第18話 レッツお好み焼き
「いってえええ!もーッ!」
アイスンに追われる信太郎の両手が凍っていた。普通の人間なら既に怪人に追い付かれて殺されているだろう。
しかし信太郎がこうして無事なのは、セルナマテリアルの持つ神秘の力のおかげかもしれなかった。
(やっと人のいない場所まで来れた!あとは正確な位置をみんなに…電話を)
「こんな手じゃスマホが使えねえよ!がっ!」
頭を抱えようとした信太郎は鈍器のように凍った両手で頭を殴った。あまりにも痛かったので思わず泣きそうになった。
歩いて信太郎を追うアイスンからは余裕が感じられた。確かに今の信太郎の走りは、小学生でも追い付くことが出来るだろう。
アイスンは信太郎で遊んでいるのだ。
位置が伝えられないので仲間が来るまでには時間がかかる。モンキーの活躍に期待するしかない。
そう諦めかけていると、長い髪が特徴的なあの少女が建物の上から降ってきた。
「情けないわね」
「どうしてお前が来るんだ!」
「信太郎、大丈夫か!」
那岐の助手である昇士が信太郎を抱き抱え、怪人と向かい合う那岐の背後へ避難した。
「来なさいワシ丸!」
アニマテリアルのイーグルが建物のガラスを突き破り現れた。
那岐が波絶を掲げると、イーグルは空中で変形をして鍔に飛び込んだ。
「鷲之型!壱之段!クリムゾンフェザー!」
そしてイーグルの力により那岐の背中に翼が生えた。しかし那岐はその翼を広げたまま動かなかった。
「…翼が凍らされた」
那岐の翼はアイスンの能力で一瞬にして凍らされた。すぐにマテリアルを刀から外して邪魔な翼をしまい、那岐は気を取り直して刀を構えた。
「はぁっ!」
アニマテリアルの力がなくとも彼女は強い。那岐はすぐさま走り出し、アイスンの胸に目掛けて刀を突いた。
だがしかし、切れ味が自慢の波絶の刃は胸を貫くことなく弾かれて、那岐も凍らされた地面を滑り怪人から離された。
「もう!かったいな!」
「きっと胸を凍らせて防御力を上げたんだ!」
昇士の考察を聞くと、那岐は近くのコンクリートブロックを軽々と持ちあげると怪人に向けて投げた。
命中したブロックは崩れたが怪人はなんともない様子だった。
「こうなったら炎の力で…あんたが炎のマテリアルを返さなきゃとっくに戦いが終わってたの!」
「怒んないでよ!」
言い合いをしている彼らの元に、千夏の変身するアクトナイトビヴィナスと他の三人が遅れて現れた。
「なんかここら一帯だけ凍ってると思ったら…」
「やっぱり灯刀さんが仮面の子だったんだ」
ビヴィナスはソードのグリップ底を叩き、周囲の物体を浮かした。それらはアイスンへと続くように固定され、氷の影響が及ばない道となった。
「こうすれば大丈夫でしょ!」
ビヴィナスは浮いた足場を一度もフラつかずに走り抜け、怪人を頭上から切りつけた。
「ゴゴゴ!」
「効いてるぞ!」
「ちょっと貸しなさい!」
那岐は将矢からフレイスマテリアルを奪い取った。
「ちょっとあんた何してんのよ!」
「炎之型!弐之段!オールレンジヒート!」
次の瞬間、一瞬にして周囲の氷が溶かされ真夏の暑さが戻ってきた。せっかくの足場もこれで不要になってしまった。
アスファルトの上に着地したビヴィナスはマテリアルを叩き、そして怪人を剣の表面で強く殴った。
ビヴィナススラッシュを受けた怪人アイスンは跡形も残らずに消え去り、中から現れたマテリアルも地面に落ちて砕けた。
手を封じ込めていた氷がなくなった信太郎は頭上に手を伸ばした。
「あったけ~」
「感謝しなさいよね」
「…」
礼を言わなかった信太郎の頭を、那岐は鞘で思いっきり殴った。
「あぁ!いってえ!」
「ちょっと灯刀さんストップ!ほらそれも火野に返して…」
昇士は那岐からマテリアルを取り上げて昇士に手渡した。
「俺、朝日昇士。那岐の助手やってるんだ。よろしく」
「同じクラスだから名前ぐらいは知ってる。まさか関係者だとは思わなかったけど」
アクトナイトの少年たちと那岐一行はその場を離れずに黙って睨み合っていた。
既にビヴィナスの変身は解けている。那岐にも戦う意思はなく、昇士に刀を持たせていた。
「灯刀さん。僕たちは地球を守るために戦ってる。それについては君もそうなんだよね?」
「…誰?まず名乗りなさいよ。話はそれからよ」
「あんたねえ!」
啓太は千夏に視線を送り黙らせた。これからどうやっていくのかを、啓太は話し合うつもりだ。
「僕は鈴木啓太。君と同じクラスの生徒だよ。アクトナイトジュピテルやってるんだ」
「……灯刀さん、彼ちゃんと名乗ったよ?」
「もう、うるっさいわね…私は灯刀那岐。地球を守るために宇宙人を殺す使命が私にはある」
「僕たち、やることは同じじゃん。だったらこんな風にいがみ合う必要はないと思うんだけど」
「私たちは目的が同じだけで仲間じゃない。それに今のあんたたちは変身の出来ない役立たずばかりじゃない」
「そうかもだけど…けど敵視される僕たちもあんまりいい気分じゃないっていうか」
アクトナイトに変身させられるシャオが地球にいない今こそ、彼らは那岐と仲間になる必要がある。
それを分かっていた啓太は他とは違って柔らかい態度を見せていた。
「なあ場所変えないか?俺、腹減ったんだけど」
「確かに…ねえ灯刀さん?」
将矢の発言に昇士も乗っかった。確かに、こんな路地では落ち着いて話も出来ないだろう。
そしてギスギスとした雰囲気のまま、7人は近くにあった店に入った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「7人です」
「ただいま団体席のみのご案内となっておりますが」
「お願いします」
焼き肉を食べたい気分ではあったが金がかかる。そこで彼らが入ったのはそこまで費用の掛からないお好み焼き屋だった。
畳に上がり座布団に座り、そしてまた睨み合った。
「何よこの鉄板。焼き土下座でも披露するつもり?」
「灯刀さん、もしかしてお好み焼き知らないの?お好み焼きって言うのはね…」
「啓太何考えてるんだろう」
「千夏が分からないんじゃ私も分かんないよ」
信太郎は黙ってコップの水をすぐに飲み干して、ポットの水を注いでいた。
「啓太、お前何考えてんだ?」
「みんな堅苦しいんだよ。美味しい物を一緒に作って食べて、そしたら話出来るって思ったんだ」
「それ何の漫画のネタだよ」
「失礼だね。これは僕のアイデアだから」
信太郎は席を外して手洗いへ。彼のそばに置いてあるポットは既に空になっていた。
「まあ悪くない考えだな。奏芽、一緒に作ろーぜ」
将矢は立ち上がると奏芽の隣に移った。
「じゃあ啓太」
「僕は信太郎と灯刀さんで作るから」
将矢が逃げる様に奏芽と組んだのを見た啓太は、千夏を追い払い那岐の横へ。それに合わせて昇士が千夏の元へ移った。
「余った者同士よろしくね、金石さん」
「あ、あぁどうも…」
戻ってきた信太郎は事情も分からず、そのまま那岐の隣に座ることになった。
「啓太、どうなってんのこれ?」
「いや…どのチームが美味しいお好み焼き作れるか選手権、イェーイ…イェイ…ごめんなさい」
「そんな緊張しなくてもいいわよ。あんたたちの手を借りなくても作れるから」
那岐は一人でメニュー表を見てどんな物を作ろうかイメージした。
(…よく分からないわね)
「ねえ昇…」
「豚、牛、鶏のトリプルミートスペシャル」
「肉ばっかりじゃん…豆腐とかどう?」
「結局肉だけじゃん」
「…どういうこと?」
「豆腐の腐…付の下に肉がある」
「ほんとだ…ってなにそれ!あはは!」
昇士は同じチームの千夏と楽しそうに話していた。それを見ていた那岐はどういう訳か不快になっていたが、その隣に座る啓太は本当に嫌そうな顔をしていた。
「お、俺たちはどうしよっか?」
「僕はね~肉がね~好きだからね~、んー」
「ネギは入れないから。文句言わないでね」
店員を呼んでそれぞれが欲しい物を注文した。
材料の乗った皿と生地の入ったボウルが届き、各々料理を開始した。
「将矢は何もしなくていいよ」
「胡椒入れようぜ」
「なにもしなくていいから」
レシピ通りに作らず、下手なアレンジで出来を悪くするのが将矢という人間だ。
お好み焼きについて無知の奏芽は、スマホで作り方を確認しながら一つ一つの作業を丁寧に行った。
千夏、昇士ペアはプレートに生地を流して肉を並べていた。
「手慣れてるね」
「中学頃友だちとよく食いに来たんだ。何回も作ったから味は保証するよ」
「友だち…」
「…俺ばっかやってもつまらないか」
昇士は千夏にヘラを1本渡して一緒に具材をかき混ぜた。
それを見てから啓太と那岐の様子が目に見えておかしかった。
「……それ俺たちだけじゃないからね?みんなで分けあって食べるからね?」
二人は黙ったままプレートの上の未完成のお好み焼きにソースやマヨネーズを垂らした。それだけでなくテーブルの端に置いてある調味料も片っ端からぶっかけているのだ。
今の信太郎に出る幕はない。取り分ける時に自分の分をなるべく小さくしようと企むしかなかった。
こうして三種類のお好み焼きが出来上がった。昇士はみんなの皿に盛り、食べ始めた。
「焦げてる…苦い」
「確かに全員の出来上がるの待ってたら焦げるよな」
奏芽のお好み焼きは焦げていることを除けばちゃんとした出来のものだった。
(それに比べると二人のは美味しいな…)
信太郎は昇士たちの作ったものを食べ始めていた。おそらく、三種類の中で一番上手に作られているものだ。
(野菜がないのがアレだけど…)
「どう啓太。美味しい?」
「ん…旨い」
不機嫌な啓太は認めたくないものの、千夏から聞かれたので正直に答えた。
最後に那岐たちの作ったお好み焼き。食べた直後全員が同じことを思っただろう。
(うわっまっず…)
思わず吐き出しそうになりながらも信太郎は抑えて飲み込んだ。
「ちょっと刺激が強すぎるかな」
「作ってる時も凄かったもんね」
「あんたたち舌が肥えてるのよ。私が作ったんだから美味しいに決まってるじゃない…パクっ…うわっ!まっず!」
信太郎はなるべく自分たちの作ったものには手を出さず、他の二種類を口にした。
「…さて本題に入ろうか。灯刀さん、僕たちは君と協力関係を築きたいんだけど、それに関しては」
「協力してもらわなくても私一人で倒せるから」
啓太が説明を終える前に那岐が返答した。啓太のみならず他のメンバーも予想できた返答だった。
「そんな事言わずにさ…僕たちはメルバド星人っていうのと戦わないといけなくて…よく戦う怪人もそいつらが送り込んで来るんだよ」
「それがなに?私はあなたたちと協力するつもりはない。あなたたちの生ぬるいやり方だといつか手遅れになるわよ」
「僕は君のやり方はあまりいいとは思えない。少し…やり過ぎだと思う。悪くない人たちを傷つけることもあるかもしれないよ」
「悪くない宇宙人ってなに?敵はこの地球を狙って来てる。私はダディとマミィ…宇宙警察の使命を背負い、法に則って全員殺す。それだけよ」
「あのさ。啓太はあんたと仲良くなりたくてこうして場所を設けたんだけど。それであんたは?口を開けばノーか持論。人の言葉に耳傾けらんないの?」
お好み焼き作りでは仕方なく啓太と那岐を組ませていた。少しは打ち解けたかと思っていたがそれでも考え方を変えない那岐に対して、千夏がとうとうキレた。
四人に今まで見せたことのない険しい表情で那岐を睨み付けていた。
「仲良くなる必要に合理性を感じられない。言ったでしょ、私一人で充分だって」
「勝てないくらい強い怪人が出てきたらどうするの?」
「それはあり得ない。私は強いから」
「強い人は弱い人と言い争いなんてしたりしないから」
「もう帰る」
「灯刀さん?」
「もう!帰るって言ってんの!行くわよ昇士!」
那岐は立ち上がると駆け足で店を出ていってしまった。
彼女を放っておくわけには行かないので、昇士も立ち上がり靴を履いた。
「えっと…俺は後ろから見てるだけだから…灯刀さんもみんなも凄い頑張ってると思うよ。いつも街を守ってくれてありがとう…灯刀さんのことをもう少しだけ待っていてくれないかな。最近までずっと一人で戦って来たから、仲間が出来ることに戸惑ってるんだと思う。俺だって助手になったばかりだしね」
昇士はすぐには立ち去らず、店の外で待っている那岐に目を配った。
「俺の方からも少し話してみるよ…だからお願いします。彼女のことを悪く思わないでください」
昇士は頭を深く下げて一礼し、その場を立ち去った。
「人間として出来上がり過ぎだろあいつ。将矢、見習うんだぞ」
一連の立ち振舞いを見て信太郎は思わずそう呟いた。
「いや俺よりも千夏だろ」
不機嫌な千夏はうつ向いてスマホを弄っていた。
それから長居することなく、五人は店を出た。
「悪い。帰るわ」
信太郎はそう言って歩いた先にあるゲームセンターへと入っていった。将矢と奏芽もソワソワしながら解散した。
「ごめん」
「千夏、僕は」
「今日はもう帰るね。ごめん」
千夏は自分がムキになって強く言わなければ話し合いはもっと進んでいたと反省した。啓太から少し離れたところで涙を流し始めて、自分のせいだと責め続けた。
だが啓太は心の中ですら千夏を責めてはいなかった。
(僕は間違ってたのかな)
那岐という少女とはこのままではどうやっても仲間になれないと啓太は実感していた。