第17話 変わる環境
校外学習は無事に終了し、生徒たちは現地解散した。
教員たちは何事も問題なくと口にしていたが、信太郎は問題ありありだったと心の中でツッコんだ。
「マテリアル…返してもらった」
信太郎は将矢たちと合流して、なんとか取り戻せたフレイスマテリアルを彼に渡した。
「なぁ…アクトナイトってなんだろうな」
「学校で習っただろ。昔地球を守った戦士だって。今じゃ俺たちがアクトナイトで、ネットじゃヒーローだって言われてるんだぜ?」
「私たち地球を守るために戦ってる…凄いことだよね」
「じゃあ灯刀さんは…何なんだろう。彼女も地球を守るために宇宙人と戦ってるはずなのに…」
自分は怪人と戦えず、それどころか戦える人間の武器を破壊しようとした。
那岐は怪人と戦い街を守った。マテリアルを取り戻すことに必死だった信太郎はそんな彼女に礼も言わずただ迷惑をかけた。マテリアルが戻って来たのも、昇士がいたからだ。
あの時の自分と那岐のどちらがヒーローだったかは、自尊心の高い信太郎にでも分かることだった。
「カラオケ行こうぜ。信太郎も来るか?」
モヤモヤした気分も歌って発散しよう。そう考えた信太郎は頷いて財布を確認した。
「あ…お金下ろして来ていい?」
「バイトやってたのかなり前だよね…一体いくら貯めたのさ」
ATMで金を下ろした信太郎が戻ると五人は出発して、予約していたカラオケ店へ移動した。
「何歌う?啓太はやっぱりアニソンでしょ?」
「喉乾いたな…奏芽、コーラでいいか?」
将矢と奏芽は流行りの曲を歌う傾向がある。啓太と千夏は主にアニソンを歌うが、互いに何の作品の曲か分かっているわけではない。
信太郎は前向きな歌詞の曲が好みだ。
(どれにしよっかなー)
信太郎はお茶を飲みながらタブレットに触れて何の曲を歌おうかと悩んだ。
「…マジであるじゃん」
「アクトナイトの歌だ」
啓太と千夏がふざけて「アクトナイト」の文字で検索すると、一つの曲がヒットした。
五人は一つのタブレットに顔を寄せて、どういう曲なのかを確認した。
「マジじゃん」
「九十年前の曲だ」
「この曲を作った人は…有名な人だったみたいだよ。アニメとか特撮の曲をよく歌ってて…あぁこの人か!」
「どうする…歌うか?」
「将矢が歌いなよ。歌詞ダサ過ぎて無理」
そうこうしていると先に奏芽が入れていた曲のイントロが流れ出した。千夏からマイクを受け取ると落ち着いた様子で歌い始め、部屋に美しい歌声が響いた。
「前より上手くなってね?」
「だな」
負けてられないと将矢が次に曲を入れると、それに対抗してロマンチックな雰囲気をぶち壊そうと千夏と啓太が趣味全開の曲を選んだ。
信太郎も歌いやすい曲を探しながら、奏芽の優しい歌声を聞いた。
(耳が癒される…)
それから続けて四人も歌った。将矢は奏芽に向けてラブソングを歌ったが、恋愛未経験の信太郎でも分かるようにその曲は歌詞が重かった。
「いやその…好きでいてくれるのは嬉しいけど…」
「………愛してるぜ奏芽えええ!アイラビュー!」
「うるさい!恥ずかしいから!」
歌い終わった後、やけになって叫んだ将矢は千夏にマイクを渡すと、コップを持って部屋から出ていった。
「うちのバカがすいません」
「…お熱いようで」
千夏はいつも歌う時にソファから立ち上がる。そしてその歌声を聞いて信太郎はいつもこう思う。
(早口みてえだな)
テレビ画面に歌詞が表示されなければ何を言っているのか聞き取れないぐらいハイテンポな曲だったのだ。
歌い終わると満足した千夏は全てを出し切ったような表情でソファに腰を下ろした。それから奏芽がドリンクバーで作った特製のミックスジュースを飲んだ。
「…うわまっず!」
「名付けて奏芽スペシャル!…ごめん叩かないで!」
啓太の曲は以前にも一度聞いたことのあるメロディだと、信太郎はどんな歌だったかを思い出していた。
しかし歌詞が以前とは違っていた。今回歌う曲は以前みんなでカラオケに行った時に歌ったものとは別のバージョンなのだ。
「ソードッ!マジィィィィィック!」
マイクに向かって啓太が叫んだ。
「キィィィン!」
そしてこれまではなかったハウリングが発生して、たまらず全員が耳を塞いだ。
「おいノリノリで歌い続けてるぞ!」
「叫ぶパートあともっかいあったよね!?」
これはヤバいと判断した千夏が周辺機器の音量を下げて、二度目のハウリングは発生することなく終わった。
自分の番がやって来たと、少し気合いを入れて歌おうとしていた信太郎。そんな彼にタイミング悪く電話が入った。
「あっちゃ~…キャンセルして何か歌っといて」
信太郎は申し訳なさそうに部屋から出た。スマホの画面に表示されている文字を見るとため息を吐き、深呼吸して電話に出た。
「もしもし…どうしたの母さん」
「信太郎?あんた今どこにいるの?」
「友だちとカラオケに来てる」
信太郎は自分の胸に手を当てた。母親との久しぶりの会話に緊張し、嫌な予感もしていた。
「呑気ね。それよりも聞いて。私、雄大と別れることにしたわ」
「!…それってつまり、離婚ってこと?」
「そうよ。明後日には病院に移って、お腹の子が産まれたらそのまま良介さんの家に移り住むことになるわ」
いつかこんな時が来るだろうと覚悟していた。両親の仲は最悪で、アクトナイトになる前からずっと、こうなることを予想していた。
だがいざその時となると、信太郎の受けたショックはとても大きなものだった。それも今、友人たちと楽しく過ごしているという時にだ。
「信太郎はどうする?残る?それとも私について来る?良介さん、優しくてお金持ちだし、何より優しくて…きっと仲良くなれるわよ」
「…お、俺は残るよ。良介さんに迷惑かけたくないし…」
(良介…母さんの愛人か)
「本当にいいの?あいつ、かなりおかしくなってるけど…」
「大丈夫。高校卒業したら自立するつもりだから」
(普通だった父さんを狂わせたのは…あんただろ)
胸にあった左手はスマホを握る手を力強く押さえていた。
「そう…頑張ってね」
「ところでお腹の子…名前、どうするの?」
「う~ん………男の子だったら圭介、女の子だったら良子かな」
「そっか…いい名前だね」
「ありがとう。一応荷物をまとめに明日そっちに行くから」
電話が終了すると同時に訪れた突然のめまいに信太郎は膝を付いた。
「お客様、大丈夫ですか!?」
「す、すいません…」
店員に謝ると信太郎は急いで自分たちの部屋に戻った。
「あ戻ってきた。何かうた…」
「大月君、大丈夫?」
明らかに様子のおかしい信太郎。仲間たちは心配するが、信太郎はただ何度も頷くだけだった。
家庭の問題に対して、今の信太郎は誰の心配や同情も受け付けていなかった。
「大丈夫だ」
「スマホ割れてんじゃん!さては落としたな…」
「はは…かなりショック」
信太郎は指摘されて初めて、スマホの画面が割れていることに気が付いた。
(修理費…高くないといいなぁ)
その後、信太郎が曲を入れることはなく、みんなの歌声を聴きながらこれからのことを考え続けた。
そして家に帰ると、普段よりも父親が荒れていた。テレビが倒され食器が割られていた。もしも信太郎を見つけたら真っ先に殴ることだろう。
(やば…)
信太郎は帰って来たことが気付かれないように静かに自室へ移動した。
今日ほど気分の悪い金曜日は初めてだった。パソコンを点けて音楽を流すが、下から物を壊すような音が何度も届いてくる。
もしもうるさいなどと叫べば、次に八つ当たりの標的になるのは信太郎だろう。
(…はぁ…)
明日は贅沢してブランド物の靴を買おう、高い料理を食べよう、銭湯にでも行こう。自暴自棄になり荒れ狂う信太郎は隠れる様に布団に身をくるめた。
「信太郎…聞こえるか…信太郎…」
「…アクトナイトか…」
「そうだ俺だ。ちょうど今、ビルマ星にベンを送り届けたところだ。今、俺は惑星の念波通信装置から地球に向けて通信している。無事に繋がって良かった」
「凄いんだね宇宙って」
シャオの姿は見えないが、確かに彼と心が繋がっているという実感があった。夢の中だが確かに人と会話しているのだ。
「俺のいるビルマ星でタイミング悪くが発生してしまった。地球に帰るのが少し遅くなるとみんなにも伝えておいてくれ」
「そんな!俺は一度変身しちゃって後は奏芽と千夏しか戦えないんだ!これからどうすれば!」
「仮面の少女だ。あの刀の少女と共に戦え」
それを聞いて昼間の一件を思い出した。自分はヒーローの邪魔をして、彼女こそがヒーローだったと。
(そうだよな…やっぱり俺なんか必要ないよな)
「違うぞ信太郎。お前がいたから守られた命がある。彼女が現れない時は、お前が怪人と戦って街を守ったじゃないか」
「昔のアクトナイトはヒーローだった…別に戦うことに誇りを持っていたわけじゃない。なのに俺は…マテリアルを取られたり人の刀を折ろうとしたりして…」
信太郎はただ自分が憎かった。ここまでネガティブなのには今の家庭環境も少しは影響しているが、だとしても彼の人間性が大きかった。
「言っておくがお前たちはヒーローじゃない。アクトナイトも自分がヒーローだとは言わなかった。やれること、やらなければいけないことをやっていただけだ。信太郎、変身できなくてもやれることをやるんだ」
「そっか…そうだよなぁ」
「今怪人に立ち向かえるのは仮面の少女と将矢、啓太、奏芽、千夏、そしてお前だけしかいないんだ。頼む、戦ってくれ」
「分かった!分かったよ!…本物のアクトナイトが生きてたらこんなことには…」
信太郎は電話を切る感覚で、一方的にシャオと心を切り離した。
ハッと目を覚ました時には既に朝だった。荒らされたリビングに父親の姿はない。出勤したのだろう。
信太郎は冷蔵庫の中に食べれる物がないか探し、何も無いと出掛ける支度をしてさっさと家を出た。
(朝からハンバーガー…ラーメンでもいいかな)
これまでそれなりに健康を意識してきた少年は、今はどうでもよくなってとにかく身体に悪い物を食べてどうにかなってしまおうと考えていた。
しかし現在朝の7時。店の少ないこの地域でやっている店は一つもなかった。
出勤時間で混んでいたコンビニで適当な物を買うと、信太郎はアクトナイト記念公園にやって来た。
久しぶりに来るが相変わらず人がいない。そしてアクトナイトの声も聞こえなかった。
「静かでいいな」
ここに来るまでにかなり汗をかいた。信太郎はスポーツドリンクを一口飲んで、次におにぎりの袋を破った。
離婚届はポストの中か、それとも既に役所の方で手続きの真っ最中だろうか。
誰とも付き合ったことのない信太郎に、離婚する時の人間の気持ちなど考えても想像付かなかった。
記憶を思い起こしてみれば、確か中学生になった頃から二人の仲は悪かった。
それから三年間もよく離婚しなかったなと信太郎は感心した。
今日で母親が家に来るのは最後になる。今の父親と一緒に暮らしていれば、間違いなく不幸になるだろう。
あの家から逃げ出すチャンスはそこしかない。
だがしかし、一度も会ったことのない男を父親と呼べるだろうか。それも夫のいる女に手を出すような男だ。
(………流石にダメだろ)
どちらに転んでも嫌な思いをするのに変わりはない。ならば信太郎は、これまで通り今の家で生活を続けていくことを望んだ。
(もしかしたら俺には父さんの血が流れてなかったりしてな)
自分もまた別の愛人との間に出来た子どもなのではないかと考えてゾッとした。
怪人が現れると日常生活に支障が出て多少のストレスはある。
しかし今日はまだ怪人と遭遇せず、普通に近しい生活が出来ているはずなのに、信太郎は怪人と戦う時よりもストレスを感じていた。
家に帰りたくもないので、一人で街をぶらつくことにした。
来週の水曜日からは夏休みだ。しかしここまで夏らしいことをほとんどしていなかった。
(海に行きたいな…)
近くの海岸をイメージして、最初に思い浮かんだ人物は芽愛と真華の二人だった。
(あの二人ってどんな水着着るんだろう)
「あれ、信太郎君じゃん」
どういう偶然か、芽愛と真華のことを考えていた信太郎は街で二人と遭遇した。
「こんにちは大月君。昨日のメッセージ見てくれた?」
「メッセージ?」
信太郎は昨日の電話の後から一度もスマホを開いていなかった。
画面にはヒビが走っているが使う分には問題ない。通知が入っておりアプリを開くと、芽愛から「海に遊びに行きませんか?」というメッセージが来ていた。
「全然気づかなかった…」
「昨日は凄い疲れたもんね。どうする信太郎君。まだ日にちは決まってないけど」
芽愛と真華の水着を見られる絶好のチャンスだった。
「うん、俺も行きたい。それじゃあ水着買わないとだな…」
それを聞いた真華が一つの提案をした。
「ねえ芽愛ちゃん。信太郎君に水着選んでもらおうよ」
「え!?」
「いや、俺そういうのセンスないし当てにしない方が…」
「う~ん…参考にしたいから選んで欲しいな。お願い!」
芽愛は少し悩んでからお願いし、それを聞いた信太郎も少し悩んで了承した。
「ありがとう。それじゃあ行こっか」
信太郎は二人に同行して、水着の専門店へ歩いた。
「どう?似合ってるかな?」
「ニッ似合ってるよ!」
「可愛いじゃん」
信太郎はレディース物の店に来るのは初めてだった。それも、水着という露出度の高いセクシーな物が並んだ店だ。
(し、刺激が強すぎる!)
「どうかな信太郎君?」
「素敵ジャン!」
「大人びてる…」
美少女二人の水着姿は信太郎には早過ぎた。異性の裸体は小学生の内にAVで見たことはあったが、実際に友人のビキニ姿を前にして、頭がクラクラしていた。
買い物を済ませて店を出た。そこで信太郎の異変に気が付いた。
「なんか…寒くない?」
「やっぱり?気のせいじゃないよね…」
今は夏だ。しかし外の気温は冬並みまで低下しており、今も下がり続けていた。
(怪人の仕業か…)
「二人とも建物の中に!」
「信太郎君!どこ行くの!?」
信太郎は千夏に電話をかけて、アニマテリアルのモンキーに怪人を捜索させた。
「あれ信太郎、どうしたの?」
千夏に電話をかけたはずだが、スピーカーから聞こえた声は啓太のものだった。
「啓太か?外が以上に寒い!怪人だ!」
「え?……いや凄く暑いけど」
「いる場所が違うからだ!早く中央に来てくれ!俺は怪人を探すから」
探す必要はなかった。氷の怪人アイスンは信太郎の目の前に姿を現した。
「ゴゴゴ」
今の信太郎は変身できない。そして身を守ろうにもモンキーは捜索に出してしまった。
「…足が動かない!?」
気が付けば怪人の能力によって、信太郎の立っていた場所一帯が凍らされていた。
信太郎は凍らされた靴を脱いで走って怪人から逃げた。
(情けない…ここでも逃げるのか!)
しかしただ逃げるだけではない。なるべく人に被害の及ばない場所まで追い込み、そこで仲間たちに倒してもらおうという作戦だ。
暖房に切り替わった建物へ街の人々が避難している中、信太郎は怪人を誘導して街を走り回った。