弱虫な同行者
シアとジークは山岳の頂上を目指し、かなり険しい崖を登っていた。
足を滑らせたら大怪我をしてしまうだろう。下手したら命を失う。というより常人なら確実に死ぬ。
「なななななんで僕までぇ! このクエストやるって言いだしたのシアちゃんなのにぃぃ‼」
「仕方ないでしょ。マスターさんにジークの根性叩き直してくれって頼まれたんだから!」
かれこれ何回似たようなやり取りをしただろう。その度に逃げ出そうとするジークをとっ捕まえて、引きずって。
今はジークが物理上シアの上にいるため逃げられる心配はない。
下にいたところで、能力を使えば逃げ出そうと画策したジークを一瞬で捕まえられる自信はある。
そもそもこの崖の半ばで逃げ出そうとする勇気がジークにあるかどうかが謎だが。
「私だってこんな崖、アンタがいなかったらものの1分で登れるんだからね」
「じゃあ登ればいいじゃん! できるもんならね‼」
そんなことをしてしまったら、シアがわざわざギルドに入らず1人旅をしていた原因を知られてしまうことになる。
売り言葉に買い言葉で「やってやろうじゃないか」と言いそうになったのを我慢した。
「い、いろいろ事情があって人前ではしたくないの! それにそんなことしたらアンタまた逃げるでしょ!」
「それは……」
口籠ったところからして、先に上がらせて逃げようという考えが少なからずあったのだろう。
シアは溜め息をついた。
「こんなヘタレの根性は叩き直せるのものなのかな……というか、ジークがいるだけで難易度跳ね上がるっていうのに……置いていけるのなら置いていきたい」
「えー? 何か言った―?」
「何でもない! いいから早く登りなよ。こんな調子じゃ日が暮れるよ」
「え⁉ 真っ暗な中上るのだけは嫌だ‼」
ジークの動きが機敏になった。
こんなに早く登れるなら最初から上ってほしかった。
時を遡る事1日前。
「そのクエストはパーティ用クエストだよ。1人で行くには危なすぎる」
シアの手に握られているクエストはスルディアート山の山岳に住み着いたスルーアという怪鳥の駆除依頼だ。
普通のパーティでも苦戦するようなものだが、よほどのことが無ければ今のシアにとっては何という事のない相手だ。
この前、別の地域にいたスルーアをそそくさと倒し、倒した後に手に入れた素材はシアの持つ秘密空間に収納してある。というのは内緒だ。
「私のレベルなら問題ないですよ」
「そんなに高いのかい?」
「冒険者歴5年で206です」
レベルを聞いた途端ジークが詰め寄って来た。
「206⁉ ほんとに⁉」
「えーっと……見る?」
「見る‼」
リーシャはブレスレッドを着けている腕を前に伸ばした。これは冒険者の必需品で体内に刻まれた経験からレベルをはじき出す道具だ。
「我、シア・フローリア。レベル開示を」
はめ込まれていた魔石から数字が立体的に映し出された。
その数字は209。
「んん? あれ? いつの間にか上がってた」
「最後に見たのいつ⁉」
「えーっと、ブランのメンバーに会った時だから……3カ月前だったかな」
「3カ月でこんなに上がるの⁉ 100超えたらなかなかレベル上がらないって聞くのに! しかもブランに会ったの⁉」
ブランとはレベル200を超えるメンバーで構成されている渡りの冒険者の集団だ。メンバーは5人。
レベル200超えをしているのは現状7人しかいないと言われている。つまりその半数以上がそのパーティのメンバー。いわゆる最強パーティというやつだ。
ちなみに最高レベルの冒険者はそのパーティのリーダーでレベル285らしい。
「うん。メンバーに誘われたんだけど、訳あって断っちゃった」
「そ、そんなぁ! もったいない! ブランっていったら強い魔物がわんさかいるところをうろついてるような人たちなんだよ! 会えることだってほとんどないのに」
「っていわれてもなぁ。あ、そういえば近いうちにこの街に寄るかもって言ってたよ。戦利品を換金して、薬とかいろいろ揃えたいんだって」
「ほんと⁉」
ジークは目を輝かせた。
ジークはブランの熱狂的な信者なのかもしれない。
「う、うん。ちょっと近いかな。離れようよ」
「あ、ごめんね」
「別にいいけど」
先ほどまでビクついていたのはいったい何だったのだろうというくらい、一気に馴れ馴れしくなった。
そんな打ち解け具合を見たマスターは何か思いついたらしい。
「うむ……シアよ、そのクエストに出るのを許可する代わりに1つ頼みごとがあるのだが」
「頼み?」
マスターからの許可が貰えそうなのは嬉しいけれど、こういう時の頼みというのは頼まれた方からしては嫌な物だったりすることが多い。
「ジークを同行させてやってはくれんか? 戦わせろとまではいわない。岩場に縛り付けてもいいから、1度戦いというものを見せて冒険者の姿を教えてほしいのだ。そのついでにこの子の根性も叩き直しておくれ」
「し、縛り付けてって……」
案の定。それどころかギルドマスターがそんな事を言ってもいいのだろうかというような内容に聞こえたのは気のせいだろうか。
シア以上に驚いたジークが慌ててマスターの前に立った。
「ちょっと、ばあちゃん何言ってんの⁉ まさか遂にとぼけ……ブファ‼」
ボールが弾いたような老婆の体当たりがジークの腹部へ直撃。
見た目に反し、衝撃が大きかったようでジークは床で白目をむいている。
「どうもこの子は冒険者という者がわかっておらんようでな。お前さんの戦いを見ることで、冒険者としての自分を見つめ直させたいんだよ。これからの自分の戦いの参考にもなるかもしれんしの」
「えーっと、私の戦術は全く参考にできませんよ? 物理的に」
「物理的? 見るからに剣士ってところだろう? ジークもこんなだが一応は剣士だから問題ないように思うのだが」
「ちょっと訳ありで……あんまり人に言えない能力を持ってて……」
「そうか、それなら仕方ないね。じゃあこれらのクエストはあきらめてもらうしか……」
「えっ⁉」
この街に滞在するのに必要な費用くらいは手持ちの戦利品を売っぱらえば余裕であるだろう。
ただ、新しい装備品を新調するにはちょっと心もとない。
「大丈夫です! 連れて行きます! お安い御用です!」
「そうかいそうかい。頼んだよ」
「は、はい。頑張ります……はぁ……」
シアの中で装備の新調のためとは別にもう1つ、このギルドでクエストを受けなければならないと思う理由ができてしまっていた。
シアは2人には聞こえないようにぼそりと呟いた。
「この街のギルドの現状……放ってはおけないかな」
お読みいただきありがとうございます!
何度か読み直しをしてから投稿していますが、それでも誤字とかが多かったりするので間違ってるところがあれば教えていただけると助かります。
次回更新はまた近々。しかしながらそろそろストックが切れそうです……
でわ、また次回!