シアの秘密
2人は2時間以上かけ、険しい崖を登り切った。
シアは息切れをおこしながらも両足で立てているのに対し、ジークは着いて早々うつ伏せで地面に倒れ込んだ。
「も、う、ムリ……」
「お疲れ様。スルーアの巣はあるから住みついてるのはここで間違いないね。戻ってくるまで私も休憩しよっ」
シアは躊躇することなく地面に寝転んだ。
バクバクと音を立てていた心臓の鼓動が次第に治まってく。たかだか崖を登るのにこんなに体力を使ったのはいつ以来だろう。
「ねぇ、シアちゃん」
「何?」
「シアちゃんって何者なの?」
シアは起き上がってジークを見た。
「今さらそれ聞く?」
「そりゃ聞くでしょ。最初はレベル高くてすごいなぁ、強いんだなぁくらいにしか思ってなかったけどさ、さっき崖なんかすぐ登れるみたいなこと言ってたでしょ? それにギルドにいた時も変わった能力持ってるって言ってたし、それが関係してるのかなって」
驚いた。
何も考えていなさそうなのに、ほんの些細な言葉からシアのことについて分析しようとしていたとは。
もしかしたら怖がりだからこそ無意識に相手の事を知ろうとしている可能性もある。全く使えない人材というわけではなさそうだ。
ただ、彼を彼らしく導いてくれる先導者に出会えなかった。そんなところだろう。
「覚えはいいんだ。ってかあの時起きてたんだね」
「地味にバカにしてない? それより、誤魔化そうとしないでよ」
「バレちゃった?」
「で、どうなの?」
上空で鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「まぁ、どうせ戦ってたらバレるし、さっき見せてもよかったんだけどね」
「どういう事?」
「今からの戦いを見てたらわかるよ。できれば言いふらさないでもらえると助かる」
「?」
シアは上を向き2本の剣を構えた。
ジークも釣られて上を向く。そこには怪鳥・スルーアの姿があった。
「で、でたぁぁぁぁぁ‼」
「ジークはどっか隠れて。一番安全なのは……スルーアの巣の中に潜りこんでて」
「わ、わかった」
ジークは転びそうになりながらスルーアの巣へと全速力で逃げて行った。
シアはもう一度上を向く。
先ほどよりも低空を飛んでいるスルーアの姿を見て、シアは自分の考えが甘かったことを後悔することになった。
「うわぁ……思ったよりかなりおっきいねぇ……いや、ちょっとこのサイズを1人では無理かな……スルーアってだけで完全になめてかかってました、はい」
いつものように、シアの誰かと話しているような独り言が始まった。
「……じゃあ、危なくなったらお願い。バラさずにすむならハイドのことは隠し通したいし……うん。じゃあ、行く!」
シアは全力で空へと飛びあがった。
普通の人間の能力ならば飛び回る怪鳥と殺り合うすべはない。
弓兵や魔法を使える者を何人も集めて地に落とすのがオーソドックスなやり方だ。
怪鳥の方もそれをわかっているのだろう。
飛び上がれば後は落ちるしかない人間を相手に、余裕の様子で空を漂っている。おそらく重力に負け、地面に落ち切った時を狙おうとしている。
「甘いね!」
シアはその油断を見越していた。
なんといっても、つい最近この個体よりは小さいものの、1人でスルーアを仕留めたのだ。
スルーアはシアの軌道上から逃れたが、それに合わせるようにシアの軌道も変わった。
再び照準は合わさった。
スルーアが動けばそれに合わせシアの軌道もまた変わる。
「まずは一太刀!」
しかしうまくかわされ、シアの剣は届かなかった。
そのまま落下するかと思われたが、シアは変わらず宙に立っている。
いつの間にか背中には大きな悪魔のような翼が生え、顔には痣のような模様が浮き出ていた。
「ちぇっ。次!」
シアが隠そうとしていた秘密の一つがこれだ。
訳があって手に入れてしまった能力。人外の能力だ。たった5年でレベルが跳ね上がってしまったのもこの力のせいだ。
シアは空中でスルーアと激しい攻防戦を繰り広げる。
しかしながら、やはり空での戦いは怪鳥に分があった。
思った以上の戦闘の長さに、もともと空を飛ぶ生き物ではないシアの疲労は大きい。
「うぐっ!」
だんだんと動きが鈍くなり、ダメージの蓄積も大きくなっていく。
服は所々破れ、白い肌から血が滴っている。
「ギュワァァァ」
「⁉ しまっ……」
スルーアの鋭い爪がシアの翼を引き裂き、シアは呆気なく山岳へ向かって落ちていく。
このまま落下すれば、間違いなく死ぬ。
シアは悔しさに唇を噛み、大声で叫んだ。
「ハイドォォォォ‼ お願いぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」
(わかった)
どこからともなく男の声が聞こえてくると、シアの首の付け根辺りに小さな膨らみができた。
その膨らみは急速に巨大化し、人間のような姿のモノが現れた。
人間のようだけれど、人間ではない。
肌は血色の悪い色をしていて、頭には羊のような形の黒い角。そして風になびく薄い水色の髪。背中にはシアと同じく黒い翼に顔にはシアと全く同じ模様。
その姿はまるで魔人。まるででは無くどこからどう見ても魔人そのものだ。
その魔人はシアを受け止めるとスルーアを睨みつけた。
「俺の物。傷つけた」
魔人の鋭い視線にスルーアはたじろぎ、慌てて逃げようと背を向けて羽ばたいた。
「無駄。消えろ」
魔人が手を向けると、細い光がスルーアに向かって放たれた。
光がスルーアを貫く。
貫かれたスルーアの翼は動くことを止め、真っ逆さまに山の麓の森の中へ落ちていった。
「任務完了。シアを翻弄できたのは、シアが飛ぶことに慣れてなかったから。それだけ。ねぇ、シア。シア」
魔人の腕の中で気を失っていたシアは目を覚ました。
「ん……ハイド?」
「終わった。落ちるの怖かった? 気絶、大丈夫?」
「うん、平気……ごめんね。結局頼っちゃった」
「別にいい。シアが無事ならそれで。傷だらけなのは否めないけど……」
ハイドという魔人は不服そうにシアの事を見つめた。
ハイドは山岳に降り立つと、そっとシアを下ろした。
「で、あれ、どうする? 始末?」
指さす方にいたのはスルーアの巣に隠れて様子を窺っていたジークだった。ジークは慌てて顔をひっこめた。
「始末はしないでほしいかな」
「わかった。シアがそう言うなら」
「ジーク! こっちに来て」
来てと言われてくるとは思えないけれど、一応呼んでみた。
すると意外なことにジークは大人しくシアたちの方にやって来た。
「シアちゃん……これ、魔人だよね」
「これ?」
「ヒィッ‼」
ジークはハイドの威圧に恐れをなし、シアの後ろに隠れた。
「お前、シアに触るな。シアは俺の物」
そう言ったハイドはジークの首根っこ掴んでシアからはがしとった。
ヘタレのジークはわぁわぁと喚き始めた。
もうこれは直そうと思って直せるような性格じゃないような気がする。
「ぼ、僕を食べても美味しくないですよぉぉぉ!」
「失礼な。俺は人間、食べない。人間はまずいことわかった。人間が食べてるものの方が美味しい。それにシアとも約束した」
ジークは涙目でシアの事を見た
「ほ、ほんとに? 本当に僕食べられない?」
「少なくとも4年、人の肉は食べてないかな」
ハイドはジークを地面に下ろした。
さっきシアの陰に隠れたことで怖い思いをしたジークは、体を小さくしてハイドの前に立っていた。
案外進歩しているのかもしれない。
「じゃあ改めまして、彼はハイド。見た目通り魔人です。以上!」
「……だけ?」
「以上です」
ハイドはぺこりと頭を下げた。
ジークも釣られてどうもと頭を下げた。そしてハッとした。
「いやいやいや! 待ってよ! なんで一緒にいるのかとかその辺の説明省かないでよ!」
「説明ねぇ……話せば長くなるけど、まぁ簡単に言うと、昔あるパーティに入ってハイドを倒しに行ったわけ。レベル45の頃だったかなぁ。あの頃は若かった。今考えたら絶対にありえないってわかるんだけど、このパーティなら勝てるって思い込んでだ。そしたら見事に返り討ちにあって、みんな死んじゃった、みたいな感じだったよ」
「死ッ⁉ 軽く言ってるけど、それ結構シリアスな話だよね⁉ それより、シアちゃんは大丈夫だったの⁉」
「私? 私も死にかけたよ。ねぇ、ハイド」
ハイドはコクリと頷いた。
「死ぬ一歩手前。お腹に風穴空けた。生きてたの不思議だった」
「待って待って! そんな状況があったっていうのに今のこの関係どう考えてもおかしいでしょう! ハイドさんはなんでシアちゃん助けてんの⁉」
ハイドはうなりながら考え、1つの答えに辿り着いた。
「……気に入ったから?」
「なんで疑問形⁉ そもそも死にかけの人間のどこに気に入る要素があるんだよ!」
「うーん……わからない」
「なんなんだよ、この人達はぁぁぁ‼」
頭を抱え、空に向かって大声で叫んでいた。
こんなリアクションをする人を、シアは初めて見た。さらに言うとビクついているかと思えば、突然コントをし始める、珍妙な性格。
「ジークって面白い性格してるね」
「面白い性格してるのはシアちゃんだよ……もう意味わかんない」
ジークは肩を落とした。
「まぁとりあえず、ハイドは他の魔人みたいに襲ってくることはないから大丈夫」
「ほんとに?」
ジークはハイドの事を胡散臭そうに見つめた。
これまで絶対悪だと思っていた相手を突然「味方です」みたいな紹介されたのだ。すんなり受け入れられるとは思えない。
シアも今では良い相棒だと思って気にしていないけれど、当初はハイドの事をここまで信用していなかった。どころか自分の中に住み着くハイドが怖くて仕方なかった。
「うん、シアをいじめなければ」
ハイドは怒らせない限りは基本的にこんなのほほんとした性格だ。ジークもいずれはハイドと仲良くできるだろう。
ジークはハイドの事をしばらく見つめた後溜め息をついた。
「……わかったよ。シアちゃんがそう言うなら、信じてもいいよ。でもこいつの事を信用するわけじゃないからね! ただ、シアちゃんが食べないっていうから信じてあげてるだけだからね!」
「それでいい。オマエ、いいやつだな」
「ま、魔人にそんなこと言われても全然嬉しくなんかないし!」
ギャンギャンとハイドに吠え続けるジークに、それを全く気にせずマイペースに返すハイド。
案外この2人は仲良くなれているのではとシアは密かに思った。
お読みいただきありがとうございます。
ストックが切れました。なので次回いつ更新になるかは不明です。スムーズに進めば早いかもしれません。
でわ、また次回!