第127話 知っている
ある日、デートをしていた啓太と千夏は、昼食を食べようとレストランに来ていた。
「なんか夏休みあっという間で、もう終わっちゃうのって感じだよね~」
「あっという間…そうだね」
信太郎が死んでから生き返るまで、あっという間だった。それからまた次の戦いも、きっとすぐに始まるのだろう。
「…どうしたの啓太?」
「いや…あ、地震だ」
せっかくのデート中に地震が起こる。こればっかりは誰のせいでもなく、仕方のないことだった。
「長いね…」
体感長く続いた地震は収まり、客は落ち着きを取り戻していった。啓太達も特に気にすることなく、会話を続けた。
「事情は理解した。しかし足手まといになるつもりはない。悪いが協力は出来ない」
その頃、信太郎は久しぶりに剛と顔を合わせていた。それもかつて彼が住んでいた家の前でだ。
(あの人たちは俺のこと、覚えてるのかな…?)
今は当然のように剛の自宅だ。世界の一部が改変されてから、剛は正式にこの家庭の養子となっていた。そしてこの一軒家にはもう信太郎の部屋はない。佐土原雄大とその妻である理恵子も、自分の息子は剛と美保だけだと認識している。
「それに俺はアクトナイトじゃない。機械で変身していただけのただの模造品だ」
「なんでそんな寂しいこと言うんだよ。それにアクトナイトじゃなかったとしても、色んな人を守って来た事実に変わりはないだろ」
「ほっといてくれ…つらいんだ。無力を痛感するのは」
(なんかカッコ悪…ヘラってた時の俺、こんな風に見えてたのかな…)
今は無理でも必ず剛は戻って来る。それを知っている信太郎は焦ることなく、今日は諦めると告げて歩き出した。
(俺は未来を…それ以上の事を知っている。やっぱりもう、普通の人間じゃないんだな…)
大きな地震が起こった。だが信太郎は焦ることもなくその場に立ち止まり、揺れが収まるのを待った。
「そして今度は…雪が降る」
しばらくすると、まだ8月だというのに雪が降り始めた。
「暑いのに…ヒンヤリするな」
不可解なことはそれだけで終わらなかった。地球に住み始めたばかりの宇宙人たちが次々と別の星へ移住を開始したのだ。
世須賀市内では地震が続き、季節外れの天候にもなり、異常なのは明らかだった。
おかしな平穏は数日間もの間続き、それまでずっと街を歩き回っていた信太郎は、通り掛かった公園で休憩することにした。
そうして入った公園には綺麗な遊具が設置されていて、アクトナイト記念公園以外の場所に入るのは久しぶりだった。
そこでは親に見守られながら子ども達が元気に遊んでいる。彼らの姿に自分の過去を重ねられないのは、成長した人間として少し寂しかったりもした。
「…どうすりゃ良かったかな」
母親の浮気で出来た自分が、両親の不仲の原因となった。学校では努力していたはずだが、それでも何か足りないのは分かっていた。
「何だろう…マジで。どうすりゃ良かったんだろう…」
家族のこと。イズムのこと。真華のこと。光璃のこと。1つの後悔から更に別の後悔へと繋がっていった。
立ち上がろうと思っても、中々力が入らなかった。
「………怪人か」
しかし、怪人の存在を感知した途端に立ち上がった。後悔がどれだけあっても、これだけはやらなきゃいけないと分かっていた。
信太郎は誰よりも早く怪人の出現したフェリーが留まっている港へ到着。だが逃げ惑う人の姿はあっても、怪人の姿はどこにも見当たらなかった。
「どこだ…うっ!」
攻撃は海中から、勢いよく飛んで来た。背中に水弾を受けると、すぐに物陰に身を隠した。敵はどうやら、海中に潜んでいるみたいだ。
「アクトベイト!…は出来ないか」
取り戻したオリジナルのアクトソードにセルナマテリアルが付いていた。しかし信太郎に変化は起こらず、生身での戦いを余儀なくされた。
相変わらず、信太郎は仲間たちと心が繋がらず連絡が取れない。きっとシャオから連絡を受けた誰かがこちらに向かって来てはいるだろうが…
「きゃーっ!」
怪人は海中から無差別に攻撃を続けて被害を増やしている。仲間を待ってはいられない。
「やるしかないか!」
決心して信太郎は海の中へと飛び込んだ。
足の付かない海中では、魚のような特徴を備えた怪人がこちらを見つめていた。
口の予備動作を見るとすぐさま、信太郎は剣を前に出した。そして発射された弾から身を守るのだった。
(不利だな…)
岸壁を蹴って怪人に接近しようとする。しかし怪人の動きは素早く、すぐに遠くに離れてしまい、さらに攻撃をされた。
「ヴァボッ!」
泡を噴き出す信太郎は、海面に上がろうと足を動かした。だが怪人は海の底へ連れて行こうと信太郎の足を掴む。物凄いパワーには抗えず、信太郎は水面から遠ざかっていった。
しかし焦ることはなかった。
二つの人影が水の中に飛び込んで来た。そしてその内の一人は信太郎の腕を掴み、もう一人が怪人の腕を切り裂いた。
「ぷはっ!」「大丈夫か!」
信太郎はフレイスに助けられて陸地に上がった。遅れて、アーキュリーが怪人を引っ張って上昇して来た。
「将矢!」
合図を受けると、フレイスは高温の炎を発射。周りの物体を溶かしながら怪人を逃げられなくした。
熱にやられて動きが鈍くなる怪人。フレイスは敵に向かって一瞬で駆けて行くと、一振りで切断。その身体は炎上し、跡形も残らず焼失した。
「大丈夫か信太郎!」
「あぁ…お前たちが倒すって知ってた」
「知ってたって…どういうこと?」
信太郎はベタベタになった服を絞った。乾かしたところで、磯の臭いは残ってしまうだろう。
「俺の能力で乾かしてやる。脱げよ」
「…嫌だよ。清水がいるだろ」
「あっ私あっち向いてるから」
信太郎は渋々、着ていた衣類を全て脱いだ。
「お前…痩せてるな~!肉食え肉!」
「うるせ。ほら、早く乾かしてくれ」
将矢が剣を振ると熱風が起こった。信太郎の衣類はまるで、洗濯機で乾燥し終わった物のように暖かくなった。
「磯くさっ…」
信太郎が服を着た。奏芽はようやく振り向いては、信太郎に1つ尋ねた。
「ねえ、世界の書き換えがどうとかって話、あれどうなったの?」
「まだその時が来ていない。その時にならない限り、俺たちが動いてもメノルが動いても、何も起こらない」
「えっと…つまり?」
「果報は寝て待てってことだろ!」
勝利して世界を守ることが幸福ならば、将矢の使い方は間違ってなくはない。
運命を知ってしまった信太郎が言う通り、その時になるまでは強制的に日常を送るしかないのだから。