第22話 ビーチに現れる脅威
今日はとても暑い日だった。世須賀市の最高気温だとニュースでも報道されていた。
信太郎は以前、校外学習で一緒に行動したメンバーと海にやって来ていた。
「信太郎君、ボーッとしてるけど大丈夫?水分補給欠かさないでね」
信太郎は一度見たはずの真華と芽愛の水着姿を見て頭がクラクラしていた、
「どう朝日君?似合ってるかな?」
「うん、凄く可愛いよ」
那岐はパラソルの下で転がっていた。しかし、芽愛の次の一言を聞いてバッと立ち上がった。
「ねえ朝日君。せせ、背中に日焼け止め塗ってくれないかな?」
芽愛は昇士に日焼け止めクリームを渡してシートの上に横になった。
「陽川さん!?」
「ちょっと昇士、あたしにもお願い!」
「灯刀さんまで!?」
那岐も芽愛の隣に並んでうつ伏せになった。
(こ、これは…触っていいのか!?頼まれてるけど…)
「昇士、早くしなさい」
「那岐ちゃん…私が先だったんだけど」
「し、失礼させていただきます…」
昇士は気も強く持って、芽愛の背中にクリームを塗り始めた。
(大丈夫だよな俺、ハアハアとか気持ち悪い呼吸してないよな?)
「ふふっ、くすぐったいよ朝日君」
「ちょっと昇士!私にも早く塗りなさいよ」
次に那岐の背中に手を触れた。そして昇士は耐えられなくなった。
「うおおおお!」
「ちょっと黙って塗りなさいよ!」
雄叫びをあげながら二人の背中にクリームを塗る昇士を、周りの人は困惑しながら見ていた。
その頃、信太郎は真華と共に食べ物を調達しに海の家に来ていた。
「今日は怪人出ないといいね」
「!…うん、そうだね」
真華の一言を聞かなくても、信太郎は怪人のことを気にかけていた。
リフレッシュするつもりで海水浴に来たというのに、せっかくの平和な時をまた破壊しに現れるかもと思うと逆にストレスになった。
「はぁ…」
(戦うのは俺じゃなくて灯刀さんなんだからもう少し気を楽にしろ)
怪人と戦っていない街の人たちの気持ちが何となく分かるような気がした。
街を守ってくれるヒーローがいるからと言って安心して暮らしているわけではないのだ。
「よう信太郎」
「あ、将矢…」
信太郎たちは将矢と奏芽の二人と遭遇した。
「二人も来てたんだ。啓太たちも一緒?」
「二人とも来なかったから俺たちだけだ」
二人は少し話してから暇そうに爪を弄り始めた真華と奏芽を見て別れた。
「さっきの人、誰?」
「将来と清水。てか同じクラスメイトでしょ」
パラソルの下では顔を赤くした三人が荷物番をしていた。
「どうしたの?何かあった?」
「いや特に…焼きそばありがとう」
昇士は焼きそばを受け取ると黙って食べ始めた。明らかに何かあった様子だが、信太郎は特に気にすることはなかった。
「いやー海に来たけどさ…何するの?」
「それは泳いだり日焼けしたり…って日焼け止め塗ってるから無理だった」
それを聞いた信太郎は、こんな混んでるのに泳ぐのかと内心驚いていた。
軽く食事を済ませた後、5人は浮き輪やフロートを抱えて海に移動した。
「盗まれて困る物はロッカーに入れたし大丈夫だよね」
「誰も手を出せないわ」
那岐の言葉で信太郎は自分たちのパラソルの周りを、アニマテリアルのイーグルが巡回しているのに気づいた。
久しぶりの海だったがそこまで大きなリアクションはしなかった。
「ぁ…つめてぇ」
「降りなさい!私が乗るわ!」
「うわああ!」
昇士の乗っていたフロートを那岐が押してひっくり返していた。その那岐が乗った直後に、芽愛が再び横転させて那岐を沈めた。
「あはははは!」
「やったわね!」
(なんか久しぶりに…のんびり出来た気がする)
アクトナイトが地球を出てから散々だった。宇宙人と戦う那岐との衝突、校外学習、両親の離婚により元担任の家へ居候。今も奏芽が一回だけ変身出来るというギリギリの状態だった。
「どうしたの大月君?」
「陽川さん、誘ってくれてありがとう。凄く楽しいよ」
感謝の言葉を伝えながら、信太郎は近くに浮いていたクラゲを避けた。
「危ないね。みんなクラゲ気をつけてね」
「いって!」
昇士の足に魚が噛みついた。無理に剥がそうとする彼を止めて、那岐は手際よく魚の口を開かせた。
「面白いこともあるものね」
珍しいことかと思っていたら、なんと彼以外にも周りの人たちが魚に襲われるという事態が相次ぎ、挙げ句の果てに鮫が現れた。
「みなさん!急いで海から上がってください!」
監視員がメガホンを手に叫び、信太郎たちは海から上がった。
何匹もの鮫が浅瀬を漂うという異常な光景だった。昇士は那岐の命令を受け、波絶の入ったカバンを取りに走った。
突然起こった異常な現象を前に誰もが不安を感じていた。そして魚たちを掻き分けて、気持ち悪い見た目の怪人が海上に姿を現した。
「怪人だ!逃げろー!」
戻って来た昇士が大きな声で煽ると、砂浜にいた人たちが一斉に逃げ出した。那岐は仮面を付け、ラップタオルを見に巻いた。そして刀を抜いて怪人に接近した。
怪人の前に異常な数の蟹が群がり進路を塞いだ。海からは魚が勢いよく飛び出して、ミサイルのように那岐に向かっていった。
「こいつ…生き物を操ってるの!?」
怪人自体には大した戦闘力はないのだろう。しかしただ生き物を操るという能力が、生命の源とも呼ばれる海では恐ろしい力を発揮していた。
砂浜には発射された魚たちが跳ね回り、それを狙って鳥が集まって来た。
「陽川さん大丈夫!?」
「うん、ちょっと挫いただけ…いたた」
信太郎たちは芽愛を連れて海岸から離れていた。
「灯刀さんとはぐれちゃった…大丈夫かな?」
「きっと大丈夫だよ」
とは言う昇士も心配になった海の方を見ていた。那岐は刀を振り回して、次々と飛んでくる魚たちを打ち落としている。
反撃の隙も無く、防戦一方だった。
遅れてアクトナイトアーキュリーが参戦した。海中から奇襲を仕掛けたアーキュリーだったが、デンキウナギやクラゲが邪魔をして地上へ逃げざる終えなかった。
「身体が痺れる…」
「ちょっと!邪魔だから退いてなさい!」
那岐は膝をついたアーキュリーの前に立ち、飛んでくる魚を全て切り身にした。だがその内の一匹の体液が手に付着し、那岐の手が止まった。
「…手が痛い…何これ?」
那岐の手は魚の猛毒受けて麻痺。そのまま波絶を手放してしまった。
怪人は無力化した敵にトドメを刺そうと歩き出して陸へと上がった。しかし、突然現れた4体のアニマテリアルたちが怪人に総攻撃を仕掛けた。
「ワシ丸みたいにちっちゃいのが他にも!」
砂浜には二人の他に、アニマテリアルを出撃させた将矢一人が立ていた。
「頑張れええええ!」
「戦わないと…!」
変身出来なくても出来ることを頑張って戦おうとする彼の姿から勇気を貰った奏芽は、力を振り絞って立ち上がった。
手足が痺れて視界もボヤけていた。しかし、アーキュリーの水の力でなら怪人を倒すことは出来る。
「魚たちには悪いけど…」
アーキュリーはグリップの底を叩いた。それを見た那岐も負けていられないと立ち上がった。
目の前の海が大きく形を変えていき、モーゼの神話のように海が割れた。そして現れた地面の上では魚がピチャピチャと跳ね回っていた。
「ああもう無理疲れた…けどこれで攻撃は出来ないからあとはよろしく~…」
「本体は脆い!決める!」
那岐の刀にはいつの間にかイーグルがセットされていた。大きくジャンプした那岐はそのまま、怪人に刀を向けて急降下した。
怪人は悲鳴をあげることもせず、那岐の一撃を受けた後は静かに倒れた。
「大丈夫か!」
将矢は変身の解けた奏芽に駆け寄った。奏芽も那岐も毒を受けて弱っていた。
「すぐ病院に連れて行かないと…おい灯刀、しっかりしろ!」
「追い込まれても諦めないで、連携からの逆転。熱い展開だな」
倒れた怪人のそばにまた別の怪人が立っていた。その怪人の恐ろしい外見に、将矢は思わず後退りした。
「な、なんだお前は!」
「俺からのプレゼントだ。あと一押で倒せそうなんだから頑張れよ」
謎の怪人はマテリアルを取り出した。それを倒れていた怪人の上で手放し、マテリアルは怪人の中へと沈んでいった。
危険だと判断した将矢は女子二人を抱えてその場から逃げ出した。本人は全く気付いていないが、将矢の背後では怪人の元に次々と海の生物が集まって融合を開始していた。
「お邪魔しま~す…」
海岸から逃げていた信太郎一行は、近い場所にあった昇士の家にやって来た。
シャワーを浴びた芽愛と真華は少し大きめな昇士の服を借りた。
「朝日君の服…」
「ごめん、俺一人っ子だから。サイズ大きくてもいいなら母さんの服があるけど」
「…いい匂い」
真華はスマホで怪人たちがどうなったかを調べていた。
「仮面の少女とアクトナイトが一緒に戦ってるって」
それを聞いた昇士は画面に顔を近付けて、二人の写った写真を見た。アーキュリーは膝をつき那岐は刀を手放していたが、初めての共闘だった。
(灯刀さん!…怪人、もう倒したかな?)
追い込まれたからとはいえ遂に那岐がアクトナイトの一人と共闘したことが、昇士は嬉しいことに思えた。
信太郎がシャワーを終えて脱衣場から出てきて、次に昇士が入っていった。
(戦いはどうなった…)
「なあ昇士、テレビ点けてもいいか?」
「あぁ別に構わないけど」
信太郎はテレビを点けてニュースのやっているチャンネルに合わせた。
「こちらは世須賀市の海岸の様子です!謎の怪獣は現在も大きくなり続けています!」
先ほどまで自分たちがいた海岸に謎の怪獣が出現していた。ヘリコプターからの撮影でかなり離れた場所に立っているはずだが、その怪獣はとても大きく画面を半分以上占領していた。
「か、怪獣!?清水と灯刀さんはどうなったんだよ!」
テレビの上に世須賀の市民に避難を促すテロップまでもが表示された。窓から外を見ると、既に避難を開始している人の姿があった。
信太郎が窓の外を見ていると、アニマテリアルのファルコンが降り立ちガラスを叩いた。ファルコンの身体には紙が貼られていた。
(奏芽と灯刀を連れて逃げている。記念公園で落ち合おう)
そこに書かれている綺麗な文字は将矢の物だった。とりあえず、二人は無事の様だ。
「昇士!灯刀さんたちの場所が分かった!服貰ってくぞ!」
「え!?ちょっと待って俺も行く!」
シャワーを浴びている彼を待ってはいられない。信太郎は昇士のリュックに服を詰め込むと、家を飛び出して行った。
「大月君!?どこ行くの!」
「芽愛ちゃん、私たちは避難の準備をしよう。大丈夫、またアクトナイトたちが何とかしてくれるよ」
「…そうだね」
怪獣は今も大きくなり続けている。交通機関が止まった中、信太郎は人の波を掻き分けてアクトナイト記念公園の方に走っていった。