第113話 生きるべき命
「陽川さん!」
叫ぶ昇士を引っ張って、那岐は物陰に隠れた。
その後に数発。倒れていた信太郎に弾が撃ち込まれると狙撃は止んだ。
「お前ら!そこの家に隠れるぞ!」
色んな場所から現れたアニマテリアル達が宇宙船から持ってきた煙玉を作動させ、巨大な煙幕を作った。その間にシャオ達は、近くの建物に隠れるのであった。
「相変わらずお前は生きてるんだな…」
「生命力だけが取り柄なのかもね」
治療を受ける信太郎の隣。そこには頭を失った芽愛が倒れていた。当然、死んでいる。
「…昇士たちは?」
「隣の部屋で休ませてる」
「そうか…つらいだろうな。大切な人を失うって」
信太郎も芽愛が死んでしまったことは悲しかった。大切な人を失ったことのある彼だが、その人物たちを殺めた経験のせいか、どこか落ち着いていた。
しばらくすると、2人が部屋に戻って来た。那岐の顔を見れば泣いたのだとすぐに分かる。芽愛の悲惨な姿を見ると、すぐにまた泣き出した。
「那岐に手を出して、嫌いになったはずの陽川さんがこうして死んで…嫌だったはずなのに…ちゃんと許してあげたら良かったって後悔してる…気持ちを理解してあげたら…俺だけじゃなくて那岐のことも好きになって…」
「ドロッとした関係だなぁお前ら」
「へへ、端から見ればそうかもな…五感を研ぎ澄ませればあの狙撃の位置は特定出来る…まずはビレッツを潰す。泣くのはその後だ」
これまで見せたことのない顔付きをした昇士は、那岐の頭を撫でると外へ出ていった。
しばらくの間、泣いている那岐の鼻をすする音だけがしていた。シャオはそれを見て、どういう言葉で慰めれば良いのか悩んでいたが、結局何も言うことは出来なかった。
「すぅ~…はぁ~…」
過呼吸になりそうな那岐とは反対に、落ち着いている信太郎は深呼吸をする。そばにある芽愛の身体を眺めて、決心がついた。
「シャオ、慰めの言葉は考えなくていい。それよりも陽川さんの身体を完全に回復させてくれ」
「無理だ。俺の能力じゃ身体が治っても命は取り戻せない…」
「俺たちで蘇らせるんだよ。ほら、早くしろって」
変に明るい信太郎を見て、シャオは困惑しながらも芽愛の身体を治すことに。脳は腐る直前、生きている時に最も近い状態で維持をするが、心臓が動き出すことはなかった。
動かない手にアクトソードを優しく握らせてから、セルナマテリアルで芽愛の胸に、心臓が近い場所に触れた。
(おっぱいでけえなぁ…)
欲情してる場合ではない。信太郎は急いで、蘇生の準備を続けた。
「信太郎、何するつもりだ」
「セルナの力は理を超える。生死を超越させる現象を引き起こすことが出来るはずなんだ」
「お前おかしいぞ。どうしたんだ急に」
「俺は元からおかしいよ。本当、なんで俺みたいな人間がヒーローになれたんだろうね。最初から彼女みたいな純粋な人が選ばれてたら…俺はこんな苦労をせずに済んだのに」
僅かに声が震えていた。目をうるうるとさせている信太郎は、マテリアルが光り始めると涙を溢した。
「ただ俺はこの力を完璧に使えるわけじゃない。こんな力、完璧に使えなくて良いんだろうな…まず、1つの命を蘇らせるには代償が必要になるんだ」
「まさかお前!?」
「止めるなよ。良いタイミングで死ねる機会が訪れて、やっと決心出来たんだ」
既に命の譲渡による蘇生は始まってしまっていた。これを確実に成功させるためにも、シャオは芽愛を完璧な状態に維持し続けた。それでも内心、こんな犠牲になるようなことをやめさせたかった。
「どうしてお前はそうやって…自分を大事に出来ねえんだよ!」
「…いいなぁ~俺以外の男子!彼女いてリア充してて!俺も彼女いたけど宇宙人だったし~!」
「あんたも性格直せてたら、きっとモテたはずよ」
気が付くと隣で、芽愛の瞳が開くのを待ち望んでいる那岐がいた。
「こんなこと言うと不謹慎だけど…その命、芽愛にくれてありがとう」
「俺よりも生きるべきだって思っただけ。理由は知らないけど喧嘩したんだって?ちゃんと仲直りしろよ~」
「うっさいわね…言われなくても、ちゃんとするわよ」
微笑みを崩さない信太郎だが、だんだんと様子が変化していった。瞼が重くなり、眠気に襲われたのだ。
きっと寝たら、もう二度と起きることはないのだろう。
「不倫で産まれて…性格の曲がりくねった俺がここまで変われた…」
「やめろよ。お涙頂戴のモノローグなんてお前に似合わねえよ」
「そうかぁ?…ありがとう、シャオ。生き返らせるの手伝ってくれて」
「馬鹿野郎…もっと感謝することがあるだろ。俺だけじゃなく、皆に!」
「そうだよなぁ…色々あったけど…楽しかったって言える高校生…活…」
信太郎は目を閉じて喋らなくなった。まだ命の譲渡は続いている。生きているが、もう何も感じていなかった。思考は出来ているのだろうか?
倒れそうになる身体を那岐が支えた。だんだんと体温が抜けていく身体だが、セルナマテリアルだけは決して離さなかった。
シャオは涙を拭った。那岐はゆっくりと、もう動くことのない身体を床に下ろして合掌していた。
芽愛は目を覚ました。命を貰う際に、信太郎からこれから自分が生き返ること。そして何をするべきかとメッ
セージを受け取っていた。
「アクトソード…」
剣は芽愛を拒絶することなく、彼女を使い手と認めて素直に握られていた。
「芽愛、大丈夫なの?身体、なんともない?」
「灯刀さん…私は大丈夫だよ」
起きたばかりの芽愛は立ち上がると、那岐の手を握った。
「朝日君が戦ってるんでしょ。行こう」
「えぇ…今度こそ一緒に戦うわよ。3人で一緒に!」
「ここで待っててくれよ。戦いが終わったら、ちゃんと墓も建ててやるから」
那岐と芽愛は昇士の元へ。シャオもこの戦いに勝ってやると、気持ちを切り替えると出発した。