第104話 救済の導き
四月の終わりが近い頃の日曜日。信太郎は人通りのない場所に建つ教会に来ていた。
「こんにちは。昨日電話を入れた大月信太郎です」
「いらっしゃい。聞いたことのある名前だと思っていましたが、テレビに出てたあなたでしたか」
そこは天空と大地から産まれた子たちという宗教団体の教会。
出迎えてくれた優しそうな男性は、この世須賀市教会で最も上の立場というラーニャの役職を持つ谷垣。
信太郎は先日、ネットでこの宗教のことを知って相談の電話をした。心が軽くなった彼はそこを訪ねることにした。
「やっぱり、マズいですか?俺が来たら」
「いえいえ。生物はみな、天と地があるからこそ産まれた言わば家族。家族の集まるこの場に例外はありません」
案内された個室はアロマの良い香りがして、心を安らかにしてくれる。最近、色々あって落ち着けなかった信太郎に安息の一時が訪れた。
「ところで、あなたを導くのは私でもなければ天地の神でもない。プルニストなのです」
「プルニスト?」
「プルスニトとは、修行を積み重ね試練を乗り越え、神に選ばれた方々のことです。人は誰しもプルニストになる素質を備えていますが、社会というシステムがプルスニトへの進化を拒み、その存在を否定しているのです」
神の役目はプルスニトを選ぶことだ。世界は人間同士で支えて創るべきであり、プルスニトは人間の先導者なのである。
「ラーニャ。七川です。入ります」
凛とした美しい女性が入って来た。成人してはいるが、歳は大して離れていないだろう。
(綺麗な人…)
信太郎はその女性の顔から目が離せず、谷垣の話など耳に入っていなかった。
「彼女は七川光璃。信太郎君を導くプルスニトで、次期ラーニャでもあります」
「はじめまして。私は光璃。君は大月信太郎だね。ネットで観たことあるから知ってるよ」
「そうですか…」
ネット。信太郎の印象だが、ネットで見る自分の姿は最悪である。きっと彼女も、自分に良い印象を持ってないと不安になったが…
「街のために頑張って、道を踏み外しても助けてくれる仲間と戻る力がある。君は立派なヒーローだよ」
お世辞には聞こえなかった。久しぶりに褒められた気がして、信太郎は嬉しかった。
「光璃さん。プルスニトとして信太郎君を導き、彼もまた立派なプルスニトの1人になれるように頑張ってください」
「分かりました!それじゃあ信太郎君。お話ししようか」
谷垣が部屋を出てから、信太郎は光璃と話をした。心が落ち着いているからか、初対面の人間を相手に緊張したりはせず、むしろ積極的に話そうとしていた。
「今日はありがとうございました!」
教会を出る頃には夜だった。信太郎はこれまでなくスッキリとした様子で、左手首に巻いたパワーストーンの腕輪が月光を反射していた。
「それじゃあまた金曜日の放課後。待ってるからね」
「はい!学校頑張ります!さようなら!」
信太郎は元気に挨拶すると、走って公園へ戻っていった。
気分良く公園に帰って来た信太郎。だがそこでは仲間たちが険しい表情をして集まっていた。
(え…何かあったか?)
一旦、公園に入る足を止めてスマホを開く。そして調べるのは怪人の情報だ。
「うわっ…出てたのかよ!?」
半日以上、信太郎は教会の中で過ごしていた。その昼頃、怪人が出現。アクトナイト達は出動したが、負けてしまったのだ。
(全然気付かなかった…こりゃ帰らない方が良さそうだな)
「スマホの光で分かるぞ」
「うわああああ!」
剛の声に驚き、その拍子にスマホを持った手を開いてしまった。
「雰囲気が険悪なのは他に原因がある。来い」
「ああ、そうなの…そう」
投げられたスマホを剛はキャッチ。信太郎に返すと、2人で雰囲気が険悪という集団に混ざった。
「…ねえ大月君。なんで戦いに来なかったの?」
「え、出掛けて…ました」
「そうなんだ。忙しそうだね」
明らかに奏芽の機嫌が悪い。周りを見渡すと申し訳なさそうな顔が並んでいる…1人、将矢を除いて。
(何があったんだ?)
しばらく誰も喋らなかったが、このままでは朝になってしまうとシャオが口を開いた。
「とりあえず、2人組のシステム忘れるなよ」
「え、いきなりなんのこと?」
「そうだった。あれ組んだ時、啓太と信太郎はいなかったな。じゃあ余ったお前らでペア結成な」
「あの今どういう状況?」
啓太は信太郎の隣に来ると、小さな声で語り出した。
「あのね…将矢と奏芽が喧嘩しちゃったんだ。なんでも…将矢が美保ちゃんと仲良くしてたのが気に入らなかったらしくてね…それで奏芽がペア組んでる昇士と仲良くしだしたら灯刀さんの機嫌が悪くなって、そしたら今度は陽川さんが悪くなってね…」
「なに?感染すると怒る病でも流行ってんの?」
「そうかもね…美保と仲良くしてた将矢に剛が嫉妬して3人で喧嘩。僕も…千夏と喧嘩しちゃってさ。シャオは戦いに来なかった君に怒ってるよ」
「えぇ!?俺、不可抗力じゃね?」
「………なんかテンションおかしくない?」
「ぁあそう?実はさ~」「解散しませんか!?私たち!」
美保が挙手したのは叫んだ後だった。あの剛に対して睨んで、そしてキレている。
「言葉が足りてないぞ。それだけだと俺たちは個人で活動することになる」
「まあ別にそれでも良いんじゃない?足引っ張られるの嫌だし」
「千夏、それ僕のこと?確かに昼間の事は悪かったと思うよ」
「うるせえええ!今日は解散だ!全員、明日までに反省点見つけて各自発表!」
「どーすんだこれ」
家に帰り始める少年たち。信太郎も「今夜限りは帰って来るな」と、公園を追い出されて寝る場所を探す所だった。
「将矢、あのさ」「あ?」
「いやなんでもない…啓太?」「ごめん。僕も無理」
最後に頼もうと思った昇士はとっくに飛んで帰ってしまった。そして家には帰りたくなかった。
「この石は…俺を強くしてくれる。」
空にパワーストーンを掲げて夜道を歩く。エアボードを使えば早く目的地に行けるが、今はのんびり行きたい気分だった。
(今までこんな余裕はなかった…光璃さん。あの人に相談しただけなのに)
信太郎は強くなった気がしていた。新たなマテリアルや武器でパワーアップした仲間のように、遂に自分も強くなれたと。
皆が喧嘩している今、「怪人は自分が倒すぞ」と決めると変身して深夜の街を駆け巡った。
しかし怪人とは遭遇することなく、朝がやって来るのだった。
(眠っ)
信太郎はなんとか授業を受けようと、ノートにミミズのような文字をながらも頑張っていた。
「頭揺らしすぎだろ…知ってるか、あいつって」
「夜中にバイク乗ってるんでしょ?怖いよね~」
どこからか聴こえてくる噂話。ビクッとなって冷や汗が流れるが、昨日光璃と話したことを思い出した。
「言葉は論破するか無視するか肯定的に捉えるか。聴こえた以上、どれかせずにはいられないから、自分が最も楽なやり方を探してね」
(無視無視…気にしない気にしない)
信太郎は周りの言葉を無視した。それとせっかく目が覚めたので、授業には集中することにした。
「嘘…ウチのマンション、燃えてる!」
昼休み、聞き捨てならない言葉を耳にした。購買に行くため教室を出ようとしていた信太郎は足を止めて、騒ぐ女子生徒たちを見つめた。
「えっここマオのマンションなの?」
「マジじゃんってか炎の上っ!マオの部屋じゃん!」
「どうしよう、カズキ風邪で休んでるのに!」
信太郎は窓から飛び出し、直前に投げていたエアボードに着地した。そして全速力で火災が起きているマンションに向かった。
「行くぞ!」
現場に到着するとすぐに信太郎はアクトベイト。次にマンション内に取り残された大勢の人々を感知。そして、彼らがこれから受けるダメージを全て自分が受けるように神秘の力を操った。
「くっ!…熱い!」
セルナは炎に近いフロアから順に、壁を突き破って突入。残っていた人を一気に抱えて、次々と地上へ移していった。
「うあああああ!」
(左腕が使えなくなった!)
突然、左腕が焼かれた。炎が大きくなっている。きっと近くにいた誰かの腕が炎に飲み込まれたのだろう。
しかし無事だ。こうして信太郎の左腕が使えなくなっているのが何よりの証拠だ。
しかし、使えなくなった左腕。そこには力がある。
「光璃さん…俺に力を!」
パワーストーンに願いを叫ぶと、セルナは再びマンションへ突入した。
消防隊により炎が弱まる。彼らに下の方を任せて、セルナは上層の人々を救出していく。
(呼吸が苦しい…意識が…!)
あと1人。弱々しい命を近くに感じてして膝を付いた。能力を消せばまだ少し動けるが、そうすればそこにいる人は危険に晒される。ここを切り抜けるには1つしかない。
「根性おおおおおおお!」
壁を殴って切って蹴破って。信太郎は布団から動けない少年を見つけた。
彼を背負うと外で待機していたエアボードに乗り、ゆっくり降下した。
「ゲホッ!…もう逃げ遅れた人はいません!これで全員です!」
鎮火は完了していた。信太郎の変身は解けて、喜ぶ間もなく彼は公園へ飛んでいった。
(そう言えば…戦い以外で変身したの初めてだな…)
重症を負った信太郎はシャオから治療を受けた。
「俺が感知した限りじゃっ人間もペットも死亡ゼロゲホッゲホッ!」
「喋るな」
低い声で喋るシャオ。まだ昨日、戦いに行けなかったのを怒っていのだろうか。しかし非は自分にあると、信太郎は沈黙した。
「ほら、治ったぞ」
「助かった!死ぬかと思った~!」
「お前がやったことは間違いなく正しいことだ。褒められるべきことだと思う」
「心配しなくても、前みたい褒められるためだけに動いたわけじゃないから…やらないとって思ってやったことだから」
信太郎は謙遜したが、そうではないとシャオが首を振る。
「…すまん。言い忘れてたんだ。本当に…」
「どうしたんだ?」
次の日。信太郎は裁判に掛けられた。それも史上初、新たに作られた法で、宇宙人として。
「俺は地球人だぞ!」
信太郎は叫んだ。しかし未知の力を持つアクトナイトに変身する彼は地球人とは認められず、裁判でのみ宇宙人として扱われた。
「無茶苦茶じゃないか!どうなってんだよ!」
そうだ。地球の法律は既に無茶苦茶だ。アクトナイトを裁けるように新たな法律が増えていたのだ。
「俺は誰も傷付けてない!火事から人を助けたんだぞ!」
それが良くなかった。アクトナイトに許されているのはメルバド星人や怪人、害悪と指定された宇宙人との戦闘やそれに繋がる活動のみである。救助活動も怪人関連でしか許されていない。
ただの火災に、アクトナイトが介入する権利はないのだ。
刑務所送りは免れた。しかし発生してしまった罰金30万円は、その日の内に那岐に頭を下げて払ってもらうことになった。
大金持ちの友人がいて良かったと心の底から思う信太郎であった。
「皆ごめん。俺が迂闊に動いたせいでまた叩かれた」
信太郎はペコペコと頭を下げて謝罪を続けていた。
「とりあえず謝罪動画撮るから、並んで並んで」
「え、そんな雑でいいの?」
「どーせ皆、誠意じゃなくて謝る姿を観に来るだけなんで」
美保によって信太郎の謝罪動画が投稿された。しかしその日の夜に、千夏と美保がゲーム配信をしたことで信太郎の一件はすぐに忘れ去られてしまう。意味はあったのだろうか。
水曜日は校長をはじめとした教員たちに注意を受けて、木曜日は普通に過ごした。
(分かってはいたけど…)
もちろん情報は操作されている。信太郎が火災から人々を助けたことは世間には公表されず、ただ違法をして裁判が行われたという悪い事実だけが出回った。
「何やったんだろうね」
「怖いよね…グループ組む人可哀想」
アクトナイトの味方は、イメージアップ活動を応援してくれる物好きな連中だけだ。だが彼らにとっても信太郎は足を引っ張る存在でしかないと、応援する声は一切ない。
(もう何もかも全部、怪人が原因だったりしないかな…そいつ倒したら全て解決とかって…ないな)
酷な現実である。
そして金曜日。信太郎は教会へ。
「こんにちは信太郎君。一週間お疲れ様」
「光璃さん、こんにちは」
今日は軽く修行を行う。建物を移動してる間にも、光璃との会話は続いた。
「どうしてYouTube出ないの?他の子とかゲーム配信してるのに…そうだ剛君だっけ?彼のメントスコーラ、リアクション酷かったよねー!ただ眺めてるだけなの!」
「ははは…」
「観たいな~信太郎君が楽しそうにゲームやってる所」
「俺はやりませんよ。苦手なので」
信太郎は道義に着替えると、半球の中のような形をした蒸し暑い瞑想室に入り、修行を始めた。
瞼を下ろして心の中を空にするように。その場から身体はエーテル体となり、天と地へ還るのをイメージして。
流れる汗や涙、鼻水や涎も、糞尿と変わらない。身体から必要ないから体外へ出るのだ。それ以外に何の意味も持たない。
(………じゃあ、俺が戦いで流す血にも大した意味はないのかな………全部無駄で、最初から必要とされてなかったんじゃ………)
「信太郎君、大丈夫?」
目を開くと顔が近くに来ていた。思わず身体が後ろに反れるが、手を付いて座った姿勢を保つ。
「ど、どうかしましたか?」
「こっちが聞きたいよ。信太郎君どうして泣いてるの?」
「え?…本当だ」
「いきなり修行だなんて嫌だったよね。やめにしよう」
「いえ、続けましょう。せっかく来たんだから!」
「…うん」
それからは何のトラブルもなく修行に励むことが出来た。しかし、どうして泣いてしまったのか。信太郎は理由が分からなかった。
その日の夜。信太郎が公園に帰ると奏芽と那岐がいた。あまり交流しているところを見ない2人だ。
「大月君、また怪人出たのに来なかったね」
「ごごごごめんなさいっ!」
「まあいいけど。倒せたから」
この2人は先程怪人を倒したので、それの報告に来たそうだ。妙な組み合わせなのは、ただの偶然だ。
「私たちが戦い始めてそろそろ1年経つよね」
「そうかな…そうだな。それで?」
「皆で集まってさ、パーってやらないかって将矢が」
「え、仲直りしたの?」
「一応…それで今度の土日とかにでもどうかなって」
「いいね。決まったら教えてよ」
信太郎を見ていた二人は驚いていた。
「え、意外。断られるかと思ってた」
「どういう意味だよ」
「やっぱりあんた変わったわね。なにかあったの?」
「修行のおかげかな。いいプルニスト…師匠がいるんだ」
誇らしげに語った信太郎は、シャワーを浴びに宇宙船の階段を降りていった。
信太郎は毎週金曜日に欠かさず教会へ通い、光璃との修行を頑張った。
おかげで、最近は毎日が気楽だ。周りの視線も気にならず、学校へ通うのも苦ではなくなった。
怪人を相手に冷静でいられるようにもなった。サポートに特化した能力だからこそ、人命を優先して敵は仲間に任せる。ダメージを代わりに受けるという点ではいつも身体がボロボロになるが、その度に付く傷だって人を守った証だと前向きに捉えられるようになった。
入信して1ヶ月ほど経った。宇宙船に設けられた信太郎の部屋には、様々なグッズで溢れていた。
「いい加減に部屋片付けろ。その割れた壺とか踏んだら危ねえだろ」
「何言ってるんだよ!まだ割って1日目なのに、中に詰まってたピースエナジウムが付着してるかもなのに、捨てたら勿体ないよ!」
「え、エナジウム?なんだそりゃ?」
最近の信太郎は好調だ。部屋の状態以外に文句を言える所はない。
しかしそんな彼の姿は、以前よりも痩せ細っていて、目に感情が宿っていなかった。
「そろそろ修行に行かないと…」
「またあの変な宗教か?将矢たちが言ってるだろ。お前が買った物全部、何の効力もないって。騙されてんだよお前!」
「そんなわけない!現に俺は強くなったじゃないか!」
「ただ調子が良くなってるだけだ」
これ以上は話しても無駄だと、話を切り上げて教会へ。
教会は前よりも人が増えている気がした。
自分たちが地球という星に住む家族の一員だと自覚した人が増えたのは良い傾向だ。
信太郎は修行に使う重りの付いた服に着替えて、光璃の待つ部屋へ。
(今日は何やるんだろうな~)
「もう人を騙すようなことしたくありません!」
部屋の近くまで来て大きな声が聞こえた。それも光璃の怒りが混じった叫び声だった。
信太郎はセルナの力で部屋の中を透視。彼女と谷垣の姿を確認した。
「彼は騙されてなどいない。君というプルニストに憧れを抱き、我々のために捧げようとする立派な少年だ。そんな彼を立派に育てたのは君ではないか。なにが気に入らない」
「このクソカルトそのものが!私は嫌いだ!」
「御両親は命すら捧げたというのに、君はなぜそんな風になってしまったのだ。次期ラーニャの君がこれではこの教会はなくなってしまうぞ」
「ふざけるな!なにがラ-ニャだ。ただ騙した人から搾取して甘い汁を啜るだけ。詐欺の王様だろ!」
「いくら貴様でもそれ以上侮辱することは許さんぞ!」
谷垣がナイフを握った。殺意に満ちた目で光璃を睨んでおり、信太郎は消火器を取ると部屋に突入した。
「光璃さん!こっちに!」
そして消火剤を谷垣に向けて発射し、光璃を救出した。
(変身すれば彼女を連れてすぐに逃げれるけど…いやダメだ。皆に迷惑が掛かる。彼女を安全な場所に連れて行って…)
「信太郎君!私っ君を騙してた!今までの修行全部何の意味もなかったんだ!」
「そんなっそんなことよりも今は逃げないと!」
教会の外へ出ようとしたが外へ通じる扉や窓のシャッターが降りていた。
「どうしよう…」
「人が来てる。隠れるよ」
薄暗い部屋の中に身を隠す。近付いてきた足音は止まることなく遠く離れていき、一安心だ。
「ごめん信太郎君。最近知ったんだ。君が色んな人たちから変な物を買わされてたって」
「でも、効果ありましたよ」
「ないよ…あるわけないよだって、所詮壺は壺。君に渡したパワーストーンも、谷垣が適当に用意した物なんだから」
「そんな…じゃあ今までは俺は一体何だったんですか?」
そんな話は後ですればいい。光璃が先導して、どこか出られる場所はないかと教会の中を探索した。
さっきまで修行をしていた他の信者たちも、谷垣が命令したのか光璃たちを探していた。
「私はここで行われていた全ての不正を世間に公表するつもり。証拠はこの鞄の中に入ってる」
「あの、光璃さんの両親って…」
「私を産んだ時に儀式っていう理由で殺された。凄い宗教にのめり込んでたみたいでね、私がラーニャに選ばれたのも二人の娘だからって理由なんだ」
宗教二世という単語が思い浮かんだ。
両親が神のために産んだとされる光璃は、ラーニャになるように育てられた。だが少し前に自分たちのやっている不正を自覚すると、宗教の壊滅を企てたのである。
「こうなったら俺が変身して…」
「ダメ!また裁判にかけられちゃうよ!」
「やっと見つけましたよ」
谷垣が現れた。それもパワードスーツのような物を装着しており、周りにいた信者たちも武装していた。
「信太郎君。君は光璃に騙されている。私が貴方に与えた有償の宝具の力は本物です。だから貴方は幸せに近付き、日々が充実してるのです」
「え…でも」
「信太郎君!そういう手口なんだ!最近色々と上手くいったのは道具の力なんかじゃない!君が変えようと動いたからだ!」
「そう。君を変えようとした光璃は悪魔に取り憑かれてしまい、君を堕落させようとしている。さあ、こっちに来るのです。君はまだ助かります!救われるのです!」
パン!パン!パン!
3回、大きな音がした。信者の1人がピストルを発砲。銃口が向いた先には光璃が立っていた。
「くたばれ!悪魔め!」
「お見事です。分かりましたか信太郎君。悪魔の存在はここまで人を狂わせるのです。先程の無礼も見逃してあげましょう。さあ、こちらに」
「信太郎君…これ」
銃が向けられ、大勢の人から睨まれる信太郎。その隣では倒れた光璃は鞄を渡そうとしていた。
「そんな…そんな気軽に撃てるのかよ!同じ家族じゃないのかよ!そういうやつらが集まる場所なんだろ!ここは!」
「そいつは家族じゃない!」
「自分たちに都合が悪くなったから撃ったのか!次期ラーニャのこの人を!」
信太郎は壁を蹴り破り、光璃を抱いて教会から出た。病院で治療を受けるよりも、シャオに治してもらった方が早い。
そう思った矢先、背後で邪悪なエナジーが動き出すのを感じた。
「怪人…!教会の中から!?」
「…未完成品のはず…」
光璃をその場に降ろすと、信太郎は教会に意識を集中させた。セルナの力で、中のことは大体把握出来る。
「谷垣さんが…怪人に指示をしてる………信者の人たちが食べられてる!?」
「この教会の地下で…怪人が造られていた」
傷を押さえながら、光璃は語り出した。
「ここだけじゃない…天空と大地の各教会では、怪人の製造が行われていた。軍事利用を企む政治家たちの指示で…いや、そもそもそれ以前から…ずっと…」
「喋らないで。早く倒してすぐに連れていきます!」
ギィイイイ…
ドアが不気味な音を立てて開き、怪人と谷垣が現れた。
「君がアクトナイツの中で最も弱い少年で良かった。君だけなら私の造った怪人ギルゼスで倒せる。仲間に気付かれないように用意したジャミングもバッチリだ」
「教えてくださいラーニャ。この宗教は何のために存在するのか…」
「愛すべき家族のため。家族のために我々は君たちから搾取していた。今までありがとう。本当に感謝している」
「俺たちは家族じゃなかったんですか!?」
「家畜…かな」
迷う理由はない。アクトナイトセルナは加速して距離を詰めて、怪人の背後に回った。
「ギルゼスは強いぞ」
谷垣の言う通り、ギルゼスは後ろも見ずに刃を受け止め、信太郎を投げた。
ギルゼスの大きなレンズから光線が発射。空中にいた信太郎は左腕を犠牲に防御した。
「あっつ!」
それでも剣を何度も振る。三日月の形をした光の刃がそれぞれ曲線の軌道で放たれた。
全ての攻撃を防御することは出来ず、ギルゼスの片足が切れた。
着地したセルナは背後で弱っているエナジーに急かされる。決着を急ごうと再び接近した。
連続発射されるビームをすらりと避け続けて目の前まで来た。セルナは剣を構え、切ると見せかけて足払いをした。
片足のギルゼスはガタンと倒れ、剣を刺そうとすると谷垣が腕を掴んだ。
「なんてパワーだ!」
「私のこのスーツはギルゼスのコントローラーであると同時に、こいつとパワーを共有出来る戦闘服でもあるのだよ」
セルナは殴り飛ばされた。谷垣はギルゼスを起こし、まさかの2対1という状況に。
「あーあー…信太郎君。君は周りのことを考えた方がいいみたいだ」
「え…光璃さん!」
光璃の下半身がビームを受けて消滅していた。生きているのが不思議だったが、胸に抱いて離そうとしないその鞄を見れば分かる。
命よりも大切なこと。この宗教の不正を暴くという意志が彼女を生かしている。
「貴様あああああ!」
「自分のミスを他人のせいにしてはいけないよ」
そして遂に信太郎は人間を。この星で産まれ育った地球人を殺した。
これ以上喋るのは許さないと、谷垣の口から剣が刺さっていた。そして停止したギゼルスは何度も叩いて破壊した。
「光璃さん!」
「信太郎君…これ…」
光璃は信太郎に鞄を押し付けた。
「待って!シャオの所まで連れてくから!死なないで!」
「それ…届けてね。信じてる」
「おい!ねえ!」
信太郎は警察に、宗教の不正と共に光璃の遺体を届けた。
天空と大地から産まれた子たちはそれから壊滅させられた。信太郎が一時期信者になったことも騒がれはしたが、それよりもその宗教と日本の政治家がグルになって怪人を造っていたことの方が大きな話題になった。
谷垣を殺したことは見逃された。理由は分からないが、何か上の力が働いたに違いない。
「光璃さん…」
落ち着きを取り戻し、宗教に入る前の状態に戻った信太郎は光璃の墓参りに来ていた。
「あなたのおかげで…俺の人生は充実し始めてたのに…騙してたって知ったのはショックだった。けどあなたの励ましの言葉には嘘はなかった…それだけは信じさせてください!俺を調子に乗らせる嘘だったとしても!」
静かな墓場に声が響く。信太郎は泣いていた。
「イズム君…愛澤さん…光璃さん…俺はあと何回ミスをするんだ。今度は誰と仲良くなってその人を殺すんだ!どうして皆いなくなる!…いや、分かってるんだ。怪人に襲われて、俺よりも沢山大切な人を亡くした人たちがいるのは…分かってるけど…!」
「見つけたよ。信太郎君」
「デス…ターム」
地球外相大臣デスターム。人間に擬態しているがその正体は宇宙人であり、剛が所属している組織のリーダーでもある。
そんな彼がここに現れたのには理由があった。
「まずは怪人の製造計画を阻止してくれてありがとう。まさか地球人があんなことを企んでいるとは思わなかった」
「礼のつもりか?俺を人殺しの罪から庇ったのは」
「利用価値があるから残したまでだよ。それで今回はこの手紙を渡しに来た」
「これは…」
「証拠の鞄の中に入っていた物だ。七川光璃。そう呼ばれていた女性から君宛にだ」
確かに封筒を渡したことを確認すると、デスタームはすぐに去っていった。ワープではなく、大臣らしくリムジンに乗ってだ。
「光璃さん…遺書なんて用意して…」
これは万が一のために書いておいた遺書です。信太郎君。私が生きていたら読まずに破り捨ててください。
もし死んでしまっていたら、まずはありがとうから。私が不正を暴こうと動けたのは君のおかげだよ。君の戦う姿が勇気をくれた。君は私のヒーローなんだ。
君と教会で会った時には内心驚いてました。怪人と戦える程強い子どもが新興宗教に来るなんて、遂に終わりかなとも思った。けど話してみたら少し気の弱い学生で安心した。私なりに君のためになる修行をしてみたけどどうだったかな。動物園とか水族館で生き物の観察って言ったけどあれ嘘。本当は君が少しでも気楽になれれば良いと思ってやったんだ。
高い値段で売り付けた道具や三食雑草生活とかの修行はごめんなさい。あれは嘘。多分気付いてただろうけど。
でも、私から君へ送った言葉は本当のことばかりです。君は立派に戦ってます。自分に酔わない程度に誇ってください。友達を信じて頼ってください。カルトを信仰したことは反省してください。
信太郎の信は信じるの信。信太郎のこれからのこと全てを信じています。
ここまで、私が生きているのにもし読んでしまった場合。怒ります。真剣に書いた物だから。
「立ち直ったばっかなんだよ!周りの言葉も気にならなくなってきて、やりがい感じるようになったのに!あなたがいなくなった今、何を信じればいいんですか!」
封筒にはまだ何かが入っていた。それはアルファベットビーズを使った腕輪だった。
「BELIEVE…」
信太郎はパワーストーンの腕輪を失った左手首にそれを巻いた。
修行の際によくそこを触られていた記憶があったが、こういうことなのかと今理解した。
彼の手首にサイズが合っているのだ。
「信じろって…何を?」
また信太郎は大切な物を失った。そしてまた1つ、失った者の遺した物が増えるのだった。