ブラックギルド
オルギス区画にあるというギルドを目指して歩き始めたシアの足取りは軽かった。
旅をしているから仕方ないとはいえ、ここ最近野宿ずっと野宿生活で食事も保存食ばかりだったのだ。やっと休めると立ち寄った街や村も治安の悪い場所が多く、気を張っていないと持ち物を持ち去られてしまう可能性があり、ろくに羽を伸ばせなかった。
久々においしい食事をとり、ふかふかなベッドで寝られるというのならシアのこの反応も当然のものだろう。
そんな調子で辿り着いたギルドは案内板の通り、外観はとても大きく、出入りする人の量からしてもかなりの冒険者が所属しているように見える。この街1番のギルドと言われているのも納得だ。
だが、シアはそのギルドを見た途端、顔を曇らせた。
シアの目の前にあるギルドは、品が良いとは言い難い外装をしていた。なんと言えばよいのだろう。派手で落ち着きがないとでも言えばいいのだろうか。
シアが一言で言い表すとしたらこれだ。
「……悪趣味?」
中からは冒険者と思われる人間達のバカ騒ぎする声も聞こえてきている。
「……うーん。チョイス間違えたかなぁ……」
シアはそうぼやきながらもシアはギルド内へと足を踏み入れた。
「うわぁ……これはまた。中はもっとひどい」
高価な防具を装備している実力者と思われる冒険者達は、昼間から酒や料理をむさぼりながらバカ騒ぎ。これまで行ったギルドの中でも断然トップの騒ぎ具合だ。
そしてシアのお目当てであるクエスト板の前では、みすぼらしい装備姿の駆け出しと思われる冒険者達がウロウロしていた。
まだそれくらいですんでいるのだったらここまで不快にはならなかったはずだ。
耳を澄ましていると、実力者と思われる冒険者が自分より弱い冒険者を馬鹿にし、罵る声が聞こえてきた。
ギルド職員はそれを止めに行く様子はなく、淡々と自身の事務作業に耽っている。中には明らかに仕事をしていない職員もいる。
「同じギルドの仲間じゃないわけ?」
思わず小さな声がシアの口から零れ落ちた。
シアは渡りの冒険者。
これまでいろんなギルドの世話になってきたけれど、ここほど胸糞悪くなるギルドは初めてだった。
文句を言いたくなったけれど、しょせんは外部の冒険者。自分が口出しすることではないと思ったシアは、口を噤んでギルドの受付へと足を運んだ。
「すみません。無所属でクエスト板の利用を申請したいんですけど」
無所属者、いわゆる渡りの冒険者がクエスト板を利用するときは、ギルド到着後、まず初めに受付でクエスト板の利用申請するのがマナーだ。
シアはド派手な受付嬢には話しかけたくはなかったが、他の受付嬢がいなかったため致し方なくその女性に話しかけた。
「無所属で? でしたら、紹介料の割合は5割ですね」
「……えっ⁉ 5割⁉」
「はい。5割です」
シアは目を丸くした。
つまりクエスト報酬で表記されている額の半分を紹介料でこのギルドに渡さなければならないという事だ。
さすがに紹介してもらっただけで半分近く持っていかれるというのは納得いかない。
言い間違えているのでは、と疑いたくなるほどの高額だ。
「5割って……それほんとですか?」
「ええ。ちなみに当ギルドでは所属冒険者様の実力を上位者と一般者の2段階評価で分けていまして、評価により紹介料が決まります。上位者に認定された冒険者様からは1割。一般者からは4割。無所属様でも、上位者に値すると判断された方々には1割で紹介させていただいております」
まさか報酬のことでここまで話を引っ張ることになるとは。
シアは開いた口がふさがらなかった。
「それはまた……上位者との差、激しすぎません?」
「そうですか? 当ギルドとしてはそうでもないと思いますけど。上位者様は当ギルドの知名度も上げていただいていますし、1度にお支払いになられる額も多いのでこんなものかと」
「……そういうものですか?」
「ええ。当ギルドはオープン当初からずっとこのスタイルですが、登録いただいている冒険者様はごらんの通りですよ」
後ろに広がる光景はたしかに一見にぎわっているだけのように見える。
けれどこの状況の違和感に気がついてしまったシアには、強者という化け物が弱者を貪っている地獄絵図にしか見えなくなっていた。
このギルドにとっては金と名誉が全てなのだ。
これまでいくつものギルドを渡り歩いてきたけれど、ここまで冒険者を食い物にしようとしているギルドは見たことが無い。
ギルド職員の女性は満面の笑みでシアの事を見ている。
「どうされます? クエスト板を利用されますか?」
「……いえ、いいです。他を当たります」
「そうですか。あなたがいいなら別にそれでもかまいませんけど」
嘲笑しているような言い方にシアはカチンときた。
しかしここで面倒ごとを起しても仕方ないという正常な判断はシアにも出来ていた。下手をすれば冒険者界隈で悪い噂が立ってしまうかもしれない。
「……失礼します」
「お気をつけて」
上機嫌な声で送り出され、シアの腹の奥底が熱くなってきた。
この場で怒りをまき散らしても自身の評判が悪くなるだけ。
そう自分に言い聞かせ、シアはこのギルドを後にした。
「なぁにあれ! 感じわるっ! しかもどんだけ紹介料取んのよ! 頼まれたってこんなギルドで仕事なんか受けないわよ!」
ギルドの外に出たシアはフーフーと野生動物のように荒れ狂っていた。
けれど今のやりとりで、このギルドの現状はなんとなく理解できた。
このギルドは実力の伸びが今一つの冒険者を食い物にしている節がある。おそらく下の層から無慈悲に巻き上げた金を使い、実力のある者が他に流れないように手を回し、名声を博しているのではないだろうか。
要はあのギルドはブラック。
「関わらないことに越したことはないかな」
一般者と呼ばれている冒険者達には申し訳ないけれど、最強最悪のギルドというのが適切な表現だろう。
「にしても、4割も紹介料を取られてるのに、なんであの人達は他のギルドに行かないんだろう……別にギルドがここだけってわけでもないし、他の職業より稼げるとはいえ、クエストの危険性を考慮したら割に合わないって思わないのかな?」
通常なら紹介料として取られるとしても1割以下だ。渡りの冒険者でもいって2割程度といったところ。しかも紹介料の上限を決め、冒険者から受け取る紹介料が多額にならないよう配慮されているところがほとんどだ。
そしてこの街には他にもギルドがあるのは確認済み。
さすがに全てのギルドがあんな非常なギルドだとは思えない。他の街と同じ、普通のギルドのあるはずだ。というより、そうであってもらわなければシア自身も困る。
にもかかわらず、一般者と評価された冒険者が他へ移らず、あんなブラックなギルドにとどまっているというのはどう考えてもおかし過ぎる。
「それに事務系の職員のあの態度……何か裏がありそうだね」
気になるので一応探りを入れてみようかと考えながら、シアは他のギルドへ向かった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は近々とだけ言っておきますね。
でわ、また次回!