第106話 芽愛と那岐の関係
世須賀市にある遊園地アテネランドは、今日も多くの人で賑わっていた。
入場口を抜けた先。そこには大きな噴水があり、朝日昇士はそれを眺めていた。
「…遅いな、那岐」
今日は恋人である灯刀那岐とデートの日だが、既に待ち合わせの時間から30分過ぎている。少し遅れると連絡があったので先に入場しているが、迎えに行けば良かったと後悔していた。
しかし那岐はまだアテネランドに向かってすらいなかった。
「もうやめて…これから昇士とデートだから」
陽川芽愛に一晩中色事に付き合わされた那岐は疲れてきっていた。デートの事を口にしたが行く気力はなかった。
「私も一緒に行っちゃおうかな」
「本当にやめて…ねえ、もうやめにしよう。こんな関係」
そう言うと芽愛は絶望した顔をした。
「…嫌だよ。灯刀さんまでいなくなったら…私…」
机の上にあるカッターナイフに手を伸ばそうとした時、裸の那岐がベッドから起き上がって芽愛を抱いた。
「ごめんなさい。大丈夫、大丈夫だから…離れないから…」
「本当?」
このやり取りは何度目だろうかと那岐は考える。今の芽愛は不安定だ。もしも離れてしまったら、本当に自殺をしかねない精神状態だった。
昇士に相談しようと思ったが、一応浮気関係である芽愛の事を話すのは気が引けた。
「ほら、支度しましょ?昇士にあなたも一緒だって伝えておくから」
「嬉しいなぁ」
今の芽愛はもう怪人ではない。それなのに、彼女の内にある何かに怯えるように、那岐は心を磨り減らして世話をしていた。
「那岐ちゃん。お泊まり、また来ていいからね。芽愛とこれからも仲良くしてね」
「はい…」
芽愛の両親は娘の異常には気付いていなかった。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
「こんにちは朝日君!」
「やっと来た~!夜更かしして遅刻なんて那岐らしくないなぁ」
「ごめん…本当に」
出会ってすぐに分かる程、那岐は疲れた様子だった。今日は激しいアトラクションは避けるべきだと頭に入れながら、場内を回り始めた。
そして初っ端から、芽愛の提案で乗ったのが観覧車だった。
「普通最後じゃない?」
「まあまあ良いから!」
明るい芽愛の姿を見て昇士は安心していた。那岐とも仲良くしているようで、失恋は振り切った…いや、そんな風に余計な事を考えてるのは自分だけなんだと。
それにしても、寄りかかっている那岐が妙に色っぽい。
もしも芽愛がいなければ。もしも体調が良かったら。昇士は観覧車の中にいる短い時間の間に手を出していた。
ボーッとしていた那岐は、景色を眺めていた昇士の手にそっと触れた。
「…やっぱり今日は帰ろう。手、凄い冷えてるよ」
「ううん、せっかくのデートだから…」
「じゃあウチでデートしよ!治るまで一緒にいるから!ね?」
「え…?」
観覧車が下まで戻って来ると、昇士は那岐を抱えて飛び立っていった。
(やっぱり…私の入る隙はないんだね)
芽愛がそれを見送って帰ろうとすると、スマホが震えた。どうやら、怪人が現れたようだ。
「くっ…変身さえ出来ていれば…」
今回の怪人は全身に管を生やし、そこから放出したシャボン玉を爆発させる能力を持っていた。
「シャボボ!生身で挑まれるとはナメられてるなぁ!」
シャボムガイマンは変身を封じるという反則な能力は備えていない。しかし信太郎はなぜか変身出来ず、生身のまま挑んで返り討ちにされた。
「信太郎、大丈夫か!」
ここで選手交代だ。フレイスとジュピテルが来ると、信太郎は傷口を押さえてその場から移動する。
街中に触れたら爆発するシャボンが漂っており、歩くだけでもかなり気を使うことになった。
「大月君、乗って!」
芽愛の駆るペガスターの後ろに座ると、そのまま傷を癒しに公園へ。
だが、シャボンの動きが急に変わり、2人を追って飛び始めた。
「掴まっててよ!」
ペガスターは速度を上げてシャボンをどんどん引き離していく。甘い香りのする背中で、信太郎は目を閉じていた。
信太郎が公園で治療を受けている間に、怪人は撃破された。だがダメージを負った2人が公園へ来た時、傷の治った信太郎は目を覚ましていなかった。
「し、死んじゃったの!?」
「違う。息はしてる…心臓も動いてるし、癌の出来てた肺もぶっ壊して新しく作り治した…こいつ、裏でヤニ吸ってやがったな」
「信太郎が煙草!?ないないない!そんなヤンキーみたいなことする柄じゃないから!」
しかしシャオは信太郎の頭に触れていた。今度は煙草を吸って破壊された脳を、慎重に治しているのだ。
「脳が治っても依存症まで治るかどうか…」
「大体、それと目が覚めないことに何も関係ないじゃん!」
芽愛はそんな信太郎に背を向けて公園から去って行った。心配はしているが、それよりも那岐の事が気になっていた。