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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オススメ短編・中編

お父さまが『けいやくけっこん』したおあいては、イケメンマッチョなお兄さまでした。

作者: 砂礫零

「これは 『けいやくけっこん』 なんだ」


 ()らないお(にい)さまを 『(あたら)しいお(かあ)さまだ』 と()れてこられたとき、お(とう)さまはわたくしに、そう説明(せつめい)しました。


「お母さまがほしい、と流れ星(ながれぼし)(いの)っていたであろう、わたしの王女(おうじょ)よ」


 わたくしのお父さまが(おう)さまをしておられるこの(くに)では、(なが)(ぼし)にお(ねが)いすると願いごとがかなう、という言い伝え(いいつたえ)があります。


 ―― たしかに去年(きょねん)(なつ)(ほし)()る夜、流れ星をお父さまと()ながら、 『お母さまがほしい』 と、お願いしました。

 ()づかれないよう、コッソリお願いしたつもりでしたのに…… バレていたのですね。


 きっとお父さまは、わたくしのお願いをかなえてくださろうと、おひまな家臣(かしん)を連れてきてくださったのでしょう。


 ですけれど……


「わたくしがほしかったのは、『ふつうのお母さま』 でしてよ、お父さま。筋肉(きんにく)ムキムキのイケメンお兄さまではありません」


 わたくしが言うと、その(かた)はこまったようなお(かお)をなさいました。

 わたくしも、なきそうです。

 ほんとうにどうして、お父さまったら……


「じつは、大臣(だいじん)相談(そうだん)して()めたんだよ。ステラに、あなたのお母さまになってもらおう、とね」


 お父さまによると、このお兄さまの()はステラ ―― 大臣の息子(むすこ)さんですが、お()まれになった当時(とうじ)政治(せいじ)がからんだ(あらそ)いにまきこまれてお(いのち)をねらわれそうになったために、ひとり田舎(いなか)(あず)けられ、身分(みぶん)をかくして女の子(おんなのこ)として(そだ)てられたのだそうです。

 そして、大臣の家に(かえ)ったあとも、男の子(おとこのこ)にもどるタイミングがないままに、大人(オトナ)になってしまわれたのだとか……



「大臣の家の 『(ひめ)』 ももう18さい。結婚(けっこん)(もう)しこみがたくさん()ているんだが…… 本当(ほんとう)は男の子なんだから、()けるわけにはいかないだろう? わかるね?」


「はい、お父さま」


「そして、お父さまは(いま)も、なくなったお母さまを(あい)しているが…… よその(くに)からは縁談(えんだん)()()()()()()だ。とくに、となりの国がしつこくてね」


「ええ、(ぞん)じております、お父さま」


「そこで、大臣の家の 『姫』 とわたしが結婚してしまえば諸問題(しょもんだい)解決(かいけつ)するね、という(はなし)にたまたまなってだね……」


「ノリで実行(じっこう)(うつ)された、ということですのね?」


「そう、そうなんだ! さすがわたしの王女。(よわい)7さいにして、じつに()()()()だ」


 お父さまはお顔をぱっとかがやかせ、ほめてくださいましたが…… わたくしは、タメイキしかでません。


「ステラさまはどう(かんが)えていらしっゃるのかしら? 女の子として(そだ)てられた、といいましても、男の人でしょう? 『お母さま』 になりたいだなんて……」


「なりたいです」


「…… はい?」


 ここで(きゅう)にはさまれた(こえ)は、ムキムキの筋肉(きんにく)には似合(にあ)わない、やさしいものでした。

 わたくしは(おも)わず()をまんまるにして、ステラさまを()ました。


王妃(おうひ)さまには、むかし、とても()くしていただきました。

 あのお(かた)(わす)形見(がたみ)となられた王女さまが、どれほどおさびしいかと思うにつけ、わたくしは、王女さまのお母さまになってさしあげとうございました」


「まあ……」


 ステラさまは、はずかしそうにほほえんでおられます。

 ―― どうやら、本当の気持(きも)ちでお(はなし)してくださったようですね。


 お父さまも大臣さまも、ステラさまもオッケー了解(りょうかい)ですか ―― ならば、わたくしがこれ以上(いじょう)、ワガママを言うわけにはまいりません。


「わかりました、お父さま。よろしくお願いいたします、ステラさま」


 『お母さま』 と()んだほうがいいのかしら、と、ちらっと思いましたが ――

 どこから見ても 『お兄さま』 なステラさまをそう()ぶのは…… ぶっちゃけ、無理(むり)


 ともかくも、こうして。

 わたくしとステラさまとの生活(せいかつ)が、(はじ)まりました。



 ☆☆☆☆



 2ヵ月がたちました。

 (はる)から(なつ)(うつ)()わる途中(とちゅう)の、気持(きも)ちの()いある(あさ) ――――


「ステラさま、おはようございます」


「おはようございます、王女さま」


今日(きょう)は、昇龍(しょうりゅう)雷鳴拳(らいめいけん)(おし)えてくださいな、ステラさま」


 わたくしとステラさまの関係(かんけい)は、おおむね良好(りょうこう)

 わたくしはステラさまの教えてくださる、カッコいい名前(なまえ)護身技(ごしんわざ)夢中(むちゅう)です。

 教えて、とおねだりすれば、ステラさまも、うれしそうなお(かお)をなさいます。


「その(まえ)朝食(ちょうしょく)をしっかり、いただけたらね」


「お毒味役(どくみやく)(はず)してもいいでしょう?」


「だめっ。いけませんよ、王女さま」


 うれしそうなお顔が、たちまち、あわてたお顔に()わります。おもしろいです。


(どく)見分(みわ)けかたをお教えしたのは、いざというときのためですよ。今ではありません」


「では、お父さまから早く、森でのサバイバル・キャンプのお(ゆる)しをもらってくださいな。

 モンスターを()って、串焼(くしや)きにして、()べるんでしょう? すっごく(たの)しそう!」


「…… お父さまは、護衛(ごえい)をつけなければ許可(きょか)できない、とおっしゃっていますよ」


「うーん…… お父さまのケチっ」


「それだけ、王女さまのことが、だいじでいらっしゃるのでしょう」


 護身術(ごしんじゅつ)(どく)見分(みわ)けかたにサバイバル(じゅつ) ―― ステラさまは、子どものころに(いのち)(ねら)われながら()ごされたおかげで、こうしたことに(くわ)しいのです。


 ステラさまの教えてくださることはどれも、とってもワクワクします。


 ふつうのお母さまが教えてくださることとは少しちがいますけれど、わたくしには、こちらのほうが合っているみたい。



 ―― さて。

 この朝、わたくしには、どうしてもステラさまにお()きしたいことがありました。


「ね、ステラさま。もうすぐ、『星()る夜』 ね」


「ええ、そうですね。お父さまと3人で、流れ星にお(いの)りしましょう」


 ―― あら、思っていたのとちがう反応(はんのう)ですね、ステラさま。

 どうしてこんな、ふつうのことしか、おっしゃらないのでしょうか?


 朝食のスープを()みながら、わたくしはステラさまのお顔をそっと観察(かんさつ)しました。


 ―― この国では、夏の()まった夜に、流れ星がたくさん()るのです。

 その夜に生まれた子どもは、星の祝福(しゅくふく)をうけ、(のぞ)むものをなんでも()()れられる、と伝えられています。

 ステラさまも、『星降(ほしふ)る夜』 のお生まれ。お父さまから、コッソリ教えていただいたのですから、まちがいありません。


 わたくしは、『星降(ほしふ)る夜』 の話題(わだい)を出せば、きっと、ステラさまが 「その日は誕生日(たんじょうび)」 と教えてくださるだろうと思っていました。


 そうしたら、ステラさまのほしいものを聞いて、プレゼントしてあげようと…… そう、(かんが)えていたのです。


 ですが、ステラさまは 「楽しみですね」 と、少しさびしそうに、ほほえんだだけでした。


 ―― なにか、誕生日(たんじょうび)を教えたくない理由(りゆう)でも、あるのでしょうか。


(いいですよ、べつに)


 わたくしは、決意(けつい)しました。


(こうなったら、サプライズです!)


 絶対(ぜったい)に、何でも(のぞ)みのままになるはずのステラさまでもゲットできないものを(さが)し当てて、プレゼントしてあげますから ――


 覚悟(かくご)なさってくださいね、ステラさま。



 ☆☆☆☆



 ステラさまが、ほしいもの。

 いったい、それは(なに)なのでしょう? ――


 わたくしはステラさまを、しっかり観察(かんさつ)することにしました。



「ねえ、ステラさま? どうして、いつも同じ(ふく)()ているの? (ふく)がないの?」


「いいえ。(ふく)はたくさん、ありますよ。

 ただ、()やすい(ふく)(えら)んでいると、いつも同じようになってしまいます」


「ふうん」


 ―― どうやら、(ふく)ではなさそうです。



「ねえ、ステラさま? ()(もの)は、なにがいちばんお()きなの? ケーキはお好き?」


「なんでもいただきますけれど…… (じつ)は、(あま)いものは少し苦手(にがて)です」


「どうして?」


()どものころは、お菓子(かし)(どく)を入れられていることが(おお)かったので…… 今でも、お菓子を食べるときは緊張(きんちょう)するのです。

 王女さまも、お菓子(かし)(かなら)毒見(どくみ)させてくださいね」


「はぁい」


 ―― どうやら、食べ物(たべもの)でもなさそうです。



「ねえ、ステラさま? 見てくださいな、これ…… わたくしの領地(りょうち)のリストなの。

 こちらは(うみ)(ちか)く、こちらはお花畑(はなばたけ)の中、こちらはサバイバルに最適(さいてき)(やま)…… 」


「どれも素敵(すてき)ですね」


「こんど、(あそ)び…… じゃなくて、視察(しさつ)()きたいの。ここはどうかしら? それとも、ここ?」


王女(おうじょ)さまの行きたいところで。全部(ぜんぶ)でも、かまいませんよ。どこへでも、ごいっしょしましょう」


 ―― どうやら、土地(とち)でもなさそうです。



「ねえ、ステラさま? どうして、お父さまといっしょに、ねんねしないの?」


「……っ ゴホゴホゴホッ…… 失礼(しつれい)しました。それは、 『けいやくけっこん』 ですから」


「お母さまは、いつもお父さまと、ねんねされていたのよ?」


「………… 王女さまのお母さまとお父さまは、『ほんとうのけっこん』 だからですよ」


 ステラさまは、やさしくほほえみました。


 けれど、ついに。

 わたくし見つけましてよ、ステラさまのほしいもの。


 だって、ステラさまのお(かお)がいつもより、ほんの(すこ)し、さびしそうですから。


 ―― ステラさまのほしいものは 『しんじつのあい』 とやら、です。

 まちがいありません ――



 さっそく、お父さまにも計画(けいかく)をお話して、ステラさまのお誕生日(たんじょうび)協力(きょうりょく)していただきましょう。



 ☆☆☆☆



「ねえ、お父さまぁ」


「それだけは無理(ムリ)だ、わたしの王女(おうじょ)よ」


「…… まだ、なにも(もう)()げておりませんのに」


「だって最近(さいきん)、決まってるじゃないか。あなたが、最高(さいこう)にかわいい声を作って、こう、おめめをウルウルさせて、わたしに()きついてくれるときは、いつも」


「ステラさまのお誕生日(たんじょうび)に、お父さまの寝室(しんしつ)のカギをプレゼントしてあげたいのぉ…… ね? ね? いいでしょう?」


「…… だから、それだけは無理(ムリ)だ。わたしの王女(おうじょ)よ」


「おっ、お父さまはっ…… わたくしのことが、お()きじゃないんですねぇぇぇ?」


「なぜそうなるのだ……」


「だって、朝食(ちょうしょく)昼食(ちゅうしょく)一緒(いっしょ)じゃないし、晩餐(ばんさん)はたまにしか一緒(いっしょ)じゃないし、おやすみのご挨拶(あいさつ)だって、しょっちゅう、お()きの人に止められるし」


「お父さまは王さまなんだよ。王さまは、とっても(いそが)しいのだ。それに、あなたには領地(りょうち)をたくさん、あげているでしょう」


「そんなもの、ステラさまに(よろこ)んでいただけなかったら、ただ経営(けいえい)大変(たいへん)なだけのお荷物(にもつ)でしてよ、お父さま。お父さまにお(うま)さんと(おに)ゴッコと(かく)れんぼしてもらうほうが、よほどいいわ」


「うむぅ……」


「ね、お父さま。お(ねが)い。わたくしの一生(いっしょう)のお(ねが)いよ?」


「だから、それだけは無理(ムリ)だ」


「……っ! お父さまのバカぁ! きらい! 後悔(こうかい)しても、もう(おそ)いからね!」


「こら、ろうかは(はし)りません」


「ぅわぁぁぁぁぁぁあん! お父さまなんて、大キライぃぃぃ!」


 何日(なんにち)も何日もかけて、わたくしはたくさん、お父さまにおねだりしました。

 けれども、どんなにお(ねが)いしても、お父さまはわたくしのアイデアに賛成(さんせい)してくださいません。


 今日(きょう)はもう、『星降(ほしふ)る夜』 …… ステラさまの誕生日(たんじょうび)ですのに。


 わたくしは(かな)しくなって、なきながら、お(しろ)のろうかを(はし)りました。


「王女さま! おまちください!」


 護衛(こえい)騎士(きし)さまがたが()いかけてこられても、()りません。


失礼(しつれい)いたしま…… ああっ」


「 " べーだ! ここまでおいで、おしりぺんぺん! "」


 わたくしをつかまえようとする騎士(きし)さまの()のしたをすりぬけて、おぼえたばかりの 『ぜったいにつかまらない呪文(じゅもん)』 をとなえながら、()げます。



 一生(いっしょう)のお願いを聞いてくださらないお父さまなんて、(だい)キライ。

 もう、こんなお(しろ)、でていってしまいましょう。

 あとで、どこにもわたくしがいないことに()づいて、たくさん反省(はんせい)なさればいいのです。


 ―――― こうして。

 ついにわたくしは、お城のウラの(もり)の中に、()げこみました。


 ぜったいに(はい)ってはいけない、といわれていた森です。

 けれども今のわたくしは、少しくらいあぶないのは、むしろ大歓迎(だいかんげい)

 だって、ステラさまから教えていただいたサバイバル知識(ちしき)と、護身術(ごしんじゅつ)があるんですから。


 冒険(ぼうけん)してみましょう。


 そう()めて、ほそい森の(みち)をずんずん、すすみます。大きな木のえだが、(かぜ)もないのにざわざわゆれて、名前(なまえ)のわからない(とり)がバサバサとはばたきます。


 まわりには人も動物(どうぶつ)もいないはずなのに、なにかの生き物(いきもの)(いき)づかいや目線(めせん)が、ずっと(かん)じられます。


(こわい、じゃなくて 『ドキドキする』 のです! なにが()こるかわからなくて、『ワクワクしている』 のです)


 わたくしは自分(じぶん)()()かせました。

 これは、ステラさまから教えてもらった、勇気(ゆうき)をもつ方法(ほうほう)

 こわい気持ちを、(べつ)のことに言いかえるのです。


 こわがってばかりだと、()()()()()()(ただ)しくつかむことができませんから、ね。


 かさかさかさっ。


 落ち葉(おちば)の上を、なにかが走っていきました。


(こわい…… じゃなくて 『ちょっとビックリした』 だけなのです!)


 ことん。


「きゃっ…… じゃなくて…… 『ただのドングリだなんて、そんなの()ってました』 から!」


 (あたま)になにかが()たってびっくりしても、よく見れば、たいしたものじゃないのです。


 ()()()()()()()()()で生きぬくためには、冷静(れいせい)に。そして、直感(ちょっかん)忠実(ちゅうじつ)に …… ステラさまはそう言っていましたから、わたくしも、なにがあってもビックリしたりしません。

 そして、あぶないと思ったら、すぐに()をかわすのです。


 ヒュンッ。


 ―― その()は、わたくしがさっきまでいたところを(とお)りぬけて、ビシッと(おと)をたてて()()()にささりました。


 森に入ってはいけない。

 それは、クマやオオカミやスライムがいるせいではありません。

 人にとって一番こわいのは、動物(どうぶつ)でもモンスターでもなくて、人なのです。


「…… そこにいらっしゃるのは、わかっていましてよ」


 わたくしは全速力(ぜんそくりょく)で走りだしました。


 ―― だってもし、わたくしが 『(かれ)』 ならば、(うご)かないマトほど、ねらいやすいものはないでしょうから。


「…… どうして? ステラさま……?」


「じゃまだからですよ、王女さま」


 どこからか、男の人の声が、ていねいに(こた)えてくださいました。


 ヒュンッ。


 わたくしの目の前の木に()きささった矢の、青くそめられた矢羽(やばね)は、見まちがいではありません…… たしかに、ステラさまのものです。


「ステラさま……!」


前王妃(ぜんおうひ)忘れ形見(わすれがたみ)のあなたが生きていては、国王はいつまでも結婚(けっこん)しようとは、なさらないでしょう」


「お父さまは、もう、ステラさまと結婚されているのよ」


「ステラは、ほんとうの結婚がしたいのですよ、王女さま。そのために、あなたはじゃまだ」


 ヒュンッ。


 矢がもう1本、とんできました。

 方向(ほうこう)からすると、狩人(かりうど)は、()()()を少しずつ移動(いどう)しながら、わたくしをねらっているようです。


「ステラさま!」


(うご)かないでください。そうしたら、ラクに前王妃(ぜんおうひ)さまの(もと)(おく)ってさしあげますから」


 やはり、わたくしはまだ、走ったほうが()さそうです。

 もう、ずっと走っているせいで、あせで目の前がぼやけてしまっているし、心臓(しんぞう)も、やぶれそうなほど、いたくなっているのですけれど……


 まだ、あきらめるわけにはいきません。


 わたくしは、つかれて(ちから)がぬけそうになる(あし)を、せいいっぱい動かしました。


 だれかたすけて……

 まっしろになっていく頭の中にうかんでくるのは、お父さま、なくなったお母さま、それから、ステラさま。


 ―― 筋肉(きんにく)ムキムキのイケメンなお兄さまが 『お母さま』 になれるわけなんかないし、『お母さま』 だなんて呼びたくない。


 そう思っていたのは、むかしのお話。

 ステラさまは、であってからずっと、やさしくて、あたたかくて。

 そうして、お母さまがなくなってから、わたくしの(こころ)にあいていた()()を少しずつ、うめてくださいました。

 なくなったお母さまとはちがいますが、そんなステラさまはやっぱり、わたくしの 『おかあさま』 なのです。


「ステラさま!」


 ()が、うなりながら、わたくしのほおをかすめて、とんでいきました。


 ―― もしこのまま、ころされてしまったら、わたくしは1度(いちど)も、ステラさまに 『ありがとう』 をお(つた)えしないまま…… それは、だめです。


 わたくしは、もういちど、ステラさまを()びました。(いき)をしすぎていたくなった()()で、せいいっぱい、さけびました。


「おかあさま!」


 (つぎ)瞬間(しゅんかん)


 ごつっどかっばきっ、というにぶい(おと)。そして、ぐぅっ、という男の人のうめき(ごえ)とが、聞こえてきました。


 それから、聞きなれた、やさしい声。


「おそくなって、ごめんなさい、王女さ…… トーリィ」


「…… おかあさま!」


 ()()()からあらわれたのは、ステラさま。

 いつものやさしいお顔のままですが、片手(かたて)に、(くろ)いピッタリとした服に矢筒(やづつ)をせおった男の人をひきずっています。

 ピクリとも動きません。


「…… ころしたの?」


「いいえ。このお方からは、まだまだ、いろいろとおききしないといけませんから…… ね?」


「そうね、おかあさま。『あらいざらい()かせて』 ()()()()をにぎって、このお方をよこした国からしっかり 『おしりの()いっぽんまでムシりとる』 のでしょう?」


「ほんとうに、トーリィは、()()()()でいらっしゃいますね」


 ほんもののステラさまは、(うつく)しいお顔にやわらかな()みをうかべました。


「ですがそのあたりのことは、専門家(せんもんか)におまかせしましょう。そろそろ、お(しろ)にもどりませんと 『星降(ほしふ)る夜』 が、はじまってしまいますよ」


 わたくしと新しいお母さまは、手をつないで、森のほそい道をお城へと戻ります。

 おかあさまのもう片方(かたほう)の手は、わたくしをねらっていた狩人(かりうど)さんをずりずりと()きずったままです。


今夜(こんや)は、おかあさまのお誕生日(たんじょうび)も、お(いわ)いしましょう。ね?」


「えっ……」


 ステラさまは、おどろいたようでした。


「どうして、ごぞんじなのですか?」


「お父さまから、うかがったの。お誕生日は、おきらいなのですか?」


「そうですね…… これまでは、あまり。けれど、トーリィがお祝いしてくださるなら、それはうれしいです」


「…… ほんとうは、こっそりプレゼントを用意(ようい)して、おどろかせようと思っていたのよ。

 でも、お父さまがどうしてもダメだっていうから、かなしくなって、森に行ったの」


「…… そうだったのですね」


「ねえ、おかあさまは、なにがほしいの? お父さまがくださるもの以外(いがい)なら、なんでもプレゼントしてあげられると思うの」


「…… そうですね……」


 ステラさまは、狩人さんを引きずったまま、また、やさしくほほえまれたのでした。




 ☆☆☆☆




「わたしの王女よ。無事(ぶじ)でよかった」


 お城にもどると、お父さまがまっさきに、わたくしたちをむかえてくださいました。


「もちろんでしてよ、お父さま。ほんとうは、お父さまが大キライなんて、うそなの。うたがわれずに森に入って、()()()になるためでしたのよ」


 お城への帰り道(かえりみち)、ステラさまと()()わせしたとおりの言いわけです。

 ―― なんでもお父さまは、わたくしに 『大キライ』 と言われたショックで何もできなくなって、ステラさまが見かけたときには、ただぼんやり立ちつくしておられたそうです。


 フォローをしてさしあげなければ、このままお父さまがポンコツ国王さまになられては、国民(こくみん)のみなさまにメイワクですからね。


「くわしいことは、専門家(せんもんか)のかたが 『あらいざらい()かせて』 くださるでしょうけど……」


 わたくしはお父さまに、ステラさまといっしょに推理(すいり)した事情(じじょう)説明(せつめい)しました。


 ―― つまり、この国の王妃の地位(ちい)をねらうどこかの国が、わたくしをステラさまのフリをした狩人さんにねらわせて、ステラさまをおとしいれようとしていた…… ということです。

 これはおそらく、まちがいのない事実(じじつ)でしょう。


 ステラさまの矢羽(やばね)をそめるための特別(とくべつ)(あお)染料(せんりょう)が少し(まえ)何者(なにもの)かにぬすまれたというニュースはお城にもとどいていました。

 ぬすんだ染料でいかにもステラさまのものらしくそめた矢で、わたくしをころそうとした…… そう考えると、いろんなことの()()()()が合うのです。


 ―― もし、わたくしをころしそこなっても、わたくしが 『ステラさまに、ころされかけた』 と、かんちがいすれば、あちらの目的(もくてき)はとりあえず達成(たっせい)できます。


 そのためにあの狩人(かりうど)さんは、わたくしをブッスリやる前に、たくさんおしゃべりをしてくださったのでしょう。


 …… けれど、ざんねん。

 わたくしは、あの狩人さんよりは、ステラさまのことをよく、(ぞん)じておりますの。


 ステラさまはご自分(じぶん)のことを 『ステラ』 だなんておっしゃいません。

 それに、 『お父さまとほんとうの結婚をする』 ために、ステラさまがわたくしをねらうだなんて、ありえないのです。


「だってね、お父さま。おかあさま…… ステラさまは、お父さまより、わたくしのほうを、ずっとずっと、お()きなのよ」


 お父さまが、ほっとしたようなお顔をなさいました。


「では、寝室(しんしつ)のカギは、もういいね?」


「…… やっぱり、無理(ムリ)?」


「そのとおりだ、わたしの王女よ」


「しかたありませんね、いいですよ。ステラさまにはそのかわり、(べつ)のプレゼントをさしあげますから」


「なんだい?」


「わたくしの寝室(しんしつ)のカギです、お父さま」


「そ、それは……」


「どうされましたの、お父さま?」


「いいいい、いや…… よいプレゼントだね」


「でしょう?」


 うれしくなって、お父さまにだきつきます。

 お父さまは、小さなころのようにわたくしをかかえあげてくださいました。


「さあ、流れ星を見にいこう」



 ☆☆☆☆



 お城の屋上(おくじょう)ではステラさまが、わたくしとお父さまを()っておられました。


「…… 大臣に 『王妃(おうひ)』 としての役目(やくめ)()たすように、と言われまして」


 というお顔が、かすかな星明(ほしあ)かりの中でもわかるくらいに、真っ赤(まっか)です。


 ステラさまが()ておられるのは、 『星降る夜』 のためのとくべつな衣裳(いしょう)

 白銀(しろがね)にかがやく、ゆったりとした(そで)(なが)いすそのドレスです。

 ムキムキの筋肉(きんにく)はかくれていますが、がっしりした体格(たいかく)は、はっきりわかってしまいます。わらってはいけません…… よね?


「…… よくお似合(にあ)いですよ、おかあさま。…… すごく(とお)くから見たら…… きっと」


「それが大切(たいせつ)だよ。だれが見ても、文句(もんく)のつけようのない立派(りっぱ)な王妃さまだ」


 お父さまが、ステラさまのとなりに立ち、わたくしを()っこからおろしました。


「ステラ、あなたには…… このような大役(たいやく)(にな)っていただいて…… 本当に感謝(かんしゃ)している」


「はい…… 大臣も、そのように(もう)しておりました…… いえもう、そんなにガマンしないで(わら)ってくださって、けっこうですから…… エンリョされると、かえってつらいです……」


 もう、限界(げんかい)です。


 わたくしはついに、ふきだしました。

 お父さまは、大きなお口をあけて、笑いました。

 ステラさまも、はずかしそうに笑いました。


 たくさん笑う、わたくしたちの頭の上を、星がいくつもいくつも、うまれては、(なが)れていきました。



 ☆☆☆☆



 『星降(ほしふ)る夜』 はこの国の(かみ)さまが、地上(ちじょう)の人の(ねが)いをかなえるためにたくさんの流れ星(ながれぼし)をつかわしてくださる、とくべつな夜。


 この夜に生まれたステラさまは、『将来(しょうらい)、国のとても大切(たいせつ)なひとになる』 と予言(よげん)されたため、 『そうなっては、こっちがソンしてしまう』 と考えた大臣(だいじん)(てき)から、お命(いのち)をねらわれることになったそうです。

 そのために身分(みぶん)をかくして、女の子として田舎(いなか)で育ったステラさまは、誕生日(たんじょうび)をお(いわ)いしてもらったことが、ありません。

 ステラさまが誕生日のたびにきくのは 『星降る夜なんかに生まれなければ、よかったのに』 という、()()()のようなことばだけ。


 ―― ステラさまが本当にほしかったのは、ふつうの()()まれたふつうの自分(じぶん)と、ふつうに誕生日をお祝いしてくれる、ふつうの家族(かぞく)だったのです。


 森からの帰り道、ほしいプレゼントを聞くとステラさまは、わたくしの手をそっとにぎりなおしてくださいました。


「プレゼントなら、もういただきましたよ。…… わたくしのむすめになってくださって、ありがとうございます」


「そんなの、プレゼントにならないでしょう?」


「では、もう1つだけ…… お父さまと、仲直(なかなお)りなさってくださいね」


 ―― そして、家族 3人で。

 流れ星に、お(いの)りしましょう ――




 ステラさまのお願いどおり、わたくしとステラさまとお父さまは、いっしょに流れ星を見上(みあ)げます。


「国の()()()()と、(たみ)幸福(こうふく)を」


 お父さまがお祈りしました。


「国王さまと王女さまがご健康(けんこう)で、心安(こころやす)らかにくらせますように」


 ステラさまがお祈りしました。


「これからもずっと、おとうさまとおかあさま…… 家族(かぞく)みんなで 『星降(ほしふ)(よる)』 をお(いわ)いできますように」


 わたくしはこう、お祈りしましたが……



 10年ほどあとに 「ふつうの家族(かぞく)じゃイヤ。もう、ステラさまは 『おかあさま』 じゃないほうがいい」 と、ヒドいワガママをとおすことになることは、このときはまだ、まったく知らなかったのでした。



(おわり)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで、女になって王様と添い遂げるのか、ロリコンで王女が本命か、ハラハラして見守りました!←ちがう 素敵なハッピーエンドで良かったです♪
[良い点] タイトルからしてまさかBLかと思いきや、とってもあたたかくてかわいい童話でした。*。✧\(*ˊᗜˋ*)/✧*。 サバイバル知識豊富で刺客を仕留められるゴリマッチョお兄さま(お母さま)強すぎ…
[一言] オチはお母さまではなく、旦那様になるということでよいのでしょうか??? そのあたりも読んでみたいのですが…。ブクマと星5つ捧げますので、ご検討ください。
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