真実
「オーナーが舞台中に人を殺した……?」
ヒカルの言葉の真意が分からず首を傾けてしまった。
陽が落ち、向かい側の居酒屋の明かりを受け静かに時が流れて行く室内。
ヒカルは一体何を言っているのだろう?
殺人?そんな訳無い…。確かにこのカンパニーがこんなにも廃れてしまった元凶をずっと考えていた。誰も教えてくれない真実には相当な事があったに違いないと思ってはいたが、まさか…。舞台の最中に人殺しとかそんな現実的では無いこと。
考えられない!
「これ」
ヒカルはオレの足元に雑誌のようなものを放り投げた、鈍い音がした。
拾い上げると、相当年期が入ってるらしく湿気の臭いが漂った。
表紙一面には見覚えのある細面の顔、これは若かりし頃のオーナーだ。
「このカンパニーが一番軌道に乗ってた時、オーナーを初めたくさんの劇団員と2ヶ月公演を毎年大きな劇場で一度か二度やっていた時のパンフレット。毎年毎年やっているのにチケットはいつも即日完売、この国で一番席の取れない舞台とまで言われてたほどの人気だった」
パラパラとページを捲ると堂々と舞台の中央に立っている一人の青年に目がいった。その隣に今からは想像できないはいきんばかりの笑顔で彼を見詰めているオーナーの姿があった。
ふわりとした金髪の前髪から覗くダークブラウンの勝ち気な瞳、すーっと整った整った鼻、形のいい唇。
この青年は一体誰なのだろう?
眉目秀麗でありこの時を盛んに演じてるオーナーよりも、紙面からでも感じられる青年から溢れ出す自信に満ちたオーラに目を奪われてしまった。
「彼が当時の座長、コウだよ」
オレの視線を汲み取り青年が誰であるか教えてくれた。
座長!てっきりオーナーが座長だと思っていた。
思っていたと言うより信じきっていたので勝手な勘違いだがショックだった。
「昔、このカンパニーはコウが引っ張っていってた、いや、コウ一人が突っ走っていたと言われるぐらいこのカンパニーはコウ1色だった、それが…あんな悲劇を生む事になるなんて思いもしないぐらいみんなコウに着いていった」
ヒカルの声は不思議だった。
説明文のような言葉をゆっくりと語り掛けるように話すから聞いていると目の前でその時の情景が繰り広げられた。
この力は舞台の上で大きく役立つ。ヒカルは一人舞台の依頼が来ても難なくこなしてしまうだろうと思うと胸がギュっと苦しくなった。
初めは小さな箱での舞台だったが、コウを初めとするカンパニーの抜群の演技力、独創的なシナリオ、あらゆるところから注目され、その人気はあれよあれよと言う間にトップの座に登りつめていた。
だけど、そんな中人気絶頂のカンパニーを襲った悲劇。
それは一幕の最後で起こった。
相対する敵との攻防、オーナーとコウは互いに憎しみあい対立していた。
中々つかない決着に終止符を打ったのはコウの放った一発の弾丸だった、オーナーが短銃を放ちコウの命を取り、終幕。
そして、実はコウは死んでいなかったと言うオチで二幕に続く。
その短銃はもちろん小道具の一つであった。今までずっとその小道具で事故など起こらなかったのに。
何故かその日…、その偽物の銃は本物の銃とすり変わっていた。
舞台上に飛び散る鮮血。
突然の事で何が何だか分からないコウだったが自分の胸から流れる生暖かい血液に気づき、跪き朦朧とする意識の中、
『くそ、こんな…こんな簡単にオレは死ぬのか?』
それはこの劇中のセリフであったが、奇しくもそれがコウの人生で最後のセリフになってしまった。
まさに命を懸けた芝居であり、観客の誰一人それが本物の銃であり、今目の前で一人の生命が消えてゆくとは気付かずにいた。
「それがこのカンパニーで怒った最大の悲劇だよ」
急に室内が明るくなったから、目がヒカルを見失ってしまった。
ヒカルは部屋の端の壁に手を置いたまま続けた。
「偽物の銃を本物の銃に替えたのは一体誰なのか?事故として処理されたけど、僕は事故だと思っていない」