第140話 宇宙に浮かぶ大都会
ワープ中、予想外のアクシデントの可能性がある。そのためシートから立つ事は許されない。
外の景色を移すモニターに、啓太の目は釘付けになっていた。真っ暗な空間だが星はなく、青い閃光がいくつも走っているのだ。
「凄い…」
アクトナイトビヴィナスであり、恋人でもある金石千夏は退屈して眠っていた。しかし繋いでいる手は離れることなく、強く握られている。
「後20分はこのまんまだ。ボーっとするか後で楽しめるように休んどけ」
シャオのアナウンスが聞こえたが、それも無視して啓太はモニターを見ていた。
「すっごい…ははは」
ふと声が出たが、彼以外は眠っていた。ワープという慣れない体験で疲労したのだろうか。
「死んで、生き返って、宇宙に来て、ワープして…僕の人生、凄い事になってるな…ははは」
壮大すぎて笑いが起こる。一般的な冴えないオタクだった自分が気が付けば凄い人間になっていたのだ。
どうして急に過去を振り返るのか。外の景色を観て、何か呼び起こされた記憶があったのかもしれない。
「…ははは」
「ワープ終了まで…3!2!1!」
シャオのカウントダウンと同時に、アクトーザーは特殊な空間から宇宙へと戻って来た。背後には地球の陰も形もない。
「見えたぞ!オワロフ宇宙ステーション!」
しかし正面には、キラキラした物が広がっていた。惑星ではない。無重力というのを活かして、ビルからビルが生えている。そんな未来的という言葉では言い表せないような造形だった。
「あれが宇宙ステーション…」
宇宙をよく知らない地球人の感覚からしたらは、オワロフは宇宙に浮かんだ大都会だった。
近寄ってきた無人誘導装置に追従し、アクトーザーは小型宇宙船用のレンタルガレージへと収納された。
「コース?いや普通のレンタルコース…だからそういう洗浄サービス付きとかいらないから!…燃料?ウチのは物体エンジンなの!」
怒鳴りながらシャオは受話器を戻し、、誘導装置にカードをタッチした。
「ったく、がめつくなったな…」
「来たことがあるのか?」
「昔ヤンチャしてた頃にな。ほら、もう降りても大丈夫だぞ」
少年たちは荷物を持ってガレージへと降りた。ガレージ内にはポションが充満しており、宇宙服がなくても問題なかった。
「地球の空気以外で呼吸する地球人って私たちで初めてじゃない…?」
「だね!でも体感、いつもと変わりないね」
ガレージから細い通路通り、エレベーターを上がった。すると見たことのない宇宙人がシャオ達を待っていた。
「シャオ様御一行ですね。お待ちしておりました。こちらマスターキーです。紛失しないようにお願いします」
「どうも」
「さっきの人、何星人なんですか?」
「パスト星雲海に住む魚人だ。星というよりは宇宙そのものの住民だな」
通路を抜けた先には街が広がっていた。見たこともない生物が
「街の上に街があるぞ…天井にも逆さまの街がある!」
「いくら身体が軽いからってプカプカ浮いて移動したら笑われるからな~。上のエリアに行きたい時はリフトに乗って行くんだぞ」
シャオはルールやマナーを説明しながら、近くにあった建物へ入っていった。
「何か車みたいなのが並んでる…」
「オワロフは広いからな。レンタルマシンが必要になるんだ」
どうやらここは乗り物をレンタルする店の様だ。シャオは店員と話し、全員が乗れる程の大きなマシンを借りる契約をした。
「これでも小型だ。たまに乗れる車両がないぐらい大きなやつが来るけど、そういう時は向こうの建物で身体のサイズを調整してもらうんだ」
「いやー宇宙って何でもありですね」
シャオは運転席に付いているカードリーダーに魚人から受け取ったマスターキーを置いて、ロックを降ろしてからマシンを起動した。
無重力の都市で、シャオの操るマシンは安定して走っていた。都市専用のマシンにタイヤは付いていない。都市の道路にレイルマグネットが埋め込まれている。そしてマシンにはホイールマグネット搭載されており、レイルマグネットを辿るように走行する事が出来るのである。
向かった先は今日から寝泊まりするレンタルハウスだった。人数が多いというのもあって、大きく値段も高い物だ。
「とりあえず今日一日でこの都市の構造を頭に叩き込んで、ベッドで寝る前に次の日のプランを練る!」
「え、シャオさん覚えてないんですか?昔来たって言ってたじゃないですか!」
「昔来たのはヤンキーとストリートファイトするためだったからな。覚えてない!」
少年たちから冷めた視線が向けられる。連れてきたお前が案内してくれるんじゃないのかと。
「…なんだよその目は!ほら荷物置いたならとっとと行くぞ!」
ハウスに来たばかりだが、不要な荷物を置いてからすぐに出発。シャオの操るマシンがオワロフを走り始めた。
少年たちは窓からオワロフの景色を眺めた。色々な店があるようで、各々明日はここに行きたいと心の中でピンを刺していた。
思い出作りは、始まったばかりなのだ。