ヒカル
「もう席に戻ってもいいですか?」
ポリポリと頭をかき大きな欠伸をしながらヒカルは周りを見回した。
さっきまで少女のいたその場所には何のオーラも持たないただの少年がいた。
先程まで彼が作り上げていた世界の事を思い出すと身震いがした。
自分は、ずぶの素人では無い。
正真正銘の役者だ。何度も生の舞台を見ているし、自分自身も舞台に立ち芝居をしてきた。
それなのに…。
今まで見てきた全ては本当に芝居だったのか?
オレだってそうだ、オレが今までしてきたものは何だったんだ?
小道具、照明、音楽、それらを頼ったばかりの芝居だったのではないか?
自分の力だけで先程のヒカルのような世界を作り上げる事ができるのだろうか?
こんな人間をキャストに入れたら舞台全て呑み込まれてしまう。
それに今更他のキャストを入れる余裕なんて無いのに。オーナーは一体何を考えているんだ?
こう思っているのはオレだけでは無い周りを見回すと各々分かりやすくざわついていた。
「お前オーナーに何て言われてここに来た?」
椅子から立ち上がったユウタは皆の気持ちを汲み取り問い詰める。
口調は穏やかだったが強い眼光で攻めよった。
「次の舞台に出て欲しい、そう言ってた」
そう来ると分かっていたのに実際その言葉を聞くと空気が張り詰めた。
「今更?もう役は全員決まっている。キミが入るところなんて無い」
ユウタのきっぱりとした答えにふぅん、とつまらなそうに言いヒカルは俯いたまま動かなかった。
彼と同じ舞台に立てる程の力…オレにあるのか?
「……過去の栄光にすがりついてるだけのこのカンパニー本当にそれでいいの?」
な……。
信憑性の衝いた言葉に黙り込む一同。
毎回数えるぐらいの観客の中何とか自分を励まし奮い立て…、いや、自分の心を都合のいい言葉で慰めてただけだった。
『このカンパニーはきっと昔のように輝けるはずだ』
もちろん、たゆまない努力はしている。
毎日毎日自分の生活と掛け持ちしながら稽古している。
だけど、それでも、辿り着けない場所がある。
限界と才能…。
この二つの言葉を言い訳にしてた。
「とにかく、オレ達はお前が入る事を認めない、今日はもう帰れ」
ドアを指差し、足を鳴らした。
理不尽極まりない問答無用なユウタを咎める人間は誰もいなかった。
咎める事により、それは心の中でユウタと全く同じ事を思っていた自分を投影してしまうから。
ヒカルはまだ何かを言いたそうに唇を開きかけたが、諦めたように肩を竦めて部屋から出て行った。