第125話 改変
夏休みはあっという間に過ぎて行った。しかし学校に信太郎の姿はなく、啓太と芽愛たち以外で覚えている者は誰1人いなかった。
「大月君…戻って来なかったね」
「うん。でもそれだけじゃない…」
夏休み前にはいなかった宇宙人の学生が増えていた。転入生などではなく元から同級生だったようにクラスメイト達が接していた。
「地球人と宇宙人が仲良くなっていってる。これが信太郎の望んだことだったのかな…」
種族間の関係性は以前よりは余程良い雰囲気に感じられる。相変わらずメルバド星人は敵であるが、それに対抗する防衛組織も作られようとしている。
悪い事は一切ない。それでも、信太郎がなぜこんな風に世界を動かしているのか理解出来なかった。
あまりにも突然過ぎるのだ。人々のために戦っていた信太郎ではあったが、こんな絵に描いたような平和を望んでいたとは思えない。人柄を知っている啓太はそう思って、目の前の光景を見ていた。
「大体…どうして僕と芽愛…シャオも信太郎のことを覚えているんだろう」
「忘れて欲しくなかった…とか」
友達には覚えていて欲しかったのだろうか。だとしたら、将矢たちはどうなるのか。疑問は余計に深まっていく。
しかし、まるで怪人が突然現れる様に、信太郎が蘇るその時が近付いていた。
「見つけタ」
世須賀のどこかの街路。多くの人が行き来するその場所で、2人の少年が出会った。
「残った力も僕に渡してヨ。見て分かったでしョ?その力があれば誰だって幸せになれル」
「俺はまだ迷ってる…こんなやり方でいいのかって」
メルバド星人の王子メノルと足のない亡霊信太郎。周りの人間は足の消えた少年に気が付かないのか、何のリアクションもせずに通り過ぎていくだけだった。
「君も生き返ってちゃんと愛してくれる家族に会えるんだヨ。恋人だって出来るし感情に振り回されることもなくなるんダ」
「それは嬉しい事かもしれないけど…いや、嬉しくないのかな。だからお前の計画に協力する気にはなれないんだと思う」
「バッドが倒れたことで現れるようになったメルバドアルみたいに代償は必要なイ。無償の幸福はもう目の前なんダ。信太郎君、分かってくれないか?」
そして世須賀全域に大量の怪人が現われた。瞬きの合間に、さっきまでそこにいたかのように立っている怪人は、破壊活動を始めた。
アクトナイト達は全員出動した。戦士たちは市内の至る所に出現した怪人を倒すため別々の場所に散っていった。
「急過ぎるだろ!いきなり最終決戦って感じだな!」
フレイスは剣だけでなく自らも燃やし、近付く怪人を全て焼き払った。
怪人たちに大した戦闘力はなく、他の場所でも少しずつ倒されていく。このまま怪人は殲滅されるかに思えた。
別の場所。怪人を倒して動き回っていたジュピテルとラヴが偶然にも合流した。
「こっちは全部倒した!」
「うん、私の方もなんとか…」
しかし瞬きして振り返ると、大量の怪人が彼らを囲んでいた。
「いつの間に!」
「隠れてたとかそう言うレベルじゃない!」
ラヴを抱えてジュピテルは飛び立つ。能力を持たない怪人たちは空まで追って来ることはなかった。
「相手にする必要はない…きっとこの怪人は、街の異常が産み出した物!メルバド星人の怪人じゃない!」
怪人を相手にすることはやめて、ジュピデル達は街中を飛び回った。怪人と戦う仲間を見つけても加勢せず、ひたすらその人物を探し続けた。
「見つけた!信太郎!」
怪人だらけの街の中に1人だけ、足のない少年がいた。
「どうなってるの大月君!街に怪人が沢山出てきて大変なの!」
「信太郎!教えてくれ!どうしてこの世界から君が消えているんだ!」
「敵の…メノルの目的は地球侵略じゃない」
信太郎はボソボソと語り出した。歩き出した彼に怪人が襲い来るが、触れると同時にその身体は消滅していった。
「地球侵略じゃないってどういうこと?」
「前にデスタームが言ってたんだ。宇宙の書き換えがどうとかって…アクトナイトをやめて欲しいとも言われた。当時は意味分かんなかったけど…今なら良く分かるんだ」
怪人が全ていなくなり、啓太たちは変身を解いた。信太郎は久しぶりにちゃんと、友達の顔が見れて嬉しかった。
「俺の戦いは決定されていたことなんだ」
「言ってる意味がよく分かんない…」
「運命って言うやつかな…俺はアクトナイトになることが決まってて、友達が死んで悲しむのも、仲間たちから孤立して暴走するのも、仲直りするのも…死んでこれから蘇ることも。全て決定していたんだ」
「そんなことどうして分かるんだよ…」
「セルナが見せてくれたんだ。理を超える力が、不可視の運命を俺に教えてくれた…最初の夜にこいつを手にするのも、決まってたっぽい」
信太郎の手にはセルナマテリアルがあった。アクトナイト達の持つマテリアルの中で、1つだけ未知数な力を秘めたセルナ。これがあって、芽愛は蘇った。
「メノルの目的はこの世界を書き換えて全く別の物にすることだ。過去も未来も…全て都合の良いように書き換えること。つまり、俺たちが生きてきたことへの否定だ!」
「都合のいい解釈をするネ。まるで僕が悪者みたいニ」
そしてメノルが現れた。彼の持つアクトソードは神々しく光っていた。
「さっきまでは君も僕の考えに賛同して世界に手を加えていたじゃないカ。一体どうして考えを変えてしまったんだイ?これまでの自分という汚点を消したかったんじゃないノ?」
信太郎という存在がこの世界から消えていた理由。それは信太郎本人がこれまでの自分を消したかったという、あまりにも身勝手なものだった。
「僕と君が同じ世界を望んだ時、ようやく世界の改変が可能になるんダ。僕たちが幸せな世界を望んでるっていうのが分からないノ?」
「俺も地球人と宇宙人は仲良くして欲しい。けどそのためにこれまでを全て改変するのは間違っている!」
信太郎は動作なく前進しメノルに接近する。そして勢いよくパンチを繰り出したが、メノルの身体をすり抜けていった。
「肉体を失った君は既にこの世界の住人じゃなイ。セルナの影響で君は外の世界の人間になっタ」
メノルが剣を上げた。信太郎を睨む瞳からは殺意が溢れていた。
「君と和解出来ないなら仕方がなイ。君を完全に殺しテ、その内にある力を僕の物にすル!」
そして剣が振り下ろされた時だった。
「させるか!」
アクトナイトの魂を宿す信太郎の両手が刃を受け止める。普通の地球人には出せない怪力だった。
「俺の身体…お前は誰なんだ!」
「私はアクトナイト。君たちが継いだ力の元になった人間だ」
アクトナイトの掌底が、メノルの胸に放たれる。身体は後方へと下がっていき、メノルは膝を付いた。
「この身体に戻る時が来た。さあ、来るんだ」
「………やっぱり俺じゃないと駄目なのか?」
信太郎はこれからの事を知っている。これまでつらい思いをしてきた彼は、生き返ってからもまたつらい思いをすると決定しているのだ。
「世界の改変はなんとしても阻止しなければならない。例え改変した世界がどれだけ良い物であったとしても…今の世界に生きる存在全てを否定することはあってはいけないんだ」
そしてこれも決定している。信太郎は自分から生き返ることを。
「やりたくねえなぁ…どんだけ戦っても、結局俺は救われないんだしさ」
亡霊であった魂が身体に戻っていく。それを邪魔する者は誰1人いなかった。メノルもただ、見ているだけだった。
「あ~あ…俺、生き返っちゃった」
あまりにも呆気なく、本人も喜べない復活だった。