第24話 傷ついた人たち、生命の力
怪獣の出現により自衛隊が出動した。現在、怪獣に対して戦闘機や戦車による攻撃が行われている最中だ。
怪獣の目的は不明のまま、政府では国民を海外へ避難させるかどうかで会議が始まっていた。
世須賀の2割は怪獣によって壊滅状態にある中、どうすればいいのか分からず啓太は街を走り回っていた。
「大丈夫ですか!」
そして彼は自分に出来ることを始めた。転んでいた老人を立ち上がらせて、避難所となっている施設への道案内をした。
(全然避難が進んでないじゃないか!)
店員のいないコンビニには泥棒が物を盗りに入っていたが、啓太はそれを見てもどうすることもせずに通り過ぎた。
しばらく走り続けた啓太は怪獣の通り過ぎた場所にやって来た。建造物はほぼ破壊されていた。
「大丈夫ですか!ねえ!」
倒れている人を揺さぶったが返事がない。肌は冷たく、胸に耳を当てても心音が聞こえることはなかった。
「……死んでる……」
この人がどうやって死んだのか、啓太は考えたくはなかったが嫌でも削れた頭が目に入った。
もうここに生きている人はいないだろう。そう諦めた時だった。
「助けてえええええ!」
遠くない場所から悲鳴が聞こえてきた。啓太は地面に散らばる瓦礫を避けて、声がした方向に走った。
「お母さあああん!」
(一体どういう状況だ!?)
小さな男の子が泣きわめいていた。それだけならまだ逃げ遅れたのだと思えたのだが、その子どものすぐそばに、刃物を持った少年がいた。
「うるせえんだよ!」
刃物を持った少年が男の子に向かって刃物を突き刺そうとした。啓太は迷わず走り出して、そして男の子を庇った。
「ぐっ!」
鋭い刃が啓太の背中に突き刺された。それも深く、胸に近い位置だった。
「あああああ!」
啓太は思わず振り返り、少年の顔を殴った。そして届くはずもない傷口に手を伸ばしながら膝をついた。
「…君、大丈夫?お父さんとお母さんは?」
「パパとママ…あそこ」
男の子は少し離れた場所の倒壊した一軒家を指差した。
啓太は崩れた家に近付いて誰かいないか声をかけたが、返事が聞こえて来ることはなかった。
「お兄ちゃんが…お兄ちゃんがね!もう死にたいって!」
「…君のお兄ちゃんを殴っちゃってごめんね」
男の子の名前はコウタで、その兄である刃物を持った少年はアキトということを啓太は知った。
アキトは怪獣に両親を殺され家を失い、街の惨状を目の当たりにして弟との心中を図ったのだ。
「なんで邪魔するんだよ!」
「ごめんなさい…」
心中に失敗したアキトだが、もう一度挑戦する勇気はなく刃物を手放した。
「…いや、謝るのは俺だ。目の前で父さんたちが潰されたんだ。街もこんな様だしもう嫌になって…ごめんなコウタ!」
アキトは泣きながらコウタを抱きしめた。
「パパとママ…助けようよ!」
「ごめんな…ごめんなコウタ!父さんも母さんも死んじゃったんだ!助けられないんだよ!」
どうしようもない出来事を目の前に、啓太はただ胸を痛めるしかなかった。
啓太は背中の傷のことなど忘れ、スマホで怪獣の動向を探った。
「今は遠くにいるけど…あいつ、このまま東京の方に行くつもりなのか?」
「あの…背中大丈夫なのか?避難所に行って手当てを…」
「大丈夫です。それよりも…今は僕たちに出来ること、やりましょうよ」
啓太たちは破壊された街を歩き回り、避難出来なかった人を探した。
その結果、わずか30人だが生き延びた人と合流することに成功した。中には誰かが駆け付けなければ助からなかった命もあった。
「遠いですけどこの先の公民館が避難所に指定されてるみたいです。みなさん、そこまで頑張りましょう!」
啓太はネットの情報を頼りに安全な場所に移動した。
動物園から猛獣が脱走、水道水に有毒な成分が含まれているなど本当かどうか分からない呟きに多少混乱させられたりもした。
そうしてやっと着いた公民館には他にも避難してきた人たちが集まっていた。
(あれ…めまい…)
啓太は公民館の前で倒れた。それを見た人が建物から出てくると、担架に乗せて彼を医務室へ運んだ。
それから目を覚ますまでに時間は掛からなかった。医療従事者の手により適切な処置が施されていたが、深い傷だったのに異常な回復力を見せた肉体には驚かされていた。
「大丈夫か?」
ベッドのそばにアキトが立っていた。
「…何日経ちました?」
「いや、一時間ちょい。ごめん、俺のせいで…」
「気にしないでください。傷は浅いんで。それよりも怪獣は?」
相変わらず怪獣は市内を進んでいた。啓太はベッドを降りて、ここに仲間が避難して来ていないか探してみることにした。
体育館には避難して来た人たちが集まっていた。誰もが絶望しきった顔をしていた。
「アクトナイトは助けてくれないの…?」
「大丈夫だよ。あんな怪獣、きっとやっつけてくれるから」
近くにいた子どもとその母親の会話を聞いて、啓太は申し訳なく思った。
「お前の家族は?連絡取らないのか?」
「姉さんは大学、両親は仕事中…多分大丈夫です。世須賀市の外で働いてるんで」
啓太は家族の無事を祈った。それから体育館を歩き回ったが、信太郎たちの姿はなかった。
逃げ遅れたのかもと思ったが、そもそも住んでいる地域が別の場所なのでいないのは当然だった。
「行くのか?ここにいた方が安全だと思うけど」
「…怪獣はきっとアクトナイトが何とかします。それじゃあ」
啓太は別の避難所に仲間たちがいるのを期待して、今いる公民館を出発した。
だが啓太は惹き付けられるように、怪獣の被害を受けた場所を歩いていた。既に避難所など目指しておらず、彼は何かを探していた。
先程の異常な再生力と言い、今の彼は異常だった。
(見つけた…)
そして啓太は死体を見つけた。知人ですらない自分と同じくらいの少年は、下半身を建物の瓦礫に潰されていた。
啓太は目の前にしゃがむと目を閉じて合掌した。何もなかったはずの手の中には破片のようなものを握り締めていた。
それから啓太は死体を見つけては同じことを繰り返した。手に持っていた破片は少しずつ形を作り、一つのマテリアルとなっていった。
(将矢は希望をマテリアルにしていた…だったら僕は…)
啓太は今日一日の僅かな間に、怪獣によって殺された人を何人も見た。そこで初めて、自分たちの戦いは街の人の命が懸かっていたと実感した。
守れなかった人たちの姿をその目にしっかりと焼き付けた。
しかしマテリアルは完成していなかった。形は出来上がったまだそこに何かが足りていなかった。
「助けて…」
弱々しい声が聞こえた。
横転した車の中で男性が頭から血を流していた。
「大丈夫ですか?」
啓太はその男性がもう間もなく息を引き取る、もう助からない。根拠はないが啓太は理解していた。
「助けて…」
「大丈夫ですよ。怪獣はもういませんから」
啓太は割れた窓から力なく伸びる手に優しく触れた。それから男性を看取ると、啓太は立ち上がってマテリアルを再度確認した。
そのマテリアルからは確かに、人の生命と同じ力強さを感じることが出来た。
啓太はアクトナイトとして戦い、短い間に大きな成長を遂げた。
最初は責任感すらなかった彼が今、なんとしても怪獣を倒そうと走っていた。
(これ以上死ぬ人や悲しむ人を増やさないためにも!)
彼を突き動かすのは勇気でも正義でもなく、生命だった。
怪獣によって奪われた命と、これから更に失われようとしている命が彼に怪獣を倒す決意をさせた。
巨大な怪獣に近付いて来た。啓太はアクトソードに新しいマテリアルをセットした。
「アクトベイト!」
そして啓太はこれまでにない新たなアクトナイトへと変身した。
変身出来ないはずなのにアクトナイトになれたのは、きっと力をくれた街の人たちのおかげだと彼は思った。
怪獣は辺りを見渡していた。踏み潰した戦車、叩き落とした戦闘機、薙ぎ倒した建物を見て、どこか満足そうだった。
しかし、まだ自分に歯向かう者を見つけると咆哮して身体の向きを変えた。その際、大きな尻尾が建物を巻き込んでいた。
荒廃した地上を一人の戦士が走っていた。元はメルバド星人である怪獣は、それがアクトナイトだと分かった。しかしそのアクトナイトからは異常な程のエナジーを感じていた。
尻尾で薙ぎ払い遠くへと叩きとばすが、瓦礫に埋まってもすぐに這い上がったアクトナイトは再び怪獣へ疾走した。
怪獣の口から放たれる強力な光線を受けても立ち止まることなく走り続けた。
アクトナイトは高く跳び、怪獣の頭を切り落とした。しかしすぐさま新しい頭を生成され、アクトナイトは一口で飲み込まれた。
怪獣の体内に道を切り開き、アクトナイトは1体の怪人と2つのマテリアルを見つけた。
生物を操るマテリアルの力で器を生成し、怪獣の力を秘めたマテリアルで怪獣になっていたのだ。
怪獣は膨大なエナジーを蓄えていた。下手に倒せば大爆発を起こし、世須賀市を壊滅させるどころか地球の回転にも影響を及ぼすだろう。
「この街を守るために!みんなの生命を僕にくれ!」
啓太は叫んでソードを掲げた。そして刃には、怪獣に殺された命、今まさに消えようとしている命の力が集まっていた。
「まだだ…まだ足りない!みんなの生命だけじゃ…!僕の命も!」
そして啓太の身体に残っていた生命の力が全て刃へと送られた時、この怪獣を倒す準備が完了した。
「紡がれし生命が織り成す合撃!ヴィータスラッシュ!」
啓太は怪獣のコアとなっている怪人に突進していった。
透明な膜状のバリアが怪獣を封じ込めた。そして怪獣型の膜の中で、激しい爆発が起こった。
それを見ていた人たちは、怪獣が消滅した。そう認識していた。