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心刃一体アクトナイト  作者: 仲居雅人
大月信太郎編
123/150

第123話 かけがえのないひと時、忘れられないあの時

 風鈴の音がする夕方。那岐たち恋人トリオは彼女の自宅に集まっていた。夏休みの課題を協力して進めようと朝早くに集まったのだが、それから今まで課題そっちのけで愛を深める行為に没頭してしまった。

 あらゆる体液の染みたベッドには誰も転がろうとしなかった。散らかった部屋を見て那岐は「こうなるなるならホテルでヤればよかった」「ベッドが駄目になった」と不満を漏らしている。臭いも凄いことになっていて、今はエアコンも止めて換気の真っ最中である。



「あ~あ…1つも進んでないわ。大体、仲良く勉強やるって柄じゃないでしょ私たち」

「だって皆でやった方が楽しいかなって…」

「あんたがやりたかったのは勉強じゃなくてセッんん!」


 うるさいと言わんばかりに口を口で塞ぐ。那岐はうるさいと思われる度、昇士と芽愛にこのやり方で黙らせられていた。


「アイスとか買って来たよ~…ちょっと昇士君?いい加減にしないと…」


 近所のコンビニから芽愛が戻って来た。キスを止めない昇士から那岐を救出すると、ジュースのペットボトルを投げ渡した。


「いだぁっ!ど、どうも…」

「那岐ちゃん?…あ~ダメだ。ほらぁっキャパオーバーしてるじゃん」


 那岐は凄い幸せそうな顔をしていた。これは3人で付き合い出してから那岐に見つかった弱点であり、この2人からとにかく甘ったるいことをされると幸福感が処理出来なくなり、こうして動かなくなる。これをキャパオーバーと名付けていた。


「…あ~、寿司食いてえな。あとで寿司食べに行こう」

「休憩したらね。ほら、お風呂入りに行こう」

「う~…」


 芽愛は那岐を連れて浴室に移動した。一緒に入ると間違いなく延長戦が始まりかねないので、昇士はグッッッと堪えて待つことにした。


 テレビを点けると、昼頃にアクトナイトと怪人が戦闘を行ったというニュースが流れた。既に怪人は撃破されたらしく、報道陣から逃げられなかった啓太が嫌そうな顔で取材を受けている映像が流れた。


「いっけね…うわ、電話も来てた!」


 カップルだけの戦士たちで、いつか誰も怪人に気付かず野放しにしてしまうんじゃないだろうか。戦いの当番とかを決めた方がいいかもしれないと反省する。




「あっ?もしもし?ごめんごめん」

「もしもしじゃないよ!将矢たちも連絡取れないし千夏は夏風邪だし!どうせそっちもアレでしょ?エアコン点けてズッコンバッコン!他の人はいないんですか?ショウナギメイじゃないの?新人の子は?戦ったのは僕だぞ!鈴木啓太に関する質問して欲しいよ!なあ!?」

「荒れてんな…」

「元はと言えば!君たちが来なかったからでしょうが!少しは節度を持て!」

「悪かったって。次は必ず参戦するから…」

「本当だね?信じてるからね?僕休んじゃうからね?」

「いや、気付いたなら戦いに来いよな?」


 きっと明日は体調が回復した千夏に愚痴をぶつけるのだろう。あぁ、暑い。早くシャワーが浴びたいと、汗の止まらない昇士はジュースを飲み干した。




 日が暮れる前に3人はアパートを出発。高い店と安い店の味に区別を付けられない若者たちが行くのは、当然回転寿司のチェーン店だ。


「わー涼しい!」

「客増えたな…ギリギリセーフってとこか」


 待たされずに席に着けたのは良かった。レーン側から昇士、那岐、芽愛と座り、喉が渇いていた芽愛は水を汲みに行った。


 流れて来た皿から好みの光りものを取っていく。戻って来た芽愛も注文用のパッドを取って軍艦の項目を開いた。


「何にしようかな~…昇士君?」

「地震だ…多分ちょっと強くなる」


 昇士が揺れに気付き、それから誰にでも分かる程度に揺れが強くなる。スマホのアラートが至る所で鳴り始め、それに怯えた赤ん坊が泣き始めた。


「良く気付いたね」

「私が鍛えてるから当然ね。あ、茶碗蒸し頼んで」


 那岐の特訓は関係ない気がするが、周囲の人間より早く気付けたのは確かに凄いことだ。だが昇士はそのことを特に気に留めることもなく、レーンから皿を取っていった。



 テーブルに皿が並んでいく。これを払うのは自分なのかと、昇士は机の下で財布を覗く。2人はデザートのパフェを食べ始めていた。


 問題ないはず…いざという時には那岐に助けてもらえるからと安心していた。


(こんなことでハラハラするなんて…ちょっと気が抜けてるかな)


 まだメルバド星人との戦いは続いている。決着するまでのひと時はかけがえのない物になっていた。また今日も、那岐と芽愛の笑顔を脳裏に焼き付ける。明日もこんな風に一緒に過ごしたいと強く願った。


「なに?欲しいって言ってもあげないわよ」

「私はあげるよ。はい!」

「ゼリーって…単に好きじゃないだけでしょ」


「ありがとう」


 女子たちがデザートを食べ終えると店を出た。ここから彼女たちを自宅まで送り届けて解散だ。また明日も会えるが、それでも名残惜しい。


「おいしかったー!また来ようね!」

「うん、今度…また今度ね」


 それにしても財布が軽い…風に吹かれたら飛んで行ってしまいそうなくらい…そんなモノローグが流れる昇士の隣。那岐が闇の中を見つめていた。


「どうしたの?」

「視線を感じた…」


 戦士の勘を信じないわけにはいかない。光で満ちた街を出て、無限の闇が広がる山道を歩き始めた。




 芽愛はシャオ特性の暗視ゴーグルを装着。他2人は己の感覚を頼りに周囲を警戒し、前に進んだ。

 怪人ならば倒す。悪い宇宙人なら半殺しで警察に連れて行く。そのつもりだ。


「怖いね…」


 高い木々が光りを遮る。叩き切ることも出来たが、植物が可哀想だと芽愛が止めた。


「…本当に気のせいだったのかしら。確かに誰かが見てた気がして…」


「気のせいじゃない…いた」


 さっきまで怯えていた芽愛は一転。ゴーグルを外し、肉眼で正面に立っている人間を確かめた。


「大月君…」

「え…ちょっとあいつ!足がない!浮いてるぞ!」


 幽霊を前に昇士は仰天。芽愛は少年を追い、那岐も光軍を発動させて隣を走った。




「大月君!待ってよ!ねえ!」

「あいつなんなの?本当にオバケ?」


 本気を出せば簡単に振り切れてしまうだろう。しかし少年は浮遊して、芽愛たちを見つめながら道なりに移動した。




 走り続けて息が切れそうになると、遅れて来た昇士が二人を抱えて走り出した。


「うおおおおお!待ちやがれえええええ!祓え給い清め給い!神ながら守り給い!幸え給ええええええええええええええええええええええええええええ!」

「幸せ願ってどうすんのよ!?それにここ神社じゃないんだから!いい?こういう時はね、臨兵闘者皆陣列在前!これで無敵よ!」

「2人ともどうしちゃったの!テンション変だよ!」


 それもそのはず、芽愛は霊感がないのかそれとも気が強いのか何ともないが、2人は背後から迫って来ているこの世の者ではない何かを感じているからだ。


「ちょっと芽愛!後ろ見て!」

「え…無理だよこの体勢じゃ」

「おいやったぞ!この先明るいぞ!はははははは!」


 暗い道の終わりが見えると足の回転がさらに速まり、抱えていた身体が大きく揺れた。


「うわあああ!いたわ!今一瞬!身体が真っ赤な人間が!」

「あああうるせえええ!聞こえねええええええ!」

「う~ん、何もいないと思うけど…」




 そして闇の道を走り抜け、背後の霊圧が消えた途端に昇士は大きく転んだ。


「いっっってえぇぇぇ…なんなんだよもう」

「もうヤダ…無理」

「ねえ…周り観てよ。凄い綺麗だよ」


 冷静になって自分たちのいた場所を見渡す。そこは一面に光る花が咲く花畑で、あまりにも幻想的な光景に目を疑った。


「なんだこれ…」

「この花知ってる。昔剛から渡されたことあるわ。ガイアスの研究室で育てたやつで、地球の環境じゃ咲かないって…ラスパラトって名前のやつ」


 一瞬、昇士が凄く嫌そうな顔をするがスルーされた。


 その花は、強過ぎない程度の甘い香りを出して、確かにこの場所に咲いていた。


「…那岐、ここあそこだよ!」

「似てると思ったけど…気のせいじゃないわ」


 那岐の秘密を知った場所。昇士と那岐の関係が始まったあの場所だ。

 メルバド星人の宇宙船が隠してあった洞窟の入り口は、岩が崩れて塞がれていた。1年ちょっとでどうしてこんなに花が咲いたのかは不思議だが、運命的な何かを感じた。


「…もう少しだけ一緒にいない?」


 返事はせずとも、動くことなくこの景色を眺めた。光る花と空の星。写真を撮るのは野暮な気がして、昇士は忘れないように目に焼き付けた。




 来るまではあれほど怖かったのに、帰りはすぐだった。木々のない道を選び、月光に照らされながら坂を下っていく。飛ぶ気力は残っていなかった。


「この先…いつも通ってる通学路だ」


 一番先に降りた芽愛は、駆け足気味でポケットから財布が落ちた。


「落としたよ」


 すぐに拾い上げた昇士はふと周りを見渡す。


 思い出した。ここは彼女と初めて出会った場所だ。


「この財布だったよね。俺が拾ったの」

「うん。両親からの大切なプレゼント…昇士君と出会わせてくれた大切な物なんだ」


 「ありがとう」その言葉の代わりに、芽愛は口付けをした。自分でやって恥ずかしくなったのか、離れるとすぐに財布で顔を隠していた。


「あああああ!ずるい!」

「はいはい、那岐もしてあげるから」


 昇士は那岐ともキスをした。


「…それで、お前は一体なんなんだ。俺たちに思い出を辿らせて何がしたい」


 事の発端である少年は寂しそうな顔で、それでも優しく微笑んで消えていった。


「………ごめんね。大月君」


 誰にも聞こえないように芽愛は謝った。信太郎にも届かないその謝罪。何に対して謝ったのかは、彼女のみぞ知る。


 恋愛事情で上手く行かず、それを理由に周りの人間に迷惑を掛けたりと、思えば似た者同士かもしれない。

 そして芽愛は成就し、信太郎は諦めた。失恋させて失恋して、やっと決着が着いた…と芽愛は信じている。




 出会いがなければ恋しなかった。ぶつからなければ理解しあえなかった。

 自分たちはずいぶんややこしい恋をしてしまったと今では思う。


「…帰ろっか」


 昇士は那岐と芽愛の手を取って歩き出した。


 それでもこの恋は大切にしていきたい。幸せを一緒に分かち合えるように、未来に歩んでいくその時も共にいられるようにと、3人は強く想った。

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