第23話 歩く怪獣
啓太はその時、見もしないテレビでニュースを流しながら呑気にスマホを弄っていた。
「ここで速報が入りました。世須賀市の世須賀海岸に怪獣のような生物が出現しました。怪獣は現在、周囲の生物を取り込み巨大化をしているとのことです」
「な、なんだこいつ…」
起き上がってテレビを見ると、見たことのある海岸が映っていた。
「海岸では先ほどまで仮面の少女とアクトナイトが怪人との戦闘を行っていたようです」
それからしばらくすると避難を促すテロップが画面上に現れた。
両親は仕事で姉は今頃怪獣のことなど知らず、大学で授業を受けているだろう。
そんなことを考えながら啓太は荷物をまとめて、それから仲間たちに電話をかけた。
「もしもし信太郎!…留守か」
信太郎とは繋がらず、次に将矢にかけたが彼も出てくれなかった。
「……将矢も出ないってことは清水も出られないだろうな……どうしよう!」
今の自分は戦うことが出来ない。啓太はまず身の安全を確保するため、怪獣から遠くへ避難することを決めた。
その頃、海岸で巨大化していた怪獣が遂に歩き出した。全長50メートルほどの怪獣は市内へと足を踏み入れる。
街が破壊されていく中、逃げる者もいれば火事場泥棒に入る馬鹿者もいた。
しかし、アクトナイトと仮面の少女は現れなかった。いつも街の人たちを怪人から守るヒーローは一人も姿を見せず、怪獣に好き勝手を許していた。
「セルナの力で一時的にだけど毒を抑えてるよ」
記念公園に来た信太郎はマテリアルで奏芽たちの毒を和らげてまず服を着替えさせた。
「ねえ昇士は?昇士は大丈夫なの?」
「多分避難してるんじゃないかな…」
空を見上げると自衛隊のヘリコプターが怪獣のいる方角に向かって進行していた。
「…私戦うから。それ貸して」
「無茶言うな!それにセルナがないと奏芽はどうなる!」
その時、空に一本の光線が走り、何機も飛んでいたヘリコプターが次々と墜落していった。
「なに今の…」
怪獣は口から光線を吐いて、視界に入った脅威を無力化した。それから再び歩き始め、ビルを倒し車を踏み潰していった。
「近くの学校が避難所になってるっぽいよ」
「行ったところで一緒に燃やされるか踏み潰されるかのどっちかよ」
怪獣が歩くことによって起こる地鳴りが、遠くにいるはずの信太郎たちにも伝わってきた。
「見つけた!灯刀さん!」
アニマテリアルのイーグルに導かれ、昇士が公園にやって来た。
「大変なんだ!怪獣がこっちに近付いて来てるって!」
「知ってるわよ。逃げなさい昇士、アクトナイト達は役に立たないし私もこの有り様よ。もう誰もあれを止められないわ」
「何言ってんだよ!いつもみたいに倒してくれよ!」
そう言われても那岐は座ったままで、戦う意思はないと気の抜けた表情をしている。本当に打つ手がないのだ。
「もう俺たちも変身できない…アクトナイトはまだ帰って来ないし」
「あの時のビルマ星人、やっぱり殺しておけばよかったのよ。そうすればあんた達が変身出来なくなるなんてことにはならなかったのよ」
アクトナイトはビルマ星人のベンを母星に送るためにこの星を離れた。ベンはいい人間とは言えず、那岐は殺そうとしていた。
もしも殺しておけばアクトナイトは地球から離れることなく、信太郎たちは今頃怪獣と戦えていただろう。
「タラレバしてたって仕方ないよ。灯刀さん、波絶借りるよ」
昇士は鞘から波絶を抜いて、鍔にイーグルをセットした。
「…ねえ、いつもどうやって飛んでるの?」
「あんたには無理よ」
一瞬、那岐と同じ翼が現れた。しかし翼を発生させたことにより膨大なエナジーを消費した昇士はすぐに片膝をついた。
「ぐっ…こんな疲れることいつもやってたのか…凄いね灯刀さん」
「こうなったらもう自衛隊に任せるしかないわ。まあ頑張っても人が逃げる時間稼ぎしか出来ないだろうけど」
「アクトベイト!」
信太郎と将矢は変身を試みたが、マテリアルをソードにセットしても何も怒らなかった。やはり、アクトナイトから送られるエナジーが必要なのだ。
「俺たちは…何も出来ないのか!」
自分の無力さに腹を立てている将矢に、奏芽はそっと手を乗せた。
メルバド星人の怪人は元々、海から街の人を襲うという任務を受けていた。
バッドにカイジュウマテリアルを入られた後もその作戦のことは忘れず、パワーアップして見事、街を破壊し人々を苦しめていた。
怪獣は老若男女を平等に人を襲った。
足で踏み潰し、破壊した建物の瓦礫を落下させ、口から発射される破壊光線で次々と街の人を消滅させた。
「いや~やっぱり虐殺には怪獣だな!」
三銃士の一人、バッドが怪獣を見上げてはしゃいでいた。彼は街が破壊されていく光景を楽しんでいた。まるでショーを楽しむ観客のように。
まだ被害を受けていない地区に住んでいる千夏は、信太郎と同じようにワイルドボアからメッセージを受け取って公園に向かっていた。
(人が逃げて来てる…)
街にはこれまでにないくらいの大勢の人間で溢れかえっていた。
自転車に乗っていた千夏はこの中だと動きづらいと途中で乗り捨てた。そして人をかき分けて公園に急いだ。
鳴り響いていた警報もいつの間にか止まった。信号機は点灯しておらず、道路には乗り捨てられた車が並んでいた。
「あれってもしかして…」
千夏は遠くに怪獣の姿を見た。自分とはかなり離れた位置にいるはずなのに、その大き過ぎるせいで近いのか遠いのか感覚が狂いそうだった。
(なんか震災の時みたい)
自転車を漕ぎながら、千夏は古い記憶を思い出していた。
もはや怪獣は生物ではなく災害だ。一刻も早く作戦を練るためにも、千夏は急いで記念公園を目指す。
だが誰も変身も出来ないのに、何が出来るのかと彼女も諦めかけていた。