verse 3: wake up, people
体の中で湧き上がる何か。
ふつふつと沸騰してきた「それ」を、私は止めることができなかった。
「アァン、お前がボブで、お前がマリー?上から下まで相当ファニー
なんだっけ?エンドウマメ? 語彙呂力ねえの?先攻だせえ
サソリの死に方あっけなぁい 服のサイズも?」
私はマイクを観客へ向けた。
「「合ってなぁい!」」
上々だ。客と私のビートが絶妙にマッチしている。
不満が・・・あるんだよな。
なんか変な格好してるけどさ、私もあんたらも一緒なんだよな。
この社会に・・・自分の人生に・・・この世界に・・・不満があるんだよな?
叫びたいんだよな?
だよな。
私みたいに、後悔したくないもんな。
やっと、この世界が現実で、夢なんかじゃないことを、体で理解できた。
吐くほど沸かせてやるぜ・・・!
「ホウ!司書が死んだらいきなりラッパ? 文学能力、即座に発火
どこにいったんだ図書カード? アン!混乱、脳みそ、ほぼラード
ぜんぜんしてない、積み本読破 目の前いるのはマリーかボブか
早く戻りたい、そう図書館 でも目覚めさせるんだこの音が
新装、亜書から古書上等、国会図書館ココ東京!
ライブラリーから ライブ狩り マイクが芯から参る街」
観客が目を剥いて私を見ている。
「なあ!お前ら後悔すんなよ!ルールなんてもう関係ねえ!
ハイ、歌えんならvibes up the beats!セイ?」
「「ハイ、歌えんならvibes up the beats!!!」」
ドォン!という音と共に、ミラーボールが爆発した。
「おいモトムラ、マジでヤバいこっちこい!」
「でもバトルが・・・」
「いいから!やべえから!お前のライブラリーからの韻畳み掛けもやばかったけどな!ハハ!」
韻次郎は私の手を引っ張り、色あせた黄色い車に飛び乗った。
「飛ばすぞ?つかまってろ!」
獰猛な排気音と共に、車が走り出す。
しばらく走っていると、後ろからサイレンが近づいてきた。
「モトムラ、後ろ見てくれ!ポリスか?!」
警察車両が近づいてきている。
私は手にしたマイクの網の部分を使い、ピンホール効果を利用してパトカーを凝視した。
「待って!ポリス・・・いや、パトカーなんだけど・・・さっきの奴らが乗ってる!」
「さっきの奴ら?!」
「サソリスタジオ!だっけ?」
「やべえあいつらパトカーまで盗みやがった、やば」
パリン、とリアガラスに穴が空いた。
さらにパシュ、パシュ、と続けて2発、サソリが打ち込んできた。
「くそ、韻次郎、この車遅くない?」
「あいつらが速いんだよ、しかも追い込まれてる」
気がつくと一本道に入り込んでおり、引き返すことも、どこかに逃げることもできない状態だった。サソリたちの乗ったパトカーも、勝ちを確信したのか、ゆっくりと走行している。
「死んだわ・・・もう最後の手段だ、モトムラ、二人でライミング土下座して謝ろう。」
「ライミング土下座・・・?」
「マジであのクルー、ヤバいんだよ。逆らったら殺される。頼む、一緒に謝ってくれ。俺は死にたくねえ。モトムラ、頼む。そもそも勝手なことをしたのはお前だろ?わかった、ライミング土下座とは言わない。土下座で謝ってくれるだけでいいから」
私たちは車を降り、覚悟を決めた。
車の横にはDJがおり、私たちを怪訝そうに見つめてきた。
「おうお前ら、ラップしないのか?」キュイキュイ、とレコードを鳴らす。確か、スクラッチというテクニックだ。
「サソリと揉めてしまったから、今から謝るんだ、邪魔しないでくれ」と韻次郎。
すぐにサソリスタジオの二人が乗ったパトカーが到着した。
「手こずらせやがって・・・あ?アンセム」
「すまねえ」
韻次郎と私は、地面に膝をつき、頭を地面に押し付けた。
「すみませんでした・・・」
土下座なら慣れてる。これで場が収まるのであれば、我慢しよう。
大男のボブが話し始めた。
「アンセムの二人、オラ。なあ、そのまま聞けよ?バトルはおじゃんになった。勝負はついちゃあ、いねえ。そこは良い。そこは良いが・・・」
ボブが韻次郎の頭を踏みにじる。
「お前らみたいなゴミどもが俺たちに逆らったことが問題なんだ。あ、韻次郎、聞いてるか?」
「はい・・・聞いてます・・・」
「そしてお前。お前誰だ?見ねえ顔だな・・・?」
今後は、私の頭を踏みつけてきた。
マリーが笑いながら言う。
「韻を踏むつもりが、頭を踏まれてたってか?ハッハッハ!こいつぁいいぜ!」
「プフっ」
秀逸なジョークに、思わず吹き出してしまった。
「あ?おいお前、頭あげろ、モトムラっつったか?今お前笑ったか?」
ボブが私の髪を掴み、頭を持ち上げる。
駄目だ。
この世界が夢だろうがなんだろうが、もう私は死んでる。
だから何も未練はない。自由に生きたい。
だから、私は韻次郎のために、私が、望んで、この行動、発言をする。
「笑ってません・・・すみませんでした・・・」
ボブのもう片腕が、私の頬を勢いよくパンチした。
「ぐぇっ!」
我慢するしかない。
「痛いか?痛いだろ?お前らはな、弱者だ。弱者は何もできない。ただ、死んでいくだけ。」
我慢するしかない。
「ウッ!」
もう一発。
「な?雑魚はずっと地面を這い続けるしかないんだ。俺たちの思い通りにな。」
我慢するしかない。
「ぐっ!」
さらにもう一発。
頬に血が溜まってきた。
「全く。バカは言うこときいとけばいいんだよ」
我慢するしかない、なんて、あり得ない。
「シュッ!」
「うわっ!」
口に溜まった血をボブに吹きかけ、遠目で見ていたDJに叫んだ。
「ヘイDJ、パスザマイク!ブラッ!ブリング・ザ・ビーツ!カーモン?!」
キュイキュイキュイキュイ、と、スクラッチ音が鳴り響く。
私は飛び上がり、マイクを掴み取った。
「地面を這うのは、どっちかな?」