真実
いつもは演技に集中する余りすんなりとは現実世界に戻れないのに、今日はもう演技の途中で現実世界にいた。
元々苦手なシーンとは言えこんな風につまずくなんて。
これも、全てヒカルの演技、ヒカルの演技を見たせいだ。
ヒカルが現れたせいで感情が乱されてしまった。
そのせいで稽古に集中できなかったのだ。
当の本人は涼しい顔で今目の前にいる。
すんと澄ました顔で何を考えているのか全く分からなかった。
しばらく前方を見据えていたが、オレの視線に気付いたようで目が合った。
「オーナーに主人公の心を演じろって言われた」
「え…?」
「二役はカナタには大変だろうからって」
え…?
オーナーがそんな事……。
ショックだった。それは自分には無理だとオーナーが思っていた事になる。
オーナーがヒカルを入れた理由はオレの力不足?
「オレには無理って、オーナーがそう言ったって言うのかよ?」
上ずった声が自分の心を現してしいた。
虚勢を張りたかったけどダメだった。
絞り出すように言った言葉。
認めたくない、認めたくない。
今までずっと頑張ってきた。
いつも一人で練習してきた。
いつ開幕するかも分からない舞台のために時間も体力も削ってやってきたのに……。
「さすがに。そこまでオーナーは言ってない。でも、今の演技見てたら誰だってそう思うんじゃない?」
ヒカルの冷ややかな口調を聞いたら頭に血が上り、気が付いたら胸ぐらを掴んでいた。
華奢なヒカルの体が大きくよろめいたが、瞳はじっとこっちを見たままだった。
それが余計にムカついた。
「どうして怒りの感情が出るか分かる?本当の事を言われると人間誰も怒るんだよ。自分で分かってるんじゃん」
挑発する訳ではなく、淡々と続けるヒカルの灰色の目におぞましい自分の顔が映りそれを見た瞬間怒りとは別の感情が流れてきた。
何だかとても侘しかった。
ヒカルから放した手で彼の肩に触れた。
「悪かった…」
自分に自信があれば怒ったりしない。誰に何を言われたって揺るがないはずなのに。こんな風に怒る自分が情けなかった。
ヒカルに体を背けよろよろと扉に向かった。
「カナタはここのカンパニーが何でこんなに廃れたか知ってるの?」
と、ヒカルの声がノブを回す手を止める。
「それはそれは大人気のカンパニーが一気に人気を落とした要因は」
そこで一息つき、続けた。
「オーナーが舞台上演中に人を殺したからだよ」
湿気のこもった室内にヒカルの声が反響した。