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その3

 王宮を出発したアズーリは、馬を飛ばして街道をずんずん進んでいきました。しかし整備されていたが移動は、ところどころひび割れ、緑豊かだった草原は枯れはてています。その様子を見れば、いやおうなしに干ばつによる被害を感じ取ることができます。


 ――もうすぐ西の町につくが、この様子だと街中も――


 アズーリの心配は当たっていました。というよりも、それ以上の有様でした。


「なんということだ……」


 アズーリは言葉を失いました。町のあちこちに作られていた花壇は、枯れてぐしゃぐしゃになっています。子供たちの遊び場だった噴水広場も、水は一滴も流れていません。完全に干上がっていたのです。しかし、干上がっているのは、水だけではありませんでした。


「ドロボウだぁーっ!」


 酒場のとびらが蹴破られ、中から顔を布で隠した男たちが出てきました。手には酒瓶を何本も持っています。男たちを追って、酒場のマスターが飛び出してきますが、男たちにけりを入れられ、マスターはふっとんでしまいました。


「おい、とっととずらかるぜ!」


 リーダーらしき男が、他の男たちにどなりつけます。そばに止めてあった馬車に、男たちは酒瓶を乱暴に放り入れます。


「待ってくれ! それを持っていかれたら、乾ききって死んじまう!」

「ふんっ、それはお互い様ってもんだぜ! 恨むならこんなカンカン照りにした神様をうらみな! よし、出せ!」


 御者席に男が乗りこみ、馬車を走らせようとしたそのときです。馬から降りたアズーリが、すごい速さで馬車の車輪を剣で斬りつけたのでした。


「うおわっ!」


 馬車の荷台がかたむきます。中に入っていた盗賊の男の頭に、アズーリは剣の柄を思い切り打ち付けたのです。男は抵抗することもできずに、がくりとその場に倒れこみました。


「くそっ、やっちまえ!」


 リーダー格の男が怒声をあげます。それに鼓舞されたのか、盗賊の男たちが、アズーリにいっせいにおそいかかったのです。アズーリは剣をさやにおさめました。


「なめるなよ!」


 短剣をかまえて突っこんでくる男が、腹に響く声をあげてアズーリに飛びかかります。アズーリは短剣を剣のさやで弾き飛ばし、そのまま男のみぞおちにも、さやの重い一撃を食らわせます。そしてひらりと、うしろから振り下ろされた剣をかわして、振り向きざまにうしろの男の腹に柄を打ちつけます。ぐらりとバランスを崩す男を、飛びかかってきた別の男にほうり投げ、つまづく男の背中をさやでひと振りします。「うぎゃっ!」とつぶれるような悲鳴をあげ、男たちはあっという間にのされてしまいました。


「最後は、お前だな」


 リーダー格の男に向きなおると、アズーリは剣をさやに入れたままかまえました。男はぶるぶるとふるえていましたが、やがて、「ヒィィッ!」と情けない悲鳴をあげて逃げ出したのです。しかし、どこから現れたのでしょうか、男の頭上にあみが投げられ、男はからめとられてしまったのです。アズーリはすばやくまわりを見わたしましたが、あみを投げたようなそぶりをする人物はいません。


「くそっ、放せ、放しやがれ!」


 そのうちに、自警団らしき若者たちが、男たちをいっせいに捕らえ、なわでしばっていきました。アズーリはハッとして、それから急いでその場を離れました。


 ――まずい、おれの顔は国民たちに知れ渡っているんだった。いくら変装しているとはいえ、余計な疑念を与えてしまうといけない――


 すばやく馬のところまで戻ると、アズーリはひらりと馬に乗り、それからその場を離れました。しかし、アズーリは気づいていませんでした。その様子を見ている影がいたことに。




「まさか、ここまで人々の心がゆがんでいるとは。水だけでなく、みなの優しさも枯れはててしまっているのか……」


 国民たちの変わりように、アズーリは痛む胸を押さえながらも、町の出口を目指しました。西の都を出れば、西の果て山まであと少しです。


 ――まだ日が沈むまで時間はある。少し馬を休ませておくか――


 アズーリは馬を落ち着かせ、じょじょにスピードをゆるめていきました。と、そのときです。


「キャーッ!」


 急いでアズーリは悲鳴のしたほうを振り向きました。若い女性の声です。アズーリは反射的に馬を走らせていました。すると、路地裏で、先ほど見たあの盗賊たちが、若い女性の手をつかんでいるではありませんか。女性がアズーリを見て、助けを求めます。


「騎士様、どうか助けてください!」

「お前たち、いったいどうやってさっきの自警団たちから逃れてきたんだ? いや、そんなことはどうでもいい、早くその人から離れろ!」


 アズーリのとどろくような声を聞いても、盗賊たちは少しもおびえる様子がありませんでした。しかし、アズーリは妙なことに気づいたのです。その盗賊たちはおびえる様子がないというよりは、むしろ、まったく生気がないように感じられたのです。まるで操り人形であるかのように、ふらふらと女の人から離れて、アズーリに寄ってきます。その動きに不気味さを感じながらも、アズーリは先ほどと同じように、素早い身のこなしで盗賊たちを打ちのめしていきました。


「わぁ、すごいわ! 騎士様、お強いんですね」


 盗賊たちを倒したアズーリに、若い女性が一気にかけより、その手を取りました。栗毛色の髪から、ふわりと花のような香りがします。アズーリは驚いたようにまゆをあげましたが、すぐににこりと笑いかえしました。


「いえ、こいつらが疲れていたみたいで助かりました。それよりお怪我は?」


 アズーリに聞かれても、女性は答えませんでした。少し意外そうな顔をして、倒れた盗賊たちをじっと見ていたのです。


「疲れてた? どうしてかしら、あたし、ちゃんと()()()()()()はずなのに……」

「えっ?」

「あ、いいえ、なんでもないですわ。それよりあたし、あなたにぜひともお礼をしたいんですの。どうかついてきてくださるかしら?」

「あ、いや、おれにはやるべきことが……」


 アズーリの言葉は全然耳に入っていないのか、女性はつかんだ手を、ぐいぐい引っ張っていきました。アズーリもそれを振りほどくような無礼なまねはできずに、ずるずると女性のペースに巻きこまれていきました。しかしアズーリは、ふとうしろをふりかえって、それから思わず声をあげそうになってしまいました。


 ――まさか、盗賊たちが――


 すんでのところで息を飲みこんだので、どうやら女性には気づかれずにすんだようです。しかしアズーリは確かに見ていました。盗賊たちが、まるでインクが水に溶けて消えていくかのように、黒いけむりとなって消えていくのを。そう、まさにそれは、絵で描かれたかのような――

その4は本日1/11の19:45に投稿予定です。

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