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その4

「ねぇ、騎士様のお名前はなんとおっしゃいますの? あ、あたしはセレナ。に……えーっと、この町の貴族の娘なの」

「貴族の? へぇ、驚きました。しかし危ないですよ、貴族のおじょうさんが、あんな路地裏をうろついていては。特に今は、町の人々も気が立っています。お気をつけにならないと。あ、ありがとう」


 ウェイターが差し出してきたメニューを受け取り、アズーリはお礼をいいました。若い女性、セレナは、アズーリを強引に引っ張って、町の外れのレストランへと誘ったのです。早く西の果て山に向かわなければならないはずなのに、アズーリはなぜかすんなりとその申し出を受けて、セレナについていきました。


「あら、そんなお小言は、ひいおばあちゃんだけで十分だわ。それより名前よ、名前を教えてくださらないかしら、騎士様」

「あ、そうでしたね、失礼しました。おれの名はアズル。旅の商人です」

「商人? あれほどお強いのに? あたし、てっきり騎士様だとばかり思っていましたわ。もしくは、あたしを連れ出してくれる、白馬の王子様かとばかり……」


 セレナの言葉に、アズーリは思わず苦笑してしまいました。


「おれはそんな人間じゃありませんよ」

「でも、あたしを助けてくださいましたでしょう?」

「まぁ、でもそれは、誰だってそうすると思いますよ」

「そうかしら? でも、どっちにしても、あたしはとってもうれしかったの。あ、ほら、料理がきたわ」


 セレナの顔が、パァッと明るくなりました。しかし、アズーリは警戒するようにウェイターを、そして料理を見つめました。


「ほら見て、キノコとベーコンのパスタに、ミネストローネ、それに新鮮なサラダも! アズル様は、お酒はお飲みになるの?」


 ウェイターがテーブルの上に置いていった赤ワインのボトルを、セレナが慣れない手つきでついでいきます。つがれた赤ワインのグラスと、セレナの期待するようなまなざしとを見比べて、アズーリはいぶかしげにたずねました。


「セレナ、君の分はないのかい?」

「えっ、あ、あたし? あたしはいいの、お腹減ってないから」

「そうか。だが、おれが注文するより先にウェイターが料理を持ってきたんだが、おれはそんなに金は持っていないんだが」

「あら、大丈夫よ、お金ならあたしが払うわ。それにどれも家庭料理じゃない。そんな高級料理ってわけじゃないでしょう?」

「そうだな、今の時期じゃなければ、きっとどれもありふれた料理だろう。……だが、パスタもミネストローネも、どちらも水を多く使うはずだ。それに新鮮なサラダがどうして手に入ったんだ? 外の様子を見なかったのか? 花壇も畑も、なにもかも干からびていたというのに、このサラダはまるで、今()()()()()()()いわんばかりに、みずみずしいじゃないか。……それにさっきのウェイター、どんなレストランでも、ワインは客につがせないと思うが」

「あ……。その、きっとマナーのなっていないお店だったんだわ。あたし、あとで文句いっておくね」


 ごまかすように笑うセレナを、アズーリは静かに、しかし威厳に満ちた目でにらみつけました。アズーリは赤ワインのグラスを取ると、口に運ぶ代わりにテーブルにこぼしたのです。とたんにテーブルが、ジュッと焦げるような音を立てて溶けてしまったのです。


「茶番は終わりだ、セレナ。君はいったい何者だ? このレストランも、ウェイターも、それにさっきの盗賊たちも、すべて君の幻術によるものだろう? いや、幻術というよりも、これはまさに、現実に描かれた虚構、アルコバレーノ……」

「どうしてあなたが、アルコバレーノのことを知っているの?」


 今度はセレナが驚く番でした。茶色の目を大きく見開き、アズーリをじっと見つめています。


「そういえばあなた、どこかで見たことがあるわ。アズル……あっ、そうか、そうだわ! あなたはアズルじゃない、アズーリ第一王子様だわ!」


 第一王子だと知ったセレナは、まじまじとアズーリを見つめました。ぱっちりした目が、いたずらっぽい輝きを持ちます。


「へぇ……。この町に巡回に来たときは、遠くからしか見れなかったけれど、近くで見るとよくわかるわ。王子様、とってもハンサムだわ」

「冗談はやめてくれ、セレナ。おれは女性に手を挙げたくない。どうか話してくれないか? なぜ君がアルコバレーノを持っているんだ? それは虹の魔女の所有物のはずだ。いったいどうしてそれを君が? それに、このレストランも、ウェイターや盗賊たちですら、君が描いたというのか?」

「もう、あわてないで。あせらなくても、ちゃんと答えるわ。まずは、どうしてあたしがアルコバレーノを持っているか、って質問ね。そんなの簡単よ。これはあたしのだからだわ」

「君の? いや、それは虹の魔女のものだろう?」


 はぐらかすようなセレナの答えに、アズーリの語気が強まりました。しかし、セレナはそれすら楽しんでいる様子で、勝気に笑ってうなずいたのです。


「もちろん、これは虹の魔女の所有物よ。だからあたしが持っているの」

「どういうことだ?」

「もうっ、にぶいわねぇ。つまりあたしが、虹の魔女ってことよ。正確には見習いだけどね」

その5は本日1/11の20:15に投稿予定です。

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