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葛藤

夕暮れ時、オレはいつものように汚れの目立つ床に立ち、息を吸いながら目を閉じる。

豪華な照明と楽曲が華やかなステージをより一層彩らせる。一つも空いてない席。みんな自分を見てる。

ここはオレのステージだ。

暗示とは違う、オレの頭の中にははっきりとそのビジョンが写し出されている。

深く息を吐き自分の世界の奥深くに入っていく。


先程までの明るい照明が落とされるとダークトーンがステージを包む、厚化粧の小太りな中年女性が化粧台の前でこれでもかと言うぐらいファンデーションを塗りたくっている。塗りすぎた結果首の色と違い過ぎて美しさの欠片も無かった。


『それにしても、本当に醜いコだね、いっそう見せ物小屋にでも売っちまった方がいいんじゃないのか…そもそも、舌たらずのくせにちつも口の中でもごもごとしゃべっていて聞こえづらいったらない、あんなんじゃセリフを言ったところで聞こえやしないよ』


扉を挟んでいるのにはっきりと聞こえる自分への罵詈雑言。

ここに来てからオレへの扱いはひどいものだった。

ある程度予想はしていたが、今だに稽古すらしてもらえないそれどころか挨拶さえしてもらえない。

そのくせオレの姿が見えないところではこんな風に侮言を吐いている。

こんなんじゃここに入る前と全く変わらないではないか。

こんなんじゃ……。

そう思っても何も言えない。

この扉を開ける事ができない。

オレは立ち止まり自分の心に問いかける。


………。

目の前の景色が一変して、現実の世界へ戻ってしまい、床の汚れが目についた。

事実上演技への集中力が切れてしまったのだ。


ここの舞台の一番難しい役どころ。

立ち位置を変えてセリフを言えばいいだけなのに。

一人で二役、性格に言えば二人とも自分なのだが。

観客が己の心の葛藤を理解してくれるように演技するのが非常に難しく、今だに100%の演技ができない。

ここのシーンで一旦この世界から離脱してしまう事があるものの、稽古を重ねだいぶ満足のいく結果にはなっていた。

だが、今日はヒカルの演技を見た今、自分の演技に自信がなくなってきた。

ただ演じるだけなら意図も簡単にできるが、今の演技のままじゃ観客の心が離れてしまう。

演技に集中してその世界に入り込んでいた観客の心を芝居から現実に戻してしまう。

くそ、ぬるい汗が手を湿らせる。

これがオレの限界なのか?


「このままでいいのか?お前は自分の意思でこの劇団に入る事を決意したのだろう?」


オレの心のセリフが稽古場に響き渡り照明が変わる、途端に芝居の世界に戻らされた。

オレと全く同じナリをしてはいるがどこが違う。

勝ち気で自信満々な瞳が臆病で逃げてばかりのオレを嘲笑っている。

…ヒカルだった。

ヒカルがオレの心を演じているんだ。


「どうした?ひよってるのか?お前は変わりたいんだろう?だったら早くこのドアを開けてあの厚化粧のババアに言ってやりな!オレの演技を見てみろ!ってな」


たった一瞬の演技で芝居の世界に戻ってこさせるヒカルの実力に驚愕したが、負けていられなかった。

これはオレの舞台。ヒカルの言いように進めてなるものか!

そう思いながらも、ヒカルの存在感がオレを喰ってゆく。


「オレは……ひよってなんかいない…。でも、もしそれを言って追い出さ、れてしまったら?もうオ、レには行く場所なんてないんだぜ…」


何百回何千回も言ってきたセリフなのに変なとこで変なアクセントをつけてしまった。

ニヤリと笑いヒカルは演技にのってきた。


「それをひよってるって言うんだよ!あー、何て情けない男なんだ?それでもオレか?オレが言ってやるから任せておけ」


「待て待て、ここは穏便に…」


『さっきから誰だい、廊下で騒いでるのは?』


楽屋がざわつき足音が扉に近付いてきた。


「やばい、ドアが開く、ひとまず退散だ」


オレと心が慌てて舞台袖へ行く。


ここで暗転して一幕終了した。











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