。
那岐は冷静でいた。そして自分に触れる石を刀で弾き無傷のままだった。
「私は金石千夏。好きなものはアニメとか漫画。アクトナイトビヴィナスをやってるんだ!」
ビヴィナスは容赦なく攻撃した。その剣にはかつてない程の思いが込められていた。
「くっ…!」
「私、あなたが灯刀っていう名字で地球を守る為に戦ってることしか知らないんだけど!」
アクトナイトの力を得ている千夏でも、戦闘能力の高い那岐に敵うはずがなかった。
しかし剣を交えて伝わってくる千夏の思いを受けて戦いに集中出来ていなかった。
「私はあんた達の仲間になんかならないから!」
「なる!もう力を合わせて戦わないといけない時が迫ってるんだよ!怪獣を見たでしょ!守らないといけない街の人たちは何人も死んだ!啓太も死んだ!地球を守るために戦ってるのに、これじゃ勝っても意味ないじゃん!」
那岐はビヴィナスを振り払い刀を持ち直した。力比べで握っていた手が崩されたのは初めてのことだった。
(受け売りの言葉ばっかりだけど…気持ちは本当なんだから!)
千夏は那岐の動きではなく表情を伺った。これまで見たことのない困っている顔をしていた。
アニメや漫画の名言と自分の気持ちを混ぜ合わせた千夏の言葉は確かに届いていた。
どこからか飛んできたアニマテリアルのイーグルが刀の鍔に取り付いた。
そして翼を広げた那岐は高く飛び上がった。
「鷲之型!三之段!フェザーバレット!」
那岐の羽が一枚一枚、弾丸の如くビヴィナスへ放たれた。
公園内を走り回るビヴィナスに、石を操る余裕はなかった。
「もう!避けるな!」
冷静さを失っていた那岐は攻撃することで翼が消費されるのを忘れていた。
そして滞空すら出来なくなった那岐は地上へと落ちていった。
「灯刀さん!」
降って来た昇士は自分をクッションに那岐を守った。
「いった…大丈夫?」
「昇士!あんた何やってんのよ!」
他人の心配をしている場合ではない。昇士はただ激痛を感じているだけだが、彼の身体は骨が何本も折られ内臓も損傷していた。
その分、那岐はなんともない状態だった。
「灯刀さん。今朝日君がいなかったらどうなってた?」
「着地ぐらい出来たわよ。それをこいつが…どうして」
「仲間がいらないとかなんとか言ってるけど、朝日君がいるじゃん」
「こいつは助手よ!助けに来るなんて当然のことよ!」
「…そばにいてくれてる彼すら仲間じゃないって言うの?」
立ち上がった那岐は冷静になって構えた。それから彼女の猛攻が始まった。
「守ってばかりじゃない」
ビヴィナスは防御することで精一杯だった。那岐は何度も攻撃を繰り返し、敵を壁際に追い詰めた。
「ビヴィナスの力でそのレンガを私に撃とうって考え、お見通しだから」
公衆トイレの外壁に追い込まれたフリだと見抜かれていた。
「強さを証明する?私の方が強いに決まってるじゃない。ダディとマミィに宇宙警察流の剣術を習ってるんだから」
那岐は背後から飛んできた石を目視することなく防御した。
「王手ってことで私の勝ちでいいかしら」
「灯刀さん、斬らないの?」
動けるはずのない昇士がそばに立っていた。
「ちょっと昇士!あんた寝てなさいよ!死ぬわよ!」
「そんなことよりも、君前に言ってたじゃない。邪魔になるようなら容赦なく斬るって」
「それは…今は邪魔してるわけじゃないから見逃してやろうと…」
「まだ私は負けを認めてないよ」
千夏はそう言うが腕を降ろして戦う姿勢を解いていた。
「昇士、病院行くわよ」
「嫌だよ。怪我した理由とか聞かれたら灯刀さんにもアクトナイトの人たちにも迷惑が掛かるから」
「アクトナイトさんの力なら治せるよ」
「だったら案内しなさい!」
「降参したら連れてってあげる」
そう言われて那岐はすぐに返事できなかった。那岐は悩み、千夏を睨み付けた。
「卑怯者…」
「ぐっ…やっぱ言われるよね…」
自分が憎まれるだけで那岐が仲間になるのならそれでいいという思いで、千夏は取引を持ちかけた。
「…分かった、負けを認める。だからお願い、昇士を治して!」
「灯刀さん…ありがとう」
那岐は昇士を背負い、アクトナイト記念公園へと案内された。
「ここって前に一度来た場所じゃない…」
「久しぶりだな、灯刀那岐。そして初めまして、朝日昇士」
どこからともなく聞こえてくるアクトナイトの声に那岐たちは驚いていた。
「…確かカナト人のシャオね。昔アクトナイトの友人だったっていう」
「まずは昇士を治そう。銅像の前に彼を降ろしてくれ」
言う通りにすると昇士の肌色がみるみる内に良くなっていった。
「身体が…痛くない!本当に怪我が治ったんだ!ありがとうアクトナイト!」
「礼なんて言う必要無いわよ!こいつら、あんたの治療と引き換えに私たちをここまで連れて来たのよ!」
「これは私がやったことだから。アクトナイトは関係ないよ」
アクトナイトは無理矢理本題に入った。
「近い内に敵は総攻撃を仕掛けて来る。頼む、君たちの力が必要なんだ。一緒に戦ってくれ」
「嫌よ。こんな無理矢理仲間にさせられて協力したいなんて思わない」
「…灯刀さん。今日戦って分かったでしょ?一人で怪人を倒すことが出来ても仲間を守ることは出来ないって」
千夏の指摘に那岐は何も言い返せなかった。唯一の仲間である昇士は自分を守ろうとして怪我をしてしまったのだ。
「私帰る!」
そう言うと走って公園を出ていってしまった。そんな那岐の姿を昇士は残念そうに見ていた。
「やっぱり時間が必要か…」
那岐と入れ違いで、ランニングに行って戻ってきた汗だくの信太郎が現れた。
「あっつー…って金石と昇士、どうしたの?」
「大月君こそこんな暑いのに走ってきたの?」
信太郎はベンチに座ってスポーツドリンクを飲み干した。
二人から事情を聞いた信太郎は少し考えてから意見を出した。
「無理矢理過ぎない?何か人質取ったみたいなやり方で…それじゃあ仲間どころか友だちにもなれないと思うけど」
「だよね…やっちゃったって反省してる」
「金石はそんなに灯刀さんが仲間になって欲しいの?」
昇士は気になっていたことを尋ねた。今日も急に昇士たちを呼び出したり、決闘を申し込んだりと千夏は何かを急いでいるように見えた。
「灯刀さんはきっと、みんなと仲良くなりたがってると思うよ。けどこんな強引なやり方じゃ…」
「啓太が必要としてたから。だから彼女に仲間になって欲しかった」
アクトナイトの顔ぶれで、啓太は那岐と仲間になろうと努力していた。
初対面の時には優しく接し、食事の場を設けた。那岐の家に出向いたこともあった。
啓太の行動を見続けていた千夏は、疑問を持ちながらも彼のやろうとしていたことを引き継いでいた。
「…啓太がどうして肩入れしてたのか分からない。けど啓太はもう死んじゃったから…私がやらないといけないんだ」
「鈴木はみんなを守りたかったんじゃないかな」
「あんたに啓太の何が分かるの!?」
千夏が怒鳴ったが昇士は真剣な顔で話を続けた。いつもの穏やかさはどこにもなかった。
「…街の人たちの声、聞いたことある?」
昇士はスマホを見せた。画面にはアクトナイトに対する街の人たちの反応などが書かれていた。
「五人いるのにあんまり強くないよね。それに最近来ない時だってあるし」
「仮面の方が強くない?」
「警察はあんな不特定要素に甘えるなよ」
「そっちこそ甘えたこと言ってんじゃえねよ。警察も手に負えないからあいつらがやるしかねえんだよ」
これは怪獣が現れる前までの反応だ。アクトナイトことシャオが地球を離れて僅かな間、五人は厳しい戦いを強いられた。
「アクトナイト来なかったけど仮面のやつ来たよ。多分女の子」
そして那岐は千夏たち五人が気付かなかった怪人に対応していた。その戦いはニュースになることもなく、人に知られていない戦いが何度も起こっていた。
「もう日本終わりだろ」
「あいつらがいるから怪人来るんじゃないの?力が力を引き寄せるとか」
「力が力を引き寄せるって漫画読みすぎだろ」
「アクトナイト役立たないと…」
「冷えてきた…怪人の仕業かな?」
「文句あるなら戦えよ」
そして怪獣が出現して最近の反応だ。誰も対応できず怪獣は自然消滅したと扱われた。
怪獣がいなくなって喜ぶよりも先に、戦士たちの評価を優先して行っていた。
「灯刀さんも君たちも街の人に期待されてないんだ。みんな期待されなくなるぐらい戦えてなかったんだよ」
「…こんなの酷いよ…私たち一生懸命戦ってるのに…」
「戦ってない人間を代表して俺から言わせて欲しい。この評価は妥当だ。君たちは…正直頼りない。灯刀さんは強いけど…」
悔しがる千夏は下を向いて今にも泣き出しそうになっていた。
「…だからこそ頼む。灯刀さんの仲間になってくれ。彼女と一緒に戦ってくれ」
昇士は頭を下げて頼んだ。勢い良く頭を下げて、そのまま地面に倒れそうになっていた。
「灯刀さんにも必ずピンチが訪れる。そういう時で良いから戦って欲しい。つんけんされるだろうけど、内心は嬉しいと思うから…多分」
「…約束する。私、灯刀さんがピンチになったら絶対に助けるから」
そう言うと小さくヒョコっと頭を下げる千夏は公園から去っていった。
千夏は啓太に囚われていた。彼のためと考えて自分のやり方を遠そうと焦っていたのだ。
しかし昇士の話を聞いて、自分が独り善がりで動いていたこと、これまでの行動が啓太のためではなく、何をすればいいのか分からないが故の逃避行動だと自覚した。
もう啓太はいないのだ。いない人間に囚われたままではいけない。
それに気付いた千夏はやっと、彼の死から立ち上がるために動き出すのだった。