第147話 信太郎の望むこと
特異点に人間が入り過ぎたことで、狭い部屋は崩壊を起こした。
景色は移り変わり、気付けば廃墟の街の中に立っていた。
「なにここ…」
「これがメルバド星だ。でも住人はもういない…こいつが全員戦争に駆り出したからな!」
「つまりメノルが…最後のメルバド星人…」
武器のなかった信太郎にシャオは柄と鍔だけの剣を渡した。刃は使用者のエナジーで構成される、那岐の使う光軍と同じタイプの武器である。
「皆さん気を付けてください。街のように見えてもここは特異点。何が起こるか分かりません」
「あなたか。別の世界から来た来訪者ってのは…」
「初めまして信太郎君、メアリスのルクです」
初対面だが、神になっている信太郎はルクについて知っていた。
「信太郎…だっけ?あいつを倒せばいいの?」
「そうだ啓太。あいつを倒して俺もこの世界から出ていく。それでこの世界は元通りだ!」
「ちょっと待ってよ!?なんでそのこと知ってるの?ていうか嫌じゃないの!?」
ファイティングポーズをとった信太郎の前にシンが立ちはだかった。
「この世界から出ていくんだよ!?もう世須賀にも、皆と一緒にいれないんだよ!」
「まぁ…誰も俺の事なんて覚えてないし、別にいいかなって…」
「でも君、あの街が大好きだろ!隠したって分かるぞ!僕は君のデータを元に誕生した人間だ。僕が誕生したあの時、どれだけ人を嫌っていても君はあの街を嫌いになれなかった!そうだろ!」
「そうなのかもな………どれだけ景色や人が変わっても、俺は世須賀が大好きだ。色んな思い出があるからな。だからあの街を守る為に俺は戦う!」
「思い出のためなら全人間の幸せを諦める。それって随分身勝手じゃないかな」
幸せを諦める。それを聞いた途端、まるで何か能力を喰らったかのように少年たちが動かなくなった。
「やるぞお前ら!…ってどうしたんだよ!」
ドラコとシャオ、それにルクはやる気で満ちているのに、少年たちはその正反対。そもそも、この土壇場で初対面の少年を信じろというのが難しいだろう。
「信太郎、君がこの戦いに勝てば…また君みたいな人間が出て来るよ。劣等感を抱いていつも心の底で他人を妬み憎んで、敗北する度に反省ではなく勝者の才能を羨む…そして誰かを傷付ける人間になる」
信太郎について話でしか聞いていない彼らは、この言葉だけで信頼するのが難しくなってしまった。
信太郎という人間は、相当捻くれているらしい。
「戦う前にきちんと話してやる!俺なんかよりメノルがやろうとしてることの方が正しい!なんせこの宇宙全てを幸せにすることだからな!」
「味方を敵にするようなことを話して大丈夫なのかい?」
「何もかもが平等!喧嘩すら起こらない平和な世界!誰もがやりたいことを好きなようにやれて、うっかり誰かを傷付けてしまうこともない!俺みたいな人間にはうってつけの世界かもな…想像してみろよ!」
創造してみて欲しい。人々の理想すら超越した世界を。
怪人に平和を脅かされることはない。いつも大切な人と一緒にいて、何かを失ってしまうこともない。
一直線でも寄り道ばかりでも、走り出した人間は必ず夢を叶えられる。
失恋はしない。優れた人間を見て劣等感を覚えることもない。誰もが等しく頂点に立っている。
「確かに良い世界だ…けどな!そのために今までの事をゼロにするなんてやり方、俺は許さない!」
「そこが理解できない。君が一番それを望んでいるんじゃないのか?黒歴史と呼べる人生を歩んで来て、ふとした時に嫌な記憶が頭の中で再生される。後悔の後と先にまた後悔…嫌じゃないの?」
「あぁ嫌さ!歪んだ人間になりたくなかったって今でも後悔してる!けどこれが俺なんだ!」
「あーだから、それをどうにか出来るって言ってるの。分からないかな?」
「分かってないのはお前の方だ!優等生で喋りが上手で友達が沢山いて彼女も沢山いる!文武両道最強無敵!それのどこが大月信太郎だ!」
「…は?」
「正直言うけどな、今となってはこれまでの事なんてどうだって良いんだよ!」
「それは幸福になる努力を放棄してるって言わないかな?」
「もう俺は充分幸せなんだよ!今ここに生きている!それでお前の邪魔をして大好きな街を守れてる!それだけで最高に幸せだ!」
「随分と小さくてくだらない価値観を持ってるみたいだね…」
きっと何を言っても、メノルは信太郎の言葉を否定するだろう。
「だからお前ら!好きな方の味方になれ!大勢の人が散々苦しんだこのクソッタレな世界を俺と守るか?それともあいつと一緒に新しい世界を勝ち取って幸せになるか!」
身勝手なことを熱弁する信太郎と、呆れた様子で言葉を発するメノル。二人を見ていた少年達は…
「新しい世界で…俺たちは一緒にいられるのか?」
「皆と…将矢と会えないなんて私、嫌だよ」
「せっかく蘇ったんだ。それをなかったことにされるのはなんか…勿体ない!レアな人間になれたのに!」
「今ここにあるものを大切にしたい。私は新しい世界なんて必要ないと思うよ」
「話のスケールが大きすぎてちょっと…ただ、今の俺たちじゃなくなるっていうのは分かった」
「過去が少しでも違ったらそれはもう自分じゃない。きっと新世界には私も昇士も芽愛もいないわ」
「それにその人と同じで私たちはもう幸せだよ!」
「地球が攻撃を受けたのはお前が原因らしいな。ならば俺はお前を敵と見なす!」
「先輩が言うからってのもあるけど、なんか話が胡散臭い!これだったらブ男の義兄の方がマシ!てなわけであんたは敵!」
各々自分の心で選択して武器を構える。敵は迷いなくメノルであると決定した。
「乗せろドラコ!俺たちもやるぞ!」
「おうよおおお!見ててくれよアクトナイト!今度こそメノルを倒す!」
「いいですね。こういうアツいノリ!」
「そうか、君たちは自分が幸せならそれでいいんだ。あまりにも身勝手だな!」
「それは違う。信太郎や君が思う通りこの世界はクソッタレかもしれない。だけどそんな世界で誰もが生きている!」
「つらいことだってあるかもしれないけど、それは努力や我慢、挑戦してるってことだ!それを勝手に不幸だって決めつけるお前に全ての人間を幸せに出来るわけがない!」
「じゃあなんだい?君なら出来るって言うのかい!?」
「俺だけじゃない!俺たちだ!幸せはこの世界を生きる一人一人が自ら行動して手にするものだ!お前にその邪魔をさせはしない!俺たちはお前を倒す!」
こうして、アクトナイト達とメノルの最後の戦いが始まった。