第107話 死に際二人
昇士は那岐を彼女の自宅まで連れて帰ったところで、シャオに治して貰えば良いということに気が付いた。
しかし那岐は2人でいたいと、それを拒んで昇士に看病を任せることにした。
那岐は1人暮らしだ。宇宙警察である両親とはもう顔も合わせていない。今はかつて所属していた組織から抜ける際に与えられた大金とバイトで生活していた。
「…冷たい物買ってくるね」
そうベッドから離れようとする彼の袖を那岐が掴む。今はとにかく、そばにいて欲しいという意思表示だ。
「那岐、何か相談したいことあるんでしょ?」
「相談したいことなんて…」
「何か言いづらい話なんだよね。だから那岐は俺と二人きりになった。そうでしょ?」
「あの…その…」
那岐は泣いてしまう。昇士は黙ってそばに寄り、落ち着けるまでずっと手を握って頭を撫でていた。
そして昇士は那岐からこれまでの事を全て聞いた。とても、すぐに理解出来る内容ではなかった。
「ごめん…本当にごめんなさい」
「那岐は悪くないよ。優しいんだ。だから陽川さんを受け入れようと努力したんだ…」
しかし、何が理由で本人がどう思っていたとしても、那岐を傷付けたことは許せない。
疲れた那岐が寝付くと、昇士はアパートを出て芽愛に電話を掛けた。
「朝日君?どうしたの?」
「那岐から全部聞いた。もう二度と那岐に関わらないでくれ」
「え…嫌だよ。どうしてそんなこと言うの?」
芽愛の声が震えているが、昇士はそれでも言い続けた。
「那岐は嫌がってるんだ。優しいから君を受け入れようとしてただけで!それに俺は、こんな酷い事をする君が嫌いだ!」
「嫌いって、そんなこと言わないでよ!私は」
昇士は電話を切った。酷い事を言ってしまったか、と自責の念に駆られたが、強く言わなければまたやる。これで良かったんだと考えて那岐のそばに戻った。
一方で、家への帰り道で立ち止まっていた芽愛は通話が切れても耳からスマホを離さず、まるで時間が止まってしまったみたいだった。
何もかもなくなってしまった感覚が彼女を追い掛ける。それから逃げるように、街を徘徊した。
どれだけ酷い事をしていたか、少しずつ自覚していった。
「陽川さん」
名前を呼ぶのは望んでいたどちらでもない。治療を終えて目を覚ました大月信太郎だった。
「セルナがピンチを知らせてくれた。一体、こんなところで何をしてるの?」
2人がいる場所は立ち入り禁止の崖のそば。飛び降りたら海より手前の岩場に身体を打ち付けることになる。
「今死なれると困るよ。同時に2人もいなくなったら、戦力大幅ダウンだから」
「いつどんな理由で死のうなんて人の勝手じゃん。来ないでよ」
「落ちようとしても止めるから。諦めてよ」
芽愛が瞬きをする。すると信太郎は隣の岩に座り込んでいた。セルナの能力を使った短距離ワープである。
確かに無理だ。そう思い芽愛もその場に座った。
「…煙草吸って自傷行為なんて、面白いこと考えたね」
「首を吊る勇気も飛び降りる勇気もない。どうせ死ぬなら気持ち良くって考えたんだ」
「何かあったからこんな場所で飛び降りようとしたんでしょ?何があったの?…って俺が相談に乗るべきじゃないか」
「うん。そう…君じゃなくて、朝日君と灯刀さんに…」
「だったら電話すれば良いじゃん」
「無理だよ…私、嫌われちゃった。2人に酷い事しちゃったんだ…」
掛ける言葉が思い浮かばない。こういう時に慰めるボキャブラリーを持たないのが信太郎という男子だ。
「ま、まあ嫌われてるって言うなら俺の方がもっと沢山の人に嫌われてるし?1人や2人、別に気にする必要はないってー…にはならないよね。そこまで落ち込むってことは、2人の事が凄い好きなんだろうし」
ここで話を切り上げて逃げてしまおうか。そうだ、将矢と奏芽に助けてもらおう。陽キャ2人のパワーで仲直り!ハッピーエンドだ!
そう思って電話を掛けようとしたが、宇宙船に置いてきたようで信太郎は頭を抱えた。
「大月君、今からどっか行こうよ。2人で」
「2人で?どこ行くの?」
「どこだっていいじゃん。今日ぐらい付き合ってよ。君の好きだった私とデート出来るんだよ?」
「まあいいけど」
かつて好きだった女子を相手に緊張はしなかった。ならばこんな塩臭い場所からとっとと離れようと立ち上がり振り向くと、見覚えのある少年が立っていた。
「凄い成長じゃないカ。つらい思いをしている人間に同情して付き合うなんテ。優しくなったネ」
変身は出来ないが剣を握る。目の前に立っていたのはメルバドの王子メノルである。
「相変わらず神出鬼没だな。毎回毎回、何が目的だ!」
「様子見だヨ」
今戦えば勝ち目はない。芽愛に応援を呼ばせようとしたが、メノルを前に怯えて何も出来なかった。
「君は死ねないヨ。どれだけ頑張ってもネ」
「どうしてそんなことが言える!」
「安心して無茶しなヨ」
メノルは戦わずに消える。いつものように追うこともなく、その場に緊張だけが残った。
「大月君、今のって…」
「気にしなくていい。たまにああやってからかいに来るのが趣味みたいなんだ。メルバドの王子様は」
剣を収めた信太郎は芽愛の手を引いて、転ばないように崖を離れた。どこへ行くかは、歩きながら決めることにした。