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verse 1:いのちのねだん

「本村!なんだこの本は!書庫に戻しておけ!」


アンタが出せっつったじゃん・・・。


この広い館内で、本を戻しにいくのはかなりの苦痛だ。実際さっきからいじめのように、同じような本を出しては戻し、出しては戻しを指示されている。


「今戻します・・・」


副館長はニヤリと笑った。


あっそっか、いじめのように、じゃなくて、いじめだ・・・。


館内を歩きすぎて、もう足がボロボロ。親指の爪も痛い・・・。


「全く。バカは言うこと聞いとけばいいんだよ」


本が重い。体が前に引っ張られ・・・。


「すみませ・・・」


あれ?私何してるんだろ?


視界がぐにゃりと曲がって、体全体に衝撃が走る。


倒れたんだ。


なんでだろ、全然痛くない。あっ、ピントが合わない!まぶたが閉じていく・・・どうしよう。手足の感覚が急に消えて・・・。


あっ、これ・・・私、死ぬっぽい・・・。


国会図書館で死んだ人、私以外でいるのかな・・・?


親の言う通り大学まで行って、ちゃんと就職して、上司と社会の言うことをずっと聞いてきたのに。私は何の文句も言ってない。親にも、先輩にも、上司にも、社会にも、言いたいことはたくさんあった。波風を立てないように・・・真面目に真面目にここまで生きてきた結果がこれかあ・・・。人生、捨てたもんじゃない、なんて詭弁だな・・・捨てたもんだ・・・。


真面目に生きてたら報われる、なんて嘘だったのね。


いや、薄々気づいてた。


見てないフリをしてた。


真面目に生きてる横で、ルールを破ったり、常識を覆したりする人たち。あの人たちは苦労してたけど、笑顔だった。歴史に名を残した、偉大な作家、学者、みんなそうだ・・・。


うーん、死ぬにしては早すぎる気もするけど・・・大好きな本に囲まれて死ぬのは、そこまで悪くないよね。


ハァ。これが私の最後か。最後に手にしてた本は・・・Hip Ho・・・Dre・・・見えないや。


働きすぎちゃったな。悲しいな。私も、本一冊ぐらい遺したかったな。


頭が冷たい。


鼻が詰まってる気がする。というより、多分私、今呼吸してない。


私の体、華奢なのによく頑張ったね。疲れたよね、ありがとう。


心臓くんも、もう止まっていいよ。長年ありがとう。


「本村!体調悪いフリはやめろ!」


副館長が叫んでる。死体蹴りってこういうことだよね・・・ひどいもんだ。


「愛ちゃん!愛ちゃん!起きて!」


あなた散々私に仕事押し付けといて・・・よく言うよほんと。


私が今何を主張しようが、死人に口なし、か。


悪いことせずに・・・真面目に・・・真面目に生きてたのに・・・学則も、道交法も、規則も、マナーも、世間体も、暗黙のルールも、全部守ってきたのに。もう法律なんて知らない。泥棒にでもなっときゃ良かったな、なんて。私じゃ無理か。


《OKメーン。「母音泥棒(ライミングスティール)」・・・ゲトったぜ》


体が弱いからそもそも重労働は向いてなかったんだよね。はぁ。もっと頑丈な体だったら良かったなあ。せめて重労働しても死なない体になればよかった。どっかの国の軍人さんと、私。同じ人間なのに、なんで体格がこんなに違うんだろうね。


《OKメーン。「防弾防刃(インパクトプルーフ)」・・・ゲトったぜ》


何?自動書庫の音声かな?こんなのあったっけ。まいっか。


ほんと・・・地味な人生だったなあ。一回ぐらい、華やかな体験したかったな。派手な体験、危機一髪の状況・・・結局、本で読んだだけで、実際に体験したことは何もなかったな。歌手にでもなってきらびやかな街で豪遊、スイートルームで仲間たちと・・・って、まだ死なないのかな。


《OKメーン。「黄金調声(ゴールデンマイク)」・・・ゲトったぜ》


わかったわかった。で、私はどっち?地獄なの?天国なの?もうどっちでも良いけど。


《ストリートだ。てめえの転生と同時に死亡したラッパーがいる》


想像してた死ぬイメージと全然違うな。意味わかんない。これ、書庫の自動音声じゃないや。あー、もう私の死体は書庫の一番奥にでもしまってくれればいいよ。


《ヤツのレベルと固有能力を引き継ぐぜ。継承レベル・・・Lv.999。これ以上は測定不能だぜメーン》


「本村!本当に大丈夫かね?!」

大丈夫なわけねえだろ。


「愛ちゃん!大丈夫!?」

だまれ。建前で騒ぐなよ・・・。


「本村さん!?聞こえます?!」

死ぬんだよこっちは。


くそくそくそ・・・散々仕事押し付けといて・・・いざ倒れたら「大丈夫か」だって・・・?


それはないだろう・・・くそっ、最後に一言だけ・・・神様・・・ほんとに一言だけ言わせてください。


これほど「意見を主張したい」と思ったことは人生で初めてだ。


今まで我慢してたんだ。最後の最後ぐらい、たった一言・・・言わせてくれよ・・・。


《固有能力を継承したぜメーン。能力名は・・・》


死ぬ間際の私から出た言葉は、誰かへの感謝でも、悔恨の念でもなかった。


「うるせえメーン」


《「ストリートドリーム」》

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