その1
全部でその8まであります。本日中に全て投稿する予定です。
それではどうぞお楽しみください。
「……もう一か月以上になるな。雨はおろか、雲さえも見当たらない。ずっと空のキャンパスは青いままだ」
チェーロ王国の王室で、ロッソ王がせきこみながらこぼしました。第一王子のアズーリは、ロッソ王を気づかうようにそばに寄りました。
「陛下、いったいこの国になにが起こっているのでしょうか? 今までは、これほどまでに長く干ばつが続くことはありませんでした。神官たちも神に祈り、雨乞いの儀式まで行いましたが、それも全く効果は見えず、雲のかけらすら空には見えません」
「……それはそうじゃろう。神に祈ろうと、雨乞いの儀式をしようと、この国には雨が降ることはない」
「陛下?」
アズーリは驚き、目をむきました。ロッソ王は決して神を見下すような、傲慢な王ではありませんでした。むしろ信心深く、常に祈りを欠かさない人だったのです。その王が、神に祈っても無駄だなどというなんて、アズーリはにわかには信じられませんでした。
「驚いたようじゃな、そなたもこの国に古くから伝わる秘密を知らぬから、神に祈りをささげれば、雨を降らせてくれると思えるのじゃろう。……わしもずいぶんと年を取った」
疲れたように額の汗をぬぐうロッソ王に、アズーリはそばにあった水がめから、コップに水をそそいで渡そうとしました。しかし、水がめには一滴も水は入っていませんでした。
「誰か、誰かおらぬか? 陛下に冷たい水を」
「よい、アズーリ。……すでにこの国の井戸は枯れ果てておる。わしはさっき水を飲んだから、気にすることはない」
乾ききったコップを見て、アズーリはなにかいいかけようとしましたが、すぐに口を閉ざしました。ロッソ王の鋭い視線が、アズーリを捕らえていたからです。
「アズーリよ、おぬしは第一王子じゃ。この国の王位継承者である。だからおぬしは、我が国にとって最も重要な人間だ」
「陛下、いったいなにを?」
「だが、同時に我が国にとって、王族というものは真っ先に国のために死なねばならぬ人間たちでもある。他国に攻め入られそうなときは、王族が先頭に立つべきであるし、飢えや渇きで国民が苦しんでいるときに、王族が豪華な食事をしていたりすることは断じて許されない。それはおぬしもわかっているな」
「もちろんでございます。だからこそわたくしは、現在他国と交渉して、飲み水を確保できないか尽力しているところです」
ロッソ王は満足そうに笑いました。しかし、すぐに首を横にふったのです。
「その交渉は、大臣に任せてほしい。そなたには今すぐやってほしいことがあるのじゃ」
「他国との交渉を後回しにしてですか? いったいわたくしになにを?」
アズーリの青いひとみが、ロッソ王の目をとらえました。ロッソ王は少しとまどっている様子で、口をもごもごさせていましたが、やがて意を決したのか、アズーリに手招きしたのです。
「もっと近うよれ。この話は、我ら王族にしか伝えられていない、神話の時代の話じゃ。もしこれが他人に知られてしまっては、きっと争いが起こる。民も苦しむじゃろう」
「いったいどんな話なのでしょう? わたくしもこの国の神話は当然熟知しておりますが、そのような争いを招く神話など、思い当たらないのですが」
「当然じゃろう。これは王が、戴冠式に新しい王にのみ話す、いわば隠された神話なのだからな。……本来はおぬしにも話すことはできないのじゃが、すでにひと月も雲が見られない。空のキャンパスに描く描き手に、なにか起きたということじゃ」
「空のキャンパス? それに、描き手? いったいそれは、なんのことでしょう?」
ロッソ王はふぅっと小さく息をはきました。アズーリはロッソ王の横たわるベッドの前にひざまずき、耳を口元へとよせました。
「……先ほどわしは、雨乞いの儀式など無用だといったが、この国では誰が雨を、というよりも天候をつかさどっているか知っておるか?」
「それは、天の神のことでございましょうか?」
「表向きはそうじゃ。それに、他の国ならばそうなのかもしれん。じゃが、我がチェーロ王国に限っていえば、そうではないのじゃ。……この国の天候は、虹の魔女と呼ばれている魔女たちが決めておるのじゃ」
「虹の、魔女?」
アズーリの青い目がスッと細まりました。ロッソ王はふふふとおかしそうに笑いました。
「そう疑り深い顔をするでない。誓っていうが、わしが今からする話は本当じゃ。それにおぬしが信じなければ、この国は亡びる。それを肝に銘じて聞くがよい。……話の途中じゃったな。この国の天候は、先ほどいった虹の魔女たちが決めておるんじゃ。雲は、西から流れて東へとゆくじゃろう?」
「はい。チェーロ王国の西のはしに、西の果て山がありますが、その山から下りてくる風が、ずっと東へと雲を運んでくるんですよね」
「そうじゃ。しかしその雲は、もともと西の果て山の頂上付近に住む、虹の魔女たちが描いてこちらに送っているのじゃ」
「雲を、描く?」
信じられないといった表情のアズーリに、ロッソ王は重々しくうなずきました。
「そうじゃ。虹の魔女たちは、魔力を持ちし筆、『アルコバレーノ』の力を使って、青一色の空に、雲を描いてこちらに送ってくるのじゃ。もちろん雨雲も、雷雲も、ときおり雪をはらんだ雲も描いてくるが、とにかくそういった雲たちは、すべて虹の魔女たちがアルコバレーノによって描いたものなんじゃよ」
「まさか! では陛下は、この状況が、その虹の魔女たちが我らに雲を描かなくなったことによって引き起こされたものだと、そうおっしゃられるのですか?」
怒りでぎゅっとこぶしを握ったまま、アズーリはロッソ王にせまりました。ロッソ王はアズーリの目をしっかり見て、それから再びうなずきました。
「その通りじゃ。そしてひと月も雲が途切れるということは、なにか良くないことが、彼女たちの身に起きたということじゃろう。……そこで、わしはおぬしに王として命じさせてもらう」
ロッソ王が弱々しく起きあがりました。しかし、そのひとみは、まるで戦場をかける鬼神のように、強く厳かな光をたたえています。反射的にアズーリも、背筋を伸ばして顔をふせました。
「……西の果て山にそなた自身が出向いて、虹の魔女たちになにがあったか探ってもらいたい。しかし、この任務には付き人を連れていくことは禁ずる。虹の魔女の存在が、そしてアルコバレーノの存在がもし他の者に知られわたってしまったら、それをめぐって必ずや争いが起こるであろう。悪しきものの手にアルコバレーノが渡ったら、天変地異すら起こされてしまう。そうなっては干ばつ以上に恐ろしいことが起きるからな」
「……かしこまりました。ならばすぐにでも、旅の商人に変装して、西の果て山へ向かいましょう。……しかし陛下、もし仮に虹の魔女たちが、我らに反逆しようと考えているとしたら……」
「それはありえん。決してありえん。なぜなら虹の魔女たちは、我らと同じ一族だからじゃ」
その2は本日1/11の18:45ごろに投稿予定です。