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その7

「どうしてここがわかったの?」


 廃墟の真ん中に、すわりこんでいたセレナが、驚いたように顔をあげました。目が赤くはれあがっています。アズーリは言葉を発する代わりに、心のとびら絵をセレナに見せました。


「それは、あたしの心。心のとびら絵」

「そうだ、これは君の居場所を示すものなんかじゃなかった。これは君そのものだったんだ」


 アズーリは少しちゅうちょしていましたが、やがて、一歩ずつセレナに近づいていきました。セレナも逃げることも、アルコバレーノでなにか描くこともせずに、アズーリの青い目をじっと見つめていました。


「君のすがたが見えた。絵に現れたよ。でもそれは、君がアルコバレーノで描いた幻だった。そしておれも、虹の魔女という君を、幻の君ばかりを見ていた。君を、セレナという君を見ることをせずに、虹の魔女である君しか見ていなかった」


 「ごめん」と、静かにアズーリはあやまりました。セレナの目から、ぽたり、ぽたりと、涙が落ちて、乾いた大地に消えていきました。


「……あたし、わかっていたわ。あたしがいっているのは、ただのわがまま。あたしはセレナである前に、虹の魔女として生きなければならないんだって。でも、そうなればあたしは、『虹の魔女』でしかなくなってしまう。あたしは、セレナは、どこかへ行ってしまうんじゃないかって、そう思ったら怖くて怖くて、虹の魔女になんかなりたくないって思ったの。……だからあたしは、西の果て山を飛び出した」


 セレナはアルコバレーノを取り出しました。キラキラと筆の先が虹色にきらめき、わずかに空中にインクが飛び散ります。


「でも、不思議よね。あたし、あんなに虹の魔女になりたくないって思っていたのに、気がついたらこのアルコバレーノを持っていたんだもの。……それにあたし、ママのところには帰ろうとしなかった。ママのいる家に帰ってしまえば、あたしはセレナでも、そして虹の魔女でもなくなってしまうと思ったから」

「……それで君は、帰るところもなく、当てもなくさまよっていたのか」

「でも、もういいの。もう十分わがままさせてもらったから。むしろ、わがままが過ぎたわ。この一か月近く、町でこっそり暮らしていたけど、みんなどんどん心が乾いていったから。それを見るのはつらかった。……ねぇ、あたしが最初に雲を描いたときのこと、聞いてくれる?」


 セレナにいわれて、アズーリはにこやかに笑いました。


「最初は魔力をこめるのも全然うまく行かなくて、すごくヘタクソな、雲っていうよりもわたって感じの、小さな小さな雲だったわ。でもそれが、ふわふわ宙を浮かんで、そして雨を降らせたの。その雨がちょうど庭の花に水をあげて、花にとまっていたテントウムシが、驚いたように飛んでいったわ。そのときの絵が、あたしの一番の宝物なの」


 セレナはアルコバレーノを宙に走らせました。小さな雲と、テントウムシが描かれ、そしてすぐに消えていきました。


「……それから絵を、そして魔力をこめる練習を続けたわ。ひいおばあちゃんのところへ連れていかれたのは、あたしがちょうど十歳になったときだったから、もう五年になるわね。でも、あのときほどワクワクした気持ちで絵を描くことは、もうできなかった。あたしはずっと、雲ばかりを描かされたわ。アルコバレーノはなんでも現実にすることができる。ワクワクするようなことができる道具を持っているのに、あたしが描くものといったら、雲ばかり。それに耐えられなかったの」


 「バカよね」とつけくわえると、セレナはじっと空を見あげました。


「町に来たら、なにかいいことがあると思った。最初は楽しかったわ。ワクワクの連続だった。修行の毎日だったから、町に来るなんて久しぶりだったもの。……でも、すぐに失望に変わった。ここでのあたしは、虹の魔女でもないし、セレナでもない。それこそ何者でもなかったの。それに気づいてからは、ドキドキもワクワクもしなかった。……あなたを見るまでは」


 セレナの茶色いひとみが、アズーリの青いひとみを捕らえました。二人はしばらく見つめ合っていましたが、やがてセレナが再び口を開きました。


「ひとめぼれなんて、ううん、恋なんて、そんなものあたしにはないって、ずっと思ってた。心のどこかで、あきらめていたの。あたしは虹の魔女になるんだから、そんなのを望むことすらできないんだって。ずっと雲を描き続けて、後継者が必要になったときに、貴族の男の人とお見合いして、結ばれるだけ。恋なんて、そんなもの体験することなんてないって、ずっと思っていた。だから、あなたと最後に会えてよかったわ。最後にあたしを、『セレナ』を見つけてくれて本当にありがとう」

 

 セレナはその場に立ちあがり、それからアルコバレーノをひゅっと走らせ、巨大な白鳥を描いたのです。白鳥は「クァーッ!」と物悲しい声で鳴き、それからセレナに長い首をこすりつけたのです。


「あたしはこれに乗って、西の果て山へ帰るわ。大丈夫、すぐに雲を描くから。……町の人たち、ううん、この国の人たちみんなに、迷惑をかけてしまってごめんなさい。あなたに会えてうれしかった。王子様、ありがとう」

その8が最終話となります。その8は本日1/11の21:45に投稿予定です。

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