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心刃一体アクトナイト  作者: 仲居雅人
灯刀那岐編
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第16話 変身できないヒーロー

 ハイキングの目的地である山頂の広場には既にほとんどの班が集まっていた。


「陽川班到着しました~」


 芽愛が担任に報告していた。疲れているはずなのに楽しそうな笑顔をしている。それを見て、このガッツを見習いたいなと信太郎は思っていた。



 芽愛は途中、爆発のような大きな音が聞こえたことを担任に話した。だが、誰からもそんな報告は受けておらず、担任もそんな音は聞いていないと、何も知らない様子だった。


「どうしてだろう…でも大月君たちが見に行ったけど結局何もなかったんだっけ?」

「う、うん。確かに大きな音だったんだけどなぁ」


 山の中で怪人たちと戦ったことなど話せるわけもなく、信太郎は適当に誤魔化した。



 他の三人は適当な場所に座って配られた幕の内弁当を食べ始めていた。


「…どうしたの?」

「別に」


 一瞬、信太郎は那岐が自分のことを睨み付けているような気がした。


 信太郎は芽愛の隣に座って弁当を食べ始めた。


「…陽川さん、箸使い上手だね」

「ありがとう。お兄ちゃんに一通り厳しく教えられたんだ」

「お兄さんがいるんだ…俺、一人っ子だから分からないけどやっぱり賑やかなの?」

「うん。厳しいけどよく喋る人だから、食事の時も一番最後に食べ終わってるんだ」


 楽しそうな家庭だなと思うと同時に、自分の家庭が思い浮かんだ。


 信太郎は兄になる。だがそれは血の繋がりでの話だ。愛人と共に作った子が産まれれば、彼の母親は愛人と共に今の家を出ていくだろう。

 家での彼は孤独だった。


「……俺もお兄ちゃんになるんだよね」

「えぇ!おめでとう!」


「それじゃあ祝いだ。信太郎、この梅干しをくれてやろう」


 話を聞いていた昇士が嫌いな梅干しを信太郎の白米に乗せた。


「それじゃあ私は…漬物あげる!」

「いやチョイスよ…肉ちょうだい肉」


 しかしここには自分の相手をしてくれる人間がここにいる。それのおかげで信太郎がどれだけ救われていることか。

 彼自身も班のメンバーのみならず、高校に入った時に仲良くなった将矢たちにも感謝していた。



 迎えのバスが来るまで時間があり、小学生のように走り回って遊ぶ者もいれば寝る者もいた。


 信太郎はどちらでもなかった。一目につかない場所へ移動して、アクトナイトのアイテム一式を確認していた。


(俺はもう変身はできない。いざという時にはモンキーで連絡をしよう。デバイスモードの検索機能は生きているな)


 これまではアクトナイトのエナジーを受け取って戦っていた。しかし今はシャオが地球にいないので、戦える回数にも限りがある。


 もしも先程の戦いで仮面の少女が来なければ、今度は千夏か奏芽が戦っていただろう。


(メルバナイトは強い。この前勝てたのも将矢が新しいマテリアルを手に入れたから…しまった!俺の剣を将矢に渡しておけば良かった!そしたら将矢が変身出来たのに…)


「どうしたの信太郎君?具合悪いの?」

「うわぁ愛澤さんか!」


 信太郎は咄嗟にトロワマテリアルをカバンの中に隠した。


「ちょっと考え事してただけ…いやーそれにしてもここは綺麗だな~!」

「そうだね。こんな景色のいい場所は初めて…」


 真華は前方に広がる鮮やかな黄緑色の景色を観て感動していた。


「…だからこそ、大切にしないとね」


 そうして真華は足元に落ちていたゴミを拾い、近くのゴミ箱へと入れに行った。


「そろそろ時間か…」


 迎えのバスが現れたので信太郎は荷物をまとめると、班のメンバーと合流した。


(川下ってそこから観光…いやキッツいな~)


 信太郎はバスに乗ると、ラフティングのスタート地点に到着するまで眠った。




「マジか」


 信太郎は身軽な服に着替えて川の前に立った。川の流れが思っていた以上に強かったのだ。ラフティングを楽しむには最適らしいが、信太郎の足がすくんだ。


「それじゃあ説明するから集まって~」


 担任が号令をかけると生徒たちが一斉に集まった。


 それからガイドの人が説明を始めたが、背後から聞こえる激しい川の音に気を取られて信太郎は何も聞いていなかった。


(やっべー…)


 体調不良を訴えて離脱しようとも考えたが、唯一の移動手段であるバスは既に出発してしまっていた。


「信太郎?死にそうな顔だけど?」


 順番待ちをしている信太郎に啓太が話しかけてきた。


「いや…マジで無理」

「無理って…ただの川下りだよ?」

「いや、俺絶叫系とか無理だから」

「絶叫系って…こんなの速いの内にも入らないじゃない」


「いや本当に無理なんだって」

「僕の番だ。それじゃあ行ってくるね」


 信太郎は冷や汗が止まらなかった。雨が降るなりして中止にでもならないかとずっと祈っていたが、何事もなく信太郎たちに順番が回ってきた。


「信太郎顔色悪くないか?」

「大月君大丈夫?」


「大丈夫だよっ!ぢょっと緊張してるだけっ!」


 芽愛の前ではカッコ悪い姿を見せたくないと、信太郎は全力の笑顔を作ってボートに乗った。


「こんなことで怖がるなんて情けないわね」

「怖くなんてないから!」


 那岐に言い返したと同時にボートが岸を離れた。


(怪人と戦ってる時の方が怖いはずだろ…!)


 信太郎はこれまで何度も怪人と戦って来たが、ここまで恐怖を感じたことはなかった。それはアクトナイトや仲間たちと心が繋がっていたことによって、勇気が勝っていたからだ。


 オールを漕いで気を紛らわそうと努力する。他の四人は景色を楽しむ余裕があったが、信太郎は川を見ることすら出来なかった。



「信太郎君、一緒に頑張ろう」


 隣の真華が信太郎の肩を叩いた。笑顔で励まして、彼女はオールを漕ぎ続けた。


「お…おう!」


 カッコ悪いままではいられないと、信太郎は力強い返事をした。そしてしっかりと周りを見ながら腕を動かした。


「きゃー!」

「おぉぶつかりそっ!」

「ちょっと昇士、水かかってるから!」

「ふぅー!」

「落ちる!ブレーキ!」


 四人に混ざって信太郎も大きな声を出していた。他に比べるとかなり余裕がないようにも思えるが、それでも楽しんでいる様子だった。


「あっ」

「信太郎君落ちた!」

「大丈夫!?」


 投げ出された信太郎だが、ボートのロープを素早く掴んで離されないようにしていた。

 急いで芽愛と真華が引っ張り上げたが、信太郎はびしょ濡れだった。


「さっむ…!」

「大丈夫か信太郎?風邪引くなよ~」

「ボートから振り落とされるような馬鹿は風邪引かないわよ」



 そうして到着したゴール地点は穏やかな湖だった。ボートから降りた生徒たちは遊んでおり、その中には啓太たちの姿もあった。


 ボートから降りた信太郎は先に着いていた啓太に荷物を持って来させると、更衣室に駆け込んで着替えた。


(あぁ…こっからまだあるのか)


 あとはグループ別で街の観光するというこれまでに比べると楽なものだが、それでも信太郎には大変なことのように思えた。


「頼むから怪人が現れませんように」


 願うように信太郎は呟いて、自分のクラスのバスに乗った。



「この校外学習って自然とのふれあいが課題だったよな。それと観光って全然関係なくないか?」


 突然昇士に話しかけられた信太郎は少し悩んで「確かに」と返事した。


「なんならこれから行くところなんて自然とは真逆の都会だしな」

「観光って…どこをだ?」


「博物館とかタワーとか…あと…」


 芽愛はスマホで街の地図を確認していたが、確かに回れるような場所が限られているような気がした。


「まあレポートまとめるとかないし…残った時間は遊んでろってことなのかな」

「そうなのかもなー」


 疲れていた信太郎はしばらくするとまた眠りについた。



 三十分ほどでバスは街に到着し、降りていく生徒たちが班別で散らばっていった。


 信太郎の班も外に集まって出発しようとした時だった。彼は別の班の啓太に呼び出された。


「ごめんね。信太郎少し借りるよ」

「先行ってて」


「ううん、待ってるよ」


 こうしていつもの五人、アクトナイトとして戦う少年たちが集まった。


「どうかしたの?もしかして怪人?」


「違う…」

「君の班員の灯刀那岐っていう女子。きっとあの仮面の少女だ」


 言い渋った啓太の代わりに将矢がはっきりと告げた。


「…マジか…でもどうして?」

「服装が同じだ。それにあいつの妙に長いカバン。刀が入るくらいの大きさだ」


 将矢の撮った仮面の少女の写真と、今の那岐を見比べた。確かに同じ格好をしていた。


 信太郎は驚きはしたが、特に親しい人物ではなかったのでショックを受けるようなことはなかった。



 先日の戦いで信太郎たちの顔は見られている。だか彼女は自分たちに正体が知られたのを知らない。


 フレイスマテリアルを取り戻すにはチャンスだった。


「…なんとかしてあいつと荷物を引き離すんだ。そして俺のマテリアルを取り返してくれ」

「分かった。やってみる」


 将矢のマテリアルが奪われてしまったのは信太郎の責任でもある。覚悟を決めると信太郎は自分の班に戻り出発した。



「あ、クレープだって。買ってきてもいいかな?」

「じゃあ私も」


 ラフティングの後なのでお腹が空いていた芽愛と真華がクレープ屋へ行った。


「昇士と灯刀さんも買ってきたら?」

「俺はいいかな」


 信太郎は那岐に隙を作らせようとしてみたが、那岐は首を横に降って動かなかった。


(こうなったら無理矢理にでも…いや向こうは生身であの強さだし)


 どうするか悩んでいる時だった。すぐ手前の角から大勢の人たちが逃げるように走って来た。


「まさか…怪人!」


 信太郎は人混みを掻き分けて騒ぎの中心へ。広場の中心には予想していた通り、怪人が暴れていた。


「このタイミングで…」


 信太郎はモンキーアニマテリアルを投げて四人へと連絡を任せた。そして千夏たちが来るまでの間、信太郎は時間を稼ぐことにしのだが…


(逃げなきゃ…)


 信太郎は後ろへ一歩、また一歩と怪人から少しずつ離れていた。そう、今の彼には勇気がないのだ。例え敵わないとしても周りの人々が逃げられるように時間を稼ぐ。

 勇気のない彼にはそんなことすら出来なかったのだ。


 間もなく警官隊が現場に駆けつけて、拳銃で応戦を開始した。

 だが地球製の鉛玉などメルバド星の技術で造られた怪人には無力だった。


「なんだ…急に風が強く…」


 怪人を中心に竜巻が発生した。その勢いは車を飲み込むほどで、信太郎は建物の陰から怪人をうかがった。


「風を操れるのか…」


 風を操るこの怪人の名はストウムだ。



「大丈夫か!信太郎!」


 やって来たのは奏芽たちではなく、一般人の昇士だった。


「昇士ここは危険だ!急いで逃げるんだ!」


 視線を昇士からストウムの方へと戻すと、いつの間にか仮面の少女が立っていた。




 仮面の少女こと那岐は昇士たちに目を配った。二人が戦いに巻き込まれない場所にいることを確認すると、突風の中を進み出した。


 ストウムは風を操り竜巻で飲み込んだ物体を那岐の方へとぶつけた。

 那岐は両手で握るその刀で、飛んでくる物体を次々に両断して防御した。


「私はダディとマミィに宇宙警察学校レベルのトレーニングで鍛えられた。ただ改造されただけのお前なんかじゃ私は倒せない」


 那岐は竜巻の内側にいる怪人と対面した。そして刀をしっかりと握り締めた。


「醜いわね」


 迎撃しようと向かって来た怪人を、那岐は一撃で仕留めた。

 怪人を倒すと風が弱まり、浮いていた物が次々と地上へ降り始めた。


「雨みたい…」

「灯刀さん!」


 突然、那岐は昇士に抱かれてその場から跳ねた。次の瞬間、車が那岐の立っていた位置へと落下した。


「危ない…大丈夫!?」

「う、うん…ありが…ちょっと離れなさいよ!」



「やっぱりその少女…君は灯刀さんなのか」


 昇士の叫びを信太郎は聞き逃すはずもなく問い詰めた。すると潔く、那岐は仮面を外して素顔を晒した。


「あなたたちって変身出来ないと何も出来ないのね」

「それよりも将矢のマテリアル返せよ!」


 那岐はポケットからフレイスマテリアルを取り出して、手の上で跳ねさせた。


「セルナ、フレイス、アーキュリー、ジュピテル、ビヴィナスが今の五人で…後二つはアマテランとサタルヌスのはず…でもどうして?」


 那岐は昇士に刀を持たせると、近くにに落ちていたとある物を拾った。


「このマテリアルは何?百年前のアクトナイトは8つの姿を持っていた。でも風のマテリアルを使って変身してたなんて、ダディたちは言ってなかったの」


 信太郎はそのマテリアルを見て思い出した。これまでの怪人もマテリアルを所持していた個体がいたことを。


(メルバド星人にはマテリアルを造る技術があるのか?)


 那岐は怪人の落としたマテリアルをそのまま握り潰した。


「…マテリアルはこんな軟弱なものじゃない。あんたたちから貰ったこのマテリアルは簡単に壊せる物じゃないもの」

「あげた覚えはない!返せ!」


 信太郎は那岐の腕を掴んでマテリアルを取り替えそうかと引っ張った。


「骨折したくないのなら離しなさい」

「返せよ!」


 那岐は弱すぎる信太郎に少し驚きながらも、怪我をしない程度の勢いで投げ飛ばした。



 投げられた信太郎は近くにいた昇士と激突し、昇士は持っていた波絶を落とした。


「ちょっと昇士!大切にしなさいよ!」

「投げてきたのはそっちじゃん!」


 言い争いをしている今がチャンスだ。信太郎は刀を拾って二人と距離を置いた。


「………何のつもり」


「マテリアルを返せ!そしたらこの刀は返してやる!」


 信太郎は鞘を捨てて刀を振り上げた。もしもマテリアルを返さなければ、この刀はそこの花壇の角に叩きつけるつもりだ。


「やってることがどういうことか分かってるの?」

「俺たちにはそれがどうしても必要だ。灯刀さんだってこの刀が必要だろ?お互いに必要な物を交換しようって交渉だ」


「かつてのアクトナイトはヒーローだった。でも今のアクトナイトは?人から物を奪って脅しをかける…恥ずかしくないの?」


「くっ…いいから返せ!」

「折ろうとしたらその前に肋骨を全て砕く」


 信太郎と那岐は睨み合った。間もなく怪人騒ぎの影響でここに人が集まるので、早く事を済まさなければならなかった。


 しかしどちらも警戒心が高まり迂闊に動けない。代わりに歩き出したのが昇士だった。


「灯刀さん。それを返そう」

「昇士、あんたは私の助手でしょ!それなのにあいつの味方をするの?」

「そういうわけじゃないけど…でもそれはきっと、信太郎に必要な物だから返さないと」


 昇士に言われて那岐は冷静になって、マテリアルを握る手を緩めた。


 マテリアルを取った昇士は足元に落ちていた鞘を拾って、今度は信太郎へと話しかけた。


「信太郎、これだろ?だからそれを返してあげてくれないか?」

「お前たちは一体何なんだ…まさか宇宙人なのか!」


「俺も灯刀さんも地球育ちの地球人だよ。まあ…アクトナイトがヒーローなら、灯刀さんは何なんだろうな」


 昇士は刀を鞘に収めて那岐のカバンに入れた。


「さあ行こう!そろそろ人が来るよ!」


 サイレンの音が近付いて来る。三人は元いた場所へと戻り、クレープをのんびり食べていた芽愛たちと合流した。

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