お父さまが『けいやくけっこん』したおあいては、イケメンマッチョなお兄さまでした。
「これは 『けいやくけっこん』 なんだ」
知らないお兄さまを 『新しいお母さまだ』 と連れてこられたとき、お父さまはわたくしに、そう説明しました。
「お母さまがほしい、と流れ星に祈っていたであろう、わたしの王女よ」
わたくしのお父さまが王さまをしておられるこの国では、流れ星にお願いすると願いごとがかなう、という言い伝えがあります。
―― たしかに去年の夏の星降る夜、流れ星をお父さまと見ながら、 『お母さまがほしい』 と、お願いしました。
気づかれないよう、コッソリお願いしたつもりでしたのに…… バレていたのですね。
きっとお父さまは、わたくしのお願いをかなえてくださろうと、おひまな家臣を連れてきてくださったのでしょう。
ですけれど……
「わたくしがほしかったのは、『ふつうのお母さま』 でしてよ、お父さま。筋肉ムキムキのイケメンお兄さまではありません」
わたくしが言うと、その方はこまったようなお顔をなさいました。
わたくしも、なきそうです。
ほんとうにどうして、お父さまったら……
「じつは、大臣と相談して決めたんだよ。ステラに、あなたのお母さまになってもらおう、とね」
お父さまによると、このお兄さまの名はステラ ―― 大臣の息子さんですが、お生まれになった当時は政治がからんだ争いにまきこまれてお命をねらわれそうになったために、ひとり田舎に預けられ、身分をかくして女の子として育てられたのだそうです。
そして、大臣の家に帰ったあとも、男の子にもどるタイミングがないままに、大人になってしまわれたのだとか……
「大臣の家の 『姫』 ももう18さい。結婚の申しこみがたくさん来ているんだが…… 本当は男の子なんだから、受けるわけにはいかないだろう? わかるね?」
「はい、お父さま」
「そして、お父さまは今も、なくなったお母さまを愛しているが…… よその国からは縁談がひっきりなしだ。とくに、となりの国がしつこくてね」
「ええ、存じております、お父さま」
「そこで、大臣の家の 『姫』 とわたしが結婚してしまえば諸問題が解決するね、という話にたまたまなってだね……」
「ノリで実行に移された、ということですのね?」
「そう、そうなんだ! さすがわたしの王女。齢7さいにして、じつにそうめいだ」
お父さまはお顔をぱっとかがやかせ、ほめてくださいましたが…… わたくしは、タメイキしかでません。
「ステラさまはどう考えていらしっゃるのかしら? 女の子として育てられた、といいましても、男の人でしょう? 『お母さま』 になりたいだなんて……」
「なりたいです」
「…… はい?」
ここで急にはさまれた声は、ムキムキの筋肉には似合わない、やさしいものでした。
わたくしは思わず目をまんまるにして、ステラさまを見ました。
「王妃さまには、むかし、とても良くしていただきました。
あのお方の忘れ形見となられた王女さまが、どれほどおさびしいかと思うにつけ、わたくしは、王女さまのお母さまになってさしあげとうございました」
「まあ……」
ステラさまは、はずかしそうにほほえんでおられます。
―― どうやら、本当の気持ちでお話してくださったようですね。
お父さまも大臣さまも、ステラさまもオッケー了解ですか ―― ならば、わたくしがこれ以上、ワガママを言うわけにはまいりません。
「わかりました、お父さま。よろしくお願いいたします、ステラさま」
『お母さま』 と呼んだほうがいいのかしら、と、ちらっと思いましたが ――
どこから見ても 『お兄さま』 なステラさまをそう呼ぶのは…… ぶっちゃけ、無理。
ともかくも、こうして。
わたくしとステラさまとの生活が、始まりました。
☆☆☆☆
2ヵ月がたちました。
春から夏に移り変わる途中の、気持ちの良いある朝 ――――
「ステラさま、おはようございます」
「おはようございます、王女さま」
「今日は、昇龍雷鳴拳を教えてくださいな、ステラさま」
わたくしとステラさまの関係は、おおむね良好。
わたくしはステラさまの教えてくださる、カッコいい名前の護身技に夢中です。
教えて、とおねだりすれば、ステラさまも、うれしそうなお顔をなさいます。
「その前に朝食をしっかり、いただけたらね」
「お毒味役は外してもいいでしょう?」
「だめっ。いけませんよ、王女さま」
うれしそうなお顔が、たちまち、あわてたお顔に変わります。おもしろいです。
「毒の見分けかたをお教えしたのは、いざというときのためですよ。今ではありません」
「では、お父さまから早く、森でのサバイバル・キャンプのお許しをもらってくださいな。
モンスターを狩って、串焼きにして、食べるんでしょう? すっごく楽しそう!」
「…… お父さまは、護衛をつけなければ許可できない、とおっしゃっていますよ」
「うーん…… お父さまのケチっ」
「それだけ、王女さまのことが、だいじでいらっしゃるのでしょう」
護身術に毒の見分けかたにサバイバル術 ―― ステラさまは、子どものころに命を狙われながら過ごされたおかげで、こうしたことに詳しいのです。
ステラさまの教えてくださることはどれも、とってもワクワクします。
ふつうのお母さまが教えてくださることとは少しちがいますけれど、わたくしには、こちらのほうが合っているみたい。
―― さて。
この朝、わたくしには、どうしてもステラさまにお聞きしたいことがありました。
「ね、ステラさま。もうすぐ、『星降る夜』 ね」
「ええ、そうですね。お父さまと3人で、流れ星にお祈りしましょう」
―― あら、思っていたのとちがう反応ですね、ステラさま。
どうしてこんな、ふつうのことしか、おっしゃらないのでしょうか?
朝食のスープを飲みながら、わたくしはステラさまのお顔をそっと観察しました。
―― この国では、夏の決まった夜に、流れ星がたくさん降るのです。
その夜に生まれた子どもは、星の祝福をうけ、望むものをなんでも手に入れられる、と伝えられています。
ステラさまも、『星降る夜』 のお生まれ。お父さまから、コッソリ教えていただいたのですから、まちがいありません。
わたくしは、『星降る夜』 の話題を出せば、きっと、ステラさまが 「その日は誕生日」 と教えてくださるだろうと思っていました。
そうしたら、ステラさまのほしいものを聞いて、プレゼントしてあげようと…… そう、考えていたのです。
ですが、ステラさまは 「楽しみですね」 と、少しさびしそうに、ほほえんだだけでした。
―― なにか、誕生日を教えたくない理由でも、あるのでしょうか。
(いいですよ、べつに)
わたくしは、決意しました。
(こうなったら、サプライズです!)
絶対に、何でも望みのままになるはずのステラさまでもゲットできないものを探し当てて、プレゼントしてあげますから ――
覚悟なさってくださいね、ステラさま。
☆☆☆☆
ステラさまが、ほしいもの。
いったい、それは何なのでしょう? ――
わたくしはステラさまを、しっかり観察することにしました。
「ねえ、ステラさま? どうして、いつも同じ服を着ているの? 服がないの?」
「いいえ。服はたくさん、ありますよ。
ただ、着やすい服を選んでいると、いつも同じようになってしまいます」
「ふうん」
―― どうやら、服ではなさそうです。
「ねえ、ステラさま? 食べ物は、なにがいちばんお好きなの? ケーキはお好き?」
「なんでもいただきますけれど…… 実は、甘いものは少し苦手です」
「どうして?」
「子どものころは、お菓子に毒を入れられていることが多かったので…… 今でも、お菓子を食べるときは緊張するのです。
王女さまも、お菓子は必ず毒見させてくださいね」
「はぁい」
―― どうやら、食べ物でもなさそうです。
「ねえ、ステラさま? 見てくださいな、これ…… わたくしの領地のリストなの。
こちらは海の近く、こちらはお花畑の中、こちらはサバイバルに最適な山…… 」
「どれも素敵ですね」
「こんど、遊び…… じゃなくて、視察に行きたいの。ここはどうかしら? それとも、ここ?」
「王女さまの行きたいところで。全部でも、かまいませんよ。どこへでも、ごいっしょしましょう」
―― どうやら、土地でもなさそうです。
「ねえ、ステラさま? どうして、お父さまといっしょに、ねんねしないの?」
「……っ ゴホゴホゴホッ…… 失礼しました。それは、 『けいやくけっこん』 ですから」
「お母さまは、いつもお父さまと、ねんねされていたのよ?」
「………… 王女さまのお母さまとお父さまは、『ほんとうのけっこん』 だからですよ」
ステラさまは、やさしくほほえみました。
けれど、ついに。
わたくし見つけましてよ、ステラさまのほしいもの。
だって、ステラさまのお顔がいつもより、ほんの少し、さびしそうですから。
―― ステラさまのほしいものは 『しんじつのあい』 とやら、です。
まちがいありません ――
さっそく、お父さまにも計画をお話して、ステラさまのお誕生日に協力していただきましょう。
☆☆☆☆
「ねえ、お父さまぁ」
「それだけは無理だ、わたしの王女よ」
「…… まだ、なにも申し上げておりませんのに」
「だって最近、決まってるじゃないか。あなたが、最高にかわいい声を作って、こう、おめめをウルウルさせて、わたしに抱きついてくれるときは、いつも」
「ステラさまのお誕生日に、お父さまの寝室のカギをプレゼントしてあげたいのぉ…… ね? ね? いいでしょう?」
「…… だから、それだけは無理だ。わたしの王女よ」
「おっ、お父さまはっ…… わたくしのことが、お好きじゃないんですねぇぇぇ?」
「なぜそうなるのだ……」
「だって、朝食も昼食も一緒じゃないし、晩餐はたまにしか一緒じゃないし、おやすみのご挨拶だって、しょっちゅう、お付きの人に止められるし」
「お父さまは王さまなんだよ。王さまは、とっても忙しいのだ。それに、あなたには領地をたくさん、あげているでしょう」
「そんなもの、ステラさまに喜んでいただけなかったら、ただ経営が大変なだけのお荷物でしてよ、お父さま。お父さまにお馬さんと鬼ゴッコと隠れんぼしてもらうほうが、よほどいいわ」
「うむぅ……」
「ね、お父さま。お願い。わたくしの一生のお願いよ?」
「だから、それだけは無理だ」
「……っ! お父さまのバカぁ! きらい! 後悔しても、もう遅いからね!」
「こら、ろうかは走りません」
「ぅわぁぁぁぁぁぁあん! お父さまなんて、大キライぃぃぃ!」
何日も何日もかけて、わたくしはたくさん、お父さまにおねだりしました。
けれども、どんなにお願いしても、お父さまはわたくしのアイデアに賛成してくださいません。
今日はもう、『星降る夜』 …… ステラさまの誕生日ですのに。
わたくしは悲しくなって、なきながら、お城のろうかを走りました。
「王女さま! おまちください!」
護衛の騎士さまがたが追いかけてこられても、知りません。
「失礼いたしま…… ああっ」
「 " べーだ! ここまでおいで、おしりぺんぺん! "」
わたくしをつかまえようとする騎士さまの手のしたをすりぬけて、おぼえたばかりの 『ぜったいにつかまらない呪文』 をとなえながら、逃げます。
一生のお願いを聞いてくださらないお父さまなんて、大キライ。
もう、こんなお城、でていってしまいましょう。
あとで、どこにもわたくしがいないことに気づいて、たくさん反省なさればいいのです。
―――― こうして。
ついにわたくしは、お城のウラの森の中に、逃げこみました。
ぜったいに入ってはいけない、といわれていた森です。
けれども今のわたくしは、少しくらいあぶないのは、むしろ大歓迎。
だって、ステラさまから教えていただいたサバイバル知識と、護身術があるんですから。
冒険してみましょう。
そう決めて、ほそい森の道をずんずん、すすみます。大きな木のえだが、風もないのにざわざわゆれて、名前のわからない鳥がバサバサとはばたきます。
まわりには人も動物もいないはずなのに、なにかの生き物の息づかいや目線が、ずっと感じられます。
(こわい、じゃなくて 『ドキドキする』 のです! なにが起こるかわからなくて、『ワクワクしている』 のです)
わたくしは自分に言い聞かせました。
これは、ステラさまから教えてもらった、勇気をもつ方法。
こわい気持ちを、別のことに言いかえるのです。
こわがってばかりだと、じょうきょうを正しくつかむことができませんから、ね。
かさかさかさっ。
落ち葉の上を、なにかが走っていきました。
(こわい…… じゃなくて 『ちょっとビックリした』 だけなのです!)
ことん。
「きゃっ…… じゃなくて…… 『ただのドングリだなんて、そんなの知ってました』 から!」
頭になにかが当たってびっくりしても、よく見れば、たいしたものじゃないのです。
かこくなじょうきょうで生きぬくためには、冷静に。そして、直感に忠実に …… ステラさまはそう言っていましたから、わたくしも、なにがあってもビックリしたりしません。
そして、あぶないと思ったら、すぐに身をかわすのです。
ヒュンッ。
―― その矢は、わたくしがさっきまでいたところを通りぬけて、ビシッと音をたてて木のみきにささりました。
森に入ってはいけない。
それは、クマやオオカミやスライムがいるせいではありません。
人にとって一番こわいのは、動物でもモンスターでもなくて、人なのです。
「…… そこにいらっしゃるのは、わかっていましてよ」
わたくしは全速力で走りだしました。
―― だってもし、わたくしが 『彼』 ならば、動かないマトほど、ねらいやすいものはないでしょうから。
「…… どうして? ステラさま……?」
「じゃまだからですよ、王女さま」
どこからか、男の人の声が、ていねいに答えてくださいました。
ヒュンッ。
わたくしの目の前の木に突きささった矢の、青くそめられた矢羽は、見まちがいではありません…… たしかに、ステラさまのものです。
「ステラさま……!」
「前王妃の忘れ形見のあなたが生きていては、国王はいつまでも結婚しようとは、なさらないでしょう」
「お父さまは、もう、ステラさまと結婚されているのよ」
「ステラは、ほんとうの結婚がしたいのですよ、王女さま。そのために、あなたはじゃまだ」
ヒュンッ。
矢がもう1本、とんできました。
方向からすると、狩人は、こかげを少しずつ移動しながら、わたくしをねらっているようです。
「ステラさま!」
「動かないでください。そうしたら、ラクに前王妃さまの元に送ってさしあげますから」
やはり、わたくしはまだ、走ったほうが良さそうです。
もう、ずっと走っているせいで、あせで目の前がぼやけてしまっているし、心臓も、やぶれそうなほど、いたくなっているのですけれど……
まだ、あきらめるわけにはいきません。
わたくしは、つかれて力がぬけそうになる足を、せいいっぱい動かしました。
だれかたすけて……
まっしろになっていく頭の中にうかんでくるのは、お父さま、なくなったお母さま、それから、ステラさま。
―― 筋肉ムキムキのイケメンなお兄さまが 『お母さま』 になれるわけなんかないし、『お母さま』 だなんて呼びたくない。
そう思っていたのは、むかしのお話。
ステラさまは、であってからずっと、やさしくて、あたたかくて。
そうして、お母さまがなくなってから、わたくしの心にあいていたあなを少しずつ、うめてくださいました。
なくなったお母さまとはちがいますが、そんなステラさまはやっぱり、わたくしの 『おかあさま』 なのです。
「ステラさま!」
矢が、うなりながら、わたくしのほおをかすめて、とんでいきました。
―― もしこのまま、ころされてしまったら、わたくしは1度も、ステラさまに 『ありがとう』 をお伝えしないまま…… それは、だめです。
わたくしは、もういちど、ステラさまを呼びました。息をしすぎていたくなったのどで、せいいっぱい、さけびました。
「おかあさま!」
次の瞬間。
ごつっどかっばきっ、というにぶい音。そして、ぐぅっ、という男の人のうめき声とが、聞こえてきました。
それから、聞きなれた、やさしい声。
「おそくなって、ごめんなさい、王女さ…… トーリィ」
「…… おかあさま!」
こかげからあらわれたのは、ステラさま。
いつものやさしいお顔のままですが、片手に、黒いピッタリとした服に矢筒をせおった男の人をひきずっています。
ピクリとも動きません。
「…… ころしたの?」
「いいえ。このお方からは、まだまだ、いろいろとおききしないといけませんから…… ね?」
「そうね、おかあさま。『あらいざらい吐かせて』 しょーこをにぎって、このお方をよこした国からしっかり 『おしりの毛いっぽんまでムシりとる』 のでしょう?」
「ほんとうに、トーリィは、そうめいでいらっしゃいますね」
ほんもののステラさまは、美しいお顔にやわらかな笑みをうかべました。
「ですがそのあたりのことは、専門家におまかせしましょう。そろそろ、お城にもどりませんと 『星降る夜』 が、はじまってしまいますよ」
わたくしと新しいお母さまは、手をつないで、森のほそい道をお城へと戻ります。
おかあさまのもう片方の手は、わたくしをねらっていた狩人さんをずりずりと引きずったままです。
「今夜は、おかあさまのお誕生日も、お祝いしましょう。ね?」
「えっ……」
ステラさまは、おどろいたようでした。
「どうして、ごぞんじなのですか?」
「お父さまから、うかがったの。お誕生日は、おきらいなのですか?」
「そうですね…… これまでは、あまり。けれど、トーリィがお祝いしてくださるなら、それはうれしいです」
「…… ほんとうは、こっそりプレゼントを用意して、おどろかせようと思っていたのよ。
でも、お父さまがどうしてもダメだっていうから、かなしくなって、森に行ったの」
「…… そうだったのですね」
「ねえ、おかあさまは、なにがほしいの? お父さまがくださるもの以外なら、なんでもプレゼントしてあげられると思うの」
「…… そうですね……」
ステラさまは、狩人さんを引きずったまま、また、やさしくほほえまれたのでした。
☆☆☆☆
「わたしの王女よ。無事でよかった」
お城にもどると、お父さまがまっさきに、わたくしたちをむかえてくださいました。
「もちろんでしてよ、お父さま。ほんとうは、お父さまが大キライなんて、うそなの。うたがわれずに森に入って、おとりになるためでしたのよ」
お城への帰り道、ステラさまと打ち合わせしたとおりの言いわけです。
―― なんでもお父さまは、わたくしに 『大キライ』 と言われたショックで何もできなくなって、ステラさまが見かけたときには、ただぼんやり立ちつくしておられたそうです。
フォローをしてさしあげなければ、このままお父さまがポンコツ国王さまになられては、国民のみなさまにメイワクですからね。
「くわしいことは、専門家のかたが 『あらいざらい吐かせて』 くださるでしょうけど……」
わたくしはお父さまに、ステラさまといっしょに推理した事情を説明しました。
―― つまり、この国の王妃の地位をねらうどこかの国が、わたくしをステラさまのフリをした狩人さんにねらわせて、ステラさまをおとしいれようとしていた…… ということです。
これはおそらく、まちがいのない事実でしょう。
ステラさまの矢羽をそめるための特別な青い染料が少し前、何者かにぬすまれたというニュースはお城にもとどいていました。
ぬすんだ染料でいかにもステラさまのものらしくそめた矢で、わたくしをころそうとした…… そう考えると、いろんなことのつじつまが合うのです。
―― もし、わたくしをころしそこなっても、わたくしが 『ステラさまに、ころされかけた』 と、かんちがいすれば、あちらの目的はとりあえず達成できます。
そのためにあの狩人さんは、わたくしをブッスリやる前に、たくさんおしゃべりをしてくださったのでしょう。
…… けれど、ざんねん。
わたくしは、あの狩人さんよりは、ステラさまのことをよく、存じておりますの。
ステラさまはご自分のことを 『ステラ』 だなんておっしゃいません。
それに、 『お父さまとほんとうの結婚をする』 ために、ステラさまがわたくしをねらうだなんて、ありえないのです。
「だってね、お父さま。おかあさま…… ステラさまは、お父さまより、わたくしのほうを、ずっとずっと、お好きなのよ」
お父さまが、ほっとしたようなお顔をなさいました。
「では、寝室のカギは、もういいね?」
「…… やっぱり、無理?」
「そのとおりだ、わたしの王女よ」
「しかたありませんね、いいですよ。ステラさまにはそのかわり、別のプレゼントをさしあげますから」
「なんだい?」
「わたくしの寝室のカギです、お父さま」
「そ、それは……」
「どうされましたの、お父さま?」
「いいいい、いや…… よいプレゼントだね」
「でしょう?」
うれしくなって、お父さまにだきつきます。
お父さまは、小さなころのようにわたくしをかかえあげてくださいました。
「さあ、流れ星を見にいこう」
☆☆☆☆
お城の屋上ではステラさまが、わたくしとお父さまを待っておられました。
「…… 大臣に 『王妃』 としての役目も果たすように、と言われまして」
というお顔が、かすかな星明かりの中でもわかるくらいに、真っ赤です。
ステラさまが着ておられるのは、 『星降る夜』 のためのとくべつな衣裳。
白銀にかがやく、ゆったりとした袖と長いすそのドレスです。
ムキムキの筋肉はかくれていますが、がっしりした体格は、はっきりわかってしまいます。わらってはいけません…… よね?
「…… よくお似合いですよ、おかあさま。…… すごく遠くから見たら…… きっと」
「それが大切だよ。だれが見ても、文句のつけようのない立派な王妃さまだ」
お父さまが、ステラさまのとなりに立ち、わたくしを抱っこからおろしました。
「ステラ、あなたには…… このような大役を担っていただいて…… 本当に感謝している」
「はい…… 大臣も、そのように申しておりました…… いえもう、そんなにガマンしないで笑ってくださって、けっこうですから…… エンリョされると、かえってつらいです……」
もう、限界です。
わたくしはついに、ふきだしました。
お父さまは、大きなお口をあけて、笑いました。
ステラさまも、はずかしそうに笑いました。
たくさん笑う、わたくしたちの頭の上を、星がいくつもいくつも、うまれては、流れていきました。
☆☆☆☆
『星降る夜』 はこの国の神さまが、地上の人の願いをかなえるためにたくさんの流れ星をつかわしてくださる、とくべつな夜。
この夜に生まれたステラさまは、『将来、国のとても大切なひとになる』 と予言されたため、 『そうなっては、こっちがソンしてしまう』 と考えた大臣の敵から、お命をねらわれることになったそうです。
そのために身分をかくして、女の子として田舎で育ったステラさまは、誕生日をお祝いしてもらったことが、ありません。
ステラさまが誕生日のたびにきくのは 『星降る夜なんかに生まれなければ、よかったのに』 という、のろいのようなことばだけ。
―― ステラさまが本当にほしかったのは、ふつうの日に生まれたふつうの自分と、ふつうに誕生日をお祝いしてくれる、ふつうの家族だったのです。
森からの帰り道、ほしいプレゼントを聞くとステラさまは、わたくしの手をそっとにぎりなおしてくださいました。
「プレゼントなら、もういただきましたよ。…… わたくしのむすめになってくださって、ありがとうございます」
「そんなの、プレゼントにならないでしょう?」
「では、もう1つだけ…… お父さまと、仲直りなさってくださいね」
―― そして、家族 3人で。
流れ星に、お祈りしましょう ――
ステラさまのお願いどおり、わたくしとステラさまとお父さまは、いっしょに流れ星を見上げます。
「国のあんたいと、民の幸福を」
お父さまがお祈りしました。
「国王さまと王女さまがご健康で、心安らかにくらせますように」
ステラさまがお祈りしました。
「これからもずっと、おとうさまとおかあさま…… 家族みんなで 『星降る夜』 をお祝いできますように」
わたくしはこう、お祈りしましたが……
10年ほどあとに 「ふつうの家族じゃイヤ。もう、ステラさまは 『おかあさま』 じゃないほうがいい」 と、ヒドいワガママをとおすことになることは、このときはまだ、まったく知らなかったのでした。
(おわり)