第105話 戦う理由
その学校には使われていない空き教室がある。机には埃が被っていて、最近までは誰も来ない寂しげな教室だった。
「ルルールー」
昼休み。1人の少年が歌っていた。上履きは3年生を表す赤色だが、もう長い間使っていたということもあって剥げていた。
「ルルールー」
「ラーララー」
そこに同じ色の上履きを履いた女子生徒が、合わせるように歌って入って来た。
2人は顔を会わせると笑顔になって、教室に歌声を響かせた。
「千鶴、また上手くなったね」
「動画上げてるからね。夢人の歌声は変わらないよね」
この空き教室は現状、夢人と千鶴だけの物だ。誰も来ないし近寄りもしない。
歌うのが好きという共通点以上に、2人はそれぞれクラスのはぐれものという点が一致していた。
居場所がない2人は居場所を求めてここに来て、そして出会った。それが2年前のことだ。
2人はここだけの関係。ここを出ればまた別のクラスの赤の他人として振る舞う。お互いの立場を考えた上での付き合い方だ。
「相変わらず人来ないよね、ここ」
「だね。まあその方が気楽に歌えて良いけどさ」
千鶴は動画投稿サイトに歌を上げている。別にそれで食っていくことや歌手になりたいという夢はない。ただの趣味だ。
「そうだ知ってる?うちの学校にいるヒーローのチャンネル」
「あ~配信ちょっとだけ観た。オタク2人が凄い早口になってアニメのこと話してた」
「でも、千鶴の方がチャンネル登録者多いけどね」
「きっと今に抜かされるよ。まあ、聴いてくれる人がいればそれでいいし…ルララ~」
そんな風に、この教室では2人だけの時間が歌声と共に流れていた。これが彼らの日常だった。
しかしある日、そこに別の日常を生きる者が迷い混むのだった。
(腹減った…)
昼前の授業を終えた夢人は弁当箱を持っていつものように空き教室へ。
「うぅ…」
「嘘でしょ…」
何気なく入った教室。そこには制服を着た少年が傷だらけになって座り込んでいた。
(この少年は…大月信太郎…!)
嫌でも知っている。今はアクトナイトの1人だが、一度は感情任せに暴れて街の平和を脅かした少年だ。
そんな彼がなぜ傷だらけになって倒れているのか。とりあえず保健室に連れて行こうとして手を伸ばしたが、パチンと叩かれた。
「いたっ」
「俺に寄るな…」
「夢人?…え、ちょっと待ってどういうこと?」
「分かんない…なんか座ってた」
後から来た千鶴も困惑した顔で信太郎を見ていた。少年が抱えた剣は震えていて、今にも持ち主から逃げ出してしまいそうだ。
「あの…大丈夫?」
「いやヤバイって。さっき手払われたから」
「剣が…」
「え?」
「こいつは…探している…新たな主を」
言っていることがよく分からなかった。しばらくすると剣の震えが収まった。
「…怪人が出た」
「出たって、え?アラートは鳴ってないけど」
ビーッ!ビーッ!ビーッ!街のスピーカーやスマホから防災アラートが鳴り響いた。
最近、怪人が頻繁に出現するこの街では怪人対策にこうした防災システムが構築されたのだ。
「本当だ!なんで分かったの!?」
「行かないと…」
「そんな傷じゃ無茶だ!てか、他の人がいるんだから今は任せようよ!」
「それじゃあダメだ…おいっ!」
アクトソードが信太郎から逃げた。そして、目の前の夢人の前に留まった。
「クソッ…俺を拒絶するな!これ以上、無関係な人を巻き込みたくないんだ!」
しかし、剣は夢人を選んだ。夢人の意思を無視して手は剣を握り、セルナマテリアルが片方の手に収まった。
「えぇ…?どういうこと?」
「…ちょっと待て!誰だその剣を握ってるのは!?」
「大月君…じゃないよね!?本当に誰!?」
「夢人!?」
「身体が勝手に…うわあああ!?」
アクトベイト。夢人はマテリアルを剣にセット。そして光に包まれると、窓を通り抜けてどこかへ飛んで行った。
「ちょっと!夢人はどうなるの!?」
「剣を握って…きっと怪人と戦うことになる」
「そんな…!」
そして怪人が出現した市街地にセルナが降り立った。揺れを起こす着地という、これまでにない登場パターンに、アーキュリーと昇士も驚いていた。
「大月君じゃない!アクトナイトさん、この人マジで誰!?」
「え、さっきまで学校にいたのにどうして…怪人!?」
「なんとかしないと!」
怪人は新たに出現した敵を見ると、それに向かって速足で前進する。
夢人は変身すら初めてだというのに、どう戦えば良いのかが分かっていた。
怪人のタックルをジャンプで避けて、そのまま剣を振る。頭部を攻撃したが傷は浅い。
「俺、なんで戦えてるんだ?」
「おい…お前。感じてるか。俺の心を…」
誰かの言葉が聞こえた。いや、直接届いて来た。
「だ、誰ですか!?てか俺、なんで変身しちゃったの!?」
語りかける人物の名前はシャオ。信太郎以外からはアクトナイトと呼ばれる、変わった経歴の宇宙人である。
そんな彼は剣を握る戦士たちの心を繋ぎ、エナジーを供給するのだが夢人も例外ではなかった。
「戦えるなら何でもいい!街を守るためにとにかく戦え!」
「え…はい!」
初めての戦いなのに、不思議と勇気が湧いてきた。セルナの前に無数のメルバドアルが立ちはだかるが、アーキュリー達が道を切り開いた。
「誰だか分かんないけど任せる!」
「ここは俺たちに任せろ!」
必殺技のやり方も分かっている。
セルナは一直線に駆け抜け、怪人の真正面へ。怯んでいる怪人に防御は不可能と見た。
「セルナスラッシュ!うおおおお!」
怪人に剣を振り下ろす。異常な程の切れ味を持った刃は敵を真っ二つに。怪人は爆発を起こした。
「…いつも思うけどなんで爆発するんだろうね」
「さあ…?」
「やったのか…俺…うっ!」
初めての戦いで感じた疲労に押し潰されそうになった。
(この人たちはこんな戦いをいつもやってるのか…?)
「大丈夫!?」
「疲れただけ…ふう」
怪我もなく戦いは終わり、3人は学校へ。そこで変身を解いて、初めてセルナの正体が明かされた。
「見てよ上履き!赤色!この人、上級生じゃん!」
「タメ口で話してごめんなさい!」
「いいよ気にしないで…この剣、返すね」
黙ったまま動かない信太郎の前に剣をそっと置いた。しかし剣は浮かび上がると、まるで夢人と離れたくないかのように彼のそばへ戻って来た。
「えぇ…どうしようこれ?」
「…どうしよう?」
「え、私に聞くの?…アクトナイトさ~ん」
通話するようにTマテリアルを顔の横へ。「はいはい」と声色を変えて、奏芽は返事をしていた。
「…分かりました。そう伝えます。あの夢人先輩。理由が分かるまでその剣、預かっておいてくれませんか?戦う必要はないので」
「あっずっかっるって、銃刀法引っ掛かりません?」
「このマテリアルの中に入れておいてくれればそれで」
「うわあ!石に剣が吸い込まれた!」
「剣が…俺を拒んだ…どうして…」
信太郎は立ち上がると、ボソボソとなにか呟きながら教室を出ていった。
「私たちも授業あるし、戻ろう。それじゃあ先輩、また何かあったら連絡しに来ます」
そして夢人は何も理解出来ないまま、セルナの装備一式を預かることになった。
教室に戻る途中で、千鶴がいなくなっていたことに気が付いた。教室を覗くと、隅で音楽を聴いている少女の姿があった。
放課後。剣を預かってから身体に異変を覚えていた夢人。全身に力が溢れていて、人がいないのを確認してから通学路を疾走した。
(速い…!俺ってこんなに脚速かったっけ!?)
10分走ってるともう家に着いていた。夢人は改めて、自分が預かっている物がどれだけ大切なのかを理解した。
「どうして剣は俺を拒むんだろう」
信太郎は最近、暇さえあれば市内のとある3ヶ所を巡っていた。
イズムを殺した大通り。真華を殺した繁華街。光璃を守れなかった教会前。そこで自分を戒めていた。
「俺は…アクトナイトに向いてなかったんじゃないのか?」
「僕はそうは思わないよ」
隣を歩くシンも、信太郎と共に目的地に着いては目を閉じて黙祷していた。
「剣も理由があって、今はあの夢人さんを選んでるんじゃないのかな」
「…そもそも、なんで俺や皆を剣が選んだのか。その理由も知らないのに」
バタッ!
信太郎は何もない所で転んだ。だがすぐに起き上がると歩き始めた。
「剣がないと俺はただの駄目人間だ…こんないてもいなくても変わらない人間に戦わせてくれたのは感謝しないとなぁ」
信太郎はかなりショックだった。突然暴れだした剣が新たな主を選んだことに。だからこうして、普段は嫌っているシンに愚痴も吐けるのだろう。
数日が経過した。相変わらず剣は夢人の手元にある今、怪人が現れた。それも彼らの通う学校に。
「皆行くぞ!」
「怪人は4体!メルバドアルも沢山出て来てるよ!」
「頑張って!」
「頑張れ~!」
声援を受けながら少年たちが飛び出していく姿を、信太郎はただ眺めているしかなかった。
なぜお前は戦いに行かないのか。そういう視線が怖くなって信太郎は教室を出た。戦士たちは校舎に一歩も足を踏み入れさせないと、次々とアル達を倒していた。
(俺がいなくても戦えてるな…必要なくなったから俺を捨てたのか?)
「見つけた!信太郎君!」
退屈そうに廊下を歩いていた彼の元に夢人がやって来た。
「なんか怪人、凄く強そうなんだ!これ使って戦ってよ!」
信太郎は差し出された剣に手を伸ばすが、あと少しというところで距離が縮まらず、触れることすら叶わなかった。
「…あなたの戦いが見たい」
「え?」
「どうして剣が俺じゃなくてあなたを選んだのか。その理由を知りたい。頼む。皆を守るために戦ってくれ」
信太郎は頭を深く下げて頼んだ。これで駄目なら土下座をするつもりだった。
「む、無理だよ!俺素人だし!」
「でも以前、あなたは怪人を倒せた。きっと出来る。皆だってそうだったから!」
信太郎が土下座を披露する。
これには流石の夢人も申し訳なく、戦おうかと思った時だった。
「夢人を戦わせないで!」
夢人を追って来た千鶴が叫んだ。夢人を押し退け、千鶴は自分より背の低い信太郎を見下ろして睨んだ。威嚇しているつもりなのだ。
「なんで夢人が戦わないといけないの!?」
「それは…」
「大体、沢山いるんだから別にいいじゃん!ここで負けても次戦ったら勝つパターンなんでしょ!」
「でも千鶴。怪人は4人もいて、アクトナイト達も苦戦してるんだよ…学校に入ってきたら俺たちも無事じゃ済まないだろうし…」
「だったら早く逃げようよ!まだ体育館の方には誰もいないから、あそこからなら逃げられるよ!」
「でも…!」
「千鶴先輩。どうか彼を行かせてやってください!今の俺じゃ戦えないし、皆もピンチなんです!」
「っ!でも…みんな私たちを除け者にしたのに!その人たちのために戦うって納得出来ない!」
「俺も納得出来ない…けどそれって、千鶴の動画と一緒なんだ。アンチにも歌が届いてしまうのと同じ。人間に救う人間を選ぶ権利はないんだ。守りたくない人たちでも守らないと!」
そして夢人は目の前で変身して見せた。千鶴は膝から崩れるように座り込み、その場で泣いた。
「1回戦うだけだから大丈夫」
「その1回で死んじゃったらどうするの?嫌だよ私…唯一の友だちなのに」
「その時は…ごめん!あの世から応援するよ!」
冗談を言っている場合ではない。セルナは窓を開けて外へ飛び降り、アル達に着地した。
「夢人先輩!?どうして変身してるんですか!」
「えっ!あれって大月君じゃないの!?」
「ハァッ!」
セルナの剣が敵を切り裂く。新たな敵の出現にアル達の群れに動きが生じた。
他の戦士たちは気を取り直し、校舎を守りながら次々と敵を迎え撃った。
「どうして夢人を戦わせたの!?」
「俺も好きで戦わないわけじゃない!」
廊下では戦いをよそに2人の生徒が口論していた。
「けどあの人の戦いを見れば、剣が俺を拒絶する理由も分かるかもしれないんだ」
「自分の問題なんだから自分でなんとかしてよ!」
言い返せない正論をぶつけられ信太郎はだんまりする。そもそも、彼が戦うことになったのは信太郎が原因だ。
しかし始まってしまった物は仕方がない。信太郎は階段を降りて、なるべく近い場所から戦いを伺った。
(俺と彼とで何が違う…アクトソード!)
二度目の戦闘でセルナは無双している。アル達を次々と切り伏せていき、怪人と激突した。
4本の腕を持つ怪人はその数だけの剣を振り回し、駐車していた車を破壊していた。
セルナは背後からの攻撃を狙ったが、1本の剣がそれを防いだ。
「なんでガードされるんだよ!」
怪人は振り返る勢いで回し蹴りを放ち、セルナを壁に叩きつけた。
「いって~…あんなの相手にどうやって勝つんだよ!」
「スペックならこっちの方が上だ!とにかく打て!」
セルナは4人に増えると、四方へ分かれて攻撃した。シャオに言われるまま剣を振ってみたものの、4人の攻撃は全て防がれていた。
そして全員の攻撃が止む一瞬。怪人は軸足だけ立てて回転切りを放ち、四方の敵全てを切り裂いた。
「うわぁっち!」
残った本物の1人が胸部の傷に触れていた。身体を後ろに倒すのが遅ければ、浅い傷では済まなかった。
「気持ちが込もってねえぞ!学校守る気あんのか!」
「くっ!あるわけないでしょそんなの!俺この学校の人たち嫌いだから!」
「えっ」
「いっつも陰でグチグチ言われて!こっちは人に迷惑が掛からないように生きてるのに!それで陰キャ扱いとか納得いかないから!」
「ちょっちょっと愚痴なら後で聞いてやるから!」
イライラしながらも立ち上がると、夢人は再び怪人に向かって走った。
怒りで恐怖を誤魔化しているようだ。
「くっそおおおお!」
だがそんな感情に振り回された戦い方では避けられる攻撃も避けられない。
セルナの刃を止めた怪人は、隙だらけの胴に剣を振り、頑丈な装甲を砕き肌を切り裂いた。
「死ぬのか…俺!」
今度こそ死を覚悟するのは身体の痛みが強まって来たからだ。
「夢人ぉー!」
振り返ると離れた場所で千鶴が手を振っていた。道中アルに襲われたりもしたが、戦士たちが守ってくれた。
「負けないでー!」
「………そうだった!俺!」
セルナはすぐに起き上がると、剣を両手で握り直して怪人を睨んだ。既に夢人の中から恐怖も、それを忘れるための怒りも消えていた。
「学校守る気なんてこれっぽっちもないけど、ここにいる千鶴を守るために!俺は戦う!」
夢人の決意に合わせてシャオがエナジーを送る。全力で戦える今ならばと、セルナのスペックを完全に引き出せるようにした。
敵に異変を感じた怪人は、破壊活動をやめてセルナに剣を向けて防御を構えた。
「ハァッ!」
走る出すセルナ。怪人は敵を見切ったつもりだ。しかしパワーアップしたセルナの剣は、守りの刃を砕いた。
剣を砕いたアクトソードは怪人を切り裂く。一撃で倒せることはなかったが、怯んでいるのを見るとすぐさま次の攻撃に移った。
怪人の肉体に次々と傷が開いていく。血が噴き出したりするような事はなかったが、その代わりのように内部の機械が中から飛び出していた。
機械的な身体を持った怪人は上半身だけをプロペラのように回転させた。残った1本の剣は速さを味方に、これまでにない攻撃力を得た。
「やってやる!」
「頑張ってー!」
しかし夢人の味方は速さなどではない。ただ1人、千鶴を守りたいという勇気なのだ。
セルナはそのまま怪人に走った。回転する刃を一瞬の内に受け止めて叩き割ると、遂に怪人は無防備になった。
「セルナ!スラァァアアアアアアアッッッ!」
振り上げられた剣が怪人を真っ二つに切り裂く。そして爆発。同時に3つ、遠くの方でも爆発が起こった。
怪人の襲撃から学校は守られたが、事態が事態なので授業が切り上げ下校になるのは当然だ。警察なども集まって来て、これから面倒になりそうだ。
そんな時だが、空き教室にはいつもの2人がいた。
「剣を信太郎君に返せて良かったよ…」
戦いの後、アクトソードはそれを観戦していた信太郎の元に飛んで帰っていった。僅かな間ではあったが、どうして夢人を選んだのかは分からない。
「これでまた次からちゃんと歌える」
「夢人、剣を預かってから歌声に余裕がなかったもんね」
千鶴は持って来たチョークで雑に絵を描いては消してという行動を繰り返している。
トン、トン、トン、スーッとリズミカルな音が静かな教室に響いた。
「…ねえ、今日歌い足りないんだけど。カラオケ行こうよ」
「珍しい、いや初めてじゃない?ここ以外で一緒なんて?いいの?面倒事にならないようにここにいる時だけは友達だって決めたのに」
「面倒事に巻き込まれても守ってくれるんでしょ?私のナイトさん」
「っ!もしかして聞いてたの!?」
「あんな大きな声で叫んだらそりゃ聞こえるよ」
赤くなった顔を見られたくないと、夢人は壁の方を向いた。
「で、どうする?カラオケ、行く?」
「…行く」
夢人は千鶴を守るために戦った。誰かを守ろうとして強くなれる。そんな彼をアクトソードは選んだのだろう。
そして信太郎もそのことに気が付いていた。
守りたいと思える何かといつか出会えるだろうか。剣が戻って来た後は、そのことばかり考えていた。