魔人・ハイド
「……ねえ、もうスルーア倒したんだし、早く戻ろうよ。ばあちゃ……マスターが心配してるかもしれないし、変な魔物が寄ってきても困るし」
ジークの本心はおそらく後半部分だ。魔物への恐怖を思い出しいたのだろう。
さっきまでハイドと言い合っていたのが嘘のようにヘタレ青年に逆戻りしている。
「そうだね。じゃあまずは魔核回収に行かないと」
魔核とはその名の通り魔物の核となる、魔力のこもった宝石のように輝く石の事だ。魔物の生命の源で、人間の心臓にあたるものだと言っても過言ではない。
そして。大半の討伐クエストの達成認定条件は、その魔物の魔力の消失と魔核の提示なので必ず回収しなければならない戦利品だ。
「えぇ⁉ この森の中を探すの⁉ 倒したんだからもうよくない?」
「いいわけないでしょ。魔核が無いと報酬貰えないし、ギルドの名誉も挽回できないじゃない」
「名誉挽回?」
このクエストの達成はシアが考える落ちぶれたギルドの立て直し計画の第一歩なのだ。次の策も用意してあるとはいえ、そう簡単に失敗するわけにはいかない。
「そう。ほら、オルギス地区にあるギルド……何て名前だっけ」
「ゴールドホーンだよ」
「ゴールドホーンをあの街の唯一のギルドとしてのさばらせるのは絶対によくない。ジークはそう思わない?」
「思うけど……」
「でしょ? だからね、私ゴールドホーンよりも今ジークがいるギルド……えーっと、何て名前だっけ?」
ジークはズコッと前に倒れそうになった。
「ラビリスだよ! しっかりしてよ、もう!」
「ごめんごめん。普段ギルドに長居することないからギルドの名前を覚える習慣が無くて」
シアはわざとおどけてみせた。
行く先々でシアの実力を知ったギルドのマスターたちから熱烈な勧誘を受け回数は数知れず。その都市や街で名の知られたギルドとして有名なところも多かったけど、今ではどこの名前も憶えていない。
再び訪れる予定がなかったので覚えておく気はなかった。
「それでね、私はラビリスをゴールドホーンに替わる大きなギルドに作り変えようと思うの。そしたら、みんな正当な報酬を貰えてモチベーションも上がるし、今放置されてる問題もクエストとして挙がってくると思うんだ。多分だけど、あのギルドのせいで依頼されずにそのままになってる案件が結構あると思うんだよね」
「それって、キャロンジアのギルドの信用問題にかかわるんじゃあ……」
「まあね。けど、あんな感じのギルドだし、その辺の都合の悪い事は握り潰してるんじゃないかな。あのギルドの場所を教えてくれた人の話しぶりでは、ゴールドホーンの内情は一般の人には知られていない感じだったし。ギルド連盟にもうまい事手を回してそう」
各ギルドはギルド連盟に加盟している。それぞれのギルドが問題を起せば連盟が動いて問題を解決するはずだ。
今思えばキャロンジアのギルドが次々と機能を止めているにもかかわらず、監査官が来た様子がないのもおかしい。
この問題の根は深そうだ。
「シアちゃんってすごいよね。ギルドについて詳しいし。なんでそんなに詳しいの?」
「いろんなところ渡り歩いていろんな話聞いてきたからじゃない? むしろ、私はこの現状に何の疑問もなく、ラビリスでのほほんとしてるジークの方がすごいと思うけど」
「ほんと? えへへぇ」
ジークの照れた顔。
褒めてないから。という言葉は飲み込んだ。
「じゃあハイド、悪いんだけど私達2人を抱えて崖下に降りてもらっても……って、あれ? ハイド?」
大人しいと思えばいつの間にかハイドはスルーアの巣の方で何かごそごそしていた。
シアはハイドのところへ歩み寄った。
「何してるの?」
足元には1mほどの大きな卵が5つ転がっていた。
「卵、持って帰ろうかと。そしたら孵化しそうな卵あったから、孵化するの待ってた」
「え? 雛連れて帰るの?」
「そう。育てて駒にする。シア守るとき、盾くらいにはなる」
そんな言い方はしているけど、シアはハイドがただ孵化してくる雛を見捨てられないだけなんじゃないかと思った。
この数年一緒にいてわかったことがある。
ハイドは幼い生き物には優しいということ。
ただ、スルーアの雛を保護してその子が成鳥になった時、ハイドがどういう扱いをするかはシアにもわからない。
側で2人の話を聞いていたジークがギョッとした顔をした。
「も、持って帰る⁉ そんなことしたら孵化したスルーアが街を襲っちゃうよ!」
「大丈夫。しまっておくから」
「しまうってどうやって」
ハイドはなぜ伝わらないのか不思議なようで、首を傾げた。
おそらくハイドに説明を任せても埒が明かない。
「ハイドの能力はね、魔物の統率と支配。そして従える魔物を異空間に収納しておくことで好きなタイミングで魔物の軍隊を出せるの。ちなみに私も戦利品を持ち運ぶのに使わせてもらってるんだ」
ハイド自身の戦闘能力もそこそこ高いが、彼の一番怖い能力がこれだ。
既に低位魔人級の強さの魔物を何体かストックしていて、おそらく今の統制の取れていない状態のキャロンジアなら1晩もあれば制圧できてしまうだろう。
けれどそんなハイドも魔人の中では弱い方に分類される。
「ハ、ハイドさんってそんなに恐ろしい力持ってたの……? も、もしかしてシアちゃんも?」
今のジークの震え方は昨日今日で1番の震えだ。
「いやぁ、さすがにそこまではできないかな。私が使えるのは飛行と異空間収納だけ。それもハイドが私の中にいる時しか使えないけど」
突然ジークの震えは止まり、スンとした顔になった。
「……シアちゃんが化け物だってことはわかったよ」
「化け物って、女の子に対してその言い草はひどくない?」
「じゃあシアちゃんは、自分が使う力は人間離れしてないって思ってる?」
「ううん。思ってない。魔法の範疇すら超えてるよね!」
シアは自信満々に答えた。
「自覚あるんじゃん……」
ジークに変なものを見るような目で見られた。
ジークだけにはそんな目をされる筋合いはないのだが。
「まぁいいけど。それで、ハイド。その卵収納しないの?」
「今入れたら、面倒なことになる。異空間の中で孵化して他の魔物、親だと思う。それ、ダメ」
「じゃあ、孵化するまでじっと待つの?」
「大丈夫。すぐ、孵る」
「え?」
何故そう言い切れたのかはわからないけれど、ハイドの言う通りすぐに3つほど卵の殻が割れ始めた。
「あ、ほんとだ」
「ほらね」
シアは興味津々でスルーアの卵が孵化する様子を眺めた。
卵の殻は順調に破られ、ほんの数分で2つの卵の中から可愛らしいスルーアの雛が出てきた。
「ピィィ!」
出てきた雛は目が合ったハイドを親だと思ったのか、一生懸命ハイドに向かって泣き続けている。
「あ…エサ、ない」
すぐにエサをやるべきなのかもしれないけれど、ここは山岳の頂上。周囲には食べさせられそうな生き物はいない。
「取ってくる」
「ちょっとハイド⁉」
ハイドは翼を広げ山岳の麓へと飛んで降りて行った。
「置いてかないでよぉ……」
こうなるとハイドが戻てくるまでここで待機だ。
親のスルーアが落ちた場所も人が立ち入らないような場所ではあるけれど、魔核を別の冒険者に取られないか少し不安だった。
「ピィィィィ!」
「う、うわぁぁぁぁぁ‼」
ジークの叫び声が聞こえたため振り返ると、ジークが1匹のスルーアの雛から追いかけ回されていた。
先ほどハイドに懐いた雛たちは巣で大人しくハイドの帰りを待っている。
どうやら新しく孵った雛のようだ。
「ジーク、何やらかしたの?」
「何にもしてないよぉ! 卵の割れた部分見てたらいきなり目が出て来て! 急いで離れたんだけど、出てきた途端追いかけて来たぁぁ!」
それはつまり、そういう事だろう。
「親として認識されたんじゃない? よかったね。子供ができて」
「よくないよぉぉぉぉ‼ 助けてぇぇぇぇ‼」
助けを求めるジークは追いかけられ続けた末、足がもつれてひっくり返りスルーアの雛に下敷きになったのだった。
シアはご愁傷様と思いながらジークに憐みの目を送っておいた。
お読みいただきありがとうございます。
設定で変更した部分があるのでお知らせします。シアの年齢を20歳としていましたが、少女設定なので16歳に変更いたしました。
次回更新は出来上がり次第。
でわ、また次回!