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ヒカルとの稽古

「ヒカル、ちょっと稽古付き合ってくれないか?」


オレが声を掛けると靴を履き替えていたヒカルは目を丸くして見上げた。

そりゃーそうだよな、一番驚いているのはオレ自身なんだから。


「別にいいけど…」


と言う流れになったのが一時間前、稽古場で二人きり何からしていいものか?

誘った自分から何か言わなければなのに何て言ったらいいか分からない。

いつものスタンスで始めるのであれば…、いつもって何だ?考えてみれば誰かと稽古なんてした事がない。

ただただ過ぎて行く時間。

時間の無駄だとは分かっている。

ヒカルはひたすら台本を読み耽っている。

窓の外が暗くなってきたので、電気をつけたがヒカルはそれさえも気付かない。

整った横顔、長い睫毛の下の切れ長の瞳は世話しなく動いている。


「お前今までどこかの劇団入ってたの?」


当然、空回りするオレの言葉。

ヒカルの台本を取り上げるとヒカルは心底驚いたように大きめの瞬きをした。


「そんなに真剣に読んでるけどもう全部覚えてるんだろう?」


「……うん」


「お前何で演劇してんの?」


「…?答える義理ある?」


「…、イヤ、別に答えたくないなら別にいいけど」


本当は知りたかった。どこでどうやってあんな演技を学んできたのか?

天性のものなのか?

それならばヒカルが今までどうやって生きてきたか知りたかった。

だけど。

ヒカルが出している見えない壁はなかなこ手強そうでそれ以上は聞けなかった。

自分も元々人と接する事が苦手だし、その逆で人が自分の世界に入ってくる事を拒んでしまうから。

床に伸ばした両足の膝に触れ、ストレッチのような動きをしていたヒカルはすっと立ち上がった。

その僅か数秒の間にヒカルの様子がさっきまでとは全く違う雰囲気に変わってゆくのを見逃さなかった。

まだあどけない表情ではあるが勝ち気な瞳が幾多の試練を乗り越えてきたんだろう思わせた。


「そんなにオレのやり方が気に入らないならここから出てけ!お前一人いなくても芝居はできる」


ここにいるのはヒカルじゃない、ヒカルは既に芝居の中に入っている。

目の前にいるのはオレのライバル役のマーレィだ。

この劇団で生まれたマーレィは天性の才能に恵まれ幼い頃から期待され、今や当然のごとく座長であり代表作であるその舞台は毎回大ヒットのロングランになっている。

そんなマーレィの事初めて見た時から鼻持ちならなかった。

オレとは正反対の境遇であり、オレに無いもの全てを手にしているマーレィが嫌いだった。

マーレィは常にスターだった。

何をしていてもどこにいても常に注目を浴びていた。

それに引き換えどこにいても疎まれる自分。

それでも。芝居と言う虚構の中だけでは負けたくなかった。

オレだって今までがむしゃらに稽古してきたんだ。

事ある毎にマーレィに反発し常に一触即発の状態が続いていたが遂に今日それが爆発した。

マーレィはひどく怒っていた。

自分が一番だといつも思っているマーレィが格下だと思っているオレごときが同じステージに立つ事も認めていない。

同じ空気を吸うことすら許せない人間を相手にしたくなかった。

だけど。オレだっていつまでも底辺の人間でいる訳じゃない。

努力してきた。ずっとずっと演技に向き合い稽古してきて、少しづつ認められるようになってきた。

今まで最貧層……いや、そもそも人間だと思っていなかったモノに歯向かわれ、怒鳴ってしまい取り乱すマーレィ。

怒ると言う事それは彼にとって遂にオレと言う存在を認めてしまったと言う事だった。


「オレは別に好き好んであんたに歯向かってる訳じゃない!ただ、他の人間の事もちゃんと見ろ!全ての人間があんたのように天才じゃないんだ。一人で突っ走ってたらこのカンパニーがダメになる」


「その口をさっさと閉じろ。これ以上お前の顔なんて見ていたくない、失せろ」


一度溢れだした感情はそう簡単には消せない。

マーレィの青筋は浮かび上がり今にも血管が切れてしまいそうだ。

あまりの迫力にその空気に呑まれかけオレは一瞬たじろいだ。








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